出来損ないの双子 2
「リム様は産まれたての大鳥様を見た事があるかしら?」
お互い余裕があったのでオーリムと共に執務室で昼食を摂り、せっかくだからと一緒にウィリの子供達を見に行く事にした。
楽しみで仕方ないと言わんばかりのソフィアリアとは裏腹に、オーリムは平然としている。長くここで暮らしているから慣れているのかもしれないが、気持ちを共有出来なくて少し寂しいと思った。
「ない事はないが、あまり見ないな」
「あら? リム様は気にならない?」
「問題がなければ特には」
見慣れているというより、そこまで関心がないらしい。まあソフィアリアも領地で赤ちゃんが産まれれば生誕を喜び、親を労ったものだが、いずれ領主になる弟は同じように問題がないか確認しただけだった。この辺の意識は個人差なのだろう。
「わたくしはこれからも新しい大鳥様が産まれればお祝いしようと思うのだけど、迷惑かしら?」
「そうしてやればいい。フィアは大鳥に好かれているから、大鳥達もきっと喜ぶ。親も子供に危害を与えない限りは怒らないし、子供が出来て神経質になる事もないから、気軽に訪ねても大丈夫だ」
「ふふっ。なら、そうするわね」
ほっと一安心だ。許可ももらったし、何組か新婚の大鳥がいる事は既に把握していた。忙しいオーリムでは手が回らない分、大鳥や大屋敷に住む人達の状況把握くらいは頑張ろうと思う。この大屋敷ではみんなが快適に、楽しく暮らしてくれればいい。
「ソフィアリア様は子供がお好きなのですか?」
オーリムの斜め後ろを歩くプロムスが、少し悪戯な目をしてそう問いかけてきた。
シャンパン色の髪を後ろに撫で付け、暗いオレンジ色の切れ長の目に銀縁眼鏡をした、高身長で容姿端麗な彼はオーリムの侍従で、オーリムの一つ上、誕生日を夏に迎えたので十九歳の青年だ。右耳のオレンジのピアスは既婚者の証で、お相手はソフィアリアの一番の侍女兼友人のアミーである。
ちなみに侍従をしているが数百年に一度くらいしか現れない、侯爵位の大鳥と出来た鳥騎族でもあった。
なんとなくプロムスの考えは読めるが、ソフィアリアも乗る事にする。伝えておきたい事もあるし、ちょうどいい。
「ええ! 大鳥様でも人間でも、小さな子はとっても可愛いわ」
「それはようございました。近い将来が楽しみですね」
「ふふっ、プロムス達の方がきっと早いわ。侍女も育ってきたし、産後休暇も育児休暇もちゃんと整えているから心配しないでね?」
そう伝えると目を見開く夫婦二人を見て、ニッコリ笑って言葉を続けた。
「もちろん復帰後もわたくしの侍女筆頭なのは変わらないし、なんなら侍女をしながらわたくしの側で育ててくれてもいいわ。わたくしも多少なら手伝えるし、側には子育て経験のある方も多いのよ? 大屋敷に住んでのんびり暮らしている方の中には乳母をやってもいいって名乗り出てくれている方もいるから、遠慮なく頼ってくださいな」
コロコロと笑いながら伝えたい事だけ伝えると、プロムスはぽかんとしていた。ソフィアリアを……というか、オーリムに子供を匂わせて揶揄うつもりだったようだが、こう来るとは予想していなかったのだろう。してやった気分で少し楽しい。
「あの、ソフィ様。私の、為にそこまでしなくてもっ……。それに、予定は……」
ソフィアリアの斜め後ろで真っ赤になったアミーが困惑しながらそう言うが、聞いてあげないのだ。
キャラメル色の切り揃えた髪をシニヨンに纏め、オレンジの吊り目は猫のようにクリッとしていて大変可愛い顔をしているアミーは、侍女だが友人だ。ソフィアリアとは頭半分も違うくらい小柄な彼女の左耳には、暗いオレンジ色をしたプロムスの奥様の証がキラリと輝いている。
ソフィアリアの侍女で、ここに来て初めて出来た友人なのだ。そんな大切な友人に協力しない訳がないではないか。
「アミーもだけど、他の侍女やメイド達もそうだもの。この大屋敷に住んで働いてくれる限り、わたくしは出産も育児も全力でサポートをするわ」
この辺りはメイド長達と一緒に早急に整えておいたのだ。最近は別館で暮らす鳥騎族の家族の方とも話すようになったし、打てそうな手は全て打てたと自負している。
少し得意げに話すと、オーリムは眩しそうに目を細めて笑ってくれた。それだけで報われる気分だ。
「そこまで考えてくれたのか。フィアは凄いな」
「乳母はわたくしの為でもあるけどね?」
そう言うと咽せたオーリムは、案の定真っ赤だった。
*
ウィリ夫婦の巣がある別館へ行く道の途中で、ソフィアリア達はそのウィリ夫婦とサピエ、それに王鳥の姿まで見つけて驚いた。
「王? 珍しいな。どうした?」
オーリムがそう声を掛けても王鳥は一瞥もせず、ずっと下を向いている。何を見ているのか気になってその視線を追うと――
「まあ! 可愛いわねぇ」
「ええ。ここまで小さな大鳥様は初めて見ました」
その先には、両手の平に乗るくらいの黄色の大鳥が二羽仲良く遊んでいた。なんとなく、大きなヒヨコを連想してしまう。
ソフィアリアは頬に手を当て、アミーは両手を結んでその二羽を目を輝かせながら眺めていた。ちなみにプロムスはそんなアミーを機嫌よさそうに見つめている。
「可愛いっスよねぇ〜。この子達がウィリっち達とオイラの子供達っスよ!」
サピエはすっかり親バカな父親気分になっているらしい。デレデレと表情が蕩けきっていた。ウィリ夫婦も相変わらずピタリとくっつきながら、優しい目でチョロチョロ動く子供達を見守っている。
前に講義で習った事だが、鳥のように巣で子育てする訳ではないらしい。産まれた瞬間からある程度自活出来るので、あとは一人前と親に認められるまで見守られるのだそうだ。十年くらいがその目安との事だった。
「……同色?」
温かい雰囲気が流れるなか、オーリムは大鳥の子供達を訝しげに見る。そして首を傾げていた。王鳥も観察するように眺めたまま、相変わらずピクリとも動かない。
「あー。やっぱ違和感っスよね。さっき全身見たんスけど、全然違いがないんスよ」
「違和感があるの?」
ソフィアリアはその言葉に首を傾げる。確かに黄緑と緑の大鳥から黄色の大鳥が産まれるのは不思議だが、同じ親から同時期に産まれたのだ。そんなものではないのかと思ってしまう。
「同じ色の大鳥が産まれる事は絶対ないんだ。基本的に家族全員バラバラになるし、他とも被る事はない。それに、独立するまで親子関係だけはあるが、兄弟という概念は大鳥達にはなくて、同時に産まれても、大鳥同士がここまで仲良くなる筈がないんだが……」
そう言って困惑したように子供達を見る。ソフィアリアも思わずそちらに目を向けた。
産まれた子供達は、ソフィアリアから見ても見分けがつかないくらい同じ姿をしている。きっと判別は出来ないだろう。それに、仲良く戯れあっているのだ。ソフィアリアから見て微笑ましさしか感じないそれは、大鳥に詳しい人から見れば違和感を感じるらしい。
「大鳥が単独行動しかしないのはそのせいか?」
プロムスの言葉に、そういえば大鳥達は基本的にみんなバラバラで行動しているなと思い至る。たまに二羽で遊んでいる子は見かけていたが、それも決まった二人組なところを見ると、あれは伴侶だったのだろう。言われれば、それ以上で群れる姿を見た事がない気がした。
オーリムは首肯する。
「伴侶以外にはドライだからな。親子関係ですら、子が独立したら消える。兄弟も産まれた瞬間からただの他人だ。――――王? わかった」
そうなんだなと新しい大鳥の知識を入れていたら、ヒョイっとオーリムに抱えられた。……というか、こういう行動を取るのは王鳥しかいない。どうやら身体を借りたようだ。
「サピエ。そやつらは簡単にいうと双子だ」
「へぇ〜! 大鳥様にも双子っているんスね!」
サピエもその存在を初めて知ったのだろう。新しい大鳥の知識に、キラキラと目を輝かせて、より熱心に子供達を観察し出した。
だが、王鳥は難しい顔をする。
「数千年に一度くらいしか産まれぬし、人間のように歓迎されるものではないぞ? 大鳥の双子は、謂わば出来損ないなのだ」
顎に手を添え、辛辣な言葉を放った王鳥にみんなギョッとした。サピエなんかは大事な子供を出来損ない呼ばわりされて、キッと鋭く睨みつけている。
「なんでスかっ! いくらなんでも酷いっスよっ!」
「喚くな、事実ぞ。……同色同模様の大鳥は、二羽で一羽だ。二羽揃わねば力を発揮出来ぬし、寿命を共にする。そやつらは一生二羽で群れて、単独行動せぬだろうよ」
そう言われても、力を発揮出来ないというのは気になるが、でも仲良くていいのでは?と思ってしまうのは、人間基準で考えすぎなのだろうか。
「それは出来損ないと言われてしまうほど、いけない事なのでしょうか?」
しょんぼりしながらそう言えば、宥めるようにポンポンと背を優しく叩いてくれる。
「まずお互い身を寄せ合って生きるから、伴侶は得られぬ。大鳥は天寿を全うするまでに必ず伴侶を得るのだが、そやつらは無理ぞ。それに単独だと魔法を使えぬから、例えば人間に狙われたとして、単独行動中だと捕まる可能性も、やられる可能性もあるな。外敵から一人で身を護れぬのが、出来損ないと言われる所以よ」
ピシリと、場の空気が凍る。前半は仕方ないとしても、後半は聞き捨てならない。
「……ヤバくね?」
プロムスが侍従然とした態度を繕えず、本来の快活さを出して顔を引き攣らせながら言った言葉に、同意せざるを得ない。大鳥は狙われても、その圧倒的な知恵と力で人間に捕まる事はまずなかったのだ。
なのに双子だとその可能性があるという。そして大鳥が人間に捕まるなんて事、絶対にあってはならない。そんな前例を作る訳にはいかない。
「大鳥様達の世界へ逃げていただく事は出来ないのですか?」
ふと、人間が干渉出来ない別次元に大鳥の住む世界があると言っていた事を思い出す。そこなら身の危険がないのではと思った。
が、王鳥は無情にも首を横に振る。
「親は鳥騎族と契約しておるからな。そやつらが独立するまでは親も離れぬし、移住はせぬだろうよ。それに、こちらで産まれた大鳥はこちらに定住したがる事が多い。……まあ最悪余の力であちらに閉じ込めるが、あちらも外敵がおらぬ訳ではないからなぁ」
王鳥は心底困ったように頭を掻く。ソフィアリア達の間にも困惑が広がっていた。
「……大屋敷から出さないようにして、私達が双子の事を黙っていればいいのでは? 私も黙って……、いえ、忘れるように致します」
アミーの言葉はもっともだ。それにここにいる人達は皆、口が堅いと思う。それしか方法はないだろう。
「話さないのは当然の事。……まあ、しばらくはそうやって様子を見る他ないか」
はぁーっと重苦しい溜息を吐き、とりあえずはそれでいく事が決定した。サピエは何か考え込んでいたが、意を決したようにグッと拳を握り、宣言する。
「よしっ! じゃあオイラはこの子達が独立しても、生きている間は護り続けるっスよ! なんてったって、オイラの子っスからねっ‼︎」
「独立しても構うのは、ウィリが嫌がるぞ」
「それでも、オイラが護るんス!」
決意は固いようだ。正直人の身で大鳥を護るのはなかなか無謀だと思うのだが、その顔を見てたら応援したくなってしまう。
「わたくしも何が出来るという訳ではないけれど、出来る限り気を配りますね」
「ありがとうございます、王鳥妃さん!」
「あまり期待しないでくださいませ。わたくしは戦えませんし、出来る事なんてたかがしれておりますもの」
困ったように微笑む。ソフィアリアが出来るのは、妃が気にしているからという理由で王鳥やオーリムにも気を配ってもらうくらいだ。他人任せになってしまうのが申し訳なく、情けない。
「……ただなぁ……」
そう小さく呟いた王鳥の言葉は、誰一人拾えなかった。




