セイドの双生 7
「もう色々と面倒だから、このまま公称十七歳で通させてもらうよ。今は大きくても後々は誤差だ。とりあえず、もうすぐで成人を迎える事だけは本当に救いかな」
組んだ足の上で指を組み、溜息を吐いて疲れたようにそう言うのはフィーギス殿下である。
きっとオーリムはもう色々な書類で十七歳だと書き記してしまっているのだろうし、今更変更するのも大変だろうから、それでいいと思う。
結婚式はちゃんと成人後で、飲酒は少しまずいが嗜む程度だったから見逃してもらおう。今からは誕生日まで少し待てばいい。
頷いて返事をするオーリムはすっかり気落ちしてしまっている。可哀想なので背中を摩っていたら、甘やかすなと言わんばかりのジト目をプロディージから向けられたが、聞いてあげない。だってやらかしても大切なソフィアリアの恋しい未来の旦那様の一人なのだ。
「というか王、君はリムの本当の年齢を知っていたのに何故黙っていたんだい? ――――婚期が遅くなる? はぁ〜。君達は本当に、何故こうも面倒ごとばかり起こすのかな? 私に何か恨みでもあるのかい? ――――こんな事をさせられる為に次代の王と呼ばれるなら、今からでも下りたくなってくるねぇ。大体――」
今度はフィーギス殿下と王鳥が言い争いを始めてしまった。
そして王鳥が黙っていたのは、オーリムの婚期を早める為だったらしい。それはそれで何をしているのだと言いたいが、まさか求婚から結婚まで一年もかかるとは思わなかったのだろうなと思った。なんなら婚約には年齢制限はないし、一年かかると知っていれば、実年齢を教えてくれても問題はなかったはずだ。
「……王鳥様と代行人様がこんな色ボケだとは思わなかった」
プロディージは神様であり、この国では王族よりも高貴な筈の二人に失望感を感じているようだ。
ラトゥスも遠くを見て、束の間の現実逃避を図っている。
オーリムはまだ相変わらずだか、粗方愚痴り終わってすっきりしたのか、フィーギス殿下は入れ直してもらった紅茶で一息吐きながら、言った。
「で、何の話をしていたかな? 全く想定していなかった事態に色々直面して、すっかり記憶が彼方に飛ばされてしまいそうだよ。ああ、そうそう。もう一つプロディージには聞きたい事があったのだよ。君の婚約者の実家であるペクーニア子爵家の事なんだけどね」
ペクーニア子爵家という単語を聞いて、今度はプロディージが肩を揺らし、青褪める。基本的に無表情と呆れ以外の表情を取り繕うのが上手いプロディージにしては珍しい反応だなと思うと共に、ふと再び嫌な予感が脳裏を掠めた。
「……申し訳ございませんが、私はペクーニア子爵家の事はお話出来ません」
「私の名を出して、婚約者の君に一切責任が行かないようにするよ。なに、何も内部事情を知りたい訳ではないのだ。ただ少し――」
「……もう婚約者ではなく、他人です」
小さくポツリと声を震わせて言った言葉に、フィーギス殿下はすっと目を細める。ソフィアリアも目を瞬かせ、呆れたようにプロディージに視線を投げかけてやる事しか出来なかった。
「……王?」
ふと、ここで王鳥が背中から離れ、外へと出ようとしていたのでついていき、バルコニーへの扉を開けてあげると、空へと飛び立ってしまった。
王鳥は側に居ながらも全大鳥の目を通してこの国中を監視しているので、何かあればこうやって飛び去る事がたまにある。今も何かあったようだ。
それがきっかけでオーリムはようやく持ち直したらしく顔を上げていた。
ソフィアリアは飛び立った王鳥を見送ったあと席に戻り、再度プロディージに視線を向ける。
「プロディージ。私は王命で、セイド男爵家が他家と繋がりを持つ事や、君や妹君の婚約に関する取り決めを勝手にしないよう通達を出していた筈だね? 新しい事を始める、または今までの事業を取り止める際も全て私を通してからにしてほしいと命じていた。まあ嫡男である君ではなく当主である父君の采配なのかもしれないが、だとしたら今すぐここに呼んでもらう事になるよ?」
組んだ足をトントンと苛立たしげに指で叩くフィーギス殿下は、珍しく無表情で怒っていた。笑顔のまま圧を掛けられるのも怖いが、これはこれで迫力が増し、より圧迫感を感じる。
怒るのも無理はない。セイドは男爵家でしかないが、今はソフィアリアが王鳥妃に選ばれたせいで、なんとか繋がりを持とうとする家が後を絶たなくなっている。
だが男爵家の中でも更に末席に近いセイド男爵家は他家から何か要望があれば、突っ撥ねる力がない。それを利用して裏から実権を握ろうとする家が必ず出てくる筈だ。
なのでソフィアリアに王命が下った頃にはやんわりと、大鳥達に認められたあたりからは正式に、セイド男爵家の盾を最高権力者に近いフィーギス殿下が担ってくれていた。何をするにしても王家にまず伺いを立てる事になるので半分実権を明け渡したもの同然になるが、セイド男爵家では捌けないのだからやむを得ない判断だった。
なのにフィーギス殿下を通す事なく勝手な動きをされれば、それは王家への妨害工作と受け取られても仕方がない。信用をなくすので半分どころか全権明け渡しを視野に入れられても文句は言えなくなってしまう。それは実質的な爵位返上だ。
「……勝手ながら、当主は父ですが名義のみで、実権はほぼ私が握っております」
「では君が決めた事なのかな?」
「いいえ、ペクーニア子爵家からの要望です。……ですが、原因は私の落ち度。婚約者……元婚約者との、仲違いです」
気落ちしながらそう言うプロディージに、大きな溜息が出る。ああやっぱりかと失望する他ない。
少し注目を集めてしまったのでせっかくだから姿勢を正し、まっすぐプロディージを見つめて、姉の顔で話す事にした。
「ロディ。わたくしは家を出る前に言ったわよね? もうわたくしが仲介してあげる事が出来なくなってしまうのだから、変な意地を張る事と、思ってもいない事を勢いで言ってしまう癖は直して、今後はメルを大切にしてあげなさいって。その結果がこれかしら?」
「それは……」
俯いて暗い表情をしているところを見ると、どうやら結局変われなかったらしい。また盛大に溜息を吐いたからか、オーリムには少し心配そうな顔をされた。
ソフィアリアはオーリムには困ったように笑って、平気だと言うように首肯し、プロディージの方を向き直ったが、もう何も言わなかった。これ以上言う事など何もないからだ。
その事にプロディージは更に絶望感を深くしていたが、構ってやらない。
ソフィアリアが言い終わった事を察して、フィーギス殿下は続きを話し始める。
「ペクーニアの方にも一応伝えたんだけどね? セイド男爵家との婚約に関して何かあれば私を通すようにって。さて、これはどういう事なのかな?」
「……ペクーニアに潜入している者がまだ領地に残っていた筈だ。調べさせるが、あの家は手広く商いをやっているからか、守りが異様に強固だ。おそらく難しいだろう」
「だよねぇ。これは、ペクーニア子爵家も呼び出すべきなのかな?」
乾いた笑いを発するフィーギス殿下はすっかりくたびれていた。ラトゥスも途方に暮れている。無理もない事だ。
ソフィアリアの事を探る為に色々と画策していたのに、大鳥の双子が産まれたなんて聞かされ、ソフィアリアの弟もなかなか面倒な切れ者で、しかも代行人と双生だと言われ、ついでに思いがけずオーリムの年齢詐称を知ってしまい、更には全く前振りのなかったセイド男爵家とペクーニア子爵家の一大事を知り、新たに調べる事になった。
謎を解き明かすどころか仕事が増えている。そして肝心な事もまだ分からずじまいで、すっかりそれどころではなくなってしまった。さすがに少し申し訳なく思う。
短時間のうちに色々あり過ぎて全員精神的に疲れていたので、少し休憩する事にした。
アミーに特別いい茶葉を使った紅茶の用意を、プロムスにはスイーツを持ってきてもらい、ちょうどスフレケーキが焼き上がった所だったらしく運んできてくれる。焼きたてでないと萎んでしまう為、毒味を挟む王城では美味しく食べる事の出来ないこのスイーツは、ここでしか食べられないからとフィーギス殿下は特に好んでいるのだ。
「……ペクーニア子爵家の事もお調べになられていたのですか?」
初めて食べたスイーツで若干元気を取り戻したらしく、よろよろと話し始めるプロディージは精神的ダメージがまだ酷いのか、オーリムと言い争いをしていた元気はない。さすがのオーリムも言い争いをする仲ではあるが、心配もしているようだ。
フィーギス殿下も苦笑し、素直にそれに応えてくれた。
「まあね。君達セイドの者があまりにも気になる行動ばかり取るのに情報をくれないから、色々手を回させてもらっているよ。セイドは調べるのは安易だが、隠すのが上手いのか何も出てこない。ペクーニアはそもそも調べる事から困難だ。セイド嬢の周りはなかなか個性豊かな者達が揃っているのだね?」
「実際うちには何もありませんが。……ペクーニアは難しいでしょうね。特に深入りした事はございませんが、あの家を攻略しろと言われれば骨が折れます。けれど、絶対何の企みもないと断言出来ますよ。あの家の者は商いに対する欲求は底無しですが、権力には興味がなく人柄も善良です。爵位を賜ったのも商売のおまけでしかないとお考えのようで、商売に支障が出ないのなら、返上しろと言われれば潔く差し出す程ですよ」
「攻略出来ないと言わないあたり、君にも思う所はあるけどねぇ。でも、そうか。やはりペクーニアにも野心はないのか。いっそあるって言ってくれた方が、まだ納得が――」
と、話の途中でコンコンとバルコニーの扉が叩かれる音がする。王鳥が帰ってきたらしい。
ソフィアリアは扉を開ける為に立ち上がり……ふと、何か違和感を覚えた。
「王?」
オーリムも感じたようだ。
帰ってきた王鳥の頭が少し下がっている。屈んだ姿勢のようだが、何故そのような事をしているのか気になった。まるで背中に誰か乗せているような体勢ではないか。
と、一瞬風に舞ったのか赤い布が見えた気がした。ソフィアリアはギョッとして、はしたないと思いつつも慌てて扉の方へと駆け寄る。
扉を開け、中に促すと――
「ピ!」
ニンマリ上機嫌で鳴いて、ふわりと背中に乗せていたものをゆっくりと魔法で下ろす。その様子を、全員で呆然と見ていた。
「……え?」
下ろしたもの――者は、眠っている女の子だった。
ふわふわな黒髪をツーサイドアップにし、髪には赤いリボンと赤と黒の上質なドレスを身に纏った、可愛らしい女の子。
ソフィアリアはこの子をよく知っている。今は閉じられている目は大きく丸い形で、ルビーのような綺麗な赤い瞳。性格は明るいけど、少し甘えたで泣き虫なちょっぴり困った大切な友人。
メルローゼ・ペクーニア。セイドの隣の領地に住むペクーニア子爵令嬢で――義妹の予定だった。
「っ! ローゼ⁉︎」
ここにいる筈のない、気を失ったメルローゼを驚きの表情で見て、慌てて駆け寄ってこようとしたのは元婚約者のプロディージだ。
だが駆け出したところで見えない壁に阻まれて、無様にも尻餅を付く。後ろに倒され、そのまま呆然としていた。
「ピピ」
すっと目を細めて、王鳥はそんなプロディージを威嚇するよう睨みつけ、鳴いた。
「「……は?」」
王鳥に何か話しかけられたのか、オーリムとフィーギス殿下が目を見開いたまま同時に言葉を発し、硬直してしまった。ソフィアリアは友人を介抱しながら、少し不安げな表情でそんな二人を見つめる。
「リム様、王様は何とおっしゃっているのですか?」
「……連れてきたペクーニア嬢を、側妃にするって」
今度はソフィアリアこそが硬直する番だった。




