二人の言い争い 4
メルローゼの部屋を後にして、オーリム達はいつも通り執務室で集まっていた。
廊下に居たプロディージは仄暗い表情をしていて思わずギョッとしたが、フィーギスは話があるようで、ここに連れてくる。
フィーギスとラトゥスは書状の作成で忙しいらしく、入ってきてから手を休みなく動かし続けていた。
『さて。四日しかないから、寛大な余は其方らに解決のヒントでも出してやろう。ここまでしてやるのだから、今度こそ完全なる決着をつけてみせるがよい』
「へえ? 王のヒントに従えば、ペディ商会の夜会までに解決出来ると思っているのだね。ああ、構わないよ。こんな面倒事、さっさと解決するに限る。やってみせようではないか」
「……この短期間でか?」
ラトゥスが訝しむのも当然だろう。
なにせ立て続けに様々な問題が発覚して、たった数時間ですっかり山積みだ。それを四日で解決なんて無茶が過ぎるのではないかと思ってしまう。
『様々な事態が重なって起こっているが、結局は一つに収束する。そう難しい話ではあるまいよ』
「アーヴィスティーラの復活と私達とプロディージの組織の印象に対する齟齬の理由、ペディ商会の暗躍、王妃殿下の思惑に、ペクーニア嬢の新たな婚約の裏と王の側妃発言、これらが一つに収束するというのかい?」
『八年前に闇に葬られたアーヴィスティーラの内部事情やセイドとの関係性。人の王妃が依頼した次代の王達の教育係の死の顛末、二年前の事件の掘り下げもな。まあ、一部は其方らにとって耳を塞いでいたい事かもしれぬが』
そう言って挑むような視線を投げかけてくる王鳥の言葉にオーリムとフィーギスは驚愕し、息を呑んだ。
ただならぬ雰囲気に王鳥の声が聞けないラトゥスとプロムスは目を眇めているなか、プロディージだけは何を考えているか分かりづらいぼんやりとした仄暗さを纏っている。或いはメルローゼの事がショックで何も考えられないかもしれないが、今は構ってやれるだけの余裕はない。
「……フィー?」
「あ、ああ、うん。アーヴィスティーラの全貌と二年前の事件の掘り下げ、あと……トゥーヒック子爵夫妻の死の顛末もわかるそうだ」
フィーギスがそう説明すると、ラトゥスとプロムスも目を見開く。当然だろう。
「……先生達の……」
「ロー達の掘り下げって、マジかよ……」
トゥーヒック子爵夫妻というのは、十一年前に暗殺されたフィーギスとラトゥスの教育係だ。そしてローとはドロール……オーリムとプロムスの友人だった彼の事である。
まさか今になって、その事まで知るチャンスが巡ってくるとは思わなかった。けれどと足踏みしてしまう。
「一部知らない方が良かったと思う事もあるかもしれないと、王は話している。それでも調べるか?」
オーリムがみんなを見渡しそう言うと、全員少し迷いを見せた。けれど意を決したのか、力強く頷く。オーリムだって答えは決まっていた。
「当然だとも。当時は幼くて何も出来なかったけれど、今度こそ先生達の無念は晴らしてやりたい」
「真実から目を背けるのは僕の主義に反する。どんな事でも調べてみせよう」
「ローの事は後味悪く解決したつもりだったけどさ、まだ何かあるなら、納得は出来なくても理解してやらねぇとな」
「教えてくれ、王。俺達はどう動けばいい?」
各々そう決意表明すると、王鳥は満足そうに目を細め、頷いた。彼は人間が困難に立ち向かって足掻く様が好きなのだから、その反応も当然だろう。
「……その話、私も混ぜてもらえますか?」
と、静かに割り込む人間が一人。
どこか暗さを払拭しきれていないプロディージがそう問いかけてくるのを、オーリムは当たり前だと受け止めていたのだが。
「プロディージ。言っておくが、真相を暴いたとして、君とペクーニア嬢が元に戻れる保証はしないよ。彼女の事は王に一任してしまったし、私としても思う所がない訳ではない。……どうも君の執着心に反して、婚約者の扱いはあまりにもぞんざいみたいだからね。私が口出し出来る立場に居たのなら、君達には別離を勧めていた」
軽蔑したような表情でバッサリと切り捨てるフィーギスの言葉に、プロディージは一瞬顔を顰める。が、首を振ってその表情を覆い隠した。
「関係ありません。けれどセイドが少しでも関わるのなら、私は黙っていられません。私は貴族社会に対して社交も社交界デビューすらもしておりませんが、必ずお役に立ってご覧に入れますよ。隠そうとしたものを引っ張り出すのは得意ですので」
関係ないが何にかかっているのか、今一つわからなかった。ただなんとなく、メルローゼを諦める気はないように見える。
フィーギスは少し迷っているようだ。確かに彼の頭の良さと能力は役立つだろう。けど反面、何をしでかすかわからないという危うさがある。
計画を台無しにする浅慮さはないように思えるが、事が色恋に絡むと無茶をやらかす心境はわかるのだ。それは相手のいないラトゥス以外の全員がそうなのだから、余計にタチが悪い。
『迷うな。プーと側妃は今回の事件の要だ。側妃はここにおるだけでよいが、プーには働いてもらった方がよい』
「プロディージとペクーニア嬢が要ねぇ……。わかったよ、手伝ってもらおうではないか。けど、私情で足を引っ張る事だけは決してしないと約束したまえ。これは命令だ」
「当然です。爵位でもなんでも賭けますよ」
どうやら本気らしい。プロディージはセイドをこよなく愛しているので、統治する為の爵位を賭けるだなんてよっぽどだろう。
王鳥が頷いたのを見て、フィーギスも使う方向で気持ちを固めたらしい。それを見たプロディージは、どこかほっとした表情を見せていた。
『ではまず、次代の王はここにアーヴィスティーラの資料を持って、ラトゥスとプロディージと共にもう一度見返すがよい。どうせロクに見た事はないのであろう?』
「……いきなりアーヴィスティーラに関する最重要機密文書を持ち出してこいなんて無茶を言うね? ああ、わかったよ。持ってきて、ラスとプロディージに調べさせよう」
「フィーギス殿下、出来れば王城にある貴族名鑑もお願いします。私は最新の情報を知りません」
「……本当に君達は姉弟だね? 構わないとも。貴族名鑑くらいお安い御用さ。と言ってもこの前まで、この大屋敷にあったんだけどね」
そう言って苦笑するフィーギスの言葉で理由を察したのだろう。姉と同じ発想をしたからか、プロディージはどこか渋い顔をしていた。
『次代の王は夜会までにやる事が山積みだからどちらでもよいが、今からラズに書かせるものを調べてみればよい。ヒントはやるから、ラスとプーなら見つけられるだろう』
そう言うと頭に文字が浮かんだので、慌ててメモを取る。貴族の名前や引き出す情報、どこかの夜会の場所のようだが、残念ながらオーリムは大半が知らない事だった。
書き終わったものをラトゥスに渡そうとしたら、その前にフィーギスに取り上げられて、ざっと確認をしている。
「……夜会? ラスはともかく、プロディージは社交デビューすら済ませていないのだけれどね?」
「適当に変装させて、社交に出てこない僕の遠縁とでも言って紛れてもらえばいい」
「いいですよ。実際に行った事はありませんが、そのくらいやり遂げてみせます」
なんとも頼もしい事だ。まあ性格は随分と捻くれているが、あのソフィアリアの弟である。そう言うのなら、やれるだろう。
『ラズはロムや手の空いている鳥騎族と共に指定した場所を制圧してくるがよい。其方らには、今いるアーヴィスティーラを潰してもらおうか』
そう言われて顔を上げた。言われた言葉が信じられず、王鳥を呆然と見てしまう。
「まさか……拠点が複数箇所できるくらい、アーヴィスティーラは大規模になっているのか?」
『まあな。どちらかと言えば旧拠点の洗い直しが中心だが、そこそこの人数が集まっておるよ。生死は問わぬ。潰せればなんでもよい』
思わず顔を顰める。この立場に居て武器を持って技を磨いている以上、殺生は当然だ。初めてでもあるまいし、今更躊躇いはないが、ソフィアリアが来てからは少し気が重い。
けれどやりたくないなんて言うつもりもないので、首を振って気持ちを切り替えた。
『ああ、そうそう。今日を最後にペディ商会の夜会が終わるまで、夜デートや朝食を共にする時間はないからな? 余も共に我慢してやるのだから、今は堪えよ』
「……別にいいけど」
強がってそう言ったものの、それだとソフィアリアと顔を合わす時間がなくなってしまう。ソフィアリアが来てから半年、顔を見ない日はなかったので少し寂しさを感じるが、仕事なのだから仕方ないと堪える事にした。
ソフィアリアが来る前は八年間離ればなれだったのだ。四日くらい大丈夫だろう。――この時までは、そう思っていたはずだった。
「ロム、明日から夜会まで、アーヴィスティーラを潰す為に鳥騎族として飛び回る事になる。アミーにも伝えておけ」
「りょーかい。久々に派手な戦いになりそうだな」
言われて、それもそうだなと思った。ここ半年の間にも小さな事件で動く事はあったが、他の鳥騎族を指揮してとなると一年以上振りかもしれない。特にここまで大規模なのは、それこそドロールと対峙して以来だ。
あの頃も拠点を潰して追い詰めるのに必死だったなと余計な事を思い出し、表情を曇らせる。ドロールと過ごした短い日々は悪くない時間だったのに、最後が悲劇だからどうしても引き摺ってしまう。
「……そうだな」
とりあえずそう返事をした。プロムスもドロールの時のことを思い出したのか、どこか表情に影が落ちているようだ。
『では、今後の計画を立てようか。まずは――――』
――その日の話し合いは、フィーギス達が帰る時間を押してまで続いた。




