初代王鳥妃として 5
「つかぬ事を伺いますが、代行人様はダンスは踊れますか?」
また王鳥とフィーギス殿下は言い争いを始めたようなので放置する事にして、隣に座る代行人に話しかける。二人の言い争いもだいぶ見慣れてきたものだ。
「いや、踊った事はないし初めてだ。……本番まで練習するし、覚えきれなかったら王に知識を貰うから君に恥は絶対にかかせない」
「踊れる事自体が嬉しいので恥だなんて思いませんよ。実はわたくしも本番は初めてなのです。お互い頑張りましょう?」
「そういえばセイド嬢はデビュタントの時もダンスの時間にはもう居なかったようだね」
粗方言い争いが終わったのか、フィーギス殿下が割り込んでくる。当時デビュタントを迎えた令嬢自体がそんなにはいなかったので、こっそりいなくなった事はどうやらバレていたらしい。
「申し訳ございません。エスコート役の父も社交界には不慣れでして。来年弟と友人がデビュタントを迎えてから一緒に社交を始めるつもりでしたので、ご挨拶だけでお暇させていただいておりました」
「構わないよ。そのへんは自由さ。……なら、ダンスの先生は必要かい?」
そう言われて少し考える。おそらく大丈夫だという自信はあるが、念の為見てもらった方がいいかもしれない。
「……そうですね。最終確認だけでいいので、お作法と一緒に一度だけお願いしますわ」
「おや、結構自信がありそうだね?」
「ええ、まあ。弟と友人と練習して、先生にも合格点をいただきましたもの」
「それは頼もしい! まあ作法は私からは完璧に見えるけどね。リムは?」
「王に習うからいい」
どうやら王鳥は踊れるようだ。王鳥は代々の記憶や知識を継承するらしいので過去に習った事があるのだろうか。
「女性役が必要でしたら遠慮なくおっしゃってくださいませ。いくらでもお付き合いいたしますわ」
「う、わ、わかった……」
ダンスの練習で意識する事ないと思うのだが、やはり密着するからか照れるようだ。こうやって照れさせるのがちょっと面白くなってきたと思うのは意地悪だろうか。
「リムはすっかり尻に敷かれているね」
「うるさい」
「わたくしではまだまだですわよ。――フィーギス殿下。さっそくで申し訳ないのですが、二つお願い事をしてもよろしいでしょうか?」
少し真面目な話になるので姿勢を正し、まっすぐフィーギス殿下を見据える。ソフィアリアのそんな態度にすっと一瞬目を眇めたが、またいつもの人の良さそうな笑みを浮かべて戯けるように口を開いた。
「さっそく役に立てるようで嬉しいとも。なんだい? ドレスなら前季に自宅で採寸してもらってからもう作り始めているよ。王達と選んだから期待していてくれたまえ」
それを聞いて、要望と舞踏会を同時に話題に出してきた理由がわかった。なるほど、令嬢らしくドレスや宝石を強請るだろうと思われていたのか。
「まあ! 楽しみですわ。……それとは別に、全然違う事も頼んでよろしいでしょうか?」
だが残念ながら豪奢なドレスも宝石も、田舎者の男爵令嬢であるソフィアリアには縁遠く、ここに居ればおそらく社交も出来ないので全く必要ないものだ。
令嬢らしくないと思われようが、今はもっと必要なものが他にある。
「私に出来る事かな?」
「ええ、もちろん。フィーギス殿下が一番詳しい筈ですわ。――王城にある貴族名鑑を貸していただきたいのと、フィーギス殿下の政敵の方々の一覧を、わたくしにもお教えくださいませ」
シーンと室内が静まり返ったが、めげずに笑みを浮かべたまま待つ事にした。今後の事を考えればどうしても必要な事だから、こればかりは譲れない。
「……ふむ。また意外なものを強請られたね?まず、貴族名鑑の貸し出しというのは?」
「王鳥妃として立つならば、何かあった時の為に貴族の顔と名前を覚える事は必須だと思ったからです。領地である程度学びましたが、おそらく情報が古く半分程度しか載っていなかったと思いますの。ですので最新の、それも王城にあるような詳しい情報がほしいのです」
「……なるほど? 貸すのは構わないが、相当分厚いよ?」
片眉を上げ、観察するような視線を受けても、両手をパンッと合わせて嬉しそう笑って見せ、気付いていないフリをした。
「まあ嬉しい! とても覚え甲斐がありそうですわね。大舞踏会までまだ一季半はありますもの。それまでにはなんとかしてみせますわ」
それだけの時間があれば充分だ。幸い少しは頭に入っているので、一から覚えるよりはずっと楽だと思う。
「ちなみに何か、とは具体的に何を想定しているんだい?」
「一番に考えられるのはやはりご令嬢方からのやっかみでしょうか。わたくしは元はただの男爵領の、社交もせず島都に屋敷もない田舎貴族令嬢ですもの。それがデビュタントとほぼ同時期にどのご令嬢方よりも位が上になり、フィーギス殿下とすらこうして言葉を交わす仲です。おそらく絡まれるでしょうね」
相手がどういう立場か理解するよりも自分の感情を優先してしまう人が多いのは、特に女性なら仕方のない事だと思う。そうして絡まれた場合、相手の名前を知り、家を知り、毅然とした態度をとる事によってある程度抑止力にはなると思うのだ。
万が一ソフィアリアに何かあれば王鳥が動きかねない。そのくらい大事にされている自覚はある。そうなる前に相手を説得しなければ、ソフィアリアではなく相手が困る事になるのだ。自分に絡んだ事で貴族の名前が減る事態は出来る限り避けたい。
「……俺から離れなければいい」
「基本的にそうさせていただきますが、残念ながらそうはいかない場合もあるでしょう? 舞踏会に限らず今後の人生いつ、どこで絡まれるかわかりませんもの。このくらい想定内ですし、結構口が立って悪知恵も働くので、相手を言い含める自信はありますわよ」
心配そうな表情で見つめてくる代行人に笑みを返す。気持ちはありがたいが、護られてばかりではいられない。
「ですから、背中に隠すのではなく隣に立たせてくださいませ。わたくしはもう男爵令嬢ではなく、あなた方に選んでいただいた王鳥妃なのですから」
――そう言葉にすれば、ようやく覚悟が決まった気がした。
「無理はしないでほしい」
「あら。隣に立つ為に頑張れと言ってくれた方がわたくしは嬉しいですわ。でも、そうですね。わたくしに何かあれば代行人様が責任を感じてしまうみたいですから、ほどほどにしますわ。いざという時は護ってくださるのでしょう?」
「もちろんだ」
「ピーピ」
頼もしい事だ。その気持ちが嬉しくて、場の空気も読まずくすくすと笑ってしまった。




