史上初の女性鳥騎族 5
クラーラは双子を抱えながら、ラトゥスにぴたりとくっ付いて座っている。
本来婚約者同士はこうやって密着する事はないのだが、その辺の作法まではまだ学んでいないらしく、更にソフィアリアとオーリム……の身体を借りた王鳥が現在進行形でくっ付いて座っているので、婚約者とはそういうものだと学んでしまったようだ。
プロディージには余計な事をとギロリと睨まれ、クラーラにはしたないからやめろと注意をしたのだが、キョトン顔で
「だってお兄しゃまもメル義姉たまと二人きりになったら、すぐに隣にいどうして、チューしてるではありませんの」
というとんでもない暴露をされてしまい、口を閉じた。また笑いに包まれたのは言うまでもない。
それにしても、このお転婆さんは知らないうちに覗きの常習犯と化していたらしい。
結局ラトゥスが許可を出した事により、ラトゥスと肘置きの間に納まっていた。
今更とんでもない娘を婚約者にしてしまったのでは?と遠い目をしていたが、伯爵夫人としては立派に立てる子には育つと思うので、悲観しないでもらいたい。――一生振り回されている姿が目に浮かぶようだが。
「で、未来ではなく今後のクラーラ嬢の事なんだけどね」
まだ笑いが治まらないのか、口元をピクつかせながら場を切り替えようとするフィーギス殿下は足を組み直す。ソフィアリアもなんとなく姿勢を正した。
「双子の事もあるからこの大屋敷で保護……という訳にはいかないよねぇ」
「それは……」
そうなるのも仕方ないのかもしれないが、クラーラはセイドが好きなので絶対帰りたがるだろう。両親もまだ小さい娘を手放すのは心配なのか、オロオロとしている。
「かと言ってセイドではセキュリティが甘く、ラーラの身も双子の身も危うい。王城から兵を派遣し潜り込ませているが、正直足りるかどうか」
ラトゥスも腕を組んで困り果てていた。ソフィアリアだってどうすれば最善なのかわからない。
クラーラには可哀想だが、最悪この大屋敷に軟禁すべきなのかもしれない。そのうち故郷恋しさに泣くだろうが、大鳥と契約したのだから諦めてもらうしかないだろうと腹を括ったところで、王鳥から嘴で肩を優しく突かれた。
「ピ!」
肩越しに王鳥を見上げると、その目は優しく頼もしい。思わず笑みが溢れた。
「別にこの大屋敷に留まらせる必要はないだろ。鳥騎族になったとはいえ、親とセイドからクラーラ嬢を離すのは俺達も本意ではないからな。……王がセイドに鳥騎族の駐屯地を作ればいいと言っている」
いつもみたいに離れていかなかったから気が付かなかったが、いつの間にかオーリムに戻っていたらしい。隣を見て、首を傾げる。
「駐屯地?」
「ああ。セイドは島の東端に近い。何かあった時や休憩場所として駐屯地を置いていて損はないだろ。中央は聖都、西端は検問所。東端はセイドとバランスもいい。駐屯地に鳥騎族数名と未契約の大鳥数羽を常駐させておけば、セイドのセキュリティ面も解決出来る」
目を瞑って頷くオーリムに、フィーギス殿下も賛成なのか満面の笑みだった。おそらく双子の事がなくても、注目の的となったセイドのセキュリティ面で頭を悩ませていたのだろう。田舎なので開放的なのだ。
ちなみに何故検問所が西端にしかないのかというと、航路が開けて行き来できる国が北西の方向にしかないからだ。なので一度その検問所を通ってから、各々の港町に移動してもらう事になっている。
東や南にも国があると伝わっているが、王鳥曰く広大な海が続き、人間が航路を開拓出来るようになるにはもっと造船技術を発達させなければ難しいらしい。
「ああ、ならそれがいいね。プロディージ、セイドに広く空いている土地はないかい? 広さはこの大屋敷の半分くらいでいい。住めるように魔法で開拓して均すから、どんな場所でもいいよ」
「でしたら、屋敷の周りが人里から離れておりますのでお使いください。開拓する必要がありますが、この大屋敷程度の広さは確保出来るはずです。大鳥様が滞在するなら、領館と隣接している方が都合がいい。……いえ、むしろ……」
顎に手を当て、プロディージは少し考えている。だがすぐに考えがまとまったのか、顔を上げて王鳥を見た。
「王鳥様。よろしければセイドを、第二の聖都にする気はございませんか?」
「ピ?」
プロディージの発言に王鳥は首を傾げている。ソフィアリアも頰に手を当て、目をパチパチさせた。
「セイド周辺は聖都も検問所も遠い為、大鳥様に馴染みがなく、半分空想上の存在のような認識をされております。ですので未契約の大鳥様が来てくださるなら、ついでにこの大屋敷でしているように鳥騎族選定の場にしていただけないかと思ったのです」
また随分と壮大な計画を立てたものだ。けれどセイド発展を願うプロディージらしいと思わず笑みが浮かんだ。
オーリムは腕を組んで、少し難しい顔をしている。
「――――セイドの地はこの聖都程ではないが、大鳥の気と相性がいいらしい。だから大鳥に好きに滞在していいと言えばそれなりに集まるだろうし、この大屋敷のような運用も可能だ」
「では」
「ただし、王や俺はここにしか居られないから、運営はセイドでしてもらう事になるぞ」
真剣な表情で問われ、プロディージも当然だとばかりに頷く。
「そのくらい理解してるよ。どのような仕事内容であろうと、必ず成し遂げてみせるから」
それを聞いてオーリムは安心したように頷いた。
「具体的に言えば周辺住民と大鳥の間で起こる小さなトラブルの対応を引き受けてもらう事になる。鳥騎族の育成や指揮、大きな事件の対処はこちらでするから気にしなくていい。ああ、あとセイドの当主となる者には必ず鳥騎族になってもらう必要があるな。位は問わない。王と契約した大鳥との間で情報を伝達し、当主と代行人の間で情報交換出来ればそれでいい」
「鳥騎族に……」
それだけは難しい顔をしていた。ソフィアリアもそれはどうかと思う。
大鳥は血縁というものが希薄だ。育てた子が独り立ちを迎えればもうお互い他人。伴侶しか側におかないのだ。
人間だって個人としか見ない為、親が鳥騎族だったからといって子供もなれるとは限らない。
まあそれでも罪を犯したとなると身内を巻きこんで大屋敷に近寄る事すら許さない徹底ぶりだが。鳥騎族になればその辺は多少緩くなるし、祖父が大罪人のソフィアリアだって王鳥妃になれるよくわからない評価基準だ。
「それは別に当主でなくても構わないのではないかね? 側に鳥騎族を置けばそれで済む話だ。なんなら、セイドの領主と大鳥関係のまとめ役は別でもいい。どちらも一人で熟さなければいけない理由もないだろう?」
「……まあ、そうだな」
「なら、そうさせていただきます。まあ僕は学園を卒業したら鳥騎族となる予定でしたが」
「おや? そうなのかい? 私ですら相手が見つからないのだから、そう簡単になれるものではないと思うけどねぇ」
「何度か声はかけていただいてます。返事はしておりませんが」
さらっと言った言葉にフィーギス殿下は口元を引き攣ったのを誤魔化すように笑みを深める。どこか暗さを纏ったそれは、羨ましくて妬ましいのだろうか。
フィーギス殿下も鳥騎族になりたいと長年思っているのだ。結果は全敗しており、王鳥にも難しいと断言されてしまったが諦めきれないらしい。
「そうかい。セイドの家の者は大鳥に好かれるようで羨ましいよ。けど、第二の聖都にするには相当苦労するだろうに、本気なのかい?」
「どのみちセイドは僕の代で街と呼ばれるくらい発展させる予定でした。出来れば代替わりするまでには伯爵領にしたかったので、具体的な目標が出来てむしろ助かりましたよ」
ニッと口角を上げるプロディージの目はギラついている。なんとなく理由は察するが、ソフィアリアも知らない所でそんな目標があったんだなと驚いてしまった。
けど、そう言うからには絶対やり遂げるのだろう。ソフィアリアに出来る事は、それを遠くから応援するだけだ。
「……何故伯爵領に?」
唐突に陞爵をチラつかせたプロディージに、ラトゥスが不思議そうな顔をする。
「元婚約者の家が子爵家だったので。……つまらない意地です」
「ああ、なるほどね。……さて、時間もないし具体的な話を詰めようか。王、早く完成させたいから大鳥に協力を頼めるかい? ――――領主の館は大鳥も内部に入れるよう新築しなければならないからね。そういう事なら、郊外の空き屋敷をあげるからバルコニーをつけ加えて運べばいい。それを鳥騎族の仮の宿舎として使いたまえ」
話を聞きながら、大鳥は本当になんでもありだなとしみじみ思う。屋敷まで運べるとは驚きだ。とりあえず、手伝ってくれた子達の労いに何をしようかとぼんやり考えていた。
――今セイドにある屋敷はそのままに、隣に鳥騎族用の屋敷を運び入れる。使用人は王城から派遣してくれるらしい。十中八九フィーギス殿下の子飼いなのだろうが。
周りは開拓し土壁で覆って防壁を張り、外部からの侵入を防ぐようにする。大鳥が過ごす広場や木は放っておいても大鳥が勝手に用意するらしい。
新しく建てる屋敷は内部に大鳥も入れるくらいの広さが必要らしいので、そちらは長年この大屋敷の整備を担ってくれている建築士と明日にでも相談し、セイドや近隣領の大工と大鳥の力を借りて急ピッチで建築する。
内装については住む事になるからか、プロディージ自身で考えたいのだとか。ただでさえ忙しいのに大丈夫なのだろうかと心配になる。
なお、新しい屋敷が完成すれば鳥騎族の仮の宿舎は取り壊すが、ソフィアリア達が住んでいた屋敷はクラーラが独り立ちした後にでも両親が住みたいらしいので残しておく事が確定した。周りに畑でも作ってもらって、隠居生活を満喫してもらえたらと思う。
かかる費用については大鳥用に割り当てられた予算と王鳥、オーリム、フィーギス殿下の個人資産を借り、プロディージが数年掛けて返す方向で決まったようだ。大鳥に関わるから返さなくてもいいと言われていたが、自分の住む場所だからと聞かなかった。まあプロディージならそうするだろう。
だいぶ立派な屋敷になると思うのだが、数年で返すと言い切るのだから誇らしい。言うからには死にものぐるいで必ずやり遂げるのが弟だ。
「――とりあえずはこんなものかな。君達がセイドに帰るまでに開拓と、仮設の屋敷の運び込みは済ませておくから安心してくれたまえ。あとは……」
「はい、王鳥様! 代行人様! 私、セイドの屋敷に十年程赴任したいですっ!」
挙手をし、目を輝かせながらそう言ったのはサピエだった。まあ自身の子と言い張る双子がセイドに行くのだから、それが当然だろう。となれば、ウィリとその伴侶も移り住む事が確定である。
オーリムは頷いて、サピエに命じた。
「そうだな。ではとりあえず十年、あちらの大鳥と鳥騎族のまとめ役を頼む。何かあればウィリを通して王に伝えてくれ。書類仕事はこちらから大鳥を使って送る」
「えっ? 書類仕事やるんスか?」
「……報告書の作成とかあるだろ。サピエが所長になるんだから文句言わずやれ。そちらに当番制で送る鳥騎族を使ってもいいし、大した量はないから」
「マジっスか〜。観察と研究に専念出来ると思ったのにぃ〜」
素に戻ってガックリ項垂れているサピエは、検問所当番や見回りを合法的にサボり、自分の趣味に没頭する算段でもしていたようだ。残念ながらそう甘くはなかったようだが。
夏からずっと先生をやってくれていたので離れて暮らす事になるのは寂しいが、あちらの生活を楽しんでもらえたらと思う。
ついでにクラーラの大鳥や鳥騎族の事を教える先生をしてくれたら嬉しい。まあ何も言わなくても、この二人なら好奇心の赴くままに交流を深めるだろう。
双子が小さ過ぎる今は無理そうだが、独り立ちしないまでも、ある程度大きくなれば頻繁に顔を見せに来てくれると思う。だってここにも研究対象はいるのだから。
「あっ、そうだ! あっちを第二の聖都にするなら大鳥様に関する本を集めた書庫も必要だと思うんスよね。ここにしかない本は写本するんで、新しいの買ってください!」
「……俺はいいけど、セイドに置くならプロディージに頼め」
「いいですよ。僕も読みたいので、資料として有用な本を厳選して好きなだけ送っておいてください。……代金は義兄上が立て替えておいてください。屋敷の代金と同じくお返ししますので」
「都合のいい時だけ義兄上呼びするな」
――そうやってセイドの屋敷の細かな所を詰めていっていた。
実家の事なのにソフィアリアは一切口出しせず、ニコニコしたまま他人事のように聞き役に徹する。気分はすっかり他所のお宅だ。
いつかきっと、生まれ育った屋敷もプロディージやメルローゼと共に立て直そうと三人で頭を悩ませたセイドも、ソフィアリアの知る場所ではなくなるのだろう。
それがほんの少し寂しくて、それ以上に立派になる予感があって嬉しいと思った。




