王の側妃 2
メルローゼ――部屋でソフィアリアに名前を教えてもらった――をソフィアリアとアミー達侍女に任せ、身体を返されたオーリムは応接室へと戻ってきた。
メルローゼがいなくなった事で座れるようになったプロディージはソフィアリアが座っていた場所に座りフィーギスと話していたので、オーリムは元々プロディージが座っていた一人掛けソファに腰を下ろす。王鳥はオーリムの背後にいた。
「やあ、おかえり。セイド嬢は平気かい?」
「王が慰めていた。……気付いていたのか?」
オーリムは王鳥が側妃なんて言い出したらあたりから、ソフィアリアが無理をしていると気が付いていた。ソフィアリア程鋭くないが、半年も側にいてずっと見ていたから、そういうのはある程度わかるようになったのだ。
自分だけは絶対にソフィアリアを裏切らないと伝えたくて側妃を否定したが、伝わっただろうか。少し安心してくれたようだったから、そうだと嬉しい。
フィーギスはオーリムの問いに、困ったように笑う。
「突然側妃なんて言われたら普通は動揺する。王族に嫁ぐとなればある程度は覚悟しておかなければならないが、セイド嬢が嫁ぐ王は王鳥だからね。王鳥妃だって史上初なのに、側妃なんて考えてもいなかったのではないかな? それでも、心はついていかなくても頭と身体は自然と動くのだから大したものだよ。……セイド嬢の場合、元は男爵令嬢なのだから、そんな覚悟はいらない立場のはずなんだけどね?」
そう言って指で膝をリズムよく叩く。フィーギスの考え事をする時の癖だ。
「んで? 王鳥様は何を思って突然側妃なんて言い出したんだ? オレからすれば二番目の妻とか冗談じゃねーけど、王族では普通なんだろ? けど、王鳥様はオレから見てもソフィアリア様にこれでもかってくらいベタ惚れだったじゃねーか。正直信じられねぇぜ」
壁に背を預けて腕を組み、目を眇めながらプロムスにそう尋ねられるが、オーリムもわからない。
王鳥のソフィアリアへの愛情を疑う理由はないし、オーリムがメルローゼを見ても、ソフィアリアからたまに話を聞く程度の知らないご令嬢としか感じないのだから、王鳥だってそうだ。なのにいきなり側妃として連れてくるなんて、一体何を考えているのだろうか。
「……王太子殿下の御前で随分ラフな言葉をお使いになられるのですね。私は存じ上げませんが、その容姿ですし、やはりどこかの高位貴族のご令息でいらっしゃるのでしょうか?」
探るような視線をプロムスに投げかけるプロディージはまだ色々とショックが抜けきらないらしいが、正体は気はなるらしい。平民離れした端麗な容姿と態度でそう判断したらしい。
プロムスはくつくつと馬鹿にするような失笑を浮かべながら、皮肉げに言った。
「さあな? ご自慢の観察眼で、自分で調べればいいんじゃねぇの」
「なんだ、吹き出すって事は違うのか。この大屋敷には平民が多いってオーリムが言ってたし、昔から交流があって親しいだけの平民ってところかな」
「……ほんとにクソ生意気な奴だな」
ギロリと睨まれてもプロディージは眠たげな顔で澄ましているだけだ。あれだけの返答でそれだけの事を読み取るのだから、さすがはソフィアリアの弟だなと思ってしまう。
プロムスはフィーギスに頼まれて密偵をやっていたとバラされてアミーに睨まれたり、ソフィアリアやオーリムへの態度の悪さで貴族対応する気も失せたらしい。まあ元々ガキ大将で、みんなを束ねて上に立とうとする彼は、生意気だと感じた奴をへし折って支配下に置こうとするから、本能的なものかもしれないが。
「側妃の話は私にもぜひ聞かせてくれないかな? ただでさえ多忙な所に更に難しい仕事まで増やしてくれて、いい加減私も限界に近いのだよ。こんな事の為にあの時生かされたのだと思うと、正直泣きたくなってしまうね」
『そなたの泣き顔は少し興味はあるが、こうせぬとあの娘の婚約が決まって面倒な事になったからなぁ。妃を悲しませたが、後々の事を考えればこの方がダメージは少なかろうて』
「ペクーニア嬢の新しい婚約は、王が横入りしなきゃいけない程の事なのか?」
メルローゼに新しい婚約、という言葉でプロディージの瞳から光が消える。仄暗いその無表情は気になるが、今は王鳥に話を聞く方が先だ。
どういった経緯か不明だが、プロディージとメルローゼの仲違いが原因で婚約を破棄だか解消だかをしようが、王鳥にもオーリムにも関係がない。
確かにソフィアリアの弟と友人の事で、ソフィアリアは気にするだろうが、それだけだ。王鳥は基本的に情で動く事はしない奴だから、大切なソフィアリアを悲しませてまで仲介する義理はない。
だからこそ不思議なのだ。
『ちとややこしい問題でな。まあ大半は余の民とはあまり関係のない人間同士の内輪揉めに過ぎぬから、余がするのはこれと、これから起こるであろう事件のアドバイスくらいだ。あとは其方らが真相を暴けばよい』
「ペクーニア嬢を側妃にすると攫ってきたのに、理由は大鳥とはあまり関係がないのか?」
『関係があると言えばあるし、ないと言えばない。が、大鳥への害意は今のところ感じぬよ。だから手出しはせぬ』
「関係性は微妙なところだから、王はこれから起こる事へのアドバイスくらいしかしてくれないのだね? まったく。勝手な事を始めるわりに協力はしてくれないとか、本当に君は嫌な神様だよ。で? まずはどうしろと?」
『プーに聞けばよい』
思わぬ事を言われて、思わずフィーギスと二人してプロディージに視線を向けた。それに釣られたラトゥスとプロムスも同じくそちらを見る。
突然視線が集中したプロディージは仄暗い無表情から、ふと何か思い至ったのか視線を逸らし、考え込む。
やがて意を決して言った言葉は、彼の口から飛び出すはずがないものだった。
「……新しい婚約の件、『アーヴィスティーラ』という集団と、何か関係があるのでしょうか?」
ピンと部屋の空気が張り詰める。オーリムは反射的に槍の穂先をまたプロディージに向け、プロムスは鳥騎族になって上がった身体能力で駆け寄り、その身を拘束し、床に勢いよく押さえつける。
二人は険を帯びた眼差しを、プロディージに向けた。
「なんでっ、おまえがその名を知っているっ!」
「っ……ああ、やはり知るとマズい名前だったって訳?」
身柄を拘束され少し痛そうに呻いたものの、相変わらず表情一つ変えないプロディージの貴族としての教育は大したものだ。だがこの場にいる全員、それどころではない。
フィーギスは顔から笑みが抜け落ち、次代の王の顔をして真剣な表情でプロディージを見下ろす。
「プロディージ。その名はこの国でも外部に漏れないよう徹底的に隠した、最重要機密の一つだよ。誰にも知られず、このまま闇に葬られるのを待つだけだったはずさ。この国の中でも上層部の更に一部の人間と、対処に当たったここにいるメンバーと鳥騎族隊長くらいしか知らないその名を、たかが男爵位の更に末席に近い君が何故知っているのかな? 悪いがこの件に関して、君お得意の誤魔化しは通用させない」
そう尋問する目は冷たい。情を一切見せないその表情は、フィーギスだって滅多にやらない。そんな事をさせるだけの力がその名前にはあるのだ。
それにオーリムだって、その名を聞いてしまてば心中穏やかではいられない。もう二度と聞くはずのなかったそれを何故、また聞く羽目になっているのか。
「誤魔化しませんよ。たとえ全てを伝える事によってセイドは爵位返上、一家全員処刑を免れないとしても、私はその真相をお話しましょう。けれど全てを知った時、あなた達は姉上を一体どうするのでしょうね?」
ニッと暗い笑みを浮かべるプロディージの言葉に、何か途轍もなく嫌な予感がした。このタイミングでソフィアリアの名前が出た事に、思わず動揺してしまう。
「フィアを……?」
「ええ、そうですよ。今、我が家の者の中で一番その名に関係するのは、おそらく姉上です」
目を見開いてプロディージを凝視する。ドクリと心臓が胸騒ぎに震え、無意識に手に力を込めていた。
オーリムの動揺を感じ取ったプロディージはどこか勝ち誇ったかのようにニィっと嫌な笑みを浮かべ、その決定的な言葉を放つ。
「――我がセイド男爵家は十年程前、そのアーヴィスティーラという組織の、出資者のようなものでした」
その言葉を聞いて、驚愕の表情でプロディージを見る事しか出来なくなった。全員言葉を詰まらせて、次に問い質すべき言葉を考えている間に、彼は更に衝撃的な事を口にする。
「まあ、一番繋がりのあった祖父は、私がきちんと始末しておきましたがね?」




