聖都?島都?デート! 1
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ビドゥア聖島――羽を広げた鳥を正面から見たような形をしたこの島国には、『大鳥』という、名の通り大きな鳥の姿を模した神様達が住んでいる。
彼らは人間を圧倒的に凌駕する知能と力を持ち、後から移住してきたこの島に住む人間と共存し、島の平穏を数千年間護り続けてきた。
その大鳥の頂点に立つ『王鳥』が一人の男爵令嬢を史上初の妃――『王鳥妃』にと所望したのは今年の春の季節の初め。そのご令嬢が十六歳でデビュタントを迎えて間もなくの頃である。
そのご令嬢が王鳥や大鳥の住む聖都マクローラの中心部の小高い丘の上にある大屋敷に移住してきたのは、所望されてから季節が一つ過ぎ去った夏の季節の初め頃で、その日から史上初の王鳥妃という何も定まっていない立場故に起こった様々な波乱を乗り越えながら、暮らしてきた。
そんな日々もようやく落ち着きを取り戻し、束の間の平穏な日々を過ごしていた本日秋の季節の最終日。明日から冬の季節に突入するという秋の九十日目――この世界の暦は春夏秋冬を各九十日に振り分けて、それにプラスして冬から春に変わる年明けの五日間――通称明けの五日――で一年が構成されている――が、その王鳥妃であるソフィアリアの十七歳の誕生日だった。
午前中は仲良くなった大鳥達からお祝いと称して大鳥達の持つ『魔法』という不思議な力で咲かせた花を一輪ずつ貰い、大屋敷に住む使用人達などからもお祝いの言葉をたくさん貰った。
他国だと誕生日にプレゼントを渡す文化があるらしいのだが、このビドゥア聖島では家族間しかそれはしない。大鳥達から見てソフィアリアは、頂点に立つ王鳥の妃だから、実質身内と思ってくれたのだろう。
午前中はそうやってお祝いをしてもらいながら幸せなひと時を過ごし、もうすぐ昼食というこの時間。
ソフィアリアは二メートル半を越える大きな未来の旦那様の一人である王鳥の背に乗り、その二倍はある長い二股に分かれた尾羽を風に漂わせながら、大屋敷からその下にある聖都マクローラへと飛び立った。
王鳥の背に乗せてもらいながら、ソフィアリアは美しく滑らかな毛並みを愛おしげに撫でる。背面は夜空のような紺混じりの黒から青というグラデーション、腹部はシルクのような艶やかな白の毛並みを持つ王鳥は、神々しくも美しい。恋する旦那様だという欲目を抜きにしても、思わず惚れ惚れしてしまう事だろう。
目元は鷲などの猛禽類に近く、瞳の黄金色は真ん中は輝くようなオレンジ色で一番濃く、下に向かって薄くなっているという不思議な虹彩をしている。王鳥はこの瞳を、黄金の水平線と呼んでいた。
王鳥を想っていたらすぐに降り立ったここは、大屋敷へと入る為に必ず通らなければならない検問所だ。人も物も、この検問所で目を光らせている大鳥に通る事を許されなければ大屋敷に足を踏み入れる事すら叶わないので、それなりに大きな建物や門がある。
検問所内のあまり人目につかない場所に王鳥は着地すると、その王鳥の背に乗っていたソフィアリアと、彼女を大事そうに横抱きに抱えたもう一人の少年が軽々と背から飛び降りた。
「ありがとう、王。じゃあまた後で」
お礼は言いつつもどこかぶっきらぼうにそう言い放った少年は、王鳥の言葉や行動を人の身で代行する役割を与えられた『代行人』であるオーリム・ラズ・アウィスレックス。十七歳の少年だ。
王鳥と同じ紺混じりの黒から毛先にかけて青くなる夜空のような美しい髪色を持ち、少し跳ねた襟足長めのミディアムの髪は、襟足から太腿まで細く二股に分かれた髪が伸びていた。それが王鳥の長い尾羽とお揃いのようで、どこか微笑ましい。
キリッと上がり眉で猫のような大きな吊り目。瞳は王鳥と同じく黄金の水平線、なかなか整った端麗な容姿をしているが、本人は年齢のわりにやや小柄で童顔なのを気にしている。
それでもソフィアリアが嫁いできた夏から秋にかけて少しずつ身長が伸びているので、おそらく成長期が人よりも遅いのだろうと思っていた。そういう見た目のせいか、青年というよりも少年といった方がしっくりくる。
紺色のシャツ、黒のベストとスラックス、ブーツ、手につけたハーフグローブは夏から変わらずで、少し着崩している風な背が二股に分かれた紺混じりの黒のケープコートは、寒くなってきたので今日おろしたばかりらしい。縁は黄金色の細かな刺繍で縁取られていて、裏地にチラリと見える青が、全体的に黒っぽい見た目に華を添えている。
ソフィアリアは先程までそんな彼の今日の装いを、これでもかというほどベタ褒めし、ぽーっと見惚れていた。おかげで少々出立時間が押してしまったが、あまり反省していない。だって素敵なものは素敵なのだ。
そんな素敵な彼は人間でありながら王鳥と二人で一人という運命共同体なので、王鳥に妃にと望まれたソフィアリアのもう一人の未来の旦那様になるのだ。といっても王鳥は人間の婚約期間を理解しないので実質的に既に伴侶であり、代行人であるオーリムとだけは来春結婚予定の婚約者という事になるのだが。
国内では前例のない二夫一妻という事に戸惑ったのも大屋敷に移る前までの話で、来る頃にはそういうものだと受け入れて、平等に慈しむ事を心がけた。
そうやって共に過ごすうちにソフィアリアは二人に恋をし、二人に愛されるようになった。三人で両想いになった今は、幸せの真っ只中にいる。
「ありがとうございます、王様。今日はいっぱい楽しみましょうね」
「ピィ」
優しい笑みを浮かべながら、屈んだ王鳥の頬を撫でるのがソフィアリアだ。今はもう王鳥妃になったのであまり名乗らなくなったが、セイドという辺境の田舎を治める男爵家のご令嬢で、本日誕生日を迎えたのでオーリムと同じ十七歳になった。
と言ってもオーリムの仮の誕生日――彼は元々孤児で誕生日が不明な為、そういう人は全員明けの二日を誕生日とする決まりになっている――を迎える一季限定ではあるが。
ミルクティー色の髪は右肩の上で緩く纏められ、黒のレースが真ん中に入ったクリームイエローのリボンが結ばれていた。リボンの結び目には白いお花のチャームが付けられている。
目元は見る人を穏やかにさせる垂れ下がった優しい眉と目に、瞳は綺麗な琥珀色。可愛さと美しさの中間に位置する美貌を持ち、平均よりやや長身であるものの、男性好みの素晴らしいプロポーションをしている。
グラデーションになった夜空色のフリルの華やかなワンピースドレスに、クリームイエローのフリルブラウス、肩に羽織っている襟部分はファーになっている白色のポンチョは、裾の二段レースが甘さを醸し出していた。
それになんといっても、頭に被った夜空カラーのうさぎのたれ耳が後頭部から伸びているベレー帽が一番のお気に入りだ。耳の内側は白くなっていて、耳の付け根にはクリームイエローのリボンが結ばれており、大変可愛いらしい。
この服は今日の為にと王鳥とオーリムが用意してくれたのだ。貴族というよりは裕福な街娘という動きやすさ重視の装いでありながら甘く可愛さもあり、一目見て気に入った。なによりも王鳥と同じ夜空のような色合いと、オーリムの好きな色であるクリームイエローが入っているのが嬉しくて、王鳥もオーリムもとてもセンスがいいと笑顔になったのは言うまでもない。
王鳥は並び立つソフィアリアとオーリムを愛おしげに見つめると、空に飛び立って姿を消した。王鳥や大鳥は空を飛ぶ時、基本的に姿を隠すのだ。そんな王鳥を笑顔で手を振って見送ると、くるりとオーリムと向き合う。その際勢い余ったのか、ふわりとスカートのフリルが舞った。
「さっそく行きましょうか」
「あ、ああ……」
そう言った二人はどちらも照れているが、幸せそうに柔らかく微笑んでいた。が、ソフィアリアが当たり前のようにオーリムと腕を組むと、オーリムはビクリと肩を跳ねさせて、真っ赤になって硬直してしまう。そんな様子にソフィアリアは眉を下げ、困ったように首を傾げた。
「やっぱりダメかしら?」
「……頑張る」
視線は逸らしてしまったものの、頑張ってくれるらしい。腕を組むだけで真っ赤になるオーリムは普段ぶっきらぼうだが、とても照れ屋なのだ。先程装いを褒めちぎっている間も、真っ赤になって挙動不審になっていた。
ソフィアリアはそんな所も大好きで、腕を掴んだままくすくすと笑い、幸せを噛み締める。
「明るいうちからのデートは初めてね。とても楽しみだわ」
そう。本日ソフィアリアの誕生日に、王鳥とオーリムは時間をやりくりして午後からの予定を丸々空け、初めて街に降りてデートをする時間を作ってくれたのだ。
空を飛んだり大屋敷の中庭で三人で過ごす夜デートはほぼ毎日しているが、明るいうちから、それも街に下りるのはソフィアリアが大屋敷に来てから半年近く経つが、初めての事だった。
残念ながら大きな鳥の姿をした王鳥が街で姿を現すと大騒ぎになるので、代行人であるオーリムの視界を共有し、途中でオーリムの身体を乗っ取って過ごす予定である。乗っ取りは王鳥が一方的に出来る事だが、王鳥とオーリムは契約で繋がっているので、そういう事も出来るのだ。
「その…………俺も」
緩みそうになる口元を引き締める為かモニュモニュ動かして、頬を掻いているオーリムに笑みを返しつつ、腕を組んで歩き出す。婚約して半年、両想いになって二十日程の二人は、まるで初々しいカップルのように微笑ましかった。
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