初代王鳥妃として 2
「フィーにはいつも王の無茶振りや半端者の私のフォローと後始末をしてもらっているようなものだ」
そう代行人が話してくれたのは応接室までの道中の事。落ち込んだように眉を下げ、少し申し訳なさそうな顔をしながらポツポツと語ってくれた。
「セイド嬢はフィーの事をどの程度知っている?」
「フィーギス・ビドゥア・マクローラ殿下。御年十七歳。第一王子であり王位継承権第一位の王太子で、レギーナ前妃唯一のご子息であらせられます。文武両道で容姿端麗、島都学園を主席で卒業後は王政の一部を担っておられて、その手腕は非常に優秀であり、実力を以て人心を掌握し、着実に国内の地盤を固めていらっしゃるのだとか。そして数代振りに王鳥様との直接対話が可能な王族であり、次代の王と呼ばれ親しい間柄。他にも隣国の第一王女様と三年前にご婚約されており、来春にご結婚予定でしたね」
頬に手を当てながらソフィアリアが思い出せる情報はこのくらいだ。お会いしたのはデビュタントの一度だけ、それも一言言葉を交わしただけなので、あちらからすれば流れ作業的に話しただけの大勢の中の一人であり、覚えてすらいないだろう。ソフィアリアも形式的な挨拶を交わしただけなので非常に見目麗しい、王太子らしい人という印象しかない。
そういえば、来春結婚といえばソフィアリア達の結婚と同時期だ。社交シーズン開始と合わせたのだろうが、普通高位貴族や王族の結婚ともなると時期をずらすのが慣習だった筈。一部合同でやったりするのだろうか。あとで余裕があれば聞いてみよう。
「……詳しいな」
「そうでもありません。貴族なら誰でも知っているような有名な事ばかりですわ」
「そうだったか?……まあ、いい。少し難しい話になるが、城内の勢力図や背景は知っているだろうか?」
なかなか踏み込んだ事を聞いてくるなと思った。ここでなければ目をつけられて、余計な争いに巻き込まれかねない。が、まあこの場で目をつけられる事なんてないだろうから気にせず話す事にする。
「他にも王子殿下が三人いらっしゃいますが、支持率はフィーギス殿下が圧倒的ですわね。四人兄弟のうちフィーギス殿下のみがレギーナ前妃のご子息であり、レギーナ前妃のご実家はビドゥア聖島筆頭貴族であるホノル・フォルティス家の長女と血筋も確かですわ。第一王子で王家の黄金と青を確かに引き継いでおられるうえに王鳥様に認められておりますもの。資質だけでも充分ですのに、フィーギス殿下自身も非常に優秀なお方です。普通なら、支持しない理由がないかと」
「本当に詳しいな。……そう、普通なら何も問題なかった筈なんだ」
そう言って代行人は目を伏せ、俯いてしまう。そうしてしまう理由は情勢を知り、朝の話を聞いてしまえばある程度察せたが、代行人のせいではないとソフィアリアは思う。
「問題なのは陛下とレギーナ前妃の不仲とフィーギス殿下への無関心を言い訳にして、ご側妃からの繰り上がりであるマーレ現妃とそのご子息への陛下の寵愛を必要以上に担いで好き放題言っている方々であって、王鳥様も代行人様も言い訳に使われているだけですわ」
ソフィアリアも王鳥と代行人の事情を今日知ったばかりだが、フィーギス殿下は思っていたよりかは地盤が緩く、国内の情勢も悪かったようだ。
フィーギス殿下の血筋や手腕は疑う余地もないほどに最良なのだが、国王陛下とフィーギス殿下の母であるレギーナ前妃は典型的な政略結婚であり、どうも仲が悪かったらしい。陛下は二人の間の子であるフィーギス殿下に対しても情が薄い。
残念ながらレギーナ前妃はフィーギス殿下を出産後にそのまま身罷られ、当時は側妃だったマーレ現妃が新たな王妃についた。
そして陛下はこのマーレ現妃との間に三人の子供を作る程に仲が良く、妻子共々溺愛しているという噂だ。
ここからが話をややこしくしている原因なのだが、このマーレ現妃は本来王妃になれるような身分ではないフィクトゥス伯爵家の次女なのだ。侯爵家以上だとこの国ではミドルネームが付くのだがそれもないので、立場はお察しである。
そして現妃の三人の息子は全員王家の黄金も青も受け継いでいないし、もちろん王鳥との対話も出来ない。成人していないので公務にはあまり参加していないが、貴族や王族の子息は通う義務のある島都学園の成績もあまり良くないらしい。
それなのにマーレ現妃の実家であるフィクトゥス伯爵家を筆頭に、陛下の寵愛があるからとこの三人の王子を担ぐ勢力があるのだ。国王陛下の政治手腕自体は非常に……それこそフィーギス殿下以上に優秀なのだが、この王妃問題のせいで求心力を落としており、支持率はあまり高くないにもかかわらず、である。
資質と素養はあるが陛下からの寵愛はない前妃の息子フィーギス殿下と、資質と素養はないが陛下からの寵愛はあり現妃の息子の三人の王子達。次代がどちらかで情勢が割れていて、前者が圧倒的で揺るぎないと思っていたが、どうも王鳥への不信を理由にしてでもフィーギス殿下を蹴落としたいらしい。
不信も何も王鳥は王鳥に変わりはないとソフィアリアは思うのだが、今までとは全く違う形で代行人を選んだ事でフィーギス殿下を選んだ王鳥自体に不信疑惑でも湧いてしまったのだろう。
代行人は何も言わないが、おそらく男爵令嬢でしかないソフィアリアを妃にと望んだ事でますますその疑惑が高まり、フィーギス殿下は王鳥に選ばれた、という理由は弱くなってしまったというところか。
その責任を代行人が全て自分で負っているみたいだが、それをいえばソフィアリアも同罪で、もっと言ってしまえば選んだ王鳥が根本的な原因になると思うのだが、この国において王鳥に責任を追求する事自体不毛でしかない。王鳥が手を引けばこの国は、外敵から身を守る手段がなくなった弱小の島国に成り下がるだけなのだから。
「王鳥様の事がなくてもフィーギス殿下は優秀ですから何も心配ありませんよ。それに、王鳥様が言葉を交わすほど認めていらっしゃる事は確かです。ですから、そんなに気に病む必要はありません。代理人様はこれからもフィーギス殿下を支えて、安らげる場所を提供して差し上げてくださいませ。立場を強固とする手段になる事よりも、その方がずっと嬉しいはずですわ」
「……そうだろうか?」
「ええ。だってご友人なのでしょう?それで充分ではありませんか」
身分が高ければ高いほど、どうしても孤独になりがちだ。領地ですら領主の娘であり貴族だったが故に平民のように暮らしていても、誰もソフィアリアを友人として扱ってくれなかったのだ。
けれど王太子でありながら代行人に『フィー』とニックネームで呼ばせる程気を許し、王鳥とも親しくしているらしい。そういう存在が居るというのはとても心強いと思う。
それにきっと、代行人も友人の存在に助けられていると思っている筈だ。
でなければこんなに、足を引っ張っている可能性に責任を感じて落ち込むような事はないだろうから。
「友人か……。そうだといいがな」
「ええ、大丈夫ですよ」
少し見上げた代行人の目元が友人という言葉で心なしか緩んでいるのを、ソフィアリアは見逃さなかった。




