セイドの双生 1
その日は初雪の降った日だった。
空に薄暗い雲の張った日の、朝食後の時間。パラパラと降る雪が歓迎の紙吹雪のようだとぼんやり思いながら、ソフィアリアは玄関ポーチで待機していた。
雪が降りながらも、この玄関ポーチはほんのり暖かい。これは王鳥がソフィアリアが寒くないようにと、この周辺だけ魔法で暖めてくれたのだ。大屋敷に来てからずっとこんな風に魔法で温度調整してくれるので、外に居ても快適に過ごせていた。
「――――全員検問を突破したらしい。今から登ってくるそうだ」
「よかったわ。なら、この大屋敷で過ごしてもらえるわね」
オーリムのその言葉を聞いて安堵した。もしかしたら検問を潜り抜ける事が出来ないかもしれないと思っていたのだ。その場合、下の検問所の近くの宿に泊まってもらい、検問所の会議室を借りて話をする事になっていた。
大鳥は、大鳥に害意を持つ者や犯罪者は大屋敷には入れない。何親等先までかは不明だが、その親族すら検問で弾いてしまう徹底振りなのだ。親族の方は稀に例外がいるらしいが、その基準は不明らしい。結局は大鳥次第という事なのだろう。
ソフィアリアは王鳥妃としてここで暮らしているものの、祖父が横領と圧政を強いていたのに何故か許されている。更には家族全員が許された事は嬉しいのだが、それはそれで疑問が湧く。だが、考えた所で憶測しか出来ないので、考えを放棄する事にした。
オーリムはソフィアリアの家族に会う事に緊張しているのか、腕を組んでソワソワしていた。そんな様子を見た王鳥が小馬鹿にするように「プピィ」と鳴く。
「緊張する?」
「あ、ああ……。よく考えればフィアを一方的に呼びつけて、挨拶も何もしていないからな。印象が悪いだろ」
「うちは末席の男爵家だもの。結婚する時はそんなものだって思っていたから大丈夫よ。むしろ、ここに来るまでに一季も時間をいただけて、結婚式に参列させてもらえるだけありがたいと思われているわ」
「……それはそれでどうなんだ?」
「ピィ……」
今が幸せで笑っていたら、王鳥に哀れまれ、オーリムに渋い顔をさせてしまった。不憫だと思われてしまったようだが、もうなくなった可能性の話なので気にする必要はないのだ。
そうやって三人で会話を楽しんでいたら、大屋敷の門が開いて一台の馬車が入ってきた。セイドの家紋が入った馬車は自家用の馬車らしいが、ソフィアリアには見覚えがない。ここ半年で新調したようだ。
もう移り住んできているので半分嫁いできた気分でいるが、実家の事なのに知らない事が出てくるのは一抹の寂しさを覚える。これから少しずつ変わっていき、帰るとはもう言えない、他人の家になっていくのだろう。
反面、馬車を新調する程、金銭に余裕が出てきた事は嬉しかった。ソフィアリアがいなくなっても弟が次期領主として頑張っているらしい。
馬車は玄関ポーチに横付けされ、御者――セイド領から連れてきた人ではなく、検問所の人だ――が扉を開ける。
最初に降りたのは意外にも弟だった。弟は不機嫌そうにソフィアリアを睨み、こちらへ歩み寄ってくる。隣でオーリムが少し警戒しているようだが、ソフィアリアと接する弟は大体あんな感じなので気にしなくていいと、そっと腕を引いた。意図は察してくれたようで、ほんの少しだけ空気が軽くなる。
その後ろで父が降りて母をエスコートし、最後には妹を抱えた。
貴族らしい装いをしている姿は見慣れないが、久々に見た家族の姿にうっすらと涙が浮く。けれど瞬きで誤魔化して、淡く微笑んだ。
弟は無表情のままソフィアリア達三人の前まで来ると、左胸に手を当てて跪き、深々と頭を下げる。
「セイドの代表として私がご挨拶させていただきます。我が名はプロディージ・セイド。セイドの嫡男です。本日はお招きいただき大変光栄です。しばらくの間、お世話になります」
淀みなく淡々と挨拶をした弟の名はプロディージ・セイド。もうすぐ誕生日がきて十六歳になる弟だ。
ソフィアリアと同じミルクティー色の髪は、前髪は眉上で短く、後ろは跳ね気味のショートヘアーだ。ソフィアリアと同じ瞳の色と垂れ目だが、いつも眠たげに伏せられており、少し気怠げな雰囲気を纏っていた。
成長期の為服のサイズが頻繁に変わり、都度新調するのが馬鹿らしいと言って相変わらず少しオーバーサイズ気味だ。半年で身長が少し伸びており、オーリムと同じ背丈になっていた。あまり鍛えてないので少し線が細いのだが。
挨拶の最中、父と母がその少し後ろに並び、父は妹を降ろす。妹は王鳥を見上げて、目をキラキラさせていた。
弟――プロディージは顔を上げると、少し身体をずらし、家族を紹介する。
「父のティミドゥス、母のレクーム、それと妹のクラーラです」
「は、はじめましてっ、王鳥様、代行人様っ。よ、よろしくお願いいたしましゅっ!」
ギクシャクと声を上擦らせ、更には派手に噛みながら挨拶したのは父のティミドゥス。今年三十七歳で栗色の髪と琥珀色の瞳を持ち、かなりの小心者なのである。
慌てた様子で跪くとバッと勢いよく頭を下げ、下げた後に慌てて左胸に手を添えてしまう通り、作法も怪しく性格も優し過ぎるので全く貴族も領主も向いていない。けれどソフィアリアにとっては大好きな父だった。
「お招きいただきありがとうございます。今日からお世話になりますね」
綺麗なカーテシーをして見せたのは母のレクーム。三十五歳で、ミルクティー色の髪にこの国では少し珍しい紫の瞳を持つ、かなりの美人だった。穏やかそうな雰囲気はソフィアリアに似ているが、ソフィアリア以上におっとりしている。
「……よろちくおねがいします」
王鳥から目を離せないようだが、母を真似てカーテシーをしてみせるのは妹のクラーラ。五歳になる妹だ。とてもソフィアリアに似ていて、そのまま小さくしたような見た目をしている。違うのは、前に流している髪が両肩から二つという事くらいだろうか。
オーリムはそんなクラーラに目が釘付けになっているようなのが、少々面白くないと感じてしまう。王鳥もそうなのかと思いチラリと見上げると、王鳥はプロディージを見ていた。それはそれで不思議である。
「遠路はるばるご苦労だった。こちらは王鳥と、私は代行人のオーリム・ラズ・アウィスレックス。身内になるのだから、そんなに畏まる必要はない。楽に過ごしてほしい」
ラズ、という言葉にプロディージは一瞬反応し、だが表情を取り繕うと軽く首肯し、少し頭を下げた。
「ご高配ありがとうございます」
「ああ。滞在する部屋へ案内しよう。道中、積もる話もあるだろうから、私の事は気にせずフィアと話せばいい」
王鳥は先に部屋に向かったのか飛び立ってしまい、オーリムは気を遣ってか、先を歩いてくれた。
「おうとりたま、きえた!」
「大鳥様はね、お空を飛ぶ時に姿を隠すの。ふふっ、クーちゃん少し大きくなったわね? もう抱っこも終わりかしら。ご挨拶もきちんと出来て、偉いわ」
ソフィアリアはそう言ってクラーラを抱え上げる。少しよろめいてしまい、父が慌てて背を支えてくれた。
クラーラはソフィアリアの腕の中でえっへんと胸を逸らし、得意げに笑う。そんな仕草も可愛い、自慢の妹だ。
チラチラと感じるオーリムの視線は無視をした。
「ソフィ、元気そうでよかった。楽しく暮らしているみたいで安心したよ」
「随分と綺麗なお嬢様になったわねぇ。ここで幸せにしてもらっているのね」
見上げた父は八の字眉で少々頼りないが嬉しそうにそう言って、ソフィアリアの頬に手を添えて、ふわふわと笑みを浮かべる母の眼差しは温かい。
そんな二人に満面の笑みを返しながら、安心させるように精一杯、今の気持ちを口にした。
「ええ! 素敵な旦那様達にたくさん愛されて、幸せに暮らしているわ!」
晴れやかにそう言うと、オーリムがグッと喉を鳴らす。そんな様子を四人で見て、くすくすと笑い合うのだった。
唯一、少し後ろからプロディージが物凄い形相で睨んでくる。これはきっと、落ち着いたら激しい雷が落ちる事だろう。せめてオーリムの居るところでは落ちませんようにと、願う事しか出来なかった。




