大鳥様の人間ブーム 3
「まだ何かあるのか?」
フィーギス殿下は期待半分、オーリムからは不思議そうな目で見られて困ってしまった。ラトゥスには動向を観察されているし、プロムスとアミーからは何か期待のような視線を感じる。
「行商の話はいい案だと思うのだよ。私はここに実際住んでいる訳ではないので、そこまで考えが及ばなかった。けれど、行商を招くだけで賄える金額などたかがしれている。多く見積もっても、仕事が増えた分の鳥騎族達への人件費にしかならない筈さ。仕事を増やす事は出来るが、余分な金銭を得る事には繋がらないだろうね」
キッパリとそれを指摘されてしまった。けれど図星なので反論する事はないし、フィーギス殿下に隠せるとも思っていない。
別に騙したかった訳ではないのだ。ただ、これだけはどうしても早めに通したかったのと、同等ならいいかなと思っただけで。あとは、些細な悪あがきでもあった。
それに、確かに奥の手はある。けれど……
「ピ」
躊躇っていたら、王鳥に頭頂部をコツンと優しく嘴で突かれた。
王鳥にはソフィアリアの考えも躊躇いもお見通しのようだ。後押しされたみたいで嬉しい。
ふぅーと一度、深呼吸。意を決して、顔を上げた。
「とても大掛かりな事ですが、まだ考えが完全には纏まりきっていない提案になってしまう事をお許しくださいませ。……郵便事業に参入出来ないかと、考えておりました」
みんなに驚かれる。無理もない事だ。
「この前、王様とリム様とセイド領に遊びに行ったでしょう?」
「あ、ああ……」
「馬車だと二日掛かる距離を、二時間もかからない時間で移動した時にふと思ったの。大鳥様にお手紙を届けていただければ、時間を大幅に短縮出来そうねって」
あれは、最近鳥騎族が増えるペースが早いとオーリムに何の気無しに言われた直後だった。その事を聞いて、真っ先に今後の仕事と給与の問題を考えつき、差し出がましいと思いつつも、何かないかと頭の片隅に入れていたのだ。
そしてセイド領に行った時に、ふとそれを思い付いた。けれど思い付いただけで何も詰めれていないまま、この話し合いになってしまった。まさか今日話すとは思わなかったのだ。
とりあえず最優先にしたかった行商の話を盾に、郵便の事を裏で突き詰めて、ある程度形になってから話せばいいと考えたのだが、結果はご覧の有り様である。
これは多忙を理由に考えを隅に追いやっていたソフィアリアの落ち度だ。
けれど今日何か案を出さないとフィーギス殿下は予算の増額を決行していただろうし、仕方がなかったとも言える。
「大鳥様に手紙を運ばせるのか?」
ラトゥスにものすごく微妙な顔をされてしまった。この国の護り神を人間の使いっ走りにしようとしているのだ。当然の反応である。
「大鳥様はこの国を見回ってくださっているでしょう? 鳥騎族の皆様も見回りはされるし、その見回りついでに、村に立ち寄っていただけないかと思いまして」
「たしかに休憩の為に地に降りる事はあるが」
人間の中で一番大鳥に密接しているオーリムですら、腕を組んで難しい顔をしていた。
「それに、この国の郵便事業は民営だからねぇ。大鳥に参入されたら早さで太刀打ち出来ないし、相当反発があると思うよ?」
思っていたより浅はかな案だと思われたのか、フィーギス殿下には失望を感じる笑顔で切り捨てられる。そもそもこの人は、元男爵令嬢如きに期待し過ぎだと思う。
反応は思っていた通りなので傷付かない。多忙を理由に考えを疎かにしていたソフィアリアが悪い。
けれど、王鳥が背を押して期待を寄せてくれたのだから、応えない訳にはいかないではないか。だって恋しい旦那様の一人が応援してくれたのだから。
「今ある方々の仕事を盗りたい訳ではないのです。協力し合えたらと思います」
「まあ、妥当だね」
組んだ膝の上で指をリズムよく叩いている。ある程度考えを察してくれたようだが、試されるらしい。
二つ返事でなんでも信用してもらうくらいなら、それでいい。彼は次代の王になるのだから、そのくらい慎重に人を図ってもらわないと困る。
「現在、ここからセイド領までお手紙を出すと、普通の郵便で最短九日はかかるようです。タイミングが悪ければもう少しかかる事でしょう」
ここに来てから半年近く。家族とは何度か手紙のやり取りをしていた。
ふと好奇心で、どのくらいで届いているのか気になって、日付を書いてみたのだ。ソフィアリアはここに来るまで、一番遠くて隣の領地に住む友人で将来の義妹に出すくらいだったので、聖都からだとどのくらいかかるのかと気になった。
唯一意図を汲んでくれた弟のおかげで知れた日数がそれだ。
情報のやり取りの為か、一番頻繁に手紙を出すのだろうラトゥスがコクンと首肯する。
「何度か村を経由するからな。セイド領だと早くて八日、最長十五日程かかるだろう」
「ええ。ですが、大鳥様に運んでいただければ、半分以下に短縮出来ると思うのです。それに、郵便事故や紛失の可能性が極端に減らせる事でしょう」
手紙は村を何度か経由するからか、どうしても紛失事故が起こる。人の手を使うのである程度は仕方なく、それを承知で手紙は出されるのだ。
荷物にいたっては盗難の可能性もあり、この国ではそういうものだと割り切られていた。
「まあ、そうだな。なんなら当日中にでも届けられる」
「そこまでは期待してないわ。さすがに全て大鳥様達がお届けするのは大変だもの。郵便事業所間の受け渡しまででいいと、わたくしは考えておりますわ」
オーリムが言うならそうなのだろうが、さすがにそこまでやってしまうとかなりの人手が必要になる。だから事業所間の受け渡しを面倒見るだけでいい。それでも充分短縮出来、事故も減らせるのだから。
「もし仮に大鳥様の郵便事業が実現出来た場合、フィーギス殿下やラトゥス様はお使いになりたいと思いますか?」
ここで一度問いかける。答えなんてわかりきっているが、この先の事も考えて、今、確認しておきたい。
二人は鷹揚に頷き、きっぱりと言い切った。
「むしろそちらしか使わない」
「だろうね。商家以上の家の者は情報のスピードも伝達の正確性も大事だ」
「たとえお値段が普通郵便の二十倍でも?」
その値段の高さにギョッとしたのが、ただの平民であるアミーとプロムス、そして手紙に馴染みのなさそうなオーリムだ。フィーギス殿下とラトゥスは妥当だと判断してくれたのか、平然としている。
「……そんなに取るのですか?」
「当然よ、プロムス。だって大鳥様に運んでいただくのだもの。早さも正確さもある程度保証されるのだし、最低このくらいはいただかないと、割に合わないわ」
「最低……」
アミーなんてもっと上がる可能性も考えて、遠い目をしている。実際、郵便事業所を介する手数料や色々な事を思うと、もっと必要だろうなとは思っているのだ。
この国の郵便は高額ではないが、決して安くない。手紙一枚が平民の外食一回分くらいが相場だろうか。それの二十倍以上なのだから、お察しである。
けれど、頑張れば平民でも払えない額ではないと思うのだ。貴族だと尚更、楽に支払ってもらえる値段だろうと思っていた。
「そんなに必要なのか? もし実現出来ても、大鳥は普段通りに飛んで、少し寄り道をするだけだぞ?」
「だって商売だもの。慈善事業ではないから、取れる所から取らないと。それにあまりにも安いと、今の運送のお仕事をごっそり奪ってしまう事にもなるし、いらない軋轢を生むわ。だから常識外れなくらい高額な方がいいのよ。これは誰にも真似出来ない、唯一無二の試みだもの。……フィーギス殿下とラトゥス様は、もちろんお使いいただけるでしょう?」
笑顔でそう念を押すと、フィーギス殿下はふぅーっと息を吐いて、嬉しそうにニヤリと笑う。ラトゥスも目を瞑って、深く背凭れに腰掛けて首肯した。
「当然。貴族なんかは特に使う。この事業が成功すれば鳥騎族達の給料を補ってもあまりあるだろうね?」
「ふふっ、ありがとうございます」
なんとか利点は認められたらしい。この事業を実現出来れば、資金を追加されなくても給与は自分達だけで賄えるし、鳥騎族の新しい働き口も見つかる。問題は全て解決だ。
まあ、勿論そう上手い話ばかりでもないのだが。
「で? 大鳥達はこの話に乗ってくれるのかな?」
そう。フィーギス殿下の言う通り、まず一番の問題点はそこだ。それには困ったように笑う事しかない。
この事業には大鳥達の協力が必要不可欠なのだが、大鳥達は基本的に人間に干渉したがらないし、商売なんてもっと嫌だろう。残念ながら、この判断はソフィアリアには出来ない事だ。
だから申し訳ないと思いつつ、オーリムに判断を仰ぐ。
「どう思います? リム様?」
「……まあ、鳥騎族と契約した大鳥なら、見回りついでに村に寄り道して、手紙を届けるくらいは許してもらえると思う。基本的に大鳥は空を飛び回るのが好きだから、国中を飛び回る仕事なら遊び感覚で、嫌ではない筈だ。ただ、手紙も検問の対象だから、貴族の手紙はどうだろうな」
ですよね、と思わず息を吐く。
問題点その二がそれだ。大鳥は何でも運んでくれる筈がない。どうやっているのか不明だが、中身を見なくても何が隠されて、どういう意味なのかを安易に察知してしまうのだ。オーリム曰く何か悪意を感じる、との事だが。
この事業で一番の顧客となるのは王侯貴族だと想定している。が、大鳥は例外はあれど基本的に貴族は嫌い、大屋敷に届けられた無害な手紙一枚ですら、検問では弾いてしまう傾向にある。同じように検問で弾かれ、王侯貴族の手紙を運んでくれるかはわからないとなれば、商売は決して成り立たないだろう。
「――――なるほど? 他所へ運ぶだけで大屋敷に持ち込む訳ではないから、大鳥への危害や国を揺るがしかねない計略の手紙でもない限りはお目溢しがもらえるのだね。では例えば、ラスが集めた裏取引の情報の書いた手紙を私に送ってもらう事は可能かな? ――――いいのだね。なら、使えるかも知れない」
どうしようかと考えあぐねていたら、王鳥はフィーギス殿下に考えを伝えてくれたらしい。大鳥達は協力してくれるようだ。それを聞いてほっと一安心した。
まあ言われてみれば人間が何を企もうと、大鳥や国に害意でもない限りは無関心なのだ。大屋敷並みの検問を想定しなくてもよかったのかもしれない。
ソフィアリアは王鳥を見上げて、ふわりと微笑んだ。
「ありがとうございます、王様。わたくし達の事情ですのに協力してくださって。何か大鳥様達にも還元しなければいけませんね?」
「ピィ」
王鳥は身を屈めて、スリッと頬擦りをしてくれる。擽ったくて、とても嬉しい。手を伸ばして逆側の頬を、慈しみを込めて撫で返した。
「この案も通す方向でいいのかい? 私としては大鳥に手紙を運んでもらう事業はとても魅力的だから、通せそうなら早めに事業を展開してほしいのだが」
「いえ、申し訳ございませんが、こちらは少々お待ちください。今はまだ人手が全然足りないと思うので、もっと鳥騎族が増え、予算の天井が見え始めた頃に、もう少し詰めて始めたいのです。それにもう一つ問題がありまして」
そういうとあからさまにガッカリされた。こんな様子を見てしまうと、フィーギス殿下専用で試用期間も兼ねて、先に展開した方がいいかもなと考える。
が、その前に話しておきたい事があるのだ。
「ねぇ、リム様? この大鳥様の人間ブームって、今代の王様やリム様、わたくしが亡くなっても続くのかしら?」
聞いておきたい事はこれだ。返答次第でこの事業はいつまで続けられるのかと考えなければいけない。
オーリムはソフィアリアが亡くなる、という話が仮定でも嫌だったのか、眉を顰めながら少しそっぽを向いて、ポツリと教えてくれた。
「俺や王は関係ない。大鳥が今みたいに人間に好意的なのは、フィアのおかげだ。だからフィアが、その、居なくなったら、多分以前みたいに戻る」
「そう……。なら、郵便事業は期間限定にしなければいけないわね」
やはり継続出来る事ではなかったらしい。この郵便事業の参入は増えた鳥騎族達への給与や働き口を増やす為に始める事なので、無理に継続する必要はない。辞めるのは非常に惜しまれるだろうが、正当な理由もないのなら、大鳥に願ってまで商売をする必要はないのだ。
「ふむ。残念だが、それは仕方ないか。国の検問所の人員を減らす訳にもいかないからね。なら私は、大いに活用させてもらうよ」
早く使いたそうなフィーギス殿下を笑顔で誤魔化し、ソフィアリアは一度友人に手紙を書かないとなと考える。
言わなかったがこの郵便事業、おそらく今のソフィアリアでは手に余る。ソフィアリアが出来るのは領地を運営する事であって、商売の事は並程度だ。その運営資金の作り方も、実家が商会を持つ友人に随分とダメ出しをされたのだから、ソフィアリアの考えたこの案も穴はあるだろう。
「……フィー。本来の目的はいいのか?」
「おっと。そうだったね。話し合いが楽しくて、つい忘れていたよ」
そう言って姿勢を正したから、なんとなくソフィアリアも真似て姿勢を正す。爽やかなフィーギス殿下のこの笑みは、何かまた裏で企んでいるんだなと察するには充分だった。
「実は驚かそうと思って今日まで黙っていたんだけどね? 明日、この大屋敷に君の家族がやって来る事になっているのだよ」
突然の来客予定に、目をパチパチと瞬かせる事しか出来なかった。




