聖都?島都?デート! 4
観劇を見終わり外に出ると、陽の短い冬に近い時期なので、すっかり真っ暗になっていた。
この劇場の近くにあるらしい、使用人の何人もがオススメしてくれたレストランで夕食を摂る。貴族が出入りする程格式高い場所ではないけれど、一般的な平民がお祝いごとの為に奮発して訪れる有名店らしい。ソフィアリアもオーリムも会話を楽しみつつ、美味しいお酒とディナーに舌鼓を打った。
特に食後のデザートはお昼にも食べたチョコレートを使った濃厚なケーキで、今日初めて出来た好物を使ったケーキを食べられて、大変ご満悦である。
「美味しかったわね〜あのケーキ」
「ああ……少し酒が効いてるのがよかったな」
「ふふっ、ラズくんはお酒が好きよね」
少し意外と思うのは悪いだろうか。この国の成人年齢は十六歳なので問題ないのだが、どうも弟と重ねてしまうせいか、あまり合わないと思ってしまう。弟は一つ下の未成年で誕生日は冬だし、弟の事がなくてもオーリムは少し童顔だからだろうか。
「まあ、嫌いじゃない」
少しムッとしてそっぽを向く。どうやらソフィアリアの心情を、なんとなく察してしまったらしい。彼の侍従であるプロムスあたりにでも揶揄われたのかもしれない。
「セイドベリーを使ったお酒もとっても美味しいのよ? いつか呑んでほしいわ。……そういえばわたくしの食べたケーキにかかっていたベリーソース、セイドベリーが使われていたわ」
「えっ⁉︎」
目を見開いてショックを受けている。オーリムとは別のケーキを注文したので、せっかくの好物を食べ損ねた衝撃が大きいらしい。確か二十日程前、ソフィアリアが作ったセイドベリーを使ったスティックパイを王鳥に全て食べられてしまった時もこんな表情をしていた。
「本当にお好きなのねぇ」
歩きつつもズーンと落ち込んでしまったオーリムにくすくすと笑いながら、ふと横目で信じられない物を見つけてしまい、思わず足を止める。
「……フィア?」
ソフィアリアを愛称で呼びつつ、急に足を止めた事に心配してオーリムも立ち止まる。ソフィアリアは一軒のお店のショーウィンドウを見て、固まっていた。
「……ノクステラくん……」
くしゃりと泣きそうに顔を歪めながらそう呼び、ショーウィンドウに触れる。その目は悲しげで、さすがに照れなんてかなぐり捨てて、オーリムはソフィアリアの肩に手を添えた。
「ノクステラ?」
オーリムがソフィアリアの視線の先を追うと、そのお店は質屋で、ショーウィンドウには夜空色のネコのぬいぐるみがいた。目のオレンジが妙にキラキラしているのは、本物の宝石でも使われているのだろう。
「ああ、ごめんなさい。いえね、この子、昔わたくしの家に居た一番最初のお友達……お祖父様に買ってもらったぬいぐるみなの」
オーリムは少し寂しそうな目をしたソフィアリアの言葉に驚いていた。ソフィアリアの祖父は生まれたばかりのソフィアリアを両親から取り上げて囲い、稼いだ財産や領民から集めた税を使い、二人で贅沢をして暮らしていた。ソフィアリアは生まれてからそれが普通だったので、その異常性に気が付かなかったのだ。
全てを知ったソフィアリアは祖父に貰った物を換金し、領地を立て直す為の資金にした。このぬいぐるみもその時に売ってしまった物の一つだったらしい。
「間違いないのか?」
「ええ。わたくしのお友達だった子はみんな覚えているし、見ればすぐにわかるわ。特にこの子は最初の子だったから、間違えるはずがないもの。……また会えてよかった」
そう言ってふわりと微笑んだソフィアリアの笑顔があまりにも綺麗だったので、オーリムは息を呑んでしばらく見惚れてしまった。今更だが、肩に手を触れたのが恥ずかしくなるが、離したくない。
誤魔化すように視線を彷徨わせ、だが意を決したようにグッと拳を握る。
「……買い戻そう」
「えっ?」
「この子はフィアの思い出の子なんだろ? せっかくまた会えたんだし、連れて帰ってやればいい。俺が誕生日プレゼントに贈る」
そう言って側から離れ、店に入ろうとするのを慌てて両手で腕を掴んで引き止めた。
「まっ、待って! ……その、この子、当時も宝石以外で一番高値で売れたのよ? それに側にいると、お祖父様の事まで思い出してしまうわ」
そう言って複雑そうに俯いてしまったから、オーリムはふっと笑って、宥めるようにポンポンと頭を撫でてくれる。
「領主としては最悪だったけど、フィアにとっては好きだった気持ちを捨てられない祖父なんだろ? なら、忘れる必要なんてない」
グッと胸が詰まった。確かにオーリムにはそう言ったのだ。やっていた事は最悪だったけど、ソフィアリアの思い出の中の祖父は優しい人だったから、全てを知った今でも嫌いになれないと。好きな気持ちを捨てきれないと。
「……いいのかしら?」
「いいんじゃないか。当時の幸せな気持ちも、罪悪感も、全部側に置いておけばいい。辛くなったら、その、俺と王が支える」
今更言葉に照れてきたのか、少し赤くなって視線を逸らす。そんなオーリムの胸に気持ちのままに飛び込むと、オーリムは驚きながらもそっと肩を抱き寄せてくれた。
「……ラズくんはいつも、わたくしの英雄様ね」
「その称号はどうかと思うが」
「いいの。決定事項だもの」
幸せで、少し溢れそうになっていた目元を拭い、少し見上げてオーリムを見つめる。ふわりと笑うと、甘い熱を宿しながら優しく笑い返してくれた。
「あの、でもね? わたくし、自分で買うわ」
だがショーケースの値段を見て現実に戻る。目に本物の宝石を使っているのでかなり高額なのだ。三週間――この国では一週間が十日なので三十日――で支給される平民の給料一回分はする。この服や今日のデート代も払って貰ったので、さすがにこれ以上受け取るのは気が引けた。
困ったように眉を八の字にすると、オーリムに苦笑されてしまう。
「俺も王も大屋敷から出ないから、かなり貯め込んでる。気にしなくていい」
「でも」
「なら、今度俺の執務室の時計のデザインを考えてくれないか? 壊れたから新調するつもりなんだ」
そういえばそんな話をしていたなと思い出す。なんでもオーリムの執務机に置いていた古い置き時計が壊れてしまったらしい。
この国では時計はまだ高価だ。オーダーメイドをすれば更に高額になるし、あのぬいぐるみとではまだ少し割に合わないが、幾分か気持ちが楽になる。
「わかったわ。ならラズくんには、素敵な時計をお返しするわね!」
「いや、デザインだけ考えてもらえればいいんだが……」
「ダメよ! 贈らせてくださいな。ふふっ、毎日ラズくんの目に留まる物を贈れるだなんて、幸せだわ」
ほわほわした幸せ気分のままぐりぐりと肩口に額を擦っていたら、オーリムもそれはいいと思ってくれたのか、頰を緩ませてポンポンと肩を宥めてくれた。
「わかった。頼む。……えっと、そろそろ店に入るか?」
「ふふっ、そうね。お店の前でイチャイチャしていたらお邪魔ね?」
「イチャッ⁉︎ 〜〜っ! は、入ろうっ」
誤魔化すように手を引いて店に入る。くすくす笑いながら、そんなオーリムの後ろについて行った。
オーリムがショーウィンドウに飾られている物を買い取りたいというと、かなり高額だからか驚かれた。が、上客は逃がすまいと慌てて用意をする店主は商魂逞しいと思う。ぼんやりその後ろ姿を追っていたら、ふと少し見上げたオーリムは一つの棚を見ていた。ソフィアリアがその視線を追おうとしたタイミングで、ぬいぐるみを持った店主が戻ってくる。
「……店主、あれもいいだろうか?」
代行人モードの澄まし顔を貼り付けたオーリムが指差したのは、ミルクティー色のたれ耳うさぎのぬいぐるみだった。店主は満面の笑みで了承し、サービスとして売れ残りらしい可愛らしいバスケットにぬいぐるみ二つを入れ、渡してくれた。受け取ったオーリムはそれをソフィアリアに渡し、自分はお会計を済ませる。
店を出て、ソフィアリアはまず思った事を口にした。
「よくお金を持っていたわね?」
いくら貴族でも持ち歩いている金額ではないと思う。あれだけ高額なら普通屋敷を指定して、金銭と商品は後日受け渡しをする物だ。
そう問うと、オーリムは気まずそうに視線を逸らした。
「その、今日はフィアのプレゼントを買うつもりだったから持ち歩いてた」
「……今度から大金を持ち歩くのはお控えくださいませ」
「……そうする」
その分だとまだ持っていそうなので、精神衛生上よくないので考えを放棄した。オーリムが多少世間知らずなのは仕方ないが、思わず遠い目をしてしまうのは許してほしい。
気を取り直して、バスケットに入れられた二つのぬいぐるみを見つめる。
「ありがとう、ラズくん。最高のプレゼントよ! この子はわたくしかしら?」
追加購入したたれ耳うさぎのぬいぐるみは、ソフィアリアの髪色と同じだった。たまたまだが、今日のソフィアリアはうさ耳のベレー帽を被っている。オーリムが何を思って購入したのかすぐにわかった。
そう言うとオーリムは恥ずかしそうにコクンと頷く。どうやら当たりだったらしい。
「……ぬいぐるみの目って付け替え出来るか?」
「出来ると思うけれど、わたくしは抵抗があるわ。黒い瞳も可愛いと思うけれど」
「出来れば琥珀に変えたい。……一回り大きな夜空色の鳥のぬいぐるみも探さないとな。聖都の土産屋にあるか?」
購入者のオーリムが言うなら仕方ない。少し申し訳なく思いつつ、うさぎのぬいぐるみをごめんねと謝って撫でる。外してしまう愛らしい黒目は回収して、ソフィアリアが別のぬいぐるみでも自作しようと思う。
そしてオーリムが当たり前のように王鳥のぬいぐるみを欲したのが嬉しかった。
「夜空色でオレンジの目のノクステラくんはラズくん、ミルクティー色のうさぎさんはわたくし、なら、王様も居ないとダメね?」
「まあな。――――なんだ、珍しく照れてるのか?」
少し楽しそうに話すオーリムの言葉を聞くと、王鳥は遠くで照れているらしい。それが微笑ましくて、思わず笑みが深まるのだった。
「わたくし達の主寝室の初めての住民さんにしましょうね」
「うっ、あ、ああ。もちろん……――――王が先住民だからその次だとさ」
「あらあら」
謎の対抗意識を燃やす王鳥に笑ってしまう。結婚後に移る主寝室は両想いになってから、少しずつレイアウトを三人で考えていた。まだ発注したばかりで何もないけれど、完成する日が待ち遠しい。
「――――っ⁉︎ でっ、出来るかっ‼︎」
真っ赤になって狼狽えるオーリムの言葉を考えると、もう移って来いとでも言われたのだろうか。正解を教えてくれる事は、もちろんなさそうだけれど。
現代日本を生きる皆様は、お酒は20歳になってからでお願いします。




