セイドの双生 6
「乗っ取りも何も、フィアはこの大屋敷の女主人になるんだっ! 王の妃になって大鳥達の頂点に立たされて、そんな難しい立場に立っているのによくやってくれているし、これ以上ないくらい全方向に気を配ってみんなをまとめてくれているのに、それをっ‼︎」
「姉上の事はポッと出のオーリムなんかよりよく知っているよ。実際一番理解して長年側にいたのは僕だからね。やれるだろうさ。だってあの姉上だし。……僕がそう理解するのは当然だけど、オーリムは違う。姉上を理解していない癖にこの異常な状況を何も考えずに受け入れている。代行人って立場に立っているんだからもう少しさ、色々疑問を持ちなよね」
「俺にフィアを疑えっていうのかっ⁉︎」
「そうだよ。その方がいくらかマシ。ついでに姉上の事以外にももう少し目を向けた方がいいんじゃない? 僕が見てきた中で一番酷い姉上の狂信者がオーリムだ。正直王族より上に立つ代行人が姉上の狂信者とか、ほんと勘弁してほしい。シャレになってない」
「誰が信者だっ! 俺は――――」
自分の事で激しく言い争いをしてしまったオーリムとプロディージに、ソフィアリアは珍しく困り果てていた。
プロディージはフィーギス殿下が何故プロディージ達をここに呼んだのか説明しているのだが、ソフィアリアが人に優しくして好感を抱かれるという、なんて事ないはずの振る舞いを異様に嫌がるという私情を挟むせいで、オーリムには全く伝わっていない。
そもそも未来の旦那様であるオーリムを、未来の妃であるソフィアリアが慰めるという、そんな当たり前の事すら許せないと言われてもソフィアリアだって困る。
この終わりの見えない言い争いなんか止めてしまいたいが、内容がソフィアリアの事なのが問題だった。
ここでソフィアリア自身が割って入れば、プロディージは昂ってますます声高に主張を貫き通そうとするだろう。そういう子だ。そしてその主張を受け入れられないオーリムが声を荒げる。止めるどころか状況が悪化する。
静観していればオーリムはいずれプロディージにやり込められてしまうだろう。話自体は止まるかもしれないが、ソフィアリアを庇いきれなかったと激しく落ち込み、やり込められた事を延々引き摺るのが目に見えているから、オーリムに恋するソフィアリアの心境的には助けてあげたい。
それに、この場でどちらの行動をとっても二人の間に決定的な亀裂が入ってしまう。せっかく素の状態で言い争いが出来るくらい仲良くなれていたのに台無しだ。それだけは避けたいが、いい案が浮かばない。だから困っていた。
残念ながらフィーギス殿下とラトゥスは、プロディージがソフィアリアの情報を何か出さないか期待して黙っているし、仕事中のアミーとプロムスが割って入る訳がない。
となると残りは――
突然、感情と口調を荒げていたオーリムはすっと無表情になり口を閉じる。ソフィアリア達は瞬時に察したが、そんな様子に怪訝な顔をしたのは、言い争いをしていたプロディージだった。
「……何? 急に黙って」
「頭が高い。誰がそのような口を聞いてよいと許可を出した?」
スッと目を細め睥睨すると、睨まれたプロディージはその圧にサッと青褪め、だが歯を食いしばって傅かないよう耐えていた。負けず嫌いなのは知っていたが、正直それほどとはと驚く。
オーリム――王鳥はその様子に嗜虐的な笑みを浮かべ、当たり前のようにソフィアリアの肩を抱き寄せたので、ソフィアリアは王鳥の胸に飛び込む事になった。王鳥はどんな場合でも近くに居れば触れ合いたがるから、好きにさせていた。
「……っは? ほんと、何?」
威圧が辛いのか、だが耐えながら息も絶え絶えに反論する意思を見せるプロディージを、新しいおもちゃを手に入れたかのような目で見る王鳥。王鳥だけは随分と楽しそうだが不穏な雰囲気が漂っていたので、止めるべきか迷う。
「王様? ロディが気に入ったのはわかりましたが、あまりいじめないでくださいませ」
「余はまだ何もしておらんよ」
「する気はありますのね……」
頬に手を当てて溜息を吐く。これは、言っても止めないだろう。あまりに酷いと強制的に終わらせる事も出来るが、しばらく静観する事にした。
王鳥は指にソフィアリアの髪を指に巻き付けて遊びながら、足を組んでプロディージを眺めていた。どのくらいの圧まで耐えられるかでも試しているのだろうか。
少し可哀想なので、くいくいとコートを引いて気を散らしてやる事にする。
「ふむ、妃がどうしてもと言うなら仕方ないな? よい、許そう。おい、プー」
「……その呼び名は、姉から聞いたのですか?」
プロディージはオーリムの身体に王鳥が居ると、さすがに気がついたようだ。
威圧から解放されて肩で息をしながら、ギロリと睨まれる。確かに昔プロディージをそう呼んでいた事はあったが、当時も嫌がっていたし、もちろん誰にも話していない。ソフィアリアは首を横に振った。
「いや? そなたに相応しい呼び名だと思うたまでの事。余が特別にそう呼んでやろう。喜ぶがよい」
「……不愉快です」
「誰が感想など聞いた? 調子に乗るでないわ」
また鋭く睨まれて、グッと耐えている。けれど態度を改める気はないようだ。
これだけ王鳥に反発出来る人も珍しいなと思った。フィーギス殿下ですら軽口を叩いて言い争いはするが、反発は基本的にしない。それこそ、出来るのはオーリムくらいではないだろうか。
フィーギス殿下やラトゥスも今は関心がプロディージに移っているのか、そちらをじっと観察している。
しばらくそのまま膠着状態で時が過ぎ、話を進めようかと口を開きかけたところで王鳥はニヤリと笑い、とんでもない事を言い出した。
「ほう? そうやって余と対峙してみせるか。さすが、ラズの双生なだけはあるな?」
ピシリと、空気が凍る。いや、その言葉で一番顔を強張らせたのがソフィアリアだったからそう感じたのかもしれない。一瞬、全てを聞かなかった事にしたいと切実に思ってしまった。
王鳥はプロディージに夢中でそんなソフィアリアの強張りに気付いていないのか髪を撫で、無情にも言葉を続ける。
「名は改めぬが、よい、態度は許そう。余はラズを代行人としておるのだから、双生であるプーの事も特別に許す。余は寛大だからな。感謝するがよいぞ」
「……王? ちょっと待とうか。誰と誰が双生だって?」
フィーギス殿下は色々と先の事まで考えを巡らせてしまったのか、凍らせた笑顔のままギリギリと王鳥に尋ねる。
王鳥は不敵な笑みを浮かべたまま、当然のようにその答えを言い放つ。
「もちろん、このラズと目の前におるプロディージの事だが?」
その言葉にふらっと、全身から力が抜ける。
王鳥はプロディージの観察で忙しいのかそんなソフィアリアの様子も気付く事なく、深く凭れかかってきた事に気をよくして、更に抱え込んでいた。多分顔は青いだろうが、必死に意識は保つ。
プロディージは疑いの方が強いのか目を眇め、首を傾げて王鳥に尋ねた。
「双生? 私とオーリムが?」
「うむ。差異だがラズの方が早いな」
「……双子なのですか?」
かなり深刻な顔をしてラトゥスが尋ねた言葉に、思わず耳を塞ぎたくなった。
ラズは孤児だ。両親が誰かなんて、ラズが覚えていなければ誰もわからない。何故そんな事になっているのかは不明だが、弟が産まれた時は祖父がまだ存命だったので、どんな異常があっても不思議ではなかった。だってその異常な環境で育ったのが他でもないソフィアリアなのだ。
けれど、それでは困る。だってソフィアリアはオーリムに恋をしているし、オーリムに愛されていると知っている。弟の双生という事はソフィアリアとは――
だが王鳥はきょとんと珍しい表情をし、首を傾げていた。
「双子? 何を言うておる。同腹の双子などではない。二人は言わばセイドの双生だ」
幾分か雰囲気は和らいだものの、だが聞きなれない単語に一同首を傾げる。
「王様、セイドの双生とはなんでしょうか?」
まだ力が入らないソフィアリアは王鳥に必死にしがみつきながら、深刻な顔をしてそう尋ねた。
そこでようやくソフィアリアの異変に気が付いた王鳥は、目をパチパチさせている。
「どうした、妃よ?」
「王様がリム様とロディが双子なんて言い出すからですわ! わたくしの事はいいので、質問に答えてくださいませ」
「双子なんて言うておらぬよ。まあ人間の血縁関係なんて余には馴染みがないから紛らわしかったな。許せ」
ポンポンと頭を撫でてくれるが、ついジトリとむくれてしまった。
ソフィアリアの悪癖なのだが、精神的に追い詰められると気持ちが童心に還りがちになる。だから落ち着くように一度目を閉じ、深く深呼吸をした。
「人間にはたまにおるのだ。同じ気の巡る土地……大雑把に言えば領地内だな。そこで同日同時刻に誕生した子は、どこか似通った気を纏う。別に顔も性格もあまり似ておらんのに、二人はどこか似てると感じるだろう?」
ソフィアリアはほっとしながら大きく頷いた。それは前から不思議に思っていた事だったからだ。
オーリムとプロディージは背丈だけは同じだが、顔も体格もあまり似ていない。性格も似通っている所はあるが、基本的に正反対。食や女性の好みも逆。
けれど何故か似てると感じるのは、やはり性格が少し似ているのだろうかと共通点を無理矢理見出して結びつけていた。実際、なんとなく気が合いそうだなと思ったし、打ち解けるのがとても早かった。
「それだけですか? そんなの、島都とか人の多い場所だと毎日大量に産まれるのでは?」
「人が多いと土地から分け与える気がその分分散され、個々に感じる同質の気が薄くなるのだ。双生という名の通り、多くて二人が限度だな。まあ人間にはわからぬ感覚だし、なんとなく似た人に会うた気がすると思う程度で全く差し支えはないが、大鳥から見れば違う。同じ気を纏う双生のうちどちらかが大鳥と契約でもしておれば、その大鳥はもう片方にもつい惹かれる。まあただでさえ珍しい双生がどちらも大鳥に関わる事になる事例がそもそも少ないからな。過去片手で数えられる程度しか余も知らぬよ」
人間ではわからない感覚の事なので少し難しかったが、なんとなくわかった。とりあえず、ソフィアリアとオーリムは実は血の繋がりがあるなんて事にならなくてよかったと一安心だ。そうだったら一生立ち直れる気がしない。
一方で、それはそれで少し困った事になる。
「……なるほど? リムとプロディージはその双生というものなのだね? 王、すまないがリムと変わってもらえないだろうか?」
「なんだ? 余はまだプーを構い足りぬぞ?」
「急ぎなのだよ。今度にしてくれたまえ」
笑っていない笑顔で念を押され、渋々と王鳥はオーリムに身体を返したようだ。
ノロノロと離され、距離を取られるのが少し寂しい。
「さて、リム。話は聞いていたね? 王によるとリムはプロディージの双生……同郷同日同時刻生まれだというのだよ。何かおかしいと思わないかい?」
笑顔で問い詰められるオーリムは顔が真っ青だった。膝の上で拳を握り、俯いている。
オーリムは今はソフィアリアと同じ十七歳だが、年明けの二日には十八歳になる。ソフィアリアより一つ年上のはずだった。
当たり前だが、弟であるプロディージはソフィアリアより年下だ。冬生まれでもうすぐ誕生日が来て、成人の仲間入りをする十六歳になる。
そうなると、もちろん年齢に差異が生まれる。もう少し大人になれば二歳なんて誤差かもしれないが、子供のうちの二歳差は大きい。成人前後だと持てる権限が変わるので尚更だ。
ふと、ソフィアリアは疑問に思う。
「リム様は誰かに大体の年齢を教えてもらった訳ではなくて、自分の年齢を知っていたの?」
てっきり身体の大きさなどを見て大体このくらいだろうと見立ててもらったのかと思っていたが、フィーギス殿下が問い詰めているところを見ると違うらしい。
セイド領にはスラムがあったのでそこに居た子供達とも話した事があるが、スラムに住み着いた身寄りがなく身元不明の子供達はほとんどの子が年齢不詳で、それどころか知識がないので数字や年月という概念すら知らない子達も多く見受けられた。
ある程度大きくなってから捨てられた子は知っていたりしたが、ラズは物心つく前からスラムに居たと言っていた。そう考えると、よく年齢を知っていたなと思う。
「私は初めてリムと話した時に名前と年齢を聞いたね。その時にリムは、ラズという名前と、年齢は八歳の上だと教えてもらった気がするんだけどねぇ?」
八歳の上。それを聞いてなんとなく嫌な予感がした。当時のラズが九歳ではなく、わざわざ八歳の上と答えた理由を察し、思わず遠い目をしてしまう。
オーリムは気まずそうに視線を逸らせ、ポツリと力なくその答えを語り出した。
「……フィアが」
「セイド嬢?」
「…………お年は八歳だと言っていたから、年上がいいなって当時の俺は思ったんだと思う…………」
シーンと静まり返る。部屋にいる全員から呆れたような視線を向けられ、オーリムはすっかり小さくなってしまっていた。
ソフィアリアは少し責任を感じてむしろ申し訳なく思っているし、王鳥は年齢なんて全く気にしていないが、他の人から向けられる視線は酷く冷たく、とても痛い。
「……馬っ鹿じゃないの?」
プロディージから半眼で睨め付けられながら呟かれたその一言に、頷かれていたのだった。




