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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第二部 夜空の天人鳥の遊離
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愛情の歪み 3



『これ、返すわ』


 大屋敷に向かう前日。婚約解消を命じられた書状を持ってきたメルローゼは、頭に結んでいたリボンをシュルリと解き、プロディージの前にそれを置いた。


 双方無記名でも婚約解消が成立する書状なんて聞いた事がない。これではただの命令書だ。呆然とそれに目を通している最中に、追い打ちをかけるようにそんな事をするものだから、顔が青ざめていくのが自分でもわかる。


『……誰に……ローゼは何に巻き込まれて…………?』


 そうメルローゼを見れば、ギュッと眉根を寄せて、痛みを堪えるように睨み付けてくる。


『どっ、どうでもいいじゃないっ! どっちみち私はもう、これ以上ディーとはやっていけないのよっ! この前あんな事言われたんだからっ、だからっ…………もうディーとは、婚約、か、解消っ、だからねっ! これの写しをもう提出してあるものっ‼︎︎』


『ま、待ってっ⁉︎』


 そう言ってリボンを置いたまま、部屋から走り去るメルローゼの背中を、背筋を凍らせて見送った。


 この件には高位貴族……それもフィーギス殿下の政敵が関わっているのだろう。そうだとすればメルローゼはもちろん、プロディージにだってどうする事も出来ない。

 早急に姉の伝手(つて)でもなんでも使ってフィーギス殿下と面会しなければならないが、面会したところで婚約解消は成立した後だろう。婚約解消が成立してしまえば、今のセイドとペクーニアでは再婚約は不可能に近い。


『っ! くそっ!』


 ぐしゃりと書状を握り潰す。メルローゼが……ペクーニアが何かに巻き込まれたのは明白だ。これも全て姉が、王鳥妃(おうとりひ)なんて大層なものに選ばれたせいで。


『……いや、違うか』


 そう言って目は虚ろなまま、皮肉げな笑みを浮かべる。


 どうせ、遅かれ早かれこうなっていた事だ。姉に再三注意されたにもかかわらず、プロディージはメルローゼへの暴言をやめられなかった。優しくしてやれなかった。

 姉がいなくなったこの半年で仲直りするタイミングが掴めず、随分と仲が冷え切っていたのは気付いていたのだ。

 特に最近はお互い言い過ぎだとわかるくらい口喧嘩が続いて、とうとう先日、軽口では済まない取り返しのつかない事を思わず言い放ってしまった。


 だから、もう――……


 



 ペクーニアの屋敷で初めて出会って一週間後。婚約者となった八歳の顔合わせ日に贈ったリボンは、それからずっとメルローゼの髪に飾られていて、でも今はプロディージの手元にある。

 さっさと処分すればいいのにずっと持っているのだから、ほんと未練がましいにも程があるなと自虐の笑みが浮かぶ。

 あの髪にこのリボンが飾られる日は、きっともう二度とこないのだろう。それを寂しいなんて思う資格は、自分にはない――





            *





「ビービ」


「――――だよな。フィア、それは違うと思う」


 王鳥とオーリムの否定の言葉に首を傾げる。オーリムの瞳を覗き込むと、彼は真剣な表情でソフィアリアに自分の考えを述べた。


「嫌味なロディと、素直になれないペクーニア嬢は、根本的に相性が悪い。おそらくフィアが居なければ、もっと早くに関係は終わっていたはずだ。むしろフィアが間に居たからこそ、ここまで関係が切れずにやってこれたんだと思う」


 そうだろうか?と首を傾げる。たしかに捻くれていて嫌味を言うプロディージと、素直になれず癇癪(かんしゃく)持ちのメルローゼでは相性が悪いとは思うが、ソフィアリアが間に居る時はそれなりに仲良くやっていたのだ。

 だからソフィアリアが居なくてもいずれ仲良くなれたと思うのは、二人に期待を寄せ過ぎなのだろうか。


 オーリムは更に続ける。


「だからフィアが居なくなって戸惑っているんだ。戸惑っている間にお互い言い過ぎた事と今回の件、甘えさせてくれたはずのフィアから突き放されるというショックな出来事が重なって、混乱しているんだろ」


「不必要に混乱させたのは、酷い事を言ったわたくしだわ」


「確かにちょっとフィアらしくなかったし、キツいなって第三者の俺でも感じた。でも間違った事は言っていない。二人がフィアに甘え過ぎなのは本当の事だからな。二人も甘えている自覚がなさそうだし、誰かがそれを突きつけなければ、二人はいつまでも改善しなかった」


「二人を過度に甘やかしたのはわたくしよ?」


「それに甘えるという判断を下したのはあの二人だ。甘やかしたフィアも悪かったが、フィアだけが悪い訳じゃない。そうやってなんでも自分だけが悪いと一人で背負うのも、二人を甘やかす事になるんじゃないか?」


 そう言われるとグッと胸が詰まった。情けない表情をしていたからか、オーリムはふっと柔らかく笑って、髪を()いてくれる。


「結局まだ甘やかそうとする。でもそうやって二人を甘やかす『姉』という立ち位置が、長い間ずっとフィアの居場所だったんだろ?」


「……そっか。わたくしが二人の事を冷たく突き放したくせに、わたくしは二人の姉という立ち位置をまだ捨てられないのね」


 ソフィアリアは言い過ぎたと落ち込むプロディージの事も、泣きついてくるメルローゼの事も、そして最後はソフィアリアに解決を求めてくる二人の事も結局は可愛くて、ソフィアリアこそが手放せなかったのだ。

 そうやって二人が甘えてくる限り、ソフィアリアには居場所が出来る。人恋しかった訳でも、居場所を求めていた訳でもない。そう強がりつつも、結局はそれを求めていたのか。


「それは見ていて感じた。二人だってフィアに甘えているが、フィアだってそれを居心地良く感じてたんだろうなって」


「ええ、二人の仲を応援していたのに、二人の間に居座って、三人で過ごす時間が本当に幸せだったの」


 勿論(もちろん)、二人は婚約者なのだからと遠慮した事だって何回もある。

 けれど二人きりにしてもすぐ口喧嘩を始めて、メルローゼが泣きついてきてからプロディージを呼び寄せて叱り、訳を聞いて言いたかった事を汲み、仲直りさせるというのがお決まりのパターンだった。そしてそのあとはこれ以上喧嘩しないよう、見張りと称して三人で過ごしていたのだ。

 結局三人で過ごした時間の方が長く、その方が穏やかで幸せな時間を過ごせていた。


 それこそが、望みと行動が伴っていないソフィアリアの愛情の歪みだった。


 一対はどうあっても二人だ。三人では決してなり得ない。けれど二人が一対になる事を望んでいたはずなのに、その一対から離れられなかった。いずれ嫁いで離れるという事実から目を逸らし、ずっと傍で二人を見守らなければという言い訳をしながら、自分の居場所を作っていたのか。


「別に居場所を求めるのは間違いではないと思う。俺だってここに来たばかりの頃は王が嫌いで、一年くらいはロムとアミーの間に入って面倒見られてた」


 まあ、ロムが嫌がったからアミーにはそうでもなかったがと苦笑する。その話は聞いていたから、コクリと頷いた。


「でも、もうダメだ。フィアの居場所はここで、甘え甘やかしたいという気持ちは、俺達にだけ向けるべきだから」


「ビービー」


 独占欲丸出しでそんな事を言ってくれる二人が嬉しい。


 今まではプロディージとメルローゼの二人の傍でいつまでも見守っていたが、今度からオーリムと王鳥が一緒に歩いて、支え、護ってくれるという。


 だからもう姉は卒業しなければならないのだろう。この瞬間、はっきりとそれを自覚した。


「二人の事はもう気にする必要はない。フィアが居なくなってもお互いに気持ちに向いているのならば、たとえ相性が悪くても恋愛は出来る筈だ。今起こっている問題が全て解決して落ち着いたら、フィアが今までしてくれたフォローと照らし合わせながら二人で意見を擦り合わせていけば、きっと大丈夫だろ。それが出来るのは今まで二人の間にフィアが居たからなんだから、今まで過ごした時間を間違いだったなんて言うな」


 その言葉にくしゃりと表情を崩して、思わず泣きそうになる。


 ソフィアリアは自分を不必要な異物だと言ったが、三人で過ごした時間は本当に楽しくて、幸せだった事も確かなのだ。だから二人には必要だったという言葉はそれを肯定してくれたように感じて、何よりも救いになった。


「だから今、フィアのやろうとしている事は間違っていないと思う」


「……ラズくんにはわかってしまった?」


「なんとなくだけどな。二人を引き離して、フィアの居ない所でもう一度やり直しをさせたいんだろ? ……それでダメになるなら二人の想いはそれまでだって話だ。もう成人間近なのだから、フィアはそれでいぃっ⁉︎」


 話の途中だったが、感極まって首に腕を回してギュッと抱き付いてしまった。そのまま首筋に甘えるように擦り寄ると、異常に早い心音がダイレクトに伝わり、心が多幸感で満たされる。


 ダメなところを指摘して、良かった所を肯定して、慰めてくれた事がこんなにも嬉しい。

 あまり察しがよくないオーリムが、ソフィアリアの考えを見抜く程に心を砕いてくれたのだ。恋した人にこんなにも自分の事を見てくれて愛されるなんて、とても幸せではないか。


「フィア、待てっ⁉︎」


「嫌よ。だってギュッてしたい気分なんだもの。……わたくし、いつまでも二人を子供扱いし過ぎなのね。わたくしの可愛い弟妹だから面倒見なきゃって気分が抜けきらないみたい」


 反省して、ついでにぐりぐりと甘えるとオーリムはビクリと肩を震わせる。視界の端でチラチラと腕を所在なさげに動かしているのが見えるが、どうせならギュッと抱き返してくれればいいのにと残念な気分だ。 


「……フィアはもう二人の姉よりも、やらなければならない事があるから。優先順位は間違えないでほしい」


「ピ!」


「ふふっ、ええ、そうね。わたくしはセイドの令嬢じゃなくて王様とラズくんのお妃さまで、大鳥様達の王鳥妃(おうとりひ)ですもの。少し寂しいけれど、もうお姉様は卒業しないとね?」


 そう言うとオーリムは嬉しそうに頷き、顔を見合わせてくすくすと笑う。王鳥は二人の機嫌を察したのか、まるで子供をあやすようにご機嫌に身体を揺らしながら、空を自在に飛び回っていた。



 

 

 夜空を見上げて、これから欠けていく有明の月に願った。

 "二人の縁が、また繋がりますように"と――。



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