史上初の女性鳥騎族 1
「もう! 甘い、甘いわソフィ! ソフィは何もわかってないっ‼︎」
メルローゼの部屋にて、ソフィアリアはメルローゼから激しい叱責を受けていた。
ソフィアリアなりにこの大屋敷に呼ぶ行商について考えを纏めたのだが、やはり商人から見たら詰めが甘かったようだ。よく出来た計画書だと自信を持って提出したのに、こうも叱られてはしょんぼりしてしまう。
「そう? わたくしなりに一生懸命考えたのよ? これ以上手数料を高くするとお店の人が全然儲からないから誰も来てくれなくなりそうだし、安くするとわたくし達がお金を稼ぐ事が出来ないわ。行商の品目は検問所さえ突破出来れば問わず、飲食の出店以外は出来ればあまり被らないように呼びたいって思ったのだけど、そんなにダメな事かしら?」
「お・馬・鹿っ‼︎ そもそも大鳥様が座すこの神聖な大屋敷で儲けようなんていうのが間違っているのよっ‼︎」
ここに来てまさかの行商計画全否定である。さすがのソフィアリアも頰に手を当て、唖然とする他ない。隅に控えている侍女達も目が点になっていた。
そんなソフィアリアの反応がまだ気に入らないのか、キッと眉を吊り上げて指を指してくる。ヒートアップしたメルローゼは淑女教育というものが頭から抜け落ちてしまったらしい。
「いい? 未だかつて大鳥様相手に商売をし、物を売ったという商人はいないのよ? まさしくお客様は神様なの。文字通りねっ! この大屋敷で商売出来るという栄誉の他、そんな大鳥様がお金の代わりに対価として自らの羽根をくださるなんて、商人にとってこんな誉はないわ! 軒先に飾って見せびらかすだけで自慢出来る素晴らしい物なの!」
力説しているが、その希少性はソフィアリアにもわかっている。大屋敷で商売出来たというのも行商人にとってはこれ以上ない信頼証明となるのだって理解しているのだ。
だから手数料はギリギリまで盛った。けれどメルローゼの言い分を察するに、まだ上げろという事か。
正直これ以上上げてしまうと、店によっては赤字だろうと思うので気が引ける。ただでさえ大鳥様の望んだ分はお金ではなく羽根で賄ってもらうのだ。その羽根も転売なんて許さなれないし、特別な効力はない。
「でも、せっかくだから何度もここで商売をしたいって思ってもらいたいわ。記念に一回来て満足なんて悲しいじゃない。その為にはきちんとお金を稼げるというのも大事だと思うの」
「よっぽどお馬鹿さんじゃなければ何度だって来るわよっ! まあ出店倍率が凄い事になりそうだから、随分間が開くと思うけど。……いい、ソフィ? さっきも言ったけど、ここで儲けようとするのがそもそも間違いなの。ここに来る行商人はお金を稼ぎたいんじゃない。信用を買いたいの。大屋敷に出入り出来た、大鳥様にうちの品物を買ってもらえたなんて、どんな証明書よりも信用を得られるもの。お金なんて赤字でいいのよ」
その言葉に目をパチパチと瞬かせる。儲けようとする事が間違いというのはここではなく、呼ぶ行商人の事だったらしい。
「それに、大鳥様の羽根を飾っておくだけでそのお店は集客が見込めるわ! そうやって外で稼ぐんだから、ここでは稼がなくても問題ないのよ。羽根を集める為に何度もここに来たがるんだから何も心配しなくても大丈夫。……でも、商人の事まで考えてくれてありがとう。その気持ちは嬉しいけれど、商売をしたいならもっと貪欲になるべきよ。価値を低く見積もるのは、大鳥様に対しても失礼だわ」
言われてハッとする。ソフィアリアは知らず知らずのうちに大切な自分の民を安売りしようとしていたらしい。そんなつもりはなかったとはいえ、やってしまった事実は消えないのでしょげてしまう。
「……メルの言う通りね。はぁ〜、わたくしったら本当にダメね。メルに相談してよかったわ」
「仕方ないわよ。ソフィは誰も損をさせず、万人に等しく幸せが訪れる事を考えなければいけないけれど、商売は自分の提供する品でどこまで相手から搾り取れるかを見極めるお仕事だもの。言ってしまえば性質は真逆だわ」
「ふふっ、そうね。わたくしも商売をするつもりがあるのなら、もっときちんと学ぶべきね?」
「……ソフィが商売の事まで学び始めたら私なんてすぐ追い抜かれる気がするけど。まあ、いいわ。それとね、最初の方はぼったくる勢いで手数料を釣り上げて、出店倍率が落ち着いたら徐々に下げていくって手もありだと思うわよ」
「まあ! そうね、それがいいかもしれないわ。そうすれば安くなった頃に、今まで高くて来れなかったけどこれならって考えてくれる人も増えるかもしれないもの」
ソフィアリアとしてはリピーターも大事だが、出来れば色々な物を見られるように、たくさんの人に来てもらいたかった。毎回別の出店を見られた方がきっと楽しいだろう。
この大屋敷に住む人達が退屈しないように、楽しく快適に過ごしてもらう事が第一なのだ。もちろん、人間だけではなく大鳥だってそうしてほしいと願っている。
「なら、その方向で詰めていきましょう? まずは――」
「きゃあああっ⁉︎」
と、突然バンッとバルコニーの方の扉が勢いよく開かれ、悲鳴が上がる。ソフィアリアは悲鳴は飲み込めたが、何事かとそちらに目を向けると――
「……王様?」
いつの間にか帰ってきていたらしい王鳥がバルコニーに居た。けれど様子が変だ。なんとなく焦っているような気がする。
そんな事を一瞬で判断している間にフワッと身体が宙に浮き、王鳥に引き寄せられていく。突然過ぎて色々とついていけないが、流されているだけという訳にもいかない。
「っ! メル、何があったかわからないからこの部屋で待機してて。アミー達もよ! わかったらすぐに連絡を寄越すからっ!」
「え、ええ……。計画を詰めて待っているわ。ソフィも気をつけて」
「王様が居るから大丈夫よ。何も心配はいらないわ。ね?」
「ピィ!」
王鳥の上に乗せられたソフィアリアがその首筋を撫でると、王鳥は当然とばかりに鳴き、空へと飛び立った。
そういえば一人で王鳥に乗るのは初めてで、何も感じず座っているような感覚だが、少し不安定だと思いギュッと王鳥にしがみついてしまった。いつもオーリムの支えに助けられていたらしい。
「ピー……」
「ふふ、大丈夫ですよ。今は一人で乗るのは慣れてないだけで、怖くはないのです。だって王様の背中ですもの」
「ピ!」
王鳥に心配されたようだ。いつも側にある温もりがないのは寂しいが、王鳥の背中も安心出来る場所なので怖くはない。
広場に出た時、思わぬ物が視界に入って固まってしまった。瞬時に何故王鳥が迎えに来たのか理解するが、うまく頭が働いてくれない。
「っ! フィアっ!」
降ろされた広場には、既に様々な人が集まっていた。オーリムにプロムス、サピエとウィリとその伴侶、プロディージに両親と母につけた侍女パチフィー、そして……妹のクラーラのお目付け役のベーネ。
他にもこの場に居合わせた鳥騎族やその希望者、人が集まっているのを見て寄ってきた使用人なんかも遠巻きに居た。
そして全員の視線の先は遥か上空で固定されていて、全員驚きで固まっていたり青い顔をしたり……大鳥達ですら、心配そうに上空を眺めている。
その表情はみんな、あまりいいとは言えなかった。
「あのっ、王様、リム様。何故こんな事に……? それにあれはクーちゃんと……⁉︎」
「……ウィリっち達とおいらの双子ちゃん達っスね……」
そう。遥か上空に居るのは妹のクラーラと、二日前に生まれたばかりの双子の大鳥だった。何故こんな事に、一体何がとソフィアリアですら表情を取り繕えない程の大混乱だ。
双子の大鳥は五歳の女の子を背に乗せられる程大きくはない。大人の両手の平に乗る程度の双子は、それぞれその小さな鳥足でクラーラの両手を握って一生懸命飛んでいた。
だが生まれたばかりで飛び慣れていないのかフラフラしていて、カクッと高度が下がる度に悲鳴とどよめきが広がっている。おそらく落ちても王鳥が助けてくれるだろうが、見ていてとても心臓に悪い光景だった。
プロディージは冷静に難しい顔をしているだけだが、両親は真っ青を通り越して気絶寸前。一番狼狽えていたのがクラーラのお目付役のベーネだった。
「お、お嬢様ーー! 戻ってきてくださーいっ‼︎ ほんとマジ危ないですからーー‼︎」
あわあわしているベーネを慰めたいが、ソフィアリアもこの状況に言葉が出ない。みんな、固唾を飲んで見守る事しか出来なかった。
ようやく満足したのか、クラーラと双子がこちらに向かって降りてくる。気を失っていないだろうかと心配したが、近付くにつれケラケラと楽しそうな笑い声が聞こえたのでその心配はないようだ。――それはそれで、もっと別の心配があるのだが。
「ク、クーちゃんっ!」
「クラーラっ⁉︎」
「お嬢様ぁ〜‼︎」
やがて地面に着地したクラーラは、満面の笑みだった。ソフィアリアに両親、ベーネがそんなクラーラの側に駆け寄る。
「クーちゃん、どこも痛くない⁉︎」
「うんっ! ぜんぜん痛くないよ? ぶらーんってなってもバンザイしてるみたいでね、ふわふわしてたのっ! お空のおさんぽ、とっても楽しかったのでしゅわっ!」
くふくふ笑っているクラーラは足元に擦り寄ってきた双子を両手で抱えると、まるで大切なぬいぐるみを紹介するかのようにみんなに見せつけた。
「あのねあのね、この大きなヒヨコさん、おはなし出来るのよ? すごいね〜! しかもね、ピーたんとヨーたん、こーしゃくさまなのでしゅって! ごりっぱねぇ〜」
「はっ…………?」
その発言に一同一斉に凍りつく。唯一鳥騎族に理解がない両親だけは、クラーラの無事を確かめながら大鳥様の子供を離すよう懸命に説得していた。もちろんイヤイヤしていたが。
「……あの、リム様……?」
ぎこちない動作でそばに寄って来た王鳥とオーリムに視線を向ければ、王鳥はじっとクラーラを見つめていて、オーリムも必死に動揺を隠そうとしていた。彼も受け止めきれないらしい。
「…………契約が成立している」
「まさか……」
「クラーラ嬢は女性、それも最年少で、更に二羽同時契約した史上初の鳥騎族になった……」
「…………しかも侯爵位っスか……」
あまりの事態に、場はシーンと静まり返っていた。




