史上初の女性鳥騎族 4
前回に引き続き、不妊に関するセンシティブな話をしております。ご注意ください。
「お待ちくださいフォルティス卿。クーは次期伯爵様の夫人にはなり得ません」
その発言に冷静に返したのはプロディージだった。だがその声音の下には、困惑と焦りが隠されていると気付く。
だってソフィアリアも同じ気持ちなのだ。ラトゥスの家はギリギリ高位には届かない伯爵位だが、フィーギス殿下の母方の実家であるホノル・フォルティス公爵家の分家であり、由緒正しい家柄だ。
家柄だけではなくラトゥス本人も次代の王であるフィーギス殿下の乳兄弟で、一番の側近と広く知れ渡っている。
それにラトゥスには兄弟は居らず、次期当主になる事が確定しているのだ。子供の産めないクラーラはそんなラトゥスと結婚なんて出来るはずもない。
そのくらいラトゥス本人だって理解しているはずだが、何故クラーラと結婚するなんて言い出すのかと気持ちは焦るばかりだ。察しは悪くないはずだが、それでも何を考えているのかわからなかった。
ラトゥスは首を横に振る。
「フォルティス伯爵家は僕の代で断絶するのが確定している。だから子供の事は気にしなくていい」
「断絶って……な、何故です?」
何も問題なく順風満帆なはずなのに、どうしてそんな事になっているのか。ソフィアリアは動揺を抑えきれず、声音に出てしまった。
「僕が子供を産ませてやれないからだ」
少々言いにくそうに、でもはっきりと言った言葉に、事情を知っているらしい王鳥とフィーギス殿下以外の人が絶句する。
ラトゥスは言葉を続けた。
「フォルティス伯爵家には現在親族が一切おらず、両親も僕を産んだ時には既に高齢だった。そして僕は子を作る為のモノがなくなった、とだけで察してほしい。……だからどう転んでもフォルティス伯爵家の血筋は僕を最後に途絶える事が確定している」
「養子を取るなりすれば家を存続させる事自体は可能だけどね。伯爵家と言えど所詮分家で、本家はラスの家がなくなっても影響はない母の実家である筆頭公爵家だ。領地も公爵家から一部を任された狭い土地だし、返還してしまえばいい話だから無理に残す理由もない。まだ公表はしていないが、そういう事だよ。――それでも私は、せめて好きになった子と結婚してほしかったのだけどね?」
「フィーは色ボケが過ぎる」
ラトゥスとフィーギス殿下に言われて、ソフィアリアは色々と腑に落ちた。
貴族は――特に跡取りに決まった男性は、よほどの問題でもない限り学園を卒業すれば結婚、最低でも婚約は済ます。
が、ラトゥスは恵まれた地位に才能、整った容姿をしていながら、未だに婚約者すら居ない。フィーギス殿下の側近だから慎重に決めているのだなと思ったら、そういった理由があったからだったらしい。
不条理な話だが、男性有責と知られていても子を産めない矛先は女性に行きがちだ。ラトゥスと結婚すると夫人は問答無用でその洗礼を受ける事になるので、ラトゥスはそれを懸念して結婚する気はなかったのかもしれない。
その点、クラーラはどこに嫁いでも大なり小なり言われる事だ。ラトゥスはフォルティス伯爵家当主になるし、フィーギス殿下の右腕なので後ろ盾は充分。そしてラトゥス本人が既にここに出入りしているので、大鳥に認められないなんて事にもならない。
五歳のクラーラと夏に十八歳になったラトゥスでは少々年齢差はあるが、約一世代分である十五歳差までは許容範囲内だ。双方訳ありなので何も問題はない。
なるほど、言われてみればこれほど条件に合う人物もなかなか居ないだろう。
「どうだろうか、セイド男爵? あなた方の大切な娘を年齢差のある僕に託すのは、やはり抵抗があるだろうか?」
「ぅえ⁉︎ ぼぼ僕っ⁉︎ いえっ、そのっ、大変光栄な事ですっ⁉︎ ねねねぇ、ロディ!」
「……ええ、フォルティス卿と縁続きになれる事、我がセイドにとってはこの上なく栄誉な事です。クーは伯爵夫人として立てるよう、精一杯教育させていただきますのでよろしくお願い致します」
プロディージはそう言って頭を下げる。父と母もそれに倣った。
ラトゥスは一度頷き、だが何か考え込んで、言った。
「書類は滞在している間に持ってこよう。発表は来年の社交シーズン中にしたいと思う。それと、そう畏まる必要はない。セイド男爵から見れば僕は娘婿、プロディージにとっては義弟だ」
「……義弟……」
「ああ、よろしく頼む、義兄上」
「……あの、出来れば名前でお願いします」
「そうか、僕は兄弟がいないから憧れがあったんだが」
真顔で淡々とそんな事を言うものだから、プロディージは嫌味か何か深い意味があるのかと目を細めて探っているようだが、残念ながらこれは彼の素で正直な感想でしかない。探りを入れても無駄である。
ふと、自分はもうセイドの者ではないという意識が強くて一瞬他人事だったが、クラーラとラトゥスが婚約するとラトゥスは義弟になるのかと当たり前の事を思った。義姉と呼びたければそれでもいいが、年上だしなかなか畏れ多い事だ。
と、さりげなく腰を抱き寄せて隣で引っ付いていた王鳥がくつくつと愉快そうに笑う。
「そなた、余とは縁続きになるのだな?」
ニンマリ目を細めてラトゥスを見れば、ラトゥスは一瞬嫌そうな顔をしたがすぐに取り繕って、無表情で頷く。
「……そうですね」
「余の事も義兄上と呼ぶか?」
「いえ、結局です」
そのやりとりを見て不思議に思う。あまり話している所を見た事がないが、ラトゥスは王鳥に対して随分と冷たい。王鳥とラトゥスは何か因縁でもあるのだろうか?
言い争う二人に首を傾げていると、くいくいと腕を引っ張られたのでそちらを向く。
「なあに? クーちゃん」
「あのお兄ちゃんが、クーのだんなさまになるの?」
じーっとラトゥスを見ているクラーラと双子に笑みを浮かべ、コクリと頷く。
「ええ、そうよ。あのお兄ちゃんは次期伯爵のラトゥス・フォルティス様。彼がクーちゃんを護る為に、お嫁さんにしてくださるのですって」
頭頂部を撫でながらそう答えると、クラーラはパッと表情を明るくして、ソフィアリアの膝から飛び降りる。呆気に取られている間にクラーラと双子はパタパタとラトゥスの側に駆け寄ると、彼を見上げてニッコリ笑った。
王鳥と静かに言い争っていたラトゥスがクラーラに気付き、口を噤んでじっと見つめる。皆もそんなクラーラに注目した。
「おはつにお目にかかります! セイド男爵家が次女、クラーラともうします。お年は五歳。伯爵さまとごこんやく出来たこと、とってもこうえいです! ふつつかものではございますが、よろしくおねがいいたします」
そうきちんと挨拶の言葉を口にして、綺麗にカーテシーをしてみせる。その所作を見て、勉強も作法もちゃんとしていたんだなと笑顔になった。足元で双子もクラーラの真似をしていて可愛い。
クラーラは姿勢を正し、双子を抱き上げる。
「この子たちは双子のピーとヨーで、あたくしのむすめ……むすめなの?」
「ピィ……」
「ピョ……」
「……わからないそうですが、とにかくあたくしの子どもの代わりですの。二わの赤ちゃん連れですが、よろしくおねがいしましゅ!」
最後に噛んでいたが、きっちり挨拶出来た方だろう。正式にはまだ婚約は結んでいないが、もう決まったようなものだろうからいいかと見守った。
予想外に丁寧な挨拶をされ、軽く目を見張って戸惑っているラトゥスは、ニンマリ笑って肘で突いたフィーギス殿下のせっつきに応える事にしたらしい。
ラトゥスは立ち上がってクラーラの正面に膝をつくと、そっと右手を差し伸べる。
「……ラトゥス・フォルティスだ。まだ継がないが、遅くても君と結婚する頃には伯爵になる。君より十三歳年上だが、僕なりに大切にしよう。よろしく頼む」
「ええ! クー……あたくしもラトゥス様を、精いっぱいおささえいたしますわ!」
差し伸べられた右手に手を重ね、手の甲にキスを贈られると少し照れ臭そうに笑っていた。双子もラトゥスの足にスリスリ擦り寄っているし、とりあえず幸先は良さそうで何よりである。
「ラトゥスさまは未来の伯爵さまで、おーたいし殿下の側近さまなんでしゅの?」
「ああ」
「まあ! とてもごりっぱなのですね。ならあたくしはお城にしゅっしするラトゥス様の代わりに、伯爵ふじんとして領地をとーちしなければいけないのでしゅね?」
にこやかに子供らしくない事を言い放ったクラーラに、ラトゥスがカチリと硬直する。
そんな様子を気にする事なく、クラーラは胸に手を当てて言葉を続けた。
「おまかせくださいませ! お兄しゃまと同じりょーちけいえい出来るよう、精いっぱいおべんきょう頑張りますわ!」
「……そ、そうか。頼もしいな……」
「えっへん!」
とても得意げだ。ラトゥスとフィーギス殿下から同時に何か物言いたげな視線を受けて、微笑みを返す。
「クーちゃん、少し話し始めるのが遅くて舌足らずですし、跳ねっ返りのお転婆さんなのですが、昔のわたくしより優秀な子なんです。まだまだお勉強は始めたばかりですが、ご期待くださいませ」
「ははっ、さすがセイド嬢とプロディージの妹だね? よかったじゃないか、ラス」
「……セイド嬢より優秀……」
遠い目をしているのは何故だろう。身分違いで訳ありの子なので、あとはどれだけ優秀なのかで立場を示す必要があるから、いい事だと思うのだが。
「フォルティスきょーは、ラスって呼ばれておりますの?」
「……ああ。僕の事は名で呼べばいい。僕もクー……いや、ラーラと呼ばせてもらおう」
「まあ! ええ、おすきにお呼びくださいな。ではあたくしは……」
ラトゥスを見ながら、唇に指を当てて考えている。伴侶にだけ許される呼び名でもさっそく考えているのだろうか。
やがて手をパンっと打ち鳴らし、目をキラキラ輝かせて言った。
「クーはクーで、ピーたんとヨーたんなので、にた感じで『トー様』と呼ばせていただきますわ!」
「……トー様……」
待ってほしい。さすがにそれはあんまりなのではと静止させようと思ったのだが、声を掛ける前に王鳥とフィーギス殿下、隅で控えているプロムスに、今まで静観していたサピエまで盛大に吹き出して、お腹を抱えてケラケラ笑い出したのでタイミングを逃してしまった。
「ええ、よろしくお願いしましゅわ、トー様!」
「決定なのか……」
残念ながら止める間もなく決定してしまったようだ。まあラトゥスは困惑しているだけだし、いいかと好きにさせる事にした。婚約者同士の事に口を突っ込むと碌な事にならないと学んだばかりである。
両親はあわあわしているし、プロディージは頭を抱えて溜息を吐いているし、もうどうにでもなれだ。
「ぶふっ……、よっ、良かったじゃないんスか……綺麗に丸く収まって……! 私とするよりっ、ずっと楽しくっ、くふぅ!」
半分素に戻りかけているサピエの言う通り、きっとこれでよかったのだろう。きっと。




