聖都?島都?デート! 5
本日最後のデートスポットは島都にある、ランタンで照らされた淡い光源がとてもムーディな、大屋敷程ではないが少し小高い丘の上にある有料の公園だ。花壇がランタンの光に照らされて、とても綺麗である。……夫婦だか平民の恋人だかが至る所でイチャイチャしているのは、少々目に毒ではあるが。
この場所を選んだのはもちろんオーリムではなく、王鳥だ。ここは昔からこんな感じらしく、王鳥が真っ先に指定して、オーリムが真っ赤になりながら全力で拒否して口論になっていた。全力で拒否されて少ししょんぼりしてしまったのは内緒である。
結局妥協案として、オーリムの身体を乗っ取った王鳥とだけ楽しむ事になった。そんなソフィアリアは今、王鳥に子供抱っこをされながら公園内を散策している。王鳥がオーリムの身体を使ってソフィアリアと歩く時、決まってこうやって抱えて歩くのだ。
「あの、王様? さすがに恥ずかしいですわ」
いつもなら大屋敷内だったので我慢出来たが、ここは外だ。人の目があるのでとても恥ずかしい。ソフィアリアは珍しく、オーリムのように真っ赤になっていた。
「何がだ? ここは堂々とイチャつける有名な場所なのだから、こうせぬのなら来た意味があるまい?」
普段通りの勝ち気な笑みを浮かべながら、そんな事を言わないでほしい。ついでに堂々と言っても、ソフィアリア達みたいに抱えて歩いている人なんかもちろん居ない。
行き場のない照れを発散させようと、そしてあわよくば下ろしてくれないかと願って無意味にペチペチ王鳥の肩を叩く。王鳥は溜息をつき、抱え直された。
「なら、視線は感じるか?」
……そう言われてあたりを見渡せば、相当目立つ筈なのに、誰もソフィアリア達を見ていない。隣をすれ違ってもである。今更ながら、それを不思議に思った。
「言われてみれば、全然見られておりませんね?」
「当然であろう? ここに限らず、今日一日人からの認識を阻害するような防壁を張っておったからな。他人から見れば、誰かが通ったのはわかるが、どんな人かは思い出せない感じになるのだ。でなければラズの髪色は注目を浴びる」
思わず目を見開いてしまった。けれど言われればそれが当然だったと納得がいく。
オーリムの髪色は王鳥と毛色と同じく綺麗なグラデーションになっていて、少し派手だ。普通にしていればとても目立つのに、特に視線を感じる事はなかった。なるほど、ずっと王鳥がそうやって護ってくれていたらしい。
ふわりと笑って、そっとその髪を撫でた。
「ありがとうございます、王様。ずっとわたくし達の事を護ってくださっていたのですね?」
「そなたは余の最愛の妃で、ラズは代行人だからな」
「まあ! ふふっ、嬉しい」
ギュッと頭に縋りついた。王鳥は幸せそうにギュッと抱える力を込め、背をポンポンと優しく叩いてくれる。
しばらくそのまま公園内を散策する。たまに立ち止まって可愛いと思ったお花の名前を教えてもらった。ソフィアリアも有名どころは覚えているが、王鳥はもっと詳しいらしい。そうやって散策するのはとても楽しかった。
やがて一際高い場所――明るければ島都を一望出来ただろう場所に辿り着いた。だが夜の為、建物から漏れる明かりがポツポツと見えるくらいで、今だとあまり見晴らしがよくない。その為か、周囲には誰もいなかった。
そんな場所で下ろされると。
「フィア」
妃やそなた呼びが多い王鳥から名前を呼ばれた事に驚いて少し見上げると、素早くギュッと抱きしめられる。
そしてチュッというリップ音をたてて、右頬に柔らかいものが押し当てられた。
「っ!」
赤くなったまま固まってしまい、そのまま時が過ぎる。ようやく顔だけを離した王鳥は、悪戯っぽくニンマリと笑っていた。
「真っ赤な顔も愛いのぅ」
「うぅ、お恥ずかしいですわ……」
唇で触れられた右頬を押さえて、照れて目を合わせられなくなっていた。きっといつもオーリムは、些細な事でこんな気持ちを味わっているのだろう。
「キスくらい誰とでも簡単に出来るのに、ラズは何を照れておるのだろうな?」
「……王様は誰とでもするのですか?」
「試しにラズや次代の王としてやろうか?」
そう言われると面白くなくて、眉根が寄ってしまう。オーリムとはともかく、次代の王と呼ばれているフィーギス殿下とされると嫉妬が隠せないだろう。――この二人の場合、された方も阿鼻叫喚になるだろうけれど。
それに、と思わず嫌な想像をしてしまう。
「止めません……けど」
少し胸が痛くなって肩に額を埋める。
王鳥は人間ではないが、位は王だ。王族は妃が何人もいるのがわりと普通だし、王鳥が望むならソフィアリアには止める権利なんてないし、仕方ないと思う。
けれど、やはり嫉妬は隠せないのだ。自分だけを見てほしいと思う気持ちは常にある。そういう自分は王鳥とオーリム二人の気持ちが欲しいと思っているのに、なんて我儘なのだろう。
少し気落ちしてしまったのを察してか、王鳥はソフィアリアをもう一度ギュッと抱きしめ、ポンポンと背中を宥めるように、優しく叩いてくれた。
「そなたは止めてよいのだ。許す。……余も少し戯れが過ぎたわ」
「……いいのですか?」
「当然であろう? ただし余とラズ以外に目を向ける事だけは決して許さぬ。心変わりなぞすれば、相手の命は保証せぬからな」
チラリと見上げた王鳥は優しい笑みを浮かべながら、けれどその言葉は本気のように思えた。とても物騒で、少し嬉しい。
ソフィアリアはふっと柔らかく笑うと、宣言するように言った。
「大丈夫です。わたくしはお二人以外に恋心を向ける事は生涯一度もないとお約束しましょう。破った時にはどうか、わたくしとセイドの地を滅ぼしてくださいませ」
「ほう? 実家まで賭けるか」
「なんでも賭けますわよ。だってわたくし、絶対破りませんもの」
きっぱりとそう言い切ると、コツンと額が合わさる。これは王鳥にとって、キスの代わりだと言っていた。また赤みが戻ってくる。
「それでこそ余の妃だ。……さて、今から余が迎えに行く。それまでラズの相手をしてやるがよい」
そう言って今度は額にキスをされ、すぐに離されてふっと甘い笑みを浮かべていたが、一瞬でポカンと、状況が把握出来ないと言わんばかりの表情をする。腕の中には珍しく真っ赤になったソフィアリアがいて混乱したのか、じわじわと耳まで真っ赤に染まっていった。
「うっ……あの、何を……?」
「……頰と額に、キスをしていただいただけよ」
「そっ、そうか……」
照れて明後日の方向を向きながら、どこかほっとしたようにそう言う。オーリムは、オーリムがソフィアリアにやっていない事を王鳥が先にすると、何故か不機嫌になるのだ。頰と額のキスは一応経験済みの為、いいらしい。
明後日の方向に向きながらも、珍しく離さないんだなと思った。大接近すると途端照れて距離を取られるのに、今は勇気を振り絞っているようだ。
「ふふっ、ラズくんにギュッとされるのも幸せだわ」
だから思ったままを口にする。案の定更に赤くなってしまったようだが、まだ離してくれない。そんな態度も、気持ちがポカポカしてきて心地よかった。
「フ、フィア」
王鳥が来るまでずっとこのままかと思っていたのに、オーリムは何かを決心したかのように真剣な表情でソフィアリアを見つめていた。顔は赤いが、そんな顔で見つめられては期待しない訳がない。
ドキドキしながら見つめ返す。そっと顎を掴んで上を向かされ、緊張が最高潮になりそっと目を瞑った。
今日はソフィアリアの誕生日だ。恋をして告白した半年程前からこうなる日を、ずっと夢見ていた。それが今日だなんて、幸せ過ぎるではないか。
きっとこれから誕生日が来る度に今日の事を思い出すのだろう。期待に胸を膨らませ、その瞬間を待ち望んでいた。
――やがて唇に、少し硬さのある柔らかいものが押し当てられる。触れた瞬間はピクリと身体を震わせ、けれどそれ以上の多幸感に満たされた。
けれど……。
ソフィアリアは目を開けると、半開きのままジトリとオーリムを睨め付け、呆れたような表情を向ける。
オーリムは確かに唇に触れてくれたのだ。……顎に添えた、その親指で。
「……ラズくん?」
期待してしまった分だけ落差が激しい。今日ばかりは許せなくて、ムッとしたまま呆れた表情を隠しもしなかった。
オーリムは親指で触れた唇の柔らかさに感動しているのか、だらしなく緩みそうになっている口元を必死に引き締めていた。けれど妙に嬉しそうにキラキラした瞳だけは隠しきれていない。
「す、まない……。これで慣れるから、許してほしい……」
しどろもどろに答えるその言葉に溜息を吐いてしまう。けれど一応一歩……いや、半歩前進したのだろう。仕方がないから、許す事にした。
「わかったわ。なら、毎日お願いね?」
「毎日っ⁉︎」
「ええ。夜デートの帰りに毎日。ついでにどこでもいいので、わたくしにキスをくださいな」
有無を言わさないにこやかさでそうおねだりすれば、パッと離れて真っ赤になったまま、いつも通り硬直してしまった。そんな様子も可愛くて好きだが、期待を裏切られた分、このくらいは叶えてもらいたい。だって誕生日なのだ。
手をパンと合わせて小首を傾げる。
「ええ、そうだわ! お好きな場所にキスと、唇に触る事。全く同じ事をラズくんと王様にもお返しさせてくださいませ。そうすれば早く慣れると思うわ」
「……拒否権は?」
「ラズくんはわたくしに触れて触れられるのは、そんなに嫌なのかしら?」
わざとらしくしょんぼりしてみせる。途端グッと息を詰めるのだから、わかりやすくていい。
少し強引で意地悪過ぎるなとは思うのだ。けれどソフィアリアだって恋する女の子で、相手は照れているだけで嫌だと思っていないとわかっている。なら、はしたなくても強引に進みたいと思うくらいは、願ってもいいではないか。
「わ、わかった」
「ありがとう! えいっ」
そう言ってオーリムの唇に親指を押し当てる。こういうのは勢いが大事だろう。
目を見開いて硬直するオーリムに追い打ちをかけるように、抱っこをせがむ子供みたいに両手を広げる。目に期待を込めるのはもちろん忘れない。
「今日はどこにしてくれるのかしら?」
「……じゃあ、最初だし」
少しヤケになっているのか、今日は左手の爪先だった。そっと左手を取り、優しく口付けられる。ソフィアリアもオーリムの左手を取って、チョンっと爪先にキスを返した。……今更だが、これはこれでとても照れるなと思う。キスの応酬は、少し早まっただろうか?
「フィア。……こんな俺で、すまない」
オーリムなりに照れて何も出来ない事を気にしているのだろう。少し落ち込んだ様子を見て、後ろで手を組み、ニコリと笑いかける。
「わたくしはラズくんがラズくんである限り、どんなあなたでもずっと恋をするわ」
そう宣言すると一瞬目を見開いて、ふっと幸せそうにはにかんだ表情が見られたから、満足しよう。
と、トンっと静かに王鳥が姿を現す。いつの間にかここまで来ていたらしい。見上げると鋭い目に優しさを乗せ、屈んでチョンッと右手の指先を嘴で触れてくれる。オーリムとの話をちゃんと聞いてくれていたようだ。
「ふふっ、ありがとうございます、王様」
回り込んで、右の羽先にそっと口付ける。王鳥は満足そうに鳴き、近寄ってきたオーリムの額を嘴で一突きした。
「痛てっ⁉︎ ――――まあ、俺が悪かったよ。――――いやっ、いらないからっ!」
怒られたらしい。ついでに二人の間のキスの応酬は、嫌そうに顔を顰めたオーリムの拒絶によってなくなったようだ。
「あらあら、残念ね?」
「……気分的に男というか、自分とするようなものだし」
おかしそうに笑うと、オーリムは渋面を作る。なるほど、王鳥に性別はないが、中途半端でも繋がっている分、そう感じてしまうのかと納得がいった。
「ピ!」
「ええ、そうですね。やっぱりデートの最後はお空のお散歩で締めくくりたいですね? よろしくお願いします、王様」
「よくわかったな。……フィア、疲れてないか?」
心配そうに見つめてくれるオーリムは過保護だ。けれど一日中歩き回っていたので、仕方ないかもしれない。
ベンチに置いていたぬいぐるみの入ったバスケットを持つと、並ぶ二人に微笑みかける。
「ええ! だって今日一日ずっと幸せだったんですもの。こんな幸せな誕生日なのに、疲れてなんていられないわ。けれどわたくしはとても我儘なので、最後にもう一つ、空を飛ぶ幸せをくださいな」
――そう言った幸せそうな笑顔の美しさは、向けられた二人だけが知っている。




