二人の言い争い 5
「まあ。しばらくお忙しいのね……」
夜デートの時間。フィーギス殿下達が帰った後もなにやら鳥騎族達に用があったらしく、結局晩餐にはオーリムは現れなかったので、今になってようやく話を聞けるようになった。
メルローゼもよほど疲れたのか、あの後すぐ眠ってしまい、未だ目覚める事なく夢の中である。もちろん晩餐にも来なかった。……プロディージが居たので、起きていたとしても食堂には来なかったかもしれないが。
なんでも今回の騒動でプロディージもラトゥスと共に夜会に随行するらしく、この滞在中にゆっくりと大屋敷で晩餐を摂るのは今日だけになったらしい。家で出る食事よりもずっと美味しいし、デザートなんて噛み締めるように味わって食べていた。
フィーギス殿下達に無理を言って同行を願い出たのではないかと心配したが、どうやら王鳥に推薦されたようだ。何を調べるのかは知らないが、それなりの能力はあるのだから大丈夫だろう。気が済むまでやればいいとソフィアリアは思う。
「すまない。せっかくフィアの両親が来てくれたのに、俺は相手が出来なくて」
「お仕事だもの。仕方ないわ」
項垂れてしまったオーリムに首を横に振る。
たしかにそれは寂しいが、急な仕事という理由があるのだから仕方がない。ソフィアリアはここに嫁ぐのだから、今回は無理でも機会はまた巡ってくるだろう。
では明日からペディ商会の夜会が終わるまでの間、食事の時間はソフィアリアは両親と妹、メルローゼと一緒に過ごす事になるのだなと思った。このメンバーなら誰も気兼ねはしないと思うが、メルローゼは少し気まずいかもしれない。
納得いっていない様子のプロディージを見るに、帰ってから握り潰す気だったのだろうし、両親はプロディージとメルローゼの婚約が解消された事を知っているのか微妙である。まあ今後どうなるか不明なので、今は知らなくても問題はないだろう。
そして夜デートも今日を最後にしばらくお預けだ。ここ半年間、雨や仕事などで両手の数ほど出来ない日はあったが、それでもほぼ毎日していた事なのでこちらも寂しい。
食事も夜デートもなかったら、ソフィアリアとオーリムは会う機会すらなかなか取れないかもしれないなとしょんぼりしてしまった。
……いや、なければ作ってしまえばいいのだ。気を取り直して少し考え、手をパンっと合わせた。
「でしたら、お仕事の送り迎えをしてもいいかしら?」
ニコリと笑って首を傾げる。王鳥は「ピ!」と鳴いて頬擦りをしてくれたところを見ると歓迎してくれたようだが、オーリムは腕を組んでなにやら渋い顔をしていた。
「出立は早朝になる」
「お見送りした後はもう一度眠るから大丈夫よ。わたくしは外に出る予定はないし、眠りが足りなければお昼寝でもするから気にしないでくださいな」
時間があれば両親や弟妹と、聖都や島都の観光に行くつもりだったが、鳥騎族が出払うのだからもう難しいだろう。王鳥妃であるソフィアリアはもちろん、セイドの家の人間も今や気軽に出歩ける立場ではないので、外出にはそれなりの護衛が必須なのだ。誕生日の時は半分お忍びという事で特別に許されていたし、王鳥が魔法で目眩しをしてくれて、オーリムが一緒に居たから出来た事だった。
「なら、見送りはフィアの判断に任せる。けれど迎えるのは遠慮してほしい」
「……どうして?」
きっぱりとした拒絶にしょんぼりと肩を落とした。嫌がるのを押すのはあまり好きではないが、理由がわからないので聞いておきたかった。
オーリムはソフィアリアの問いに、困ったような表情をしていた。
「その、戦闘になるんだ。そうなったらどうしても汚れる。……そんな姿、あまりフィアには見られたくない」
ギュッと唇を噛むのは、殺生沙汰になるからなのだろう。人を手にかけた後の姿なんて晒したくないらしい。
理由に納得がいって、ふわりと微笑み首を横に振った。
「人を護る為に武器を持つ覚悟がある人に汚れるなんて思う程、わたくしは狭量ではないつもりよ。怖がったり嫌ったりなんて絶対しないから大丈夫。でも、どうしても嫌なら無理強いはしないわ」
「……ありがとう。けれど迎えはやっぱりいい。そのままバルコニーから部屋に直行するし」
意思は固いらしい。なら、仕方ないのでコクリと頷いておく。どこかほっとしている様子なので、これでいいのだろう。
それにしてもと思う。鳥騎族や代行人であるオーリムまで動くなんて、よっぽどの緊急事態なんだなと思った。
ソフィアリアは途中退席してしまったので詳しい事情は知らず、協力して夜会には出席するとはいえ、そのあたりの事を踏み込んでいいのかわからない。
どのみち巻き込まれているので、少し聞いてみようと思った。知られてほしくなければ口を噤むだろう。
「今回の事、わたくしが知っても大丈夫かしら?」
ギュッと眉根を寄せるあたり微妙なようだ。けれど巻き込むのは決まったからか、律儀に掻い摘んで説明してくれた。
「黒幕か、それに近いところには王妃がいる。その王妃と繋がる組織の情報を追う事になって、夜会まで忙しくなった、とだけ。……すまない、国の最重要機密事項に関わるから、俺の一存ではこれ以上言えない」
「充分よ。ありがとう、教えてくれて」
予想以上に大事になっていた事に少し驚いて、でも代行人と鳥騎族が動くならそれも当たり前かもしれないなと思った。笑みを浮かべてお礼を言う。
オーリムの肩に凭れ掛かると、そっとソフィアリアの髪に指を滑らせていた。もうこのくらいは照れずに出来るようになったんだなと、少し擽ったい気持ちになる。
王鳥もそんなオーリムと競うように、嘴を髪に滑らせているし、恋しい二人から愛情を示されて幸せだ。
そのまま静かな時間を堪能していたら、なにやら考え込んでいたのか動きを止め、目元を手で覆ってはあーっと深く溜息を吐いていた。
急にそんな事をするものだから心配になって、オーリムを少し見上げる。
「ラズくん?」
「少し自己嫌悪中。……俺、フィアより年下だったんだな」
「わたくしはどちらかといえば納得したわ」
どうやら昼間の事を思い出したのか、年齢を気にしてしまったらしい。くすくす笑うと、手を髪から離したオーリムはムッとした表情をしていた。
「……どうせ俺は頼りない」
「まあ! そんな事思った事もないわ。ラズくんはいつもわたくしを救い上げてくれるから、むしろ頼りっぱなしよ?」
そういってもまだ気は晴れないようで、ソフィアリアは言葉を続ける。
「わたくしがそう思ったのは内面的な事ではなくて、初めてセイドで会った時も一回り小さな男の子で、この大屋敷で会った時もロディと似た背丈だったから、年上だけど不思議と弟を彷彿とさせる人だなって思っていたの。失礼だから言わなかったけれどね」
つい暴露すると、それはそれで少し落ち込んでいるようだった。まあ旦那様になる人に弟みたいと言って、喜んでくれる人はあまり居ないだろう。さもありなん。
「そういえばロディと目線が同じだったな」
「それもそうね。今も同じ身長みたい。ふふっ、ラズくんは身長を気にしていたから、フィーギス殿下達くらい伸びるかもって希望が持てて喜ばしいと思っていたわ。それでもお嫌かしら?」
「……そう言われれば、身長は嬉しい。けど、どうせなら年齢もフィアより年上がよかった。内面で勝てるところがないから、外的な事くらい上でありたかったんだ」
「一歳差なんて気にする事なんてないのに」
身長といい年齢といい、小さな事に妙にこだわる人だ。ソフィアリアは気にしないが、一般的な女性は大体自分より上の男性を望む傾向があるので、それでなのかもしれない。もしくは男性の意地なのだろうか。
まあ言われてみれば、結婚する男性の方が年下なのは、特に貴族社会だと珍しいかもしれないなと思った。
女性は十六歳のデビュタントの後には結婚準備に入るが、男性は島都学園を卒業する十八歳からが多く、だからかはわからないが、男性が年上というパターンの方が多い。が、多いだけで居ない訳ではないのだ。気にする必要はないと思う。
それに、そう悪い話ばかりでもない。
「わたくし、ラズくんの本当の誕生日が知れて嬉しいわ。仮のお誕生日でもきちんとお祝いするつもりだったけれど、やっぱりちゃんと生まれた日にお祝いしてあげたかったもの」
孤児で生年月日が不明なオーリムは慣習に倣って、明けの二日が仮の誕生日とされていた。けれど正式な誕生日が知れたのだ。その事がとても嬉しい。
「そ、そうか。うん、そうだな。ありがとう」
ようやく調子を取り戻したのか、少し俯いて照れていた。そう言ってくれたなら、全力でお祝いしてあげようとムンッと意気込んだ。
その気合いを感じ取ってか、オーリムはこちらを見、王鳥も髪を梳くのはやめて後ろから覗き込んでくる。
「お誕生日のお祝い、何をしましょうか? 頼んだ時計が届くのは随分先の話だし、当日にも何か渡したいわ」
プロディージと一緒という事は、夜会の少し後だ。もう一週間もない。
デートをした時に言っていた時計はオーリムの仮の誕生日に合わせたから明けの二日に届く事になっているし、急かして出来る物ではないので困ってしまった。
初めて本来のお誕生日をお祝いするのだから、どうせならきちんとしてあげたかったのだ。けれどしばらく外出も出来ないし、時間もあまりない。
「時計でも充分過ぎるくらいだ。……でも、そうだな」
なにやら腕を組んで言いにくそうにソワソワしているオーリムは何か希望があるようだった。そんな様子をソフィアリアが見逃すはずもなく、期待を込めて見つめる。
「何かあるなら遠慮なく教えてくださいな」
「じゃあ、お言葉に甘えて。……誕生日当日に、どこか一食でいいから、お菓子以外のフィアの手料理が食べたい」
望まれた事が予想外で目をパチパチと瞬かせる。ポカンと間の抜けた表情をしていたからか、オーリムが顔を赤くして、バツが悪そうに目を逸らしてしまった。
「む、難しければいい……」
それに慌てたのはソフィアリアだ。首を勢いよく横に振って否定する。
「違うの、そのくらいお安い御用だわ。けれど、あのね? わたくしは特に料理上手という訳ではないのよ? 料理長さんが作ってくださる毎日のお食事の方が美味しいし、長年の節約料理が身に染みててかなり大味だわ。過度な期待はしないでほしいのだけれど」
「でも、ロディはフィアの手料理を食べて育ってきたんだろ?」
ムッとどこか不機嫌に発せられたその言葉に、思わずきょとんとしてしまう。そしてぷっと吹き出し、くすくすと笑ってしまった。
ああ、本当に可愛い人だ。
「もう、なんて所に対抗意識を燃やしているのよ」
「だってロディは気軽にリクエストしていたし、それが当たり前な関係なのが少し羨ましかった」
「家族だったもの。お料理当番はお母様もだったから毎日毎食ではないけれど、ロディにとっては食べ慣れた味なのは間違いないわね」
多分プロディージにとっては当たり前過ぎて、感謝もなにもないのではないだろうか。ソフィアリアも料理を作るのは日常の一コマだったので特に気にしていない。
そんな、なんでもない事が羨ましいと言ってもらえるなんて思わなかった。けど、大好きな未来の旦那様が望むのだから、全力で叶えてあげるだけだ。
「わかったわ。だったらラズくんの誕生日の一日のお食事はわたくしが作る事にするわね。料理長さんからのご馳走様は、次の日にしてもらいましょう?」
「別に毎食は……いや、うん。ありがとう。楽しみだ」
負担になるのは本意ではないから遠慮しようとしたが、少し考えてソフィアリアの全力を受け取ってくれた。
その事が嬉しくてニコニコしていると、オーリムも照れながら幸せそうに笑ってくれる。
「ピ!」
「ええ、もちろん王様も食べてくださいな」
「食事は俺の身体を使わせて半分ずつにするからいい。でも、セイドベリーのスティックパイだけは王にも譲らない」
「ビー」
「あらあら。なら、スティックパイだけはたくさん用意しないといけないわね?」
もちろん二人の大好物だから作るつもりだったが、リクエストまでされたのだ。作らない訳にはいかない。
ちょうど家族からお土産にもらった分があるので、お誕生日まで残しておかないとなと思った。




