聖都?島都?デート! 3
「――わたくしは、小さなパンケーキにりんごジャムを挟んだものが特に美味しかったわ。ラズくんは?」
昼食を食べ終えて公園を後にし、検問所に屋台で買ったお土産を詰めたバスケットを預けた二人は、歩きながら屋台メニューの感想を語り合っていた。
「俺はあのモチモチした生地に肉を挟んだやつが好きだな」
そう言った表情が綻んでいたから、よほどお気に召したらしい。確かにソフィアリアも美味しいと感じたので気持ちはわかる。けれどと考えた。
「あれはどうやって作るのかしらね? 作れたら夜食にピッタリだと思うのだけど」
頰に手を当てて、首を傾げた。おそらく生地は小麦粉だと思うのだが、あのモチモチはどう再現すればいいのかわからない。水だけではないような気がした。
「料理長に聞いてみるといい。もしかしたら誰か知っているかもしれない」
……それはソフィアリアの作った物が食べたいというおねだりだろうか?
王鳥とオーリムはソフィアリアが作った物を嬉しそうに食べてくれるので、強請られると何が何でも作りたい気持ちが湧いてしまう。明日さっそく聞いてみようと意気込んだ。
「どうしても冷えてしまうけれど、涼しくなってきたからガッツリした物も作れそうね。ラズくん、セイドベリー以外は甘い物よりおかず系の方がお好きみたいだし」
そう言ってふふっと笑う。ソフィアリアから見れば夕食を食べ終えた後によくあんなに食べられるものだと感心するのだが、そこは成長期の男の子らしい。
それに、オーリムは夜は槍の鍛錬をするので、身体を動かした後なのだ。尚更お腹が空くのだろう。
身近にいた成長期の男の子と言えば、弟を思い出す。背丈とか色々オーリムと似ているので、どうしても重ねてしまうのだ。
弟も成長期に入ってお腹を空かせていたが、うちが貧乏だったのでどちらかと言えば我慢をしている事が多いようだった。おかげで常にイライラしていたのか反抗期も激しく、よく婚約者と言い争いをしてソフィアリアが仲介役をかって出ていた。
今頃二人は大丈夫だろうかと少し心配している。貧乏の方はもう脱却出来た頃だと思うので、空腹によるイライラが治って、少しでも穏やかになっているといいのだが。
ちなみにセイドベリーとは、ソフィアリアの領地でのみ採れる、甘味が強く日持ちする特別なラズベリーの事だ。ソフィアリアとオーリムにとっては思い出深い食べ物であり、オーリムと好みが同一化する王鳥も大層気に入ったようだった。今は苗を取り寄せて大屋敷でも栽培する事を目論んでいるのだが、現在大量生産中で、大屋敷に届くのは少し遅れるらしい。
――考えが他所に逸れてしまったが、首を振って気を取り直した。オーリムは好みを指摘され、照れたようにそっぽを向いている。
「まあ、そうだけど……。冷えても魔法で温められるから、甘くない物も作ってくれたら嬉しい」
「ええ、わかったわ。期待していてくださいな」
そう言ってガッツリ食べられそうな物を思い浮かべ、オーリムと話しながらしばらく歩く。貴族はあまりこうして出歩く事はしないのだが、ソフィアリアは常に歩き回っていたので体力もあり、綺麗な街並みを眺めながら大好きなオーリムと腕を組んで歩くのは、幸せでしかない。
やがて到着したのは、島都マクローラ――聖都と隣接しているこのビドゥア聖島の首都だ――の端にある大劇場だった。
フィーギス殿下の側近で貴族でありながら大屋敷にも入ってこれ、オーリム達の親友でもあるラトゥスから今日の公演のチケットを貰ったのだ。大舞踏会で起こった事件の詫びと言っていたが、むしろ詫びるのはソフィアリア達の方だと思う。
「ラズくんは観劇を見た事があるかしら?」
「ない。……けど、ここに来た事はある。フィーと一緒にとある貴族に接触しに来た。その時何かやってたが、内容は覚えていないな」
「まあ! 勿体ない」
ここの大劇場は歴史ある劇団が長年公演している事もあり、とても有名なのだ。なかなかチケットが取れないので、貴族でも滅多に観覧する事が叶わない。まあ、貴族も平民もお客様には分け隔てのない劇団だからというのもあるようだが。
けれどお仕事だったのだから仕方ない。なら、今日は精一杯楽しむだけだ。
チケットを見せ中に入ると、二階の特等席に案内された。下の自由席だと思ったのって慄いたものの、よく考えれば伯爵家嫡男で王太子殿下の側近が用意してくれたものだ。当然と言えば当然なのだろう。
「……ドレスコードは大丈夫だったかしら?」
座り心地のいいソファに座り、頰に手を当てて心配する。ソフィアリアの今の格好は、質の良い生地を使っているものの、よくて裕福な街娘だ。下位貴族にもギリギリ届かないと思う。
「この劇場は金さえ払えば誰でも来れるからな。平気だろ」
「なら、いいのだけれど」
そう言って公演開始まで会話を楽しむ。途中王鳥に変わり、過去の王鳥は先代の代行人の姿でここに来た記憶があるらしいと話してくれた。しばし歓談した後、公演開始直前にオーリムに戻る。
「今日はお忙しいわね?」
「まあ、王は街には来れないし仕方ないな」
「ふふっ、なら今度は人の居ない場所まで行って、三人でピクニックでもしましょう?」
入れ替わり立ち替わりで二人とデートをするのも楽しくて幸せだ。けれど、三人で過ごす事が当たり前になっているから、少し寂しく感じてしまう。だからそう提案したら、オーリムは嬉しそうに目を細めて、笑顔で首肯した。……この心の底から幸せだという表情は、両想いになってから見られるようになった表情だ。見る度にドキドキしてしまい、ソフィアリアはますます恋に落ちていく。
「ああ。いつか必ず、な」
そんなお話を終えたらちょうど劇場内が真っ暗になって、公演が始まった。
――始まった劇は、異国の冒険譚とラブロマンスだ。相棒の猿と一緒に貧民街に住む青年が、お忍びでやって来た世間知らずのお姫様と出会い、共に過ごすうちに正体を知らないまま恋をする。
やがてお姫様の正体がバレて二人は引き離され、お姫様を攫ったと誤解された青年は牢に入れられ、罰として三つの願いを叶える妖精を連れてこいと魔法使いの宰相に言われ、洞窟に行かされる。
お姫様は青年は既に処刑されたと嘘を教えられ、嘆き悲しむ。
そこから先は、青年を気に入った妖精が魔法で王子という身分を与えたり、魔法使いの宰相に貶められて死地を脱したり、お姫様にあの時の青年だとバレるも自分と同じようにお忍びで来た王子だと誤解されたり、お姫様共々魔法使いの宰相に陥れて危機を迎えたり、結局王子ではなく貧民街の青年という身分がバレて別れたり、でも悪い魔法使いの宰相をやっつけた事で国王に認められて結婚するという大団円の物語だった。
決して現実的ではないファンタジーだが、女性向けらしいラブロマンスもありながら、激しいアクションもあり、素晴らしい歌劇もありと、男女問わず楽しめるとても素晴らしい観劇だった。とても素晴らしいのだが、これをチョイスしたラトゥスに何か悪戯心を感じるのは気のせいだろうか?
ソフィアリアは人生初の素晴らしい劇を楽しんで気分が高揚し、ふわふわした足取りでニマニマしていた。あまり貴族がしていい表情ではないが、今は許してほしかった。
「最高だったわね〜。ふふふふふ」
「あ、ああ……いい話、だった、な……」
ソフィアリアが頰を両手で挟んで怪しい笑いをしていても、劇の内容から何か既視感のようなものを感じ取ったオーリムもドギマギしていて、気付かない。
軽薄だが勇敢な貧民街の青年ではなく真面目だが照れ屋なスラムの少年で、お姫様ではなく自分をお姫さまだと思い込んでいた男爵令嬢で、願いを叶える妖精ではなく万能の神様なのだが、現実でも似たような境遇の三人組がここにいる。
まあ最後は妖精は自由になり二人から離れてしまうので、それだけは断固拒否ではあるが。
「わたくし達のクライマックスシーンの再現はいつかしらね?」
はしたないと思いつつ、おねだりしてみる。真っ赤になったままピシリと固まったオーリムの反応を見ると、まだまだ先が長そうだ。
ラブロマンスでハッピーエンドを迎えた、恋人達のクライマックスシーンなんてあれでお決まりなのだ。ソフィアリアはその日が来るのを、オーリムの覚悟が決まるのを、ずっと楽しみに待っている。
第一部書いてる時になんかめっちゃア◯◯ンっぽいなと思ったので観劇に登場。
弁明しておきますが、全く意図していない事です。……本当だよ!




