大鳥様の人間ブーム 2
当たり前だが、仕事と予算を作るとは?と王鳥以外の執務室にいる全員に首を傾げられてしまった。その反応は当然だと思う。
主な仕事が警備である大鳥達は、現在商売をしていないし、勿論今後もしないだろう。彼らが人間の使うお金なんて稼ぐ意味はないし、協力すら渋られるとは思う。
けれど、大鳥にあやかって商売をする事は認められているのだ。現に聖都マクローラは、大鳥目当ての観光客の需要を見越して発展している。
なら、それを真似ればいい。ソフィアリアの案だと金銭を得られるし、鳥騎族の仕事も増えて、ついでにソフィアリアの願いも叶えられる。いい事尽くめではないだろうか。
そんな未来を想像して笑顔になり、柔らかく手を合わせる。そして晴れやかな声音で言った。
「わたくし、この大屋敷に行商をお招きしたいのです」
シーンと沈黙が流れる。困惑が広がり、何を思ったのか王鳥が「プピィ」と馬鹿にするように鳴いた。
「えっと、フィアは何か欲しいものでもあるのか?」
にしてもなぜこのタイミングで?と言わんばかりのオーリムに不思議そうに尋ねられてしまう。それは仕方ないが、ソフィアリアは頬に手を当て、う〜んと少し考える。
「あえて言えば、この大屋敷での皆様の快適な暮らしかしら? リム様はこの大屋敷に住む皆様が買い物をしたい場合、どうするかはご存知?」
「街に下りるんじゃないか?」
「ええ、そうよ。街に下りなくてはならないの」
当たり前だが、この大屋敷はこの世界に来ている大鳥とその契約者の住居なので、商業施設がない。食材だけは屋敷の厨房に行けば売ってもらえるのだが、それだってなんでもある訳ではないのだ。
だから買いたい物がある場合、日用品のひとつでも街に下りなければならない。しかもこの大屋敷は小高い丘の上にあり、更に道は侵入者対策で丘をぐるぐると外周する作りになっているので、下りるにしてもとても時間が掛かる。一つ買い忘れをしただけで大惨事だ。
一応、一時間に一便乗合馬車が出ているのだが、片道二十分は掛かるし、更には検問所を通らなければならない。そんな理由から、買い物をするだけでなかなか大変なのだ。
その辺は説明しなくても、ソフィアリアの困った表情を見て察してくれたのだろう。みんな、なんとなく言いたい事を察してくれたらしい。
「なるほど? だから街に下りるのではなく、逆に行商を呼びたいという事なのだね?」
「ええ。大屋敷に住む皆様のお話を聞いて思ったのですけれど、使用人の皆様も鳥騎族の皆様も、ここは平民が稼ぐにしてはお給料がいいにも関わらず、買い物を面倒臭がってかなり貯め込んでいらっしゃるようなのです。勿論、将来の為に貯蓄も大事ですが、必要以上に貯め込む一方だと経済が滞ってよくありません。ですから、もう少し気軽に使っていただきたいのです」
買い物が面倒くさいというのは、だいぶ初期から聞いていた大きな悩みの種だった。けれどここはそういう所だとみんな諦めており、休みの度に街に下りる人と出不精になる人と両極端に分かれていた。
ちなみにその出不精筆頭がアミーだ。彼女は昔から、プロムスが無理矢理デートにでも誘わなければ、大屋敷から出たがらないらしい。物欲もないらしいので、休日も家で過ごしている。ソフィアリアの筆頭侍女になったにも関わらずである。
そんな人達の為に、街から通いで働いてくれている人に買い物を頼む人がわりと居て、なんなら気軽に買い物が出来ない事を理由に、大屋敷に住む事を諦めた人だって居るようだ。
さすがにその状況は見過ごせないのだが、どうしようかとずっと頭を悩ませていた。
そこにこの話である。色々とちょうどよかったので、提案してみる事にしたのだ。
「だが、ここに来られる行商はかなり限られるのではないか?」
ラトゥスの指摘はもっともだ。おそらく募集をかけても、半分近くは検問所で弾かれる可能性があるだろうと思っていた。商売なので多少は仕方ないのだが、競争の世界なのだ。綺麗なまま商売をするのはなかなか難しい。
「そうですね。検問所がありますから、何か後ろ暗い事をしていた方やそれを目論む方、大鳥様に認められない物はもちろんお通し出来ません。だからこそ、いいのです」
けれど、それは逆手に取れる事だ。逆手に取る事によって鳥騎族の仕事が増える事になるので躊躇っていたが、人手が余る見込みなら、遠慮なく取れる。
「……この大屋敷で商売が出来たというのを、店の看板に掲げられるという事か?」
「ええ。ここは検問が厳しいので、いい看板になると思うのです。このお店は大屋敷でも出店出来た善良な店だという証明は、お客様に安心感を与えますでしょう? わたくし達は街に下りなくても物が買える。お店の方は商売と箔付けが出来る。販売手数料を支払ってもお釣りが来ると思っていただけるかと」
「けど、大鳥の名を騙った犯罪が増えそうだね?」
フィーギス殿下の指摘には、困った顔をして頷く事しか出来なかった。
確かにここで商売が出来たというのはいい看板になり、善良であるというこれ以上ない箔付けになるのだ。
だからこそ、ここで商売していないにも関わらずその看板を勝手に掲げる店や、出品した後から看板を掲げたまま、犯罪に手を染める店は確実に出るだろうと思っていた。それは真っ先に危惧した事だ。
「大鳥が潰すだろ、そんな店」
「そうですね。そうやって鳥騎族の皆様のお仕事を増やしてしまうから、言い出せなかったのです」
大鳥関係の事件は街の兵士ではなく、鳥騎族が取り締まる決まりとなっている。そうしたお店を取り締まるのは当然鳥騎族達なのだ。
行商を呼ぶ事により大屋敷に入る為の検問所の人手も更に必要だったので、思い付きつつも黙っている事しか出来なかった。
「募集するより先にその事を周知徹底しなければならないな。騙りと出店後の犯罪は大鳥が潰しに来ると先に言っておかなければ、後からゴネられるだろう」
「あと検問所を突破出来ても出店中に悪意ありと見做されれば追い出される事も伝えておかないとね。ところで王は大屋敷に行商を招いてもいいと思っているのかい? ――――大鳥に害がなければ別にいいのだね? ――――ああ、大鳥が欲しがった場合も決めておかねばならないねぇ」
そう言って苦笑したフィーギス殿下の言葉を聞いて驚き、ソフィアリアは王鳥を見上げる。
「大鳥様達もお買い物をなさるのですか?」
「ピィ」
するらしい。その事に考えが及ばなかったので驚いてしまった。
「この大屋敷に大掛かりな行商なんて来た事がないし、大鳥は街には下りないから店に馴染みがない。物珍しいと店を覗きに来て、食べ物でも品物でも、気になれば欲しがるだろうな」
「普通にお買い物したいのね。大鳥様が持って行った分は、大屋敷で買い取ればいいかしら?」
それだと出店手数料とトントンにならないかと心配したが、フィーギス殿下が目を見張っていたのでそちらに注意が向く。王鳥に何か言われたらしい。
「王はお金の代わりに、大鳥の羽根を対価に渡すと言っているよ?」
「羽根をですか?」
もう一度王鳥を見上げる。王鳥の羽根は持っているだけでそれなりの加護があるのだが、大鳥の羽根もそうなのではないだろうか? あと、悪用や他人に盗まれる可能性もあり、更に鳥騎族達の仕事が増えそうである。
それに、羽根よりお金が欲しい人も居るのではないだろうか。
「羽根は大鳥が持つ気の塊だけど、力を込めなければ何の加護もないただの羽根らしい。それと交換するかは人間の好きにしてくれていいが、人間にとっては大鳥に品物を売ったというのは、出店以上の箔になると考えているようだ。まあ、俺もそう思う。で、盗まれたり転売しようとすると、騎族と契約した大鳥ではなく、羽根を渡した大鳥本人が回収しに行くとの事だ。盗まれた分は、返せれば返しに行くらしい」
「ふふっ、王様も考えてくださったのですね? ありがとうございます。交換は任意でいいのでしたら、そうしましょうか?」
なら、お金の心配もしなくていいだろう。その羽根がどういう扱いになるか未知数だし偽物や騙り問題は出てくるだろうが、王鳥が考えてくれたのだから採用したかった。話を聞く限り、そう悪い話にはならない筈だ。
「では、行商の話は採用という事で。けれどもう少し待ってほしい。希望者を募って注意事項の徹底と、もう少し詰めたいからね」
「ありがとうございます。大屋敷の皆様もきっと喜びますわ」
色良い返事に嬉しくなる。まだ人手は足りないので先の話になりそうだが、ソフィアリアの大屋敷で皆様に快適に過ごしてもらう為の一歩になりそうだ。
ニコニコしていると、フィーギス殿下も笑みを深め、長い足を組み直した。
「……で?」
「はい?」
「他にもあるのだろう? 君は一体、何を切り札に隠し持っているんだい?」




