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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第二部 夜空の天人鳥の遊離
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初恋のやり直し 2



 まだネグリジェ姿だったメルローゼが身支度を終えるのを待ち、ソフィアリアは彼女の手を引いてとあるガゼボへとやってきた。

 冬なのに中に入ると不思議と暖かいここは、中庭の花壇を眺めながら休憩するのに最適な憩いの場だ。この大屋敷にはフィーギス殿下達以外は鳥騎族(とりきぞく)希望者くらいしか来客が居ないので、使用人が休憩中に使用しているのをよく見かける。


 花壇で花を愛でていた大鳥がこちらを向いたので笑顔で手を振って応えながら、侍女達に並べてもらった紅茶とお菓子をメルローゼと二人で楽しむ事にした。


「料理長のお菓子はとても美味しいのよ? 召し上がれ」


「う、うん……。なんだか珍しいものがたくさんあるわね?」


「この大屋敷には島中から人が集まるから、様々な郷土料理を教えてもらえるんだって料理長が言っていたわ。夏なんて大鳥様が魔法で氷を出してくれたから、氷菓子が流行っていたのよ?」


 今はもう雪もチラつく程寒い冬なので出る事はないが、夏にはこの大屋敷内で甘くて冷たくて美味しいアイスクリームやシャーベットが流行っていたのだ。特にシャーベットは誰が最初に作り出したのか、お酒を使用した大人なデザートとして、それはもう流行った。

 実年齢を知った今となっては大声で言えないが、王鳥とオーリムが特に好んでいたのだ。晩餐のデザートとして毎日のように様々なお酒のシャーベットが出てきていたらしい。ソフィアリアはフルーツが中心の甘いシャーベットだったが。


「氷いいなぁ〜。儲けられそう」


「大屋敷から持ち出し禁止です」


 そこで食べ物そのものではなく、商売する方向に思考が行くのだからさすがメルローゼである。その考えを思い浮かべなかった訳ではないが、大鳥からの善意をお金儲けに使うのはさすがに(はばか)られるので却下となった。


 メルローゼはぼんやりしながら並べられたお菓子をもそもそと食べていた。けれどあれでは、味や何を食べたのか理解していないのではと苦笑するしかない。


 朝食を終えたばかりのソフィアリアはお菓子は遠慮し、紅茶を楽しみながらメルローゼが口を開くのをじっと待っていた。


「……お義姉様が聖都に行ってしまってから半年、ディーとは何度も喧嘩をしたの」


 やがてメルローゼはお腹が膨れて少し冷静になったのか、小さな声でポツポツと語り始める。ソフィアリアが待ち望んだ事で、邪魔をせず静かに聞き役に徹する事にした。


「お義姉様は言っていたわよね? ディーには好きになってほしい人程辛く当たってしまう癖があるんだって。それを聞いていたから最初はね、言い返しつつも我慢したのよ? それだけ好かれてるんだって嬉しいとも感じていた。それは本当だったはずなの。でもね……」


 またポロポロと涙を溢すメルローゼの隣に移動して、ギュッと両手を握る。何も言わず、そんなメルローゼの側に寄り添った。


「だんだんとね、自信がなくなってきたの。言っている事は本心なんじゃないか、本当は嫌われているんじゃないかって疑い出すと止まらなくなってしまったの。だって婚約した日のディーは私に優しくするのは義務だからって失笑して、泣いたら呆れたように溜息を吐いて、あの時から全然好かれている風には見えなかったのがずっと心に引っかかっていたんだもの。よく考えたら照れてるって解釈したのはお義姉様だけで、私はその言葉が自分にとって都合がいいから信じただけだった」


 一瞬何の事かわからなかったが、あの時のプロディージの態度はメルローゼからはそう見えたのかと驚いた。けれど照れの誤魔化しと愛情を測る為にそういう行動をとってしまったプロディージに内心溜息を吐く。


 同時にソフィアリアの言葉を信じるに値しないと判断された信用のなさを情けなく思った。頻繁に手紙のやり取りはしていたし、ソフィアリアはそう思わなかったが、遠く離れた事で心の距離もすっかり開いてしまったらしい。

 (ある)いは、甘えたなメルローゼはそれだけ寂しかったという事だろうか。


「そんな考えを引き()り始めた先々週、お茶会で珍しくト……ラクトル様にお会いしたの」


 カサリと鳴った音は無視をして、すっと目を細める。メルローゼの言っているのはおそらく(くだん)のラクトル・イン・ペディメントの事だろう。メルローゼと婚約しそうになっていたイン・ペディメント侯爵家の次男で、ペディ商会の後継者だ。

 メルローゼの実家のペクーニア子爵家は王太子派。イン・ペディメント侯爵家は現妃派なので政敵同士だ。何故今、接触を図ってきたのかとつい考えてしまうのは仕方ない事である。


 それに、メルローゼが既に名前呼びしているのも気になった。一瞬聞こえた一文字は、まさか愛称なのだろうか。


「彼とは十年程前までよく会っていたの。と言っても私も小さ過ぎて最後の方しか覚えてないけどね。業務提携の為に婚約しようかって話も出ていたらしいのだけれど、結局勢力図的にその話も立ち消えて、会えなくなってそれっきり。最初はどうして今更話しかけてくださったのかわからなかったけれど、そこから話が盛り上がって……だからかしらね」


 ふわりと浮かべた笑みに息を呑み、察してしまう。そして思っていた以上にまずい事になっているなと危機感を抱いた。ソフィアリアは取り返しのつかない間違いを犯してしまったのかもしれない。


「その次の週にディーと会った時にまた喧嘩になって、そしたらもう我慢出来なくなって思わず言ってしまったの。ディーと居ても幸せになれる気がしないって。婚約なんかするんじゃなかったって」


 じわりと目に涙を張って(いびつ)に笑う。言うのを躊躇(ためら)っているその先はプロディージの性格を知って、ある程度の情報を得ているので安易に想像がつく。仕方がないので溜息混じりで答える事にした。


「『これは政略結婚だから君の気持ちなんか関係ない。こっちだってローゼと婚約していなければ、今なら学園でもっと好条件の婚約だって望めたかもしれないのに』とでも言われたのかしら?」


 そう言うとメルローゼはその大きな目を見張って、呆然とソフィアリアに視線を向ける。溢れた涙が一筋流れるのを、困ったように見つめた。


「……ディーから聞いたの?」


「少しだけね。でもそれくらい想像がつくわ」


「そっか。……私の方からもう嫌だって拒絶したのに、ディーから言われたその言葉が本当にショックで、何も言わずに逃げ帰ってしまったの。……だからきっと、バチが当たってしまったんだわ」


 そう言って遠くを見つめるメルローゼの横顔を見て、ソフィアリアの思い違いを知る。やりきれない思いを抱えながら、目を(つぶ)って今後どうすればいいかと考えた。


 ソフィアリアは一度二人を離して、この大屋敷に滞在する間にもう一度歩み寄って、気持ちの再確認をしてもらいたいと思ったのだ。お互いにまだ気持ちが残っているのは明白で、すんなりとやり直せるだろうと安易に考えていた。

 けれど違ったようだ。メルローゼはもうプロディージを諦めている最中で、プロディージもまた、この様子だとメルローゼを手放そうとするだろう。


 ソフィアリアのした事はそれを早めただけ。そんな事は望んでいなかったのに、既に(さい)は投げてしまった後だった。己の迂闊(うかつ)さを呪う他ない。


 なら、ソフィアリアは――


「バチではなくて、好機の間違いなのではないかしら?」


「……お義姉様?」


 笑みを浮かべてやんわりと突き放す。寂しげに揺れる目を見つめながら首を横に振って、握っていた手も離した。


「メル。わたくし達はただの幼馴染よ。もうあなたの義姉(あね)じゃないでしょう?」


「何を……」


「優しい人と楽しくお喋りして、初恋でも思い出した?」


 目を見開く。その反応は想像通りだ。ソフィアリアですらチクリと痛みが走るのだから、彼はもっと痛いだろうなと思った。


 けれど止めてやらない。


「それならそれでいいのよ。わたくしはイン・ペディメント卿に会った事がないから書類上でしか知らないけれど、真面目で優しい人なのでしょう? 遊んでくれた優しいお兄さんに恋をするなんてありがちな話だし、何もおかしくないわ」


 そう言って見たメルローゼは(うつむ)いて、でもほんのり頬が赤かった。


 けれどゆるゆると首を横に振る。


「違う……私は……」


「今のままでは難しいけれど、イン・ペディメント卿がペディ商会の後を継いでイン・ペディメント侯爵家と縁を切るか、家そのものが王太子派に寝返る気があるのなら、メルを下賜(かし)するのも悪くないかなって思っているの。だからメルは次の夜会までによく考えて。わたくしはあなたに、初恋をやり直してほしいわ」


 ――メルローゼ自身に行く先を決めてもらおうと思った。


 交流があった六歳まで、メルローゼはラクトルに好意を寄せていたのだろう。それが憧れなのか、初恋なのかはわからないけれど。


 でも、八歳で会ったあの日からメルローゼはプロディージに間違いなく恋をしていた。それが初恋なのか、二番目の恋かはわからない。


 今のメルローゼが長年想っていたが道が(たが)ったプロディージと、話も合って優しいラクトルに想いが揺れているのはたしかだ。辛く当たられて心が疲弊した隙を突かれてしまったのだろう。

 これは、プロディージがメルローゼを繋ぎ止めるような優しさを言葉で示さなかったのが悪い。


 ラクトルに関していえば彼の背後と思惑次第になるが、本気でメルローゼを想っていて内部を改革する気があるのなら、そう悪い話でもない。むしろプロディージよりずっと好条件になる。


 プロディージともう一度やり直したいと願ってくれるならそれでもいい。願ったり叶ったりだ。プロディージはこれだけ痛い目を見たのだから、いい加減性格の改善を考えてくれるだろうと期待するしかない。


「初恋のやり直し……」


「時間はあまりないけれど、よく考えて。わたくしはメルの本当の幸せを願っているわ」


 それだけは、どうしようもなく本当の事だった。


 もう八年も義妹兼友人をしていた大切な女の子だ。家の事もソフィアリアの事もたくさん助けてもらったし、メルローゼにはその分幸せになってもらいたかった。その為に手伝える事があるなら、なんでもしてあげたかった。

 それがたとえソフィアリアの願いとは相反する事だとしても、プロディージを一人にする事だとしても。


 そう思えるくらい、ソフィアリアにとってメルローゼの存在は……唯一の友人の存在は、長年の救いになっていたのだ。


「さて、このお話はおしまい! ここからは本当にメルが楽しくなる話し合いをしましょう?」


 手をパチンと叩いてニッコリ笑う。複雑な表情をしていたメルローゼはきょとんと呆けて、目をパチパチと瞬かせていた。


「今日の夕方にはメルは島都のお屋敷に着替えと荷物を取りに行くのでしょう? それまでに行商のお話を詰めて、商会にさわりだけでもいいからお話を通しておいた方がいいのではないかしら?」


「行商! ええ、もちろんキッチリ計画を立てるわっ! でも商談になるからここでは困るわね。私の部屋に行きましょう!」


 商売のお話をすると目を輝かせるのだから可愛いものだ。もちろん先程の話もじっくり考えてもらわなければならないのだが、束の間の気分転換になればいい。


 立ち上がってルンルン気分で部屋に行こうとするメルローゼを、一度引き止めた。


「ええ、でも少しここを片付けるよう指示を出してから行くから、先に戻っていてね。すぐに部屋に行くわ」


「わかったわ。用意して待っているから!」


 今にも駆け出しそうな背中を笑顔で見送り、屋敷の中に入ったのを確認してしばらく待つ。

 一度気分を落ち着かせるように短く息を吐いて、言った。


「……そんな寒い所に居ないで早くこっちに来なさいな。……メルの本音を聞かせてあげたかったのだけど、少し予想外だったわ」


 そう言うと木の影から忌々しげに睨み付けてくるプロディージが姿を現す。隠れて話を聞いていたのは気付いていた。


 というより、そうするよう仕向けたのだ。


 このガゼボはプロディージの居た書庫の窓から見える位置にあり、メルローゼはこの国では珍しい黒髪なので居たら目立つ。

 特にプロディージがメルローゼの姿を見逃すはずがないと確信していて、きっと出てくるだろうなと思っていた。


 そこまでは計画通りだった。……まさかメルローゼがラクトルと旧知で、それなりに想いを抱いてしまっていた事は予想外だったが。

 知っていればさすがに聞かせるような真似はしなかったのにと、少し不憫に思った。


 向かいに座ってお菓子に手を伸ばすプロディージからは、姉が忌々しい以外の感情が見えない。けれど、心の内が満身創痍なのはよくわかった。


「……姉上はよほど僕達の婚約をぶち壊したいんだね。そんなに気に入らなかった訳?」


「壊すも何も、もう婚約していないじゃない。わたくしはただ、二人に最初からわたくしの介入しないところでやり直しをさせたかっただけよ」


「はっ、どうだか。だから言ったんだ。姉上なんてあの時始末しておけばよかったってさ。最初から姉上さえ居なければ」


「わたくしが居ない方が二人は上手くいっていたのならば、いくらでも謝るわ」


 真剣な表情で見据えると黙るのだから、お察しである。最近多い溜息をもう一つ吐くと立ち上がり、アミーに指示を出していくつかお菓子をバスケットに詰めてもらった。


「わたくし、言った事は実行するわ。ロディも夜会までに今後の事をきちんと決めてしまいなさいな」


「姉上はローゼの幸せを願ってくれる?」


 すっと目を細めて睨み付けた。けれどプロディージはぼんやり前を向いたまま、ソフィアリアの方を見向きもしない。


 異様に執着していたわりに、決断の早い事だ。そもそもプロディージもラクトルという男の事を知らない癖に、随分とあっさり手放すのだなと思った。

 まあ、プロディージがそれで納得するなら何も言わない。介入しないと決めたのだから、黙って見ているべきなのだろう。


「ええ、友人の幸せは誰よりも願っているわ」


「あっそ」


 冷たく追い払うような言葉に困ったように笑い、アミーを伴ってメルローゼの元に戻る。


 ひどく寂しそうな表情だけが、頭から離れなかった。



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