セイドの双生 3
「えっ? 代行人様はセイドに来た事があるんですか?」
父が目を大きく見開き、驚いたように目を瞬かせる。母も頰に手を当て、「あらまぁ」と驚いていた。
オーリムから視線を投げかけられるが、首を横に振る。
確かに家族とは手紙のやり取りをしているが、大鳥や大屋敷の事なんて漏らす筈がない。もちろん代行人であるオーリムの事情もだ。そのくらいは当然弁えている。
オーリムはソフィアリアの家族の方に向き直り、頷いた。
「……そうだ。私は代行人になる前、セイド領に昔あったスラムで暮らしていた」
「そうだったんですかっ⁉︎」
「まあ!」
驚きの連続らしい両親は、オーリムがセイド出身と知り少し親しみを感じたらしい。両親から向けられる視線が格段に柔らかくなったのをオーリムも感じてか、受け入れられたと思ってうっすら赤くなっていた。
「……もしかして代行人様は、ラズという少年でしたか?」
反対に、プロディージの纏う空気はだんだん冷えていく。察しのいい彼はオーリムの正体に思い至り、色々疑問に思っていた事の解決の糸口になったようだ。
「……ああ。だから今、その名残のあるオーリム・『ラズ』・アウィスレックスと名乗っている」
そんな態度を隠しもしないものだから、両親へ向けた好意的な雰囲気とは裏腹に、オーリムはプロディージへの警戒をより強固にしていく。
ピリッとした空気を感じ取ってか、両親は困惑しているようだ。
先の展開はある程度読めるが、今逸らした所で後で必ずぶつかる事になる。なら、家族しか居ない今の方が幾分かマシだろうと判断したソフィアリアは、少し心配だが見守る事にした。
プロディージの観察に飽きて手持ち無沙汰になったのか、王鳥がソフィアリアの髪を梳いて遊び始めていた。それだけが心の癒しだ。
プロディージは少し逸らした顎を指で挟み、軽く見下すような目つきで話し始める。
「はあ、なるほど? 姉を王鳥妃なんて大層なものに指名したのは、だからですか。……ついでに姉上は、一体誰を間違えて殺した訳?」
ようやくプロディージがソフィアリアの方を向き、話しかけてきたと思ったら、内容がそれだった。
ソフィアリアにとっては事実なので痛くも痒くもないが、聞き流してくれないのは過保護なオーリムである。
オーリムは最後の一言でカッとなったのか、眉を吊り上げ、威圧を込めてプロディージを睨んだ。
「フィアは殺したかった訳じゃないっ!」
「殺す気がなくても姉のせいで死んでるんですよ。しかもラズという少年でもない人をラズと呼び止めて。剰え長年ラズとして弔いながら自分は不幸に酔っていた癖に、なのに今更別人でした? ほんと、何してくれてる訳? どこの誰ともしれなくても、うちの大切な領民だったのに、姉上は昔からっ――――」
プロディージの口からとめどなく溢れてくる言葉を止めたきっかけは、オーリムが魔法で出した槍だった。槍の穂先をプロディージの喉元に突き付け、強制的に黙らせる。
ようやく黙ったプロディージを、オーリムは忌々しげに見ていた。
「……いい加減不愉快だ。口を閉じろ」
だが当のプロディージは穂先を向けられて黙ったものの平然としていて、気怠げな表情を崩しもしない。貴族教育の賜物だが、特にプロディージはソフィアリア以上に表情を保つのが上手かった。
そんなプロディージは槍なんかに構う事なく言葉を続ける。
「お断りします。まあ、あなたにとっては不幸中の幸いなのかもしれませんがね? どういう経緯なのかは存じ上げませんが、おかげであなたは生きて姉とここに居る。いやはや、運命的な恋の感動巨編だとでも拍手を送りましょうか? まあ私にとっては三文芝居でしかありませんが。むしろ三文すら惜しい」
「っ! 貴様っ……⁉︎」
武器を持った相手に間違った行動かもしれないが、このままだと本当に感情のままに動きかねないオーリムを静止するために、その腕に飛び付いた。
穂先の狙いがブレる可能性があり怖かったが、王鳥も察してくれたのか、ふっと槍を掻き消してくれる。
「ありがとうございます、王様。……リム様、いえラズくん。その事を庇って、怒ってくれなくてもいいの。事実だもの。わたくしはちゃんと全部理解して、全て受け入れているわ」
「だからってっ‼︎」
「違うのよ。ラズくんはロディの物言いに慣れていないからわかってくれないと思うけど、ロディはわたくしを無闇矢鱈に責めて、傷付けたい訳じゃないの。今更その事実に傷付く程、わたくしは弱くないのよ?」
そう言っても納得いかないのか、ぐしゃりと不愉快そうに表情を歪める。ソフィアリアは苦笑して、眉間に寄った皺を優しく伸ばした。
無理もないと思う。言葉だけ聞けばプロディージはかなり嫌味ったらしく辛辣だ。部屋の隅に控えているアミーは冷えた眼差しを送っているし、珍しくプロムスですら顔を顰めている。
そんな表情をする必要はないのだ。みんなが大切に想ってくれているのは充分伝わってくるけど、プロディージは何も間違った事は言っていない。それは誰よりも、ソフィアリアが一番理解している。
「でもありがとう、わたくしの為に怒ってくれて。けれどごめんなさい、わたくしはその優しさを受け取ってあげられないわ。だって全部本当の事だもの。わたくしはあなた達の優しさではなく、ロディの言葉を受け取りたい。……ロディはね、重ねた過ちを忘れる事は許さないって忠告したいだけなのよ? 全部なかった事にして幸せになっていないか、確認したいの」
プロディージは結局、ソフィアリアの今の心境を知りたいだけだ。
どうも昔の愚かな姉というイメージを未だに引き摺っているのか、犯した過ちをなかった事にしていたり、理解出来ていなくて、また何も知らないまま幸せになっていないかを見極めたいだけ。……もうそんな事、ソフィアリアが出来る筈もないのに。
「フィアが幸せになる事を許さないなら、俺にとっては敵だ」
「そんな事言っていないじゃない。ロディは責任感が強くて優しい子だから、ちゃんとわたくしの幸せも願ってくれているわ。だって、わたくしもロディの統べるセイドの人間だったもの。だからこそセイドの人間を害したわたくしが犯した過ちを忘れる事も許してくれないのよ。でも忘れず背負っているのを確認出来たらなんでも許してくれるから、怒らないであげてね?」
自分は平気だからと言うように笑ってそう押せば、オーリムは渋面のまま、嫌々ながらも首を縦に振ってくれた。
その表情に困ったように笑い、プロディージに向き直る。
「ロディ、わたくしは昔とは違うわ。今度こそ全て理解して、きちんと背負い続けているから大丈夫よ」
「当然だよね。幸せな現状に感けて忘れて馬鹿に戻る事なんて、絶対許さないから」
「ありがとう、許さないでいてくれて。ここのみんなはとても優しいから、ロディみたいに責めてくれる人が居てくれて嬉しいわ」
笑ってそうお礼を言えば、眉根を寄せてそっぽを向いてしまう。プロディージの場合照れとは少し違うけれど、そういう仕草もオーリムを彷彿とさせるのだ。
ふと、横顔を見た時に気が付いた。大人に近付いて顔がシュッとしてきたんだなと思っていたが、少し違う気がする。なんだか窶れているような……?
「えっと、ロディ。代行人様にそんな口を聞いてはいけないよ? 君はただでさえ誤解されやすいんだから、その喧嘩口調は慎みなさい」
オロオロしつつ、父はプロディージを窘める。
そう言われて渋々こちらを向き、膝に手をつき深々と頭を下げた。
「……不躾でした。申し訳ございません」
「謝罪はいらない。事情はなんであれ、私はフィアを責めた事は許すつもりはない」
「私も撤回する気はないので結構です」
お互い睨みを効かせあって、両者の間に激しく火花が散る。仲良くなるのはまだまだ先が長いのかもしれない。
反面、少し嬉しくてくすくすと笑う。王鳥も「プピィ」と可笑しそうに鳴くし、どうやら同じ事を思ってくれたらしい。
「……フィア?」
「ふふっ、ごめんなさい。少し嬉しいの」
何が? と同時に怪訝な顔をして首を傾げるのだからますます笑ってしまう。
言葉の先を二人から促されたが、まだしばらくは教えてあげないのだ。




