史上初の女性鳥騎族 2
おやつ時の少し前。いつもなら執務室や応接室で対話するのだが、今日は人数が多いので、温室のソフィアリアがいつも勉強会を開くスペースに集まっていた。
ここは開放的で難しい話をするのには向かないのだが、そこは王鳥に外部からこの部屋の中を覗けないようにする魔法を使ってもらっている。声だって漏れないようだ。
一部ガチガチになっている者の緊張を解きほぐしながら待っていたら、ガチャリと扉の開く音とこちらに向かってくる足音が聞こえた。
「やあ、待たせてすまないね。で? ただでさえ忙しいというのに急かされて、しかもここに連れて…………」
待ち人であるフィーギス殿下は片腕を上げて笑顔で嫌味を言ってきたが、ソフィアリアとオーリムの間で双子の大鳥――ピーとヨーという名らしい――を抱えながら温室内をキョロキョロしているクラーラの姿を目に留め、スッと無表情になり口を閉じる。その後ろに居たラトゥスも軽く目を見張っていた。
フィーギス殿下の姿を見てソファから立ち上がり、その場で膝をついたのはプロディージと父、そしてサピエ。カーテシーをしたのは母と、そして――
「まあ! おーたいし殿下だわ! ピーたん、ヨーたん、ちょっとおんりね。……おうぞくのみなさまへの礼」
「ピー」
「ピヨー」
フィーギス殿下を見て目を輝かせながら、クラーラも立ち上がってちょこんとカーテシーをしてみせる。ついでに双子もクラーラの真似をしていた。――頭を下げたサピエから、そんな双子を盗み見ている視線を感じる。
「……顔を上げて楽にしたまえ。ここからは半分プライベートだからそう畏まる必要はないよ。――さて、ものすごーく嫌な予感がするのだが、色々と説明してもらおうか?」
フィーギス殿下が引き攣った笑みを浮かべつつソフィアリアの対面のソファに腰掛けるのを見て、立ち上がった四人もそれぞれソファに座り直す。
ガチガチに緊張しているのは両親で、膝の上で握りしめていた手が震えているが、クラーラは目をキラキラさせながら、フィーギス殿下から目を離せなくなっていた。双子もクラーラの腕の中に帰ってきている。
「……この大鳥の子供達が、一昨日フィー達に話した大鳥の双子だ。そしてついさっき、クラーラ嬢がこの双子の鳥騎族になった」
「なんだって?」
「まずは紹介させていただいてもよろしいでしょうか? フィーギス殿下はわたくしの両親とクーちゃんははじめまして、ですよね」
ソフィアリアはそう言って視線を両親に向けると、父は冷や汗を大量に吹き出しながらバッと頭を下げる。母もそれに倣った。
「はっ、はじめまし、てっ! セイド家当主、ティミドゥスともも、申しますっ! 王太子殿下にこうしてお会い出来た事、きょきょ、恐悦至極で、ごごございますっ!」
「はじめまして、王太子殿下。妻のレクームと申します。お会い出来て光栄にございます」
「はじめまちて、おーたいし殿下! クーは……あたくちは、クラーラともーします! この子はピーたんで、この子はヨーたんって言うんですの。ピーたん、ヨーたん、ごあいさつ!」
「ピ!」
「ピヨ!」
あまり作法のなっていない両親とクラーラにプロディージが静かに溜息を吐いたのが視界の端に見える。だから会わせたくなかったと言わんばかりだ。
「セイド男爵と夫人には別の形で会いたかったのだけれどね? いつかゆっくり話をしようではないか」
「こっ⁉︎ こここ光栄にごっ、ございますっ‼︎」
この調子ではいつかが来ても父はゆっくり話せなさそうだと苦笑しつつ、こういう反応も慣れているのかフィーギス殿下はそれらに気にする事なく一度頷くと、クラーラと双子に視線を向けた。
「急に王が城に来て、何の説明もなく出来るだけ早く来いと言われて来てみれば、随分と愉快な事になっているね? で、リム。もう一度詳しく説明してもらえるかい?」
「いや、余が説明しよう」
と、急に雰囲気を変えたオーリムに注目がいく。オーリム――王鳥はソフィアリアを引き寄せようとしたのだが、間にクラーラがいるのを思い出して渋々と腕と足を組んで踏ん反り返る。ソフィアリアとしてもこの大人数の前でいつものようにされるのは抵抗があったので、どこかホッとした気分だった。
王鳥はポンっとクラーラの頭に手を乗せ、ゆるゆると撫でながら、言った。
「さっき話した通りだ。ここにいるクーが鳥騎族となった。史上初の女性鳥騎族、史上最年少の五歳、しかも史上初の双子の大鳥と二羽同時契約に、その大鳥も生後二日と最年少、更に侯爵位ときた。ここまで重なると、余も何とも言えぬよ」
「ははっ、私も突っ込みどころが多過ぎてどこから聞いていいのか戸惑うばかりだよ。じゃあまずは双子の事から片付けようか。……その双子、侯爵位だったのかい?」
色々勘弁してくれと言いたげな笑みを貼り付けて、お互い頬擦りし合っている双子を見る。王鳥は疲れたように溜息を吐いた。
「ああ、そうだ。どうせ人間とは契約出来ぬと思うて黙っておったのだよ。片方しかおらぬと何も出来ぬから、人間でも捕まえられる可能性のある双子がよりによって侯爵位。バレると面倒だろうと思って一切黙っておったのが間違いだったな」
「……まあ、別に知りたくなかったけどね」
はあーっとフィーギス殿下も溜息を吐き目元を覆う。王鳥と話せる唯一の王族だから振り回され続けている彼を、ソフィアリアですら不憫に思ってしまった。王鳥妃として、色々申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「私からもよろしいでしょうか? うちの子……いえ、双子は生後まだ二日で親元を離れてすらおりません。長時間飛ぶ事すら危うい幼い大鳥様でも、契約する事は可能だったのですか?」
手を軽く上げてそう質問するのはサピエだ。フィーギス殿下の前だからか畏まった話し方をしていて、普段とのギャップがなかなか凄まじい。
目だけは好奇心で輝いているうっすら笑みを刷いた澄まし顔は、まさしく高位貴族だなと思った。社交界から離れて随分経っているはずだが、身に沁みた作法は消せないものらしい。
「普通はせぬよ。親に甘えたい時期だから、人間に近付きたいと思う事すらないはずだ。……が、この双子は侯爵位だ。大鳥は爵位が上がるほど、我が強いからな」
「そうだったのですか」
サピエすら驚いているから誰も知らなかったのだろう。でも、プロムスと契約しているキャルの個性的な様子を見ていればなんとなく納得出来る気がする。キャル程個性の塊のような子もなかなかいないだろう。
壁際で控えるアミーとプロムスもそう思ったのか、頷いていた。
「それに、クーはよほど大鳥と波長が合うのだろうな。昨日も契約していない大鳥と遊んでおったそうではないか。双子は遊びたい盛りで親が鳥騎族と契約しておるから人間にも慣れておるし、一緒に遊ぶうちに親と同じように契約したいと思うようになったのか。……余も想定外ぞ」
それを聞いて、今回の契約は色々とタイミングがカチリと噛み合ってしまった結果なのだろうと思った。少しでもズレていれば、こんな事にはならなかったのかもしれない。
大鳥に興味津々のクラーラと遊びたい盛りの人間慣れしている双子の大鳥が今のタイミングで出会ってしまい、何も知らないまま、仲良くなる延長のような形で契約を結んでしまった。
クラーラが大鳥にここまで好かれる子ではなく、もう少し大人で大鳥の事を理解していれば、双子が生まれたばかりじゃなければ、きっとこうはならなかったと思う。
双子はクラーラの腕から離れて王鳥にジャレ始めている。子供だからか、じっとしているのも飽きたらしい。クラーラもそわそわし始めていた。
そんな双子を、少し離れたところから親であるウィリと伴侶が困ったように見つめている。あの子達も心境は複雑なようだ。
「先日双子の大鳥様は伴侶は得られないと言っておられましたね。でも契約は可能だったのですか?」
「それも侯爵位だからに他ならんよ。普通は無理だったが、力の強さがそれを可能にしてしまったまでの事。ああ、でも伴侶は得られぬからな? こればかりは力の強さは関係ない」
「なるほど。……ウィリっち、ウィリは男爵位なのですが、男爵位の親から侯爵位の大鳥が生まれるものなのですか? もしくはウィリの伴侶の大鳥様が高位でいらっしゃるとか?」
「子の爵位に親の爵位は無関係ぞ。というか大鳥は遺伝というものがない。見た目も全く違うであろう? ちなみにウィリの伴侶は同じ男爵位だ。まあ伴侶の爵位なぞ大鳥は全く気にせぬがな。これは人間向けの記号に過ぎぬ」
そう教えてもらったサピエは今すぐノートに書き記したそうにしていた。こうして双子が契約しなければ生涯知る事のなかった新情報の山だ。研究者としての血が騒ぐのも無理はないと思う。
「……女性でも鳥騎族になる事は可能だったのですか?」
ラトゥスの問いに、王鳥はスッと目を細める。
ソフィアリアはそれは疑問には思わなかった。だってアミーがずっとキャルに契約を迫られていたのは知っているのだ。
残念ながらアミーが応える事は終ぞなかったが、迫るからには出来る出来ないで言えば、出来るのだろう。
ラトゥスもそれを知っているはずなので、一応確認しておきたかったというところか。
が、何か王鳥が言い淀んでいるのが気にかかる。ソフィアリアは王鳥の方を見て首を傾げた。
「王様?」
「ああ、まあこうなっては仕方がないか。……契約可能だが、遥か昔から人間の女とは契約せぬように通達しておった。キャルはその静止も聞かず暴走した結果だ。あやつも侯爵位だからな」
「それは何故です?」
ラトゥスが追撃すると、王鳥はソフィアリアの両親の方に視線を向けた。大鳥の事はあまり知らず、話にいまいちついていけていなかった二人は突然視線を向けられてギョッとしている。
「義父上、義母上。余はそなた達に詫びねばならぬ事がある」
「ぅえっ⁉︎ えっと、はい、何っですかっ?」
「大鳥と契約し鳥騎族となった女はな、子を産めなくなるのだ。――クーはもう、子を望めぬ」
ピシリと、温室の空気が凍りつくのがわかった。
何もわかっていないクラーラだけは、ウロウロしていた双子を抱き寄せてキョトンとしているだけだったが。




