出来損ないの双子 1
ソフィアリアは午前中、大屋敷で働く侍女の育成をする事に力を注いでいる。
ソフィアリアが来る前はこの大屋敷に侍女はおらず、ソフィアリアに付いたのは、メイドの中でソフィアリアと歳が同じで多少勉強出来る方だった、アミーという少女一人だけ。
侍女という役割を与えられたものの見様見真似で、メイドの延長のような事しか出来ない事を恥じ、なら、経験はないものの知識はあったソフィアリアが手解きをすると言ったのが事の始まりである。
ついでにこの大屋敷で働けなくなっても、紹介状を出して他所の下位貴族や商家で侍女として再雇用してもらえるようになればと思い、侍女希望者を募ってソフィアリア自らが指導していた。
この大屋敷は大鳥による検問が厳しく、性格に難ありと判断されたり、本人や身内が罪を犯したり、また大鳥に害意ありと看做されてしまえば、大屋敷内には立ち入れなくなってここで働けなくなるのだ。昨日まで普通に働けていたのに突然雇用を打ち切られる可能性があるので、そんな時、紹介状があれば再就職しやすいだろうと思った。
アミーを筆頭に、初期に名乗りをあげた三人が王城に出入りする事を認められたからか、またソフィアリアの人柄故か、今や大半のメイド達が交代で教育を受けに来ている。紹介状は持っていれば役に立つし、侍女希望ではなくても、平民にはあまり馴染みのない基礎教育や礼儀作法なんかは覚えていて損にはならないので、それ目当てで通う人達も出てきていた。
アミーや初期の三人も、もうそろそろ教育する側に回れるのではないかという見立てだ。教え子が成長し独立する様は、指導者として誇らしい気持ちになる。
最近では教育目当ての男性の使用人も来る事があるので、いっそ侍従に出来ないかとソフィアリアは目論んでいた。ここでは主人がオーリムしかおらず、またオーリムには既にプロムスという侍従が居るのでこの大屋敷では侍従としては働けないが、それだけの実力があると認められれば、外でも再就職しやすいだろう。
残念ながらソフィアリアにその知識はないので、現在猛勉強中である。基礎教育はともかく、礼儀作法は似通っている部分はあれど、やはり女性と男性では違う部位もある。多少は知っていたが教えられる程でもないので、新しく叩き込む勢いで覚え直していた。
そんな多忙な午前中の休憩時間に、それは起こった。
「王鳥妃さ〜ん! 王鳥妃さ〜んっ‼︎」
教育の場である温室に声を張り上げて、慌てた様子でそう駆け込んできたのは、ソフィアリアに大鳥に関する講義をしてくれているサピエという鳥騎族――大鳥と契約出来た人間をそう呼ぶ――だった。無理強いはしないが、ソフィアリアは基本的に名前で呼んで欲しいとお願いしているので、そう呼ぶのはここにはサピエ一人しかいない。彼は王鳥妃という史上初で特別な名称がお気に入りなのだ。
ティーカップを置きながら、キョトンとサピエを見つめる。いつものようにソフィアリアの背中に引っ付いている王鳥や、教育を受けに来ている人達からも注目を浴びていた。
「どうかされたのですか? サピエ先生?」
側に来て膝に手をつき、息を整えているサピエを見上げると、ようやく話せるようになったサピエは顔をあげた。その表情は満面の笑みだ。
「産まれたんスよ! 今さっきっ‼︎」
まるで自分の子供の生誕でも喜ぶようなその声音に、ソフィアリアも喜色が浮かんだ。
*
ソフィアリアがそれを発見したのは、本当にたまたまだった。
サピエは黄緑色の毛並みの、ウィリという大鳥と契約した鳥騎族である。契約した大鳥と同じく黄緑色の長髪を後頭部で括り、黄色の目をした儚さを感じる美貌の男性で、だが二十代前半にしか見えない見た目に反して四十五歳なのだという。鳥騎族どころか大屋敷に住む唯一の元貴族で、一応籍はあるが半勘当されているらしい。しかも実家はティア・スキーレという由緒正しい侯爵家だ。
そんなサピエは大鳥が大好きで、日々大鳥の観察や研究に勤しんでいる。そんなサピエの大鳥のウィリは、伴侶を得たばかりの新婚らしく、巣で身を寄せ合っていた。
大鳥は伴侶を得ると隙間なくピトリと身を寄せ合って、まずお互いの気を馴染ませるらしい。これは午前中、王鳥とソフィアリアもしているが、王鳥曰く大鳥同士の何十倍も時間がかかるとの事だった。やはり種族の違いがあるから仕方ないのだろう。そもそも出来る事が驚きである。
細かい事はソフィアリアにはよくわからないが、そうしてお互いの気が全て馴染んだ頃、大鳥は卵を二つ産む。どうやって産むかはまだ誰も見た事がないが、気がつけばあるとの事だった。
それはウィリももちろん例外ではなく、秋の季節の初め頃。ウィリの巣の側で講義を受けていると――
「あら? サピエ先生、ウィリ様が卵を抱えていらっしゃるわ」
「ウソォー⁉︎」
ソフィアリアは大鳥夫婦二羽をずっと見ていたのだが、瞬きをする一瞬で夫婦それぞれが卵を大事そうに抱えていて、頰に手を当て、目をパチパチさせてしまった。これにショックを受けたのが、その瞬間余所見をしていたサピエである。
サピエは自身の大鳥が卵を産む瞬間を見るのだと、ずっと張り付いていたのだ。もうそろそろだろうと、この巣がある木の上で暮らす勢いだったのだが、運悪く見逃してしまったらしい。ソフィアリアをここに連れてきてくれた王鳥は、そんなサピエを馬鹿にするように「プヒィ」と鳴いた。
「どうやってっ⁉︎ どうやって産んでたんスか王鳥妃さんっ⁉︎」
肩を掴んでガクガクと揺らされる。そう言われても、困ったように眉を下げる事しか出来ないのだが。
「う〜ん。どうやってでしょう? わたくしも見ていたのだけれど、瞬きをした瞬間、気が付いたらあったとしか言えませんわ」
「そんなぁ〜……」
ガクリと項垂れる。肩を掴んだままなのが気に入らない王鳥は、そんなソフィアリアを魔法で側に引き寄せて、強制的に離した。不安定な木の上で宙に浮かされるとさすがにヒヤリとする。
――それから今度は、卵が孵る瞬間を見るのだと、今度こそ本当に泊まり込んでいた。前回邪魔をしてしまったので講義はしばらくお休みにして、サピエには自由にしてもらっている。オーリムから「給料出さないぞ」と言われてもどこ吹く風だ。鳥騎族は大鳥と契約しているかぎり、クビになる事がないのである。
そして念願叶って、卵が孵る瞬間に立ち会えたらしい。年齢的にソフィアリアの両親より年上なのだが、子供のようにそれを報告してくれた事がおかしくて、つい笑ってしまった。
「まるでご自身のお子様が産まれたような反応をなさるのですね?」
周りもそう思ったのか、温かい笑いが起きている。後ろでは王鳥も「プピィ」と鳴いていた。
だがサピエは誇らし気に胸を逸らし、両手は腰に添える。そして得意げな表情をしていた。
「あながち間違ってないっスよ」
「と言いますと?」
「大鳥様と契約すると、好みなどの一部の感覚が同一化するって話はしたっスよね」
ソフィアリアは頷く。王鳥と契約し代行人になったオーリムもそうなのだから、大鳥と契約した鳥騎族がそうなるのも納得はいく。
「それは愛情面もわりとそうなる率が高いんスよ。鳥騎族が結婚すれば、大鳥様もその奥さんを大好きになるし、反対に大鳥様が伴侶を得れば、鳥騎族はその伴侶も可愛がって、独身のまま生涯を終える。子供に向ける愛情も大体そうっスね。この辺は実際なってもらわないと説明が難しい感覚なんスけど」
思わず目を見開いてしまった。王鳥とオーリムがそんな感じなのだが、大鳥と鳥騎族もそうだとは思わなかったのだ。
今日教育を受けに来ていた数人の鳥騎族が頷いているので、大鳥大好きなサピエ特有の感覚でもないのだろう。
「つまりウィリ様の伴侶はサピエ先生の伴侶でもあり、お二方のお子様はサピエ先生のお子様でもあるという事なのでしょうか?」
「正解! まあ大鳥様の子供は無事独り立ちすれば親子関係ほぼ切れてしまうんスけどね。だからその日まで、あの子達はオイラの子っスよ!」
嬉しそうにそう話すサピエに微笑ましくなる。淡く微笑みながら、ふと思った事を口にする事にした。
「既に結婚していたり、大鳥様に伴侶がいれば、鳥騎族になれないのでしょうか?」
「結婚相手がここに入れる人ならいいんスけど、違えば無理っスね。ついでに伴侶を得ている大鳥様は、まあ人間側が勝手に好意を持つので、問題なく鳥騎族になれるっスけど。基本的に契約が成るのは、どちらも独身の場合が多いんスよ」
そうだったのかと頷いた。大鳥と鳥騎族の結婚事情は色々複雑なようだ。
「では、お昼を食べ終わったら、お祝いとご挨拶に伺ってもよろしいでしょうか?」
「大歓迎っスよ! 待ってるっス〜」
それだけ言うと風のように去っていった。大鳥の小さな子は見た事があるが、産まれたばかりの大鳥を見るのは初めてなのでとても楽しみだった。




