二人の言い争い 6
「それにしても、結婚を目前に二人揃って浮気だなんて、酷いわ」
頬に手を当ててふうっと憂鬱な溜息を吐くと、オーリムはギョッとして、王鳥は「ビ⁉︎」と鳴いていた。
「浮気っ⁉︎ 俺は王と違って何もしていないっ!」
「ビービー」
二人から猛抗議されても聞いてあげないのだ。つーんと頬を膨らませてそっぽを向く。
側妃宣言を堂々とした王鳥はともかく、オーリムだってバレてないとでも思ったのか。残念ながらソフィアリアは鈍くはないし、見逃してあげられる程甘くもない。
「王様は側妃をご所望するし、ラズくんは昔のわたくしにそっくりなクーちゃんに目移りするし、もうわたくしの恋心はボロボロよ? 王様の伴侶に選ばれて三季、ラズくんと両想いになって半季、こんなのあんまりだわ」
ぷりぷり怒ってみせると、オーリムは言葉を選んでいるのか口を開いたり閉じたりしているし、王鳥は「ピィ……」と切なげに鳴いて頬擦りしてくる。
……少し意地悪だなと思うが、今日は色々あって甘えたい気分なのだ。嫉妬心丸出しで情けないが、少しだけこの癇癪に付き合ってもらいたかった。そう思うソフィアリアは、自分の想像以上に弱っているのだろう。
「フ、フィアッ……!」
と、突然オーリムは口元をギュッと引き結んで、真っ赤になりながら両手を広げた。王鳥は背中をぐいぐいとオーリムの方に頭で押し始めるし、二人の予想外の行動にきょとんとしてしまう。
とりあえずオーリムの腕の中に飛び込めばいいのだろうかと思って身を委ねてみると、オーリムからはギュッと抱きしめられ、王鳥はソフィアリアの背を片翼で覆うようにしていた。なんだか二人に抱き締められているようで、多幸感が心に広がっていく。
オーリムはまるで子をあやすように、背中をポンポンと叩いてくれた。顔を見上げると残念ながら直視する勇気はないようで、真っ赤なまま明後日の方向を向いている。
「……わたくしは嬉しいけれど、二人ともどうしたの?」
「なんだか元気がなかったから、こうすれば少し元気になってくれるだろうかと……経験則で……」
その言葉に驚いた。目を見開いて、けれどそれ以上に嬉しくて、ほんのり頬を染めながらふにゃりと笑う。
「ラズくんはわたくしをギュッとしていると元気になるの?」
「…………ああ」
「ふふっ、嬉しいわ」
思わずギューギュー抱きついていると、オーリムも珍しく力を込めてくれた。背中にふわりとした王鳥の羽根の感触もあるし、なんて幸せなのだろう。
それに、オーリムが弱っているのを察知してくれた事が何よりも嬉しかった。秘密を話して肩の荷が降りたからか、人を慮る余裕が出てきたのかもしれない。
「その……引かれるかもしれないんだが」
「あら、未来の旦那様達の事を引いてしまうなんて思わないわよ。浮気以外ならどんな事でも受け止めるわ。どうかしたの?」
「いや、その、さっきの誤解。セイド嬢に幼少期のフィアを見てるって話」
多幸感で一瞬忘れていたが、そういえばその話をして甘えたんだったなと思い出した。どんな弁明が聞けるのかと、じっと合わない目を見つめる。
ところで、その呼び名はさすがに気になってしまった。
「クーちゃんはセイド嬢と呼んでもお返事しないわよ? それに義妹なのだから、お名前で呼んであげてくださいな」
「うっ、わ、わかった。えっと、クラーラ嬢をフィアに見立ててなんかいない。フィアはフィアで、俺の中ではずっと唯一無二だ」
意を決してこちらを見て、きっぱりとそう宣言してしてくれる。目が真剣そのものだったから、その言葉には一切、嘘偽りはないように思えた。
じんわりと嬉しい言葉が心に沁みて頬が緩む一方で、気になる事があって看過出来なくなってしまう。
先程狭量ではないと言ったが、もしかしたらソフィアリアは恋心に関してだけ、うんと器が小さくなってしまうのかもしれないなと自覚し始めた。なんともままならないものだ。
「クーちゃんの事はクーちゃんとして特別に好きって事?」
それはそれで複雑なのだ。オーリムがクラーラを見る目には何か特別な感情が乗っているのは気付いていた。
無邪気で好奇心旺盛な妹はたしかに可愛い。ソフィアリアだってその気持ちはわかるし、一緒に愛でてくれるのは嬉しくもあるが、同時にいくら五歳の妹が相手とはいえ、他の女の子を特別視されるとモヤモヤしてしまう厄介な恋心を抱えている。
思わずムッと頬を膨らませると、オーリムは目を見開いてぶんぶんと首を横に振った。
「ち、違うっ! あっ、いや、クラーラ嬢はたしかに愛らしいと思うけど、フィアの思っているような事ではなくてな……」
モゴモゴしているオーリムをジトリと睨む。さて、この困った人は今度は何を言うつもりなのだろうか。
「……確かにあの子は見た目はフィアそっくりだし、中身も俺とセイドで会った頃のフィアに似てる」
「ええ、そうね。わたくしもそれにはビックリよ。やっぱり小さな頃のわたくしに見える?」
「いや、やっぱり違うから重なりはしない。フィアはフィアで、クラーラ嬢はクラーラ嬢だ。そうじゃなくて…………」
ものすごく言いにくい何かがあるのか、しばし逡巡している。王鳥は「プピィ」と揶揄うように鳴くが、その答えを聞きたくて根気よく待っていた。
やがてそっぽを向き、ボソリと蚊の鳴くような小さな声で語り始める。
「…………フィアの子供とはこんな感じなのかとつい想像してしまって、だったら俺も構わないとなって使命感が沸いた。フィアの子なら絶対俺の、だし、フィアがクラーラ嬢を抱えてる時なんかは特に、だな……」
耳まで真っ赤になりながらの告白に一瞬硬直して、でもぱあっと満面の笑みを浮かべてしまうのは、仕方のない事だろう。
ふわふわと夢見心地なまま、嬉しさを示す為にぐりぐりと、オーリムの意外と厚みのある肩を頬擦りした。さすがの暴挙にビクリと身体を跳ねさせているが、今はやめたくない。
「まあ! まあまあまあっ! ふふふふふっ、そうだったのね、ラズくんったら。はあ〜、頬が引き締まらないわ。もうっ、どうしてくれるのよ。ふふふ」
「フィ、フィア……?」
「ピピー」
ソフィアリアの緩みきった醜態に、むしろオーリムの方が引いている気がする。
だって仕方ないではないか。クラーラにソフィアリアとオーリムの子供の姿を見出して、慣れないながらも積極的に世話を焼いていたのだ。幸せな未来に思いを馳せて、ニヤけずにはいられない。
「ラズくんは女の子がほしいのね?」
「いっ⁉︎ いやっ、どっちでも大事には、するが……。でも、フィア似の子は欲しい。ミルクティー色の髪と、琥珀色の瞳の子」
「ラズくん似でも可愛いわよ。夜空色の髪と黄金の水平線の瞳……それとも昔の、栗色の髪とオレンジの瞳の子になるのかしら?」
「そうなったらややこしい事になりそうだが……どうなんだ、王?」
「ビー……」
わからないらしい。まあどんな子が来ても、愛情をこれでもかってくらい注いで、三人で育てるだけだ。オーリムは子煩悩になる気満々なようだし、王鳥は厳しく甘く躾けてくれそうだし、育児は大変だろうが幸せでしかない。
「ふふふ、楽しみね?」
「ま、まあな……」
「ピ」
寒い冬が過ぎて暖かな春になる頃、ようやく三人は正式な夫婦になれるのだ。
子供は授かりものなのですぐにとはいかないかもしれないが、つい想像を膨らませてしまうくらい待ち望んでいるらしいオーリムの為にも、いつか来てくれたら嬉しい。
オーリムは孤児だったから、親子というものに憧れがあるのではないだろうかと思った瞬間だった。
「あ〜、フィア? 俺も一つ聞いていいか?」
流石にこの話題はそろそろ居た堪れなくなってきたらしい。頰はまだ赤いが、少し肩を押してふっと真剣な表情をしたから、ソフィアリアも頑張って表情を引き締める。
言いにくいのか眉根を寄せ、少し痛みを堪えるように、予想外だった言葉を紡いだ。
「フィーがフィアの初恋の相手だって話、本当か?」
「…………へ?」




