王の側妃 4
もう拘束する理由もなくなったのでプロディージを起こして元の場所に座らせ、けれど一応後ろにプロムスを控えさせておく。
プロディージは姿勢よく座りながら、いくつかの疑問を口にした。
「アーヴィスティーラという組織ではなく、トップの鳥騎族だけを潰したのですか?」
「王はな。アーヴが暗殺するのは人間だけで、依頼を受けて手は汚したが、国を揺るがす原因になった訳ではなかったから。けれどトップは大鳥の加護で得た身体強化を使っていたから、それだけは見過ごせないと王は判断し、始末したらしい。その後中心だったトップをやられてアーヴィスティーラは自然分解しかかっていた所を、名無しの暗殺者組織として国が叩き潰した。大鳥と鳥騎族が関わっていた事は最重要機密として扱い、組織の名前ごと表に出す事はせずに、葬った筈だったんだ」
「それが妥当だよね。国の護り神が暗殺者と共謀とか、冗談キツい。で? そのアーヴィスティーラを雇っていた王妃殿下が未だにお咎めなしで、いけしゃあしゃあと王妃の座に居座っている理由はなんなのです?」
本来なら不敬に値する物言いに、同感であるフィーギスすらも苦笑していた。オーリムもそんな奴引き摺り下ろせばいいのにと思ってしまうので、つい頷く。
「君、よほど王妃殿下の事が嫌いなんだね?」
「分不相応な物を高望みする人間って嫌いなんですよ」
「なるほど、それなら仕方ないね。……理由は単純に証拠がないからだよ。調査もせずに早々にトップだけを潰してしまったから、アーヴと取引していた証拠も消されてしまってね。王鳥が真相は教えてくれたが、それだけで告発出来る立場の人でもないから、罪に問うのは難しかった。いっそ大鳥に手出ししたり国をどうにかしようとしてくれたら、王に潰してもらえたんだけどね?」
『面倒だからって余に押し付けようとするな』
どうやらそういう理由があったようだ。王鳥が始末をつける前に相談してくれればと思ったが、当時のオーリムは代行人にされたばかりで悲観に暮れており、フィーギスも権力はないに等しい子供だった。どのみち握り潰されて終わりだっただろう。
プロディージはすっと目を細め、一番話したくない事の核心に迫ってきた。
「その鳥騎族と結託していた大鳥様はどうなさったのです?」
途端、顔が強張る。思い出したくない事を思い出し、息が詰まってしまった。
が、話さない訳にはいかないだろう。深く息を吐き、表情を引き締めて説明する事にした。
「……契約した鳥騎族を始末した後、一度は大鳥達の住む世界に引き返して行った」
「大鳥様はお咎めなしですか?」
大鳥達の住む世界という単語に不思議そうな顔をしていたが、それよりもその事が気になったらしい。オーリムは頷く。
「鳥騎族と契約し、足になっていたくらいだったからな。魔法の許可も出さなかったようだから見逃した。……ここで見逃さなければ、あんな事にならなかったのにな」
室内に重苦しい雰囲気が流れる。特に深く関わったオーリムとプロムスはやるせない気持ちでいっぱいだ。プロディージは目を眇め、そんなオーリムに続きを促す。
「二年前、その大鳥がこの世界に戻ってきて鳥騎族を選び、連れ去った。どうやら契約したアーヴの頭を始末した事を相当恨んでいたらしい。連れ去って、その鳥騎族を言葉巧みに騙して俺達と敵対させ、討たざるを得ない状況に陥った」
「その時討った鳥騎族ってのが俺の友達のドロールって奴でな。一緒に侍従になれるよう勉強していて、生きていりゃあ、今頃ここに居たのかもな」
ふっとプロムスの瞳が揺れる。オーリムも俯いて、ギュッと強く拳を握った。
ドロールは大屋敷に来たばかりの鳥騎族希望者で、プロムスとは特に気が合ったのかすぐに打ち解けて、紹介されたオーリムとも親しくなっていた。
プロムスと同じ歳で優しげな風貌をした、少し気は弱いが正義感が強く直情的。悪く言えば騙されやすい奴だった。オーリムも単純だったから、よくプロムスの冗談を間に受けて、二人して騙されていたのをよく覚えている。当時のオーリムは失意の最中にいたが、それでもドロールと過ごした日々はいい思い出だ。
そんな彼がある日、大鳥と契約したその日に姿を消した。その契約した大鳥というのがアーヴィスティーラに協力していた大鳥で、契約した鳥騎族を討たれた恨みを王鳥に募らせていたらしい。
鳥騎族にして攫って、言葉巧みに騙して王鳥やオーリム、鳥騎族になったばかりのプロムスと敵対させた。なんとか説得したかったのだが、鳥騎族になれば大鳥と同調するからか全く聞き入れてもらえず、長い闘争の末、とうとう無関係な街一つを壊滅させようとしていたので、大鳥ごとドロールを討たざるを得なくなってしまった。
結局最期まで仲違いをしたまま死に別れてしまった事はずっと心に蟠っている。大鳥の鳥騎族を失った悲しみの声も、耳から離れないのだ。大鳥が鳥騎族を寿命以外で失うとああいう事になると、その時に身をもって知った。
アーヴィスティーラという単語に過剰に反応してしまうのは、最重要機密だからというよりは、こちらの方が思い入れが強い。出来れば彼らの事はそっとしておいてほしかった。
「王鳥様はその大鳥様に恨まれている事にずっと気付かなかったのですか?」
『気付いておったが、何もしてこぬから放置した。襲撃してきたところで返り討ちにする事くらいわけはない。が、まさか人間を巻き込むとは思わなんだ』
「放置しても問題ないと判断したが、人間を犠牲にする事になるとまでは予想していなかったんだと」
「とんでもない慢心ですね」
ジトリと見るプロディージに苦い顔を返す事しか出来ない。大鳥をアーヴィスティーラの鳥騎族と共に討っていれば、或いは大鳥達の住む世界からこちらに来れないようにしていれば、確かにこんな事にはならなかったのだ。
「言い訳をするなら、その大鳥は侯爵位――大鳥の中では王鳥に次ぐ二番目に強い力を持つ位の大鳥だったのもある。力の強い大鳥は亡くなると、世界に何かしらの悪影響を与えるらしい。その大鳥を討った事で世界を隔てる壁に綻びが出たと言っているが、それが何を意味するかは俺達人間には理解出来ないだとさ」
わからないが、何か悪い事が起こったというのだけは理解出来た。世界が終わるようなものではないらしいが、いずれ厄介な事になるかもしれない事だけは覚悟しておいてほしいらしい。それが明日起こるのか、数百年後なのかはわからないようだが。
プロディージは視線を逸らし、聞いた情報を元に何かしら考えているようだった。
「さて、プロディージ。私達は最重要機密であるアーヴィスティーラの情報を君に提供した。では君はその対価に、一体何を提供してくれるのだろうね?」
フィーギスはニコリと笑って圧をかける。
アーヴィスティーラとは大鳥と鳥騎族を中心に結成された暗殺者組織。鳥騎族の方は今代の王鳥が始末して、後に国が組織を制圧し、大鳥の方は遅れて一人の人間を巻き込んで討伐。この一連の事件は大鳥と鳥騎族が主犯だったので国が秘匿するに至った。
それをプロディージが聞き出したのだ。当然、プロディージ側の情報開示も求められる。
プロディージは考えがまとまったのか視線をフィーギスに戻し、対価となる情報を語り始めた。
「私が知っている情報は多くありませんよ。最近我がセイド領できな臭い動きを見せている集団があり、それが過去探りを入れたものの断念したアーヴィスティーラと似ているという事くらいです。断定は出来ませんし、調査をしようと思った矢先にこちらに呼ばれてしまいましたので、詳細は何も掴めておりません」
「セイド領に暗殺者が紛れ込んでいると?」
「いえ。そもそもアーヴィスティーラが暗殺者組織というのは初耳でした。私の調べたアーヴィスティーラは義賊紛いの詐欺と窃盗集団でしかありませんし、大鳥様が関わっているなんて微塵も感じませんでしたので。だから少し謎なんですよね。その暗殺者組織の活動の一部なのか、同名の別組織なのか。……たまたま同名になるような名前でもないように思われますが」
「義賊?」
オーリムは首を傾げる。オーリムの知るアーヴィスティーラは金を払えばどんな事でも請け負う暗殺者組織だ。完全に黒で、義賊なんかではなかったように思う。フィーギスとラトゥスに視線を向けたが、二人もピンと来ていないのか不思議そうな顔をしているだけだった。
それに、王妃に雇われるような暗殺者組織が、それより実入りの悪そうな詐欺や窃盗なんてする必要があるのだろうか? まあこのあたりは小遣い稼ぎなのかもしれないが、暗殺者と義賊は絶対に結びつかない。
王鳥を仰いでみたが、何も口出ししてくれなかった。トップに居た大鳥も鳥騎族も討伐した今、人間同士の争いでしかないから自分達で調べろという事なのだろう。
「アーヴィスティーラの出現と私とローゼの婚約解消が同時期だったのでまさかとは思ったのですが、関係があるのでしたら私をセイドに帰してください。調べ物はあまり得意ではありませんが、そういう事でしたら即刻潰してきます」
仄暗い表情でそう言うプロディージの意思は固そうだが、少し心配だった。正直、過剰に潰しそうな気さえする。まあ婚約にケチをつけられたのだ。気持ちはわかるし、オーリムだってそんな事をされたら同じようにする自信があるので口出しはしにくい。
「これだけ無遠慮にずかずかと踏み込んで、アーヴィスティーラすら自力で見つけ出しておいて、調べ物があまり得意ではないなんて何の冗談なのかな?」
「実際並程度ですよ。私が得意なのは隠そうとしている物を暴く事であって、情報収集ではありません」
「……随分といい性格をしている。なら、セイドとペクーニアには手の者が潜入しているから僕が調べよう。情報収集は僕の得意分野だ。君には聞きたい事が山ほどあるから、ここに残ってもらいたい」
ラトゥスが情報収集を引き継ぐと言ったが、プロディージは不服そうに睨みを効かせていた。どうやら自分で潰したいらしい。よほど婚約の事が腹に据えかねているのだなと思った。無理もない話だ。
「得意ではないと言ったのだから、ラスに任せなさい。あと王。ペクーニア嬢を攫ってきたのだから、私の書状をペクーニアと、ついでにセイドに居るラスの部下に届けてくれたまえ。今回ばかりは大鳥便を先立って使わせてもらうよ」
『まあ、仕方ない。そのくらい引き受けてやろう。グランを使うがよい。リムを除けば彼奴が一番早く飛べるからな』
「鳥騎族隊長を使わせてくれるなんてありがたい話だね。なら、さっそく用意しようではないか」
フィーギスはそう言って立ち上がる。書き物はこの応接室よりも隣の執務室の方が好都合だからだろう。
オーリムも立ち上がって書くものを用意しようと思ったら、コンコンコンと扉がノックされる。
プロムスが出ると、メルローゼ付きにすると言っていた侍女のモードだった。
「お話中失礼致します。メルローゼ様がお目覚めになりました」
途端、いち早く反応したのはプロディージだ。仲違いをして婚約解消したものの、大事ではあり心配をしたのだろう。けれど、彼はメルローゼに近寄れないのだが、忘れていないだろうか?
「よかった。彼女にも話を聞きたかったのだよ。すぐに行こう」
執務室より先にメルローゼに会いに行く事になった。王鳥は外に出てメルローゼ……というより、メルローゼの側についているソフィアリアの元に向かったようだ。オーリム達も廊下からそのあとに続く。
応接室を出て、もうすぐメルローゼの部屋というタイミングで、唐突にプロディージが口を開いた。
「ああ、そうだ。例の話と私の情報提供じゃ割に合いませんので、別口の情報を献上させていただきます」
ニッと影を含む笑みを浮かべたプロディージに、何故詳細を聞けないこのタイミングでと首を傾げる。
「フィーギス殿下が姉のどの情報を欲しているのかは存じ上げませんが、ある程度の解決をお約束しましょう」
「……出来ればもっとゆっくり出来る時がよかったのだがね。本当に君はいい性格をしている」
「お褒めにあずかり光栄です。――フィーギス殿下。姉は元々、あなた様の側妃を希望しておりました」
「……は?」
据わった声でそう答えたのはオーリムだった。当然だ。
長年憧れを抱き、今は両想いになったソフィアリアが、よりによって友人の側妃を希望していたなんて思いたくもない。他の人達もあまりの情報に目を見張る。
その様子を見て、ますます楽しげにプロディージは笑っていた。
「側妃となり気に入って寵愛をいただけるように、フィーギス殿下と対等になれるだけの知識を蓄えてきたのですよ。才女であらせられるマヤリス王女殿下をお選びになったという事は、男を立てる女性よりも対等に渡り合える女性の方がお好みなご様子ですし、あながち間違いではなかったようですね?」




