聖都?島都?デート! 2
聖都マクローラ。名前に都とつくが、実際は区域の方が近いここには、ビドゥア聖島の護り神である大鳥が住んで自由に過ごす大屋敷があり、そこを中心に発展した商業地区である。
大屋敷以外は人間の居住の許可が出ていないので、大鳥を遠目でもいいから一目見たいという観光客用の商業施設や宿泊施設があり、とても賑わっている。やはり大鳥をイメージした物が多いという印象を受けた。
そんなお店を横目で眺めつつ、ソフィアリア達がまずはじめにやってきたのは、検問所からも程近い場所にある、食べ物が立ち並ぶ屋台通りだった。ちょうど昼食の時間なのでお腹も空いており、また同じ考えの人が多いのか、人通りも多い。
「店じゃなくてよかったのか?」
人通りの多さに、ゆっくり出来るお店の方がいいのでは?と今更心配になったオーリムがそう尋ねるも、ソフィアリアはニコリと笑って首を横に振る。
「お店も何軒かみんなに教えてもらったけれど、屋台の方がみんな詳しくて美味しそうだったの。ふふっ、貴族らしくないでしょう?」
みんなとは、大屋敷で働く使用人達だ。大鳥は貴族をあまり好まないので、大屋敷に入れる使用人は平民が多い。
ソフィアリアは元は男爵令嬢だが、領地であるセイド領は祖父と幼少期のソフィアリアのせいでかなり荒廃していて、ここ数年でようやく立て直しの目度が立ったものの、暮らしは平民に近かった。屋台にも抵抗がない。
「まあ、俺も店より屋台の方が馴染みがあるけど……盗みに入っていたという意味で」
そう言って苦笑するオーリムは九歳で代行人になる前、元はソフィアリアの実家が治めるセイド領にあったスラムの孤児だったのだ。
そこで村に来ていたソフィアリアと偶然出会い、当時名無しの孤児だったオーリムはラズという名前を貰って、ソフィアリアに淡い憧れを抱いた。
その淡い憧れの気持ちを王鳥に目をつけられて代行人と任命され、ずっと気持ちを抱えていたが故に王鳥妃として迎える事になってしまい、難しい立場に立たせた事にずっと罪悪感を感じていたらしい。
ソフィアリアはソフィアリアでラズという初めて出来た人間のお友達に罪悪感を募らせており、お互い蟠りが消えたのがつい二十日程前の事。今はお互い想いを伝え合い、ずっと愛を囁いてくれていた王鳥も含めた三人で、晴れて両想いとなった。
「買い食いはした事がない?」
「子供の頃はフィー達とお忍びで何回かここに来ていた。それ以来だな」
「あらまあ」
気まずそうに頭を掻くオーリムにくすくすと笑う。オーリムの言うフィーとはこの国の第一王子であるフィーギス・ビドゥア・マクローラ王太子殿下だ。王鳥とオーリムと親しく、代行人になった直後からの親友関係である。
そんな高貴な御方がここに来ていたらしい。まあ王鳥がついているオーリムが居れば、世界中のどこよりも安心安全だから見逃されていたのだろう。
「行きたい場所はチェックしているけれど、ラズくんのオススメのお店も教えてくださいな」
「いいけど、子供の頃の話だぞ? まだあればいいんだが」
「悲しい事言わないの」
そう言って事前にチェックしていたお店を見て回る。
パンや焼き菓子などは持参したバスケットに入れて、あとでゆっくり食べる。串焼き肉などはその場で食べて、串を返した。
そのうちの一軒の店で、オーリムが。
「この店、フィーが特に好きだった」
「あら、……そうなの?」
ここでいつものようにフィーギス殿下なんて呼べないので言葉を濁す。が、立ち止まったお店の出品物を見て、笑顔のまま、内心困惑を隠せなかった。正直よくこの聖都でこのお店を出店する勇気があったなと思うばかりだ。
そんなソフィアリアの困惑を感じ取ってか、オーリムも苦笑を返していた。
「フィーは昔から王に振り回されていたからな。嫌味の一つでも示したかったんだろ。まあ、思惑はともかく美味いぞ」
そう言ってオーリムは普通に買っていたので、ソフィアリアもつられて買ってみた――焼いた鶏肉を、香ばしいタレに絡めた串焼きを。
大鳥は姿形は鳥だが実際は鳥ではないので、ソフィアリアは気にしない事にしている。というか大屋敷でも鶏料理は普通に出るし、王鳥や大鳥も普通に食べるし、大鳥と契約し騎乗する事を許された鳥騎族の人達の話だと、たまに飛んでいる鳥をパクッと食べてしまう猟奇的な場面を見てしまうらしい。
オーリムの言った通りこの鶏の串焼きは、ピリッと辛い香辛料が絶品でとても美味しかった。串を返し、味の感想を言いながら次のお店に移動する。
「――――これか? わかった」
急に一人で話し出すオーリムも見慣れたもの。彼は王鳥とは離れていても会話出来るので、よく目にする光景だ。
オーリムは王鳥に何か頼まれたらしく、名前のない珍しい屋台でお菓子らしきものを買っていた。ソフィアリアも少し気になったので、予定にはなかったが買ってみる。
お目当てのお店もオーリムオススメの場所も全て回り、二人は近くの公園へと足を運んだ。
屋台通りの近くにあるこの公園は花壇があって綺麗に整備されており、屋台で買ったものをゆっくり食べられるようになっていた。
少し外れにある、人の少ない木の下で敷物を敷き座ろうとしたら、ヒョイっとオーリムに抱えられる。目をパチパチしているうちに膝の間に横抱きに座らされてしまった。
突然の触れ合いで顔を見れば、思わず表情を和らげ、この行動も納得がいく。
「王様から先にお昼ですか?」
「当然。ラズに頼んだこれ一つくらい、先に楽しんでもよかろう?」
ニッと勝ち気に笑う表情は、ぶっきらぼうで物静かなオーリムは絶対しない。彼はオーリムの身体を乗っ取った王鳥だ。
スキンシップの一環で王鳥とは給餌――食べさせ合いをよくするのだが、疎だが人目もある外でもされるとは思わなかった。が、大好きな王鳥の望みなので、羞恥心は捩じ伏せる。恋心は無敵なのだ。きっと。
「わたくしも買ったので、王様もどうぞお召し上がりくださいな」
「うむ。ほれ、あーん」
ソフィアリアは王鳥から魔法で濡らしたタオルを受け取り手を拭くと、先に拭き終えていた王鳥から先程買ったものを差し出される。正直この茶色い固形物が何かわからないが、王鳥から貰うものだ。躊躇いもなく口を開くと、放り込まれた。
口に入れると少し固い。が、まろやかでクリーミーな甘さとほのかに感じるほろ苦さが絶妙で、噛むとベリーソースと絡みとても美味しい。思わず目をキラリと輝かせたからか、くつくつと王鳥に笑われてしまった。
「美味いだろう?」
「ええ! でも、これはなんでしょう?」
ソフィアリアは食べた事がない……いや、遠い記憶で何もわからないまま祖父と食べた経験があった気がする。買えない値段ではないがそこそこ値が張るものだったので、多分あまり出回っていない高級品なのだろう。
「チョコレートだ」
「まあ! これがそうでしたのね。知識はありましたが、食べた経験があまりなかったのでわかりませんでしたわ」
それは、この国ではとある領地でしか栽培出来ないカカオという実から作られるお菓子だった。出回らない程ではないが栽培出来る領地が狭く、そこそこ値が張るので、貴族の端くれといえど庶民派だったソフィアリアには無縁な食べ物だ。これがそうだったらしい。
「はい、王様もあーん」
ソフィアリアも王鳥に自分で買ったチョコレートを差し出すと、王鳥も喜んで食べてくれる。王鳥も好きなのだろう。なら、好みが同一化するオーリムも好きな筈だ。
「余はもう少し苦くて中に酒が入っている物が特に好きなのだがな」
「ふふっ、王様は大人ですのね」
そう言って差し出された白いチョコレートを口に入れてもらう。ミルク感が強くてこれも美味しかった。王鳥にもお返しをする。
「最後の一粒はラズと楽しむがよい。では、またな」
そう言って前髪を愛おしげに撫で、額に優しくキスを贈られる。突然の事で真っ赤になっているうちに王鳥は身体をオーリムに返してしまったらしい。きょとんとした表情で覗き込まれ……。
「ぅわっ⁉︎」
オーリムも真っ赤になってのけ反ってしまった。
少し寂しいが、このままだと会話もままならないので、膝の間から抜け出して隣に腰を下ろす。いつも思うのだが、王鳥に騎乗する際は横抱きにし、同じように座って平然としているのに、地上だと照れるのは何故なのか。
「王様にチョコレートをいただきましたの。ラズくんも、あーん」
「えっ⁉︎」
「最後の一粒はラズくんとって言われたのよ? だから、あーん?」
照れて狼狽えるオーリムに笑顔で圧をかける。オーリムはソフィアリアの摘んだチョコレートを見ながら、ごくりと喉を鳴らした。
一度深呼吸をし、やがて意を決したのかギュッと目を瞑り、パクリとそれを食べる。……勢い余って指ごと食べられ、お互いに真っ赤になってしまったのは言うまでもない。




