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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第二部 夜空の天人鳥の遊離
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史上初の女性鳥騎族 3

不妊に関する少々センシティブな話題を取り扱っております。ご注意ください。



「……子供を産めない? 何故、そんな事になるんだい?」


 静まり返った温室でいち早く持ち直したのは、フィーギス殿下だった。笑みを引っ込めて、真剣な表情で王鳥にそう問いかける。


 問われた王鳥はギュッと眉間に皺を寄せ、何やら言いたくなさげに口をへの字に曲げていた。だが説明しない訳にもいかず、諦めたのだろう。ふーっと深く息を吐き出す。


「詳しい事は言わぬ。人間には到底受け入れられぬだろうからな。悪い事は言わぬから、ただそうなるとだけ理解しておけ。……男は問題ないのだ。だが人間の女は体内で子を育てるだろう? それが人の身で魔法を行使する際に問題となるので取り除く必要があってな。大鳥が今まで女と契約しないのはそういった理由よ」


「じゃあ、クーちゃんはもう……」


「すまぬな、妃よ。契約が成ってしもうた今、もうどうする事も出来ぬ。たとえ無理矢理契約解除させても戻せぬのだ」


 重苦しい事実が、みんなの肩にのしかかっているのだろう。理解していないのは当のクラーラと双子だけ。


 不穏な雰囲気を感じ取ってか、クラーラは不安げな表情でソフィアリアを見上げてくる。


「……お姉ちゃま?」


 そんなクラーラに悲しみを払うように首を振って、優しく微笑みかける。そして抱き抱えたままの双子ごと引き寄せ、膝に乗せた。ずっしり重くて温かい、甘いミルクのような香りは相変わらずだ。


 クラーラの居なくなった分、すかさず王鳥は隣に詰めてくる。


「クーちゃんに大事なお話があるの。クーちゃんが大人になってからの事よ? 聞いてくれる?」


「うん! わかりましたわ、お姉ちゃま!」


「ふふっ、いい子ね。……あのね、クーちゃん。大人になって綺麗な花嫁さんになってもね、クーちゃんはママになる事が出来ないの」


 眉尻を下げ、目を見てそう訴えかければ、やはりよくわからないのかキョトンとしていた。


「……ママにはなれないの?」


「ええ。クーちゃんのポンポンにね、赤ちゃんが来てくれないの」


「ポンポンに……」


 お腹を抑えてうーんと考えていた。双子はクラーラの両肩に乗り、頬を挟むようにギュムっとくっ付きはじめる。


 自分もまだ子供で母に甘えたい盛りだ。自分がお母さんになれないと言われてもピンとこないのだろう。それは仕方ないよねと思う。


 けれどパッと明るく笑うと、ソフィアリアを見上げて、言った。


「あのねあのね、ピーたんとヨーたんがクーの赤ちゃんの代わりになるんだって!」


「ピー」


「ピヨ」


 くふくふ笑い合う三人に、ソフィアリアは目を瞬かせる。


「ピーちゃんとヨーちゃんがそう言っているの?」


「うん! だからね、クーはもうママなの。ママだけど子供たちはおともだちで、三人ずーっとなかよしだから、ポンポンに赤ちゃん来なくてもさみしくないよ! だからベソベソしちゃめっ!」


 慰めるつもりが、逆に慰められてしまったらしい。子供ながらに気を遣ってくれたようだ。

 思わずじーんと感動してしまい、ギュッとクラーラを抱きしめる。


「クーちゃんは本当にいい子ねぇ」


「うんっ! お姉ちゃまも、いい子ね〜」


 その理屈はよくわからなかったのだが、よしよしと額を撫でてくるクラーラが可愛いのでよしとした。とても優しくいい子に育っているようで、とても嬉しい。


 今は分かっていなくても、大人になればまた思い悩む日がくるのだろう。その時が来たらまた慰めてあげればいい。ソフィアリアに出来るのはそのくらいだ。


「……まあ、仕方ないんじゃない? 別に妹の一人くらい、家で面倒をみるよ」


 プロディージがガシガシと後頭部を掻きながらそんな事を言う。


 どうやら話しているうちに、ずっと先の事まで考えを巡らせていたらしい。本当に、弟もよく出来た子だ。……あまり賛同出来ない意見なのが残念ではあるが。


「そ、そうだね! 別にお嫁に行かなくても、僕達みたいに社交界から遠ざかれば大丈夫……」


「大丈夫ではないよ」


 だが、フィーギス殿下がきっぱりと否定してしまった。ソフィアリアも今のクラーラの立ち位置的に難しいと思っていたのでコクリと頷き、申し訳なさそうな顔をする事しか出来ない。


「相談もなしだったけど、セイド嬢が正式にリムに輿入れするまでにはクラーラ嬢の縁談もまとめるつもりだったのだよ。フリーのままだと少しばかり身の危険があるからね」


 クラーラに縁談と身の危険という二重の意味で目を白黒させている両親と、渋面を作るプロディージを見て、フィーギス殿下は溜息を吐き、背凭(せもた)れに身を預けながら前髪をかき上げる。


「いっそ帰りに死んだ事にして、セイドに匿ってしまえばいいのではないでしょうか?」


「残念だがクラーラ嬢の見た目がセイド嬢そっくりだから難しいだろうね。きっとすぐに嗅ぎつけられるよ。ずっと幽閉するのは、さすがに本意ではないだろう?」


「……まあ、はい」


 目を逸らすプロディージの言う通り……というより、土台無理な話である。クラーラはお転婆で非常に活発なのだ。家で遊ぶよりも外で走り回っている事の方がずっと多い。


「セイド嬢の身内というだけでもかなりの価値があったのに、史上初の女性鳥騎族(とりきぞく)で更に最年少。飛躍的にその価値を跳ね上げたものの、子供を産めないと言われればまた選び直しさ。強力な後ろ盾が欲しいのに、次代を残せないなら真っ当な家は難しい。更に大鳥が認める人物でなければならない。……さて、どうしたものかなぁ」


 そう言うフィーギス殿下は途方に暮れているようだ。


 貴族夫人の第一の役割は血を繋ぐ為に次代の子――出来れば嫡男を産む事だ。それが何よりも大事で、出来なければ身内から、社交界から、多方面から(さげす)まれる事になる。最初から産めないとわかっているなら行かず後家となり、ひっそりと社交界から消えた方がずっとマシだ。


 が、残念ながらセイドは今、ソフィアリアが王鳥妃(おうとりひ)となった事で男爵家の末席ながら最も注目を浴びる家となってしまっている。おそらく家族構成は既に広く割れており、五歳のクラーラにまだ婚約者がいないと知られているのだろう。

 一過性ならまだしも、ソフィアリアが王鳥妃(おうとりひ)であり続ける限りセイドは注目は浴び続ける(はず)だ。だから社交界からひっそり消える事も、死んだ事にして雲隠れする事も不可能なのだ。


 そして婚約者未定のクラーラには早急に盾となり、皆が納得のいく婚約者をあてがう必要がある。決まらない限り縁談が止まず、最悪強行手段に出る家がないとも限らない。そんな暴挙を許す訳にはいかないのだ。


 それに、ただでさえセイドというだけで注目の的だったのに、今や本人も史上初の女性鳥騎族(とりきぞく)だ。セイドの家から二人も大鳥と関わる娘が輩出された事により、セイドの血が混じれば大鳥と関わりが持てると期待する家が後を絶たなくなるのは目に見えていた。

 が、娶ったところでクラーラは子供を産めないのだ。期待した分だけ落胆も大きく、その矛先が全てクラーラに行く。だから下手なところには嫁がせられないし、双子の大鳥も認めないだろう。


 なのでそこそこ名があって盾となれ、子供を産めなくても問題がなく、更に大鳥が許可を出す家を見つけなければならない。貴族に嫁ぐのに子を望まれていないなんて通用するはずがなく、仮に通用しても盾となるには心許なく、そもそも大鳥は基本貴族を嫌うので難航を極めるはずだ。


 ソフィアリアは社交界に出入りする前にここに来たので書類上でしか相手を測れず、手助けしてやれない。こんなに難しく、また実家の事なのにフィーギス殿下に任せるしかないのが申し訳なかった。


 ふと、フィーギス殿下はチラリとサピエを見る。


「サピエ卿、少々年齢差はあるがどうだい? クラーラ嬢が契約した大鳥は君の大鳥の子供だ。ティア・スキーレは侯爵家、家督を継がないサピエ卿に子は望まれていない。悪くない話だと思うけど?」


「来ると思いました〜……。いやいや、殿下の少々の定義どうなっているんです? ほぼ孫の年齢ですよ? クラーラ嬢が結婚可能な年齢になったら私は五十六。歳の差婚にも程があるでしょう!」


「……孫? 五十六?」


 サピエを見て愕然(がくぜん)とする両親と軽く目を見張るプロディージに、そういえば名前と家名は伝えたが、年齢までは教えていなかった事を思い出す。

 無理もない。サピエは見た目だけなら二十代前半の儚げな美人だ。それがまさか両親より年上だなんて思いもしなかっただろう。

 正直、クラーラが成人しても見た目は変わらない気がするし、なんなら大往生を迎えるその日まで、このままなのではないかと思っている。クラーラが大人になれば見た目は釣り合いそうだが、そういう問題ではない。


「それに、私ではクラーラ嬢を守りきれませんよ。鳥騎族(とりきぞく)ですので長生きするとは思いますが、おそらくギリギリ再婚可能な年齢で放り出す事になると思うんですよね。そうなればまた更に悪条件のもとで探し直しです。あと、うちの家は表向きは大鳥様を好いているように見えますが、内心あまりいい印象を抱いてませんよ。まあ私のせいですが」


「おや、そうだったのかい? それは気が付かなかったよ」


「嫌いだけど恩恵は受けたいから好意的に見せかける。普通ではないでしょうか」


 つまらなそうにそう言うサピエはあまり家を好きではないのだなと思った。まあサピエは特に大鳥を好きでくれてくれるので、自分を介していいように利用するような扱いに憤慨(ふんがい)するのも無理はない。


「ふむ。実は前から第一候補だったのだけどね?」


「やめてあげてくださいよ……おじさん通り越しておじいちゃんの年齢ですよ? クラーラ嬢が可哀想だと思わなかったのですか? とにかく、どうしてもというならお引き受けいたしますが、決断の先延ばしにしかなれませんのでオススメ出来ません」


 きっぱりとそう言われてしまっては諦めるしかなさそうだ。ソフィアリア的にもサピエはとてもいい人ではあるが、歳の差四十歳は少しどうかと思うのであまり強くは言えない。


 フィーギス殿下も第一候補とか言いつつ今まで話にのぼらなかったのだから、やはり歳の差が気になったのだろう。本人にも言われてしまったし、今度こそ諦めるしかなさそうだ。


「……フィー。現実的な最適解があるとわかっていながら、自分の理想があるからと目を逸らすのは感心しないな」


 と、ここで口を開いたのはラトゥスだった。いつもの無表情ながらも、目には呆れが宿っているように見える。


 途端、隣に座るフィーギス殿下は嫌そうに顔を(しか)めた。そして首を横に振る。


「だけどね……」


「だけどではない。君は自分が大恋愛をして、周りも運良くそうだったからと言って、それを求め過ぎだ。本来貴族なんて政略結婚が当然で、愛情なんて後付けに過ぎない。だから何も躊躇(ためら)う必要はないだろう」


 ごもっともな正論を説くラトゥスのその中身が見えなくて首を傾げる。

 

 と、ラトゥスはソフィアリアを……というより、ソフィアリアの膝に乗せられたままのクラーラを見て、言った。


「クラーラ嬢は僕と結婚すればいい。少々年齢差はあるが貴族としては常識的な範囲だし、それが一番だろう」




王鳥が詳しい事は言えぬとぼかした部分は、第一部番外編「右手と左手」で王鳥が独白しております。

なかなかおっかない真相です。

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