読んでみたら
というわけで、まずは芥川賞を取る小説がどんなものか、読んでみなくてはと思った。そりゃそうだろう。そして、私は文学賞受賞作品を、初めて手に取ったのである。
文学賞の話題は、私にとってタブーだった。ニュースでやっていても素通り。文学賞のニュースについて家族などと話をする事もなかった。完全に無視。スルー。それだけ、意識しているという事だ。嫉妬やねたみ、焦り、そういった負の感情が出てきて、直視できないのだ。文学賞を。だから、文学賞を取った小説を、お金を出して買う事など、断じてなかった。
ところが今、買う事にそれほど抵抗がなかった。それは、前述したように今は納得のいく作品を書くことが出来ているからだと思う。焦りが無いわけではないが、実績が何も無い時と比べたら、だいぶ軽減した。
だが、いざ本を開こうとしたら、急に動悸が激しくなった。読むのが怖いと思った。自分には到底手の届かない物だったらどうしよう、そんな思いがあっただろうか。
「推し、燃ゆ」を読んだ。確かに文学的表現が多用されていて、これはライトノベルとは違う、純文学だなと思った。けれども、思ったよりも大人っぽい感じではなかった。内容は、思っていたアイドルの話とは違っていて、つまりは今の世の中を切り取ったものだった。最近は「推し活」などという言葉も生まれた。昔は追っかけと言ったが、もっと広い意味で推し活になった。その推し活の最近の実態と、生きづらさを抱える子供、皆と同じように出来ない子供と、大人の扱い方の問題。そういった世相を表した小説だった。
一作品読んだだけではダメだろう。そこで、他にも芥川賞を受賞した「おいしいごはんが食べられますように」や「コンビニ人間」を読んでみた。
面白かった。「推し、燃ゆ」のような文学的表現は使われていなかった。ただ、総じて言えるのは、一般的にこうだ、と思われている事を「視点を変えたら違うんじゃない?」と問いかけている気がした。主人公が生きづらさを抱えているのは共通している。そう、多かれ少なかれ現代人は生きる辛さを抱えているのかもしれない。