大鳥様の人間ブーム 1
「ははっ。なるほどねぇ? それはまた、稀代な存在の生誕を心よりお祝い申し上げるよ」
双子生誕のその日のおやつ時。この国の第一王子で王太子のフィーギス・ビドゥア・マクローラ殿下は、その艶やかな黄金色の髪を掻き上げて国一番の美貌を曝け出しながら、水色に近い青い海色の瞳を細めてニッコリと笑い、そう祝いの言葉を述べた。
足を組み堂々とした笑顔でそう言い放ったフィーギス殿下は、だが目が全然笑っていない。彼は王城でも難しい立場に立たされているだけではなく、数代振りに王鳥と直接会話が出来る王族という事で、人間と大鳥の間の調整役を任され、更に今代の王鳥が今までと違う形で代行人を選んだり、歴史史上初の妃を所望したりと数々の無茶振りをやらかすせいで、とても苦労しているのだ。
差し詰め、また大鳥関連の厄介事が増えてウンザリしているといった所か。
フィーギス殿下の隣に座る異国人混じりの水色の髪を持つ、彼の側近で乳兄弟のラトゥス・フォルティスも腕を組み、暗い青色の瞳を閉じて難しい顔をしている。
ソフィアリアとオーリムも、今朝生まれたばかりの双子の大鳥の子供の事を報告したものの、王鳥ですら手に余っているのが現状なので困った顔をする事しか出来なかった。
執務室の隅に控えるアミーとプロムスも微妙な顔をしているし、ソフィアリアの背に引っ付いている王鳥も、今日はなんだか静かだ。
「双子の存在は隠す事になったけど、一応伝えておく。独立したら、またどうするか考えるらしい」
「問題の先送りになりそうだけど、それしか方法がないなら今考えても仕方ないね。私達も胸の内に秘めておくよ」
とりあえず、双子の事はそれで解決という事でいいだろう。あの双子が独立するまで約十年。何もない事を祈るしかない。
「で、次なんだが」
「まだ何かあるのかい? 私は仕事ではなく、久々にゆっくり休憩したくてここに来たのだけどね?」
「……別に急ぎでもないから次でもいいが」
言葉を遮られ渋面を作るオーリムを見て、フィーギス殿下もますます疲れたように溜息を吐いた。
半季程前にあった大舞踏会以降とても多忙らしい彼は本日、久々にこの大屋敷で息抜きをしたかったようだ。
なのに畳み掛けるように告げられる厄介事に、精神的に疲労困憊といったところか。ソフィアリアもそれは申し訳なく思う。
「……いいとも。いずれは聞かねばならないのだし、聞くだけ聞いておくよ」
ヒラヒラと手を振って苦笑し、話を促す。オーリムも遠慮すべきかと少し迷って、結局一枚の資料を手渡した。
「鳥騎族がここ半年で急増している」
「鳥騎族がかい?」
「ああ。昨年は全員で三名だったのに対し、ここ半年でもう七名も増えている。飛行による脱落者はその十倍は居て、多少今よりかは落ち着くだろうが、今後もこのペースで増える可能性が高い」
最近浮上し始めた問題はそれだった。ここに来る希望者は然程増えていないが、大鳥から声を掛けられて試練に挑める人間がここ最近増えているのだ。
鳥騎族になる手順はまず第一に検問を突破し、この大屋敷に入れる事。ここに入れる清廉潔白な人間でなければ、いくら本人が望んでいても鳥騎族にはなれない。
次にどちらが先でもいいが、鳥騎族になりたいと望む事と大鳥から声を掛けられる事。
そこまでは比較的安易で、大鳥が以前より人間に声を掛ける回数が多くなった為か、試練に挑める者がここ半年で急増していた。
だがその次の、大鳥の背に乗り空を飛ぶというのが最難関なのだ。
大鳥が魔法で落ちないよう固定し、風圧も揺れも感じないよう防壁という魔法を使っていても、縦横無尽に変わる上空での視界というのは恐怖を感じてしまうらしい。そこで気を失ってしまい、試練から脱落してしまう人が多いのだ。
楽しむ必要はないが、空を飛んでも最低限意識を保てる人ではないと鳥騎族にはなれない。仕事もだが、大鳥は契約した自身の鳥騎族と空を飛ぶ事を、なによりも楽しみにしているからだ。
フィーギス殿下は資料を一瞥し、急増した心当たりにすぐ勘付いたのか、ソフィアリアに視線を向ける。
それを受け止めたソフィアリアも、申し訳なさそうにする事しか出来なかった。
「……申し訳ございません。大鳥様達はわたくしの事を気に入っていただけたようで、人間に対する壁が薄くなっているそうです」
――そう。原因はソフィアリアだった。
半年前と言えばソフィアリアがこの大屋敷に来て、大鳥達に王鳥妃だとお披露目し、積極的に接するようになった時期である。その頃から増えていると言われれば、原因なんてすぐわかってしまうだろう。
鳥騎族を増やしたい訳ではなかったのだが、王鳥と並び立つ人間の王鳥妃として、出来れば大鳥達とは仲良くなり、人間と大鳥にはお互い親しみを持ってもらいたかったのは確かだ。
鳥騎族希望者と大鳥の間を何度か取り持とうとした事すらあるし、知らないフリなんて出来る訳がない。
「……大鳥様の人間ブームといったところか?」
遠い目をしながらポツリと溢すラトゥスに少し感心してしまった。たしかにそんな感じなのかもしれない。
部屋の隅でプロムスが吹き出し、アミーに睨まれている。
「なるほどねぇ。まあ鳥騎族が増える事は悪い話ではないよ。人手があれば検問時間の短縮にもなるし、そうすれば他国からの観光客も増えて、国が潤う。国防の為にも、百人の騎士より一人の鳥騎族の方がずっと頼りになるしね」
「それでも限度があるだろ。鳥騎族は定年がないし、大鳥から加護が与えられて身体能力が上がって丈夫になるからか、元気なまま長生きする奴が多くて現役引退も遅い。今はいいがそのうち人手が余るし、給与の予算すらままならなくなる」
オーリムはそう言って深刻な顔をしていた。フィーギス殿下も顎に手を添え、考えている。
ソフィアリアが来た当初、鳥騎族は全員で四十名だった。
新人と引退者も毎年ほぼ同数なので、その人数から変動する事はあまりなかったらしく、それが半年で四十七名になり、今よりペースが落ちるにしても引退者が増える事はないので、倍に膨れ上がるのに五年はかからないだろうという見立てだ。
鳥騎族の主な仕事は国防の為の見回りや治安維持、出入国や大屋敷の検問所当番だ。治安維持といっても、人間同士の争い事には一切関与しないので、国の存続を揺るがすような大事件の火種でもなければ鳥騎族が動く事は滅多にない。
そんな大事件が頻発する訳がないし、そうなれば必然的に主な仕事は、見回りと検問所当番の二つだと言えるだろう。
今は多少人手不足くらいらしいが、そのうち余るのは目に見えていた。
そして鳥騎族は立派な職業の為、給与の支払いもあり、その給与は国から大鳥用に振り分けられた国税から出ている為、安易に増やされるのは心情的に憚られる。原因がソフィアリアな為、尚更だった。
「……いいとも。仕事はともかく、鳥騎族は多く居てくれる方が助かる。検問所が広くなれば、その分この国を訪れてお金を落としてくれる人が増えるし、それを回せばなんとかなるだろう。王鳥妃の存在もそのうち他国にも広まって、大鳥達への関心やこの国の来訪客も増えるだろうしね。どうせ今すぐという訳でもないし、予算を増やそうではないか」
「それはオススメ出来ませんわ」
フィーギス殿下ならそう言ってくれるだろうと思っていたが、案の定だった。けれどソフィアリアはそれがいい案だとは思えない。
急に割り込んだからか注目を集めてしまい、フィーギス殿下に目を眇められ、先を促されたので、頷いて言葉を続ける。
「今、貴族の皆様の間では大鳥様はあまりいい印象を抱かれておりません。なのに大鳥様に関する予算を増やすとなれば、反発も強いはずです。だからフィーギス殿下は予算を上乗せする為に、大鳥様達を恐怖の対象としてお使いになるのでしょう? 確かに軽視されるのも我慢出来ませんが、だからといって圧を掛ける為に使われるのも、わたくしは王鳥妃として看過出来ません」
ソフィアリアの想像だが、その予算を確実に増やす為にフィーギス殿下は大鳥の名前を脅しに使うのだろうと思っていた。それを指摘すると無表情で黙っているという事は、図星らしい。
今から半季程前の秋の中頃。社交シーズン最後に開催された大舞踏会で、王鳥妃を害する危険性を知らしめる為、大鳥を恐怖の対象として使ってしまったのだ。
あの時は仕方なかったとはいえ、当時の事はそれも含めてしこりが残り、消えない罪悪感を背負ってしまった。
だからこれ以上誰かに大鳥への悪感情を抱いてほしくないのだ。彼らは圧倒的な力で人間を凌駕するが、怖いだけの存在ではない。ここ半年間接して来て、それをよく理解していた。
けれどフィーギス殿下はそんな考えは甘いとばかりに目を細め、不信の目を向けてくる。
「ならどうすると? 言っておくが、私は大鳥が悪く言われるのが嫌だという感情論だけで考えを撤回する程、優しくはなれないよ。大鳥は人間からの評価など気にも留めないと知っているから尚更ね。私は己のすべき役割を全うする為なら、使えるものは遠慮なく使わせてもらう主義なのだ」
「ええ、勿論承知しております。それでこそ王様が認めた次代の王です。わたくしもそんな甘い考えなど持っておりませんわ」
ふわりと目に力を宿して笑う。ソフィアリアはそんなフィーギス殿下の考えが大変好ましいと思っている。素晴らしい次代の王だ。
別に邪魔するつもりはない。絶対にそれが必要だというならソフィアリアも諦めて、フィーギス殿下の案を頼っただろう。
ただ、もっといい案があるだけだ。
「ピ」
ずっと静かだった王鳥が機嫌良さそうに頭頂部に擦り寄ってくる。どうやら考えはお見通しらしい。さすが余の妃だ、というところだろうか。
見上げてニコリと笑みを浮かべる事で励ましてくれたお礼をし、ソフィアリアはまたフィーギス殿下達の方を向いた。
「どうせなら仕事も予算も国税なんて使わず、わたくし達の手で作りましょう?」




