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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第二部 夜空の天人鳥の遊離
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弟の心変わり 1



 目元が隠れるほどに長い栗色の前髪はモサっとしていて田舎臭く、侍女に頼んでメイクをしてもらい、散らしたそばかすがそれをより強調している。

 夜会用の正装はプロディージでは買わない一級品なのはもう少しどうにかならなかったのかと溜息を吐きつつ、借り物なので意見も出来ない。この髪と顔と合わせれば着られている感満載だが、かえって田舎から出て来た風を装えているのでいいかと、前向きに捉える事にした。


 髪を程よくボサボサと跳ねさせながら玄関ポーチへ向かうと――


「……ラズくん?」


 聞き慣れた声で、聞き慣れない声音。今はどんな顔をして会えばいいのかわからないので会いたくなかったなと渋面を作り、つい長年の癖でジトリと睨み付けてしまう。


「違うけど?」


「あっ、そうよね……。ごめんなさいね、ロディ」


 そう言って少し寂しそうな目をして微笑んだのは、どこかへ向かう途中の姉だった。夕飯間近なので、その指示でも出しに行くのかもしれない。


 ここに来てからもう何度も見ている光景だが、侍女を引き連れて質のいい室内ドレスを身に(まと)い、堂々と歩くその姿は、セイドに居た頃とは全く違って、すっかり高位に立つ貴人だなと思う。色々自覚した今となっては、その事が少し寂しい、なんて言ってやらないけれど。


「この姿のどこがオーリムに似てるってのさ」


 だからつい誤魔化すように、呆れたような口を聞いて、己の姿を見下ろしてみる。


 プロディージは今夜、情報収集をするラトゥスを手伝う為に夜会へ出席するのだ。念の為変装をしろと指示されて栗色のカツラと正装を渡されたが、そのどちらもオーリムを連想させるものがないと思う。


 そう思って尋ねたのだが、姉は困ったように笑っていた。


「代行人になったリム様ではなくて、わたくしがセイドで出会ったラズくんに似ているの。栗色の癖っ毛に、輝くようなオレンジ色の瞳。そばかすの散った赤ら顔。目元と瞳の色は違うけれど、背丈も同じだし、ラズくんがあのまま成長していたら、今のロディみたいになっていたと思うわ」


 そんな姿を思い浮かべているのか、プロディージを見てほんの少し目元を(とろ)けさせながら、曲がっていたらしいクラバットを直してくれる。女の顔をした姉とどう向き合えばいいのかわからないので視線を逸らし、眉根を寄せて居心地の悪さに耐えていた。


「ふーん? オーリムって昔はそんなだったんだ。どこにでも居そうな感じだね」


「ええ、性格と一緒で純朴な男の子だったわ。でもよく見れば整ったお顔をしていたから、セイドで平民として暮らしていれば、きっとモテモテね……それはとっても面白くないわ」


「知らないよ」


 勝手にむくれている姉を見下ろし、半眼で睨み付ける。ふと、今更だが姉はこんなに小さかっただろうかと軽く動揺したのは内緒だ。成長期だからか、姉が大屋敷へ行ってしまってから身長はだいぶ伸びたのだ。

 姉は女性にしては上背のある方だったので、こうして見下ろす事になった今は、違和感が凄いなと思う。


 それはそうと、姉の語るセイドで出会った『ラズ』という子供は、主にあの派手な夜空色の髪のせいで、わりと人目を惹く今のオーリムとは大違いだったんだなと思った。代行人になると姿も変わるのは、代行人という存在に神秘性を持たせる為か。


「はい、完成。髪型はわざと?」


「そうだよ」


「なら、触らないでおくわ」


 くすりと笑って、ねぎらいの為にポンっと肩を叩く。身なりを整えてくれたのだからお礼を言おうとして、けれど口を(つぐ)んだ。色々己を(かえり)みた後だが、まだ素直に礼も謝罪も言う勇気が持てない。


 そんなプロディージの葛藤に気付く事なく、姉は話し続けていた。


「ふふっ、まさかこんな形で初めて夜会に参加するとは思わなかったんじゃない?」


「まあね。てか、姉上は僕がなんで夜会に紛れるか知ってんの?」


「詳しくは知らないわ。ただ、フィーギス殿下達のお手伝いをするという事だけは聞いたけれど」


「それで合ってるよ」


 それを聞いてどこかほっとした。オーリムはあの夜、勝手に事情を話すなんて事はしなかったらしい。そこまで浅はかではなくて良かったと思った。


 姉は今後も、アーヴィスティーラなんて無関係でいい――とはいかないのかもしれないが。それでも、遠いままでいられるなら、それに越した事はないだろう。


 真実を知れば、また勝手に被害妄想を膨らませて、自分は悪人だなんて自称し出すのがオチなのだから。


「やあ、セイド嬢、プロディージ……だよね?」


 そう言って階上から降りてくるのは、執務室に王城から持って来た資料を置きに行っていたフィーギス殿下とラトゥスだ。プロディージは変装しているから一瞬わからなかったようだが、このカツラと正装には見覚えがあったのだろう。


「ええ。本日はフィーギス殿下も夜会に参加されるのですか?」


「はは、まさか。私は急に王に呼び出されたので、まだ王城に仕事を残したままなのだよ。だから別の馬車で帰る所さ。今日はラスと君に任せるから、いい成果を期待しているよ」


 夜会も社交も初めてだと言ったのに酷いものだ。

 けど、王太子殿下に期待されるのは悪くない。思わずニッと口角を上げた。


「ええ、ご期待には応えてみせましょう」


「……頼もしい限りだよ」


 その微妙な反応を見ると、ただの軽口だったようだ。けど、あまり時間に余裕もない事だし、ターゲットは絞れているのだから難しい話ではないだろうと思っている。

 普通の情報ならラトゥスが、相手が何か隠そうとすればプロディージが、それぞれ暴けばいいだけだ。


「フィー。僕とプロディージは馬車で打ち合わせもしなければならないのだから、ゆっくり話し込む余裕はない。だから、もう行く」


「おっと、引き止めて悪かったね。セイド嬢は見送りかい?」


「たまたまここで鉢合わせただけなのですが、せっかくなのでお見送りさせていただきますね」


 そう言って二台並んだ馬車が停まっている玄関ポーチまでついてくる。姉とフィーギス殿下、ラトゥスはこの半年の間に多くの交流を重ねたのか、随分と親しく話すんだなと思った。……姉がフィーギス殿下の側妃希望だった事を知っているから、少々複雑な気分だ。


「フィーギス殿下、本日は色々とありがとうございました」


「構わないとも。ここに居ると、本当に退屈しないね?」


「……ご迷惑と御心労ばかりおかけし、申し訳ございません」


「君に謝ってもらう事はないよ。王は焼き鳥にしてやりたいと常々思うけどね。では、また三日後の夜会の日に。……それまで会う理由が出来ない事を切実に祈るよ」


 そう遠い目をして、フィーギス殿下は先に帰ってしまった。今の会話や今までのやりとりを聞き、どうやら今まで王鳥に振り回され続けていたらしいと予想してみる。


「ソフィアリア様、プロディージは借りていく」


「ふふ、ラトゥス様。わたくしはもうロディの事には口出ししないと決めているのです。ロディはもうすぐ成人ですし、わたくしだって嫁ぐのですから」


「そうか。なら、便利に使わせてもらおう」


 無表情で淡々とそんな事を言うラトゥスは、本当に考えが読みにくい。ラトゥスの思惑はわからないが、姉は笑って頷いているので、多分言葉通りでいいのだろう。ラトゥスに使われるのは、別に嫌ではないと思う。


 それだけ言うとラトゥスは馬車に乗り込んだので、プロディージは無言でその後に続く。別に姉と話す事なんて何もないからだ。


「ロディ」


 だが、姉はそうではないらしい。少々(わずら)わしげにソフィアリアを見て、発言を促す。


「……何?」


「ロディならお役に立てるだろうから心配しないわ。精一杯、実力を示して来なさいな」


 それだけ言ってふわりと微笑む姿に目を見張る。てっきり無茶するなとかラトゥスの言う事をきちんと聞けとか、子供扱いして心配の言葉でも言われるのかと思っていたので、ただ発破をかけられて驚いたのだ。


 けど、なんだか子供扱いされるよりもずっと気分が良かった。だから無意識に笑みを返して、頷く。


「当然だよね」


「ふふっ、そうね。……いってらっしゃい」


 それを聞き届けて馬車に乗り込むと、すぐに発車した。チラリと見た姉は、玄関ポーチで小さく手を振って見送ってくれている。


 この馬車はラトゥスのものだ。プロディージもここに来る前に新しく購入したのだが、それよりも数倍はいい馬車である。男爵家の末席(ごと)きが筆頭貴族の公爵家の傍系にあたる伯爵家と張り合うのはどうかと思うが、少し悔しいのは根の負けず嫌いのせいだろう。


 そんなことを思っているだなんておくびにも出さず、今日の計画の話でも振ろうとラトゥスを見ると、じっとこちらを観察するように見ていたので、思わずたじろいでしまった――勿論(もちろん)、表情には出さないが。


「……あの?」


「いや。口は相当悪いが、プロディージはソフィアリア様が本当に好きだなと思ってな」


 そう言われても微妙な顔を返す事しか出来ない。オーリムも言っていたが、何故みんな、プロディージをシスコン扱いしたがるのだろうか。……確かに少しばかり、甘えが過ぎていたと朝自覚したばかりだが。


「……ちなみにどこでそう判断しました?」


「実力を認められて、あんなに嬉しそうな顔をしていれば察する」


 どうやら何かしら顔に出ていたらしい。たしかにその通りだが、それを認めるほどプロディージはまだ素直にはなれない。……一生なれる気はしないが。

 気まずくて視線を逸らしたが、ラトゥスからの視線は相変わらずだ。心なしか生温かく感じる事は、全力で見ないフリをした。


「……フォルティス卿、私は今回、どのような人物に成りすますべきですか?」


 だから仕事の話を振って誤魔化した。ラトゥスもそれに頷き、馬車に置いてあった数冊の本を手渡しながら答えてくれる。


「僕の遠縁のロンジェ男爵家の末っ子だという事になっている。僕が度々使う架空の名だが、本当は実在しない田舎貴族だ」


「実在しない家名だとバレませんか?」


「一応、小さな領地と屋敷は存在している。と言っても内情は国領地で、フィーと僕が便利に使っているだけだが。……別に君を表立たせるような事はしないつもりだ。僕の背に控えて、気になる点だけを突けばいい」


「どの程度の無礼まで許されます?」


「……訴えられない程度までは目を(つぶ)ろう。だが、極力控えてくれ。ロンジェの名を潰すのは面倒だ」


 なら、結構切り込んでも大丈夫そうかとあたりをつける。ラトゥスにジトリと見られているような気がするが、プロディージ以上に表情筋が静止しているのだから、きっと気のせいだろう。


「人物像は?」


「特に定まっていないが、今後の為にも本来のプロディージ像から離れた方が無難だ」


「……かしこまりました」


 そう言われて一度目を(つぶ)り、別人格を深く意識すると目をいつもより大きく開け、ふわりと柔らかく微笑んで見せた。

 ラトゥスはその変化に驚いているのか、目を見開いている。


「こんな感じでいかがでしょうか?」


 伏せがちな目をいつもよりぱちりと大きく開けると、優しげな垂れ目になるのは知っている。そのまま柔らかい微笑を保てば、普段のプロディージとはだいぶ違う、物腰が柔らかい優しげな人間に見えるはずだ。

 髪色も髪型も違うので、これで誰もわからなくなるはずである。


「……なるほど、ソフィアリア様と本当によく似た姉弟だな。そうしていると顔までそっくりだ」


 そう言われるとヒクリと引き()れそうになる頬を無理矢理引き締めて、柔らかな物腰を意識する。


「お褒めいただき光栄です」


「……違う。ソフィアリア様を真似ているのか。王鳥様とリムが食いつきそうだな」


「やめてくださいよ……」


 せっかく取り繕った表情がスンっと瞬時に戻ってしまった。まったく、なんて気味の悪い事を言い出すのか。


 勿論(もちろん)本番ではもっと気をつけるつもりだが、茶化すのはやめてもらいたいものである。



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