初恋のやり直し 5
「フィアさえ居なければってロディが言い出した事だろ? フィアはここで暮らして、二人の仲を取り持つような事はもうしない。なら、望み通りフィアの居ないところでやり直せるチャンスじゃないか」
何を当たり前の事をと言わんばかりにふんっと鼻を鳴らしてそう話せば、プロディージは少々慌てながら口を開く。動揺を隠せていないのは、それだけメルローゼの事となると必死になってしまうという事だろうか。その気持ちはオーリムにもよくわかる。
「け、けど王鳥様のせいで近寄れないし、第一姉上は僕達が離れる事を望んでいるしっ!」
『無理矢理襲うような真似は看過出来ぬが、やる気があるなら防壁を解いてやってもよいぞ』
「王は無理強いをしないなら防壁は解いてやってもいいと言っている。それに、フィアは二人を引き離したい訳じゃない。二人の間にフィアが居る現状を壊して、一からやり直してほしかったんだって言ってただろ」
「……それに、ローゼはもう……」
「言い訳ばかりだな」
ピシャリと言い放つと、プロディージはグッと息を詰めていた。俯いてしまったのを見て溜息を吐き、テーブルの上のマフィンに手を伸ばして小腹を満たす。
「……まあ、やり直す気がないならそっちは好きにすればいい。どのみちロディには仕事を手伝ってもらわなければならないし、あまり空き時間はない。全てを諦めて仕事に悩殺されるも良しだ。この大屋敷に居る時間をどう使おうが俺は口出ししない。ただし、姉離れだけはきちんとしろよ」
それだけは忘れずにきちんと伝えて、立ち上がって仕事に戻る事にする。本当はソフィアリアと少しでも話したかったのだが、これだけは真っ先に伝えておきたかったのだから仕方がない。会話はまた明日の出立前の楽しみに取っておく事にした。
『そなた、妃と両想いになってから多少人の様子を察せるようになったな? 少しは気持ちに余裕が出たか』
くつくつと揶揄うように笑っているが、どこか嬉しそうだった。王鳥から向けられる温かい目がなんだが気恥ずかしくて、ついそっぽを向いてしまう自分の可愛くなさも大概だなと思う。
「……フィアの猿真似だ。フィアは人と話す時、相手の表情と心の内をよく観察しているから、同じものを見たくて真似してる。でも実際まだまだだと思う」
『まあたまにズレるのは致し方ない。そのうち慣れるだろうて。……二つ訂正してやるが、そなたがプーを放っておけないのは余と似ておるからではないぞ。其方に似ておるからだ』
「俺とロディはそれほど似ていないと思うが?」
『似ておるのだよ。今のプーと、妃を諦めておった頃の其方がな』
そう指摘され渋面を作る。あまり思い出したくなかったが、そう言えばあの時のオーリムも今のプロディージのように、ソフィアリアの平穏と幸せを願い、身を引いて諦めようとしていたのを思い出した。今となっては黒歴史だ。
それにプロディージがもう遅いと後悔していた時の表情は、ソフィアリアの過去を聞き、オーリムが考えなしに詰った言葉がソフィアリアを悪人に変えてしまったと後悔した時の気持ちを思い出させた。
なるほど。そう考えてみればやはりオーリムとプロディージは双生らしい。
『双生といっても似通うのは纏う気だけで全くの別人ぞ。無理矢理探せばどんな他人からも似ているところを探し出せるわ。それが双生だからと思うのは安易よ』
「なら、双生なんて黙っていればよかっただろ。おかげで変に意識する羽目になっている」
『黙っておれば実年齢も誕生日も知らないままだったであろう?』
「……別にフィアより年下だったなんて知りたくなかった」
誕生日を知れないのは惜しいが、黙っていてくれればせめて年齢だけは上で、一季だけは同じ歳だと思い込めたのだ。
一歳違いで秋生まれのソフィアリアと冬生まれのオーリムはもう二度と同じ歳になる事はない。それが少しだけ寂しい。
『人間とは、つくづくどうでも良い事にこだわるのぅ』
呆れたような声音を出す王鳥に、なんだか拗ねた気持ちになって無視をする事にした。
『それと、ラズを慰めただけでプーが手酷く妃を詰ったのは、別に其方らの仲を妬んだのではないぞ』
「……なら、なんでだ? あれはいくらなんでも理不尽だろ」
『妃は人から好かれる事に関しては天賦の才があるからな。それだけだったらまだよかったのだが、なまじ統治する知識を得てしもうたせいで、上に立とうとする人間は立場を乗っ取られやしないかと妃の存在に危機感を抱くのだ。セイドの次期領主となるプーに次代の王、あと未だガキ大将気分であるロムもだな。この三人は特に、妃に好感は抱きつつも同時に恐怖を感じるのだろうて。どちらかといえば忠実な臣下向きなラズには、この感覚は理解出来ぬよ。むしろそんな妃に頼もしさすら感じているのだろう?』
後者は頷く。けれど前者は説明されてもさっぱりわからなかった。立場を乗っ取るなんて、ソフィアリアがそんな事を望むはずがないのに、何をそんなに警戒する必要があるのだろうか?
「……王もそう感じるのか?」
オーリムの間近で誰よりも上に立つのは王鳥だ。オーリムは何も感じないが、王鳥はソフィアリアの事を愛しつつも、フィーギス達と同じようにどこか警戒心を抱くのかと疑問が湧いたので聞いておく事にする。
正直頷かれても困るのだが、聞かない訳にはいかないだろう。
『いや? そもそも余は人間とは格が違う。妃程度、卸せて当然だろう? そなたも妃も、余についてくれば良いのだ』
それを聞いて一安心だ。さすがのソフィアリアも王鳥にそんな風に思われていたら落ち込むと思うので、先導しつつも寄り添ってくれるならそれでいい。
まあ、フィーギス達の気持ちはオーリムには理解出来ないと言い切られてしまったので深く考えない事にする。ソフィアリアに直接危害を与えようとしない限りはどう思おうが自由だ。
ふと、半年前にプロムスがソフィアリアに関して、人に好かれるのは凄いが怖いと話していたのを思い出した。……その時から心の中ではずっと疑っていて、フィーギスの諜報員なんてやっていたのだろうか。
表向きは良好な関係を築きつつ、裏で疑われていたと知ったソフィアリアは傷付いていないだろうかと心配になってきた。昨日は情報過多でつい忘れていたが、本音を引き出して慰めておけばよかったと今になって後悔する。
『妃はロムから探りを入れられていたのを気付いておったぞ。その事で罪悪感を感じ始めたロムにあえて、そのまま疑いの目で見ていてほしいと頼んでおったくらいよ』
「……そうなのか?」
『何を面白くなさそうな顔をしておる? そなたとロムが仲違いせぬよう黙っていたのだ。そのくらいわかってやれ。……それに、妃はあれでも貴族として、いやそれ以上の教育を受けておるのだから、表向きの顔と本音が違う事くらいで傷付かぬさ。其方も人から感じる悪意以外で、そういう事を察せるようになれればよいな?』
くつくつ笑うこの声は絶対無理だと馬鹿にしているのだろう。オーリムだって出来る気はしないが、正面から堂々と言われれば面白くない。
その他大勢はともかく、ソフィアリアが本音を隠しがちで、自分の気持ちを押し殺して悪人になってでも周りを助けようとする傾向にあると最近わかってきたので、それだけは見逃さないようにきちんと観察しておかなければなと思った。オーリムが手を伸ばせる範囲はそのくらいが限界だろう。
『――そうだな。そなたはそれでよいのだ』




