楽しいゲーセンと羊のぬいぐるみ。
ゲーセンって魅力的だ。ピコピコシャンシャンちゃりちゃり色んな音が鳴って、鮮やかな電飾のゲーム機が並んでいる。そこに群がる子どもや親たちが、キャッキャとその場を盛り上げているから良い。
チョコを崩して獲るゲームとか、絶対に元を取れないのを知っている。けれど友達とやると楽しい。私が中学生になって、一番ハマったゲームはクレーンゲームだ。
ガラス越しに幅や距離を計算する。また、クレーンの強さや耐久も考えて獲物を落とす。それがたまらなく楽しい。クレーンゲームは得意だから、よく友達に頼られている。
今日もそうだ。
「――ねぇ、このぬいぐるみ可愛くない?」
「ホントだ、超かわいい!」
「ねぇ、みっちゃん獲って獲って!」
友達の言う「みっちゃん」とは、私のあだ名だ。かわいいと呼ばれているぬいぐるみ。それは、グルグルの丸い角が特徴のモコモコ羊の大きなぬいぐるみだった。何のキャラかは分からないけれど、右角の所に青いタグが付いている。何かのブランドかな?
私は、羊のぬいぐるみの位置をよく観察してみた。
「どれどれ……」
飾り付けられた羊のぬいぐるみが五体。レーンが三つあって、その一段目に、今にもホールに落っこちそうな羊のぬいぐるみが一体あった。その他はきっとダミー。クレーンの距離や奥行的に獲れそうにない。
また、これは掴んでバランスを崩しながらチビチビ落とすものではない。可哀想だけどクリクリおめめの顔面をクレーンで押し潰すようにして、転げ落とすタイプのクレーンゲームだ。
そんな説明をすると友達は、
「ね。お願い! みっちゃん!」
拝むようにして五百円を私に差し出してきた。
よし、やるか。例え獲れなくても、私のお金じゃないし、クレーンゲームができるならいいや。こういうのは、計算しながらするのが楽しいんだ。
五百円をゲーム機に入れる。
三方向のガラス面から羊のぬいぐるみをロックオン。悪いね、羊。もう逃げられないぞ。私は、レバーを羊の顔面の中央にやり、三角形型のクレーンの位置を力点の最も掛かる方へと向けた。
つまりは、羊のぬいぐるみを脳天から突いて、ホールへと弾み落そうとしていたわけだ。
クレーンの降りる音がピロピロと鳴る。楽しい。さて、獲れるか。獲れないか。私の計算は正しいのか。結果は数十秒で出る。
羊のぬいぐるみが「ぐえー」と言いそうなほど、縮んでいる――しまった! このぬいぐるみ。めちゃくちゃ柔らかいのかな。これでは私の作戦は通用しない。
一回目は失敗。羊のぬいぐるみはビクともしなかった。友達は、
「あー残念!」
とか、
「もう一回! もう一回!」
とか言って盛り上げてくれる。そんな声に子どもたちが群がって来た。ええい、気が散るなぁ……! これでは、失敗したら恥ずかしいじゃないか。でも、素材が柔らかくて大きなぬいぐるみをどうやって獲ろう?
こんなの初めてだ。
私は、羊のぬいぐるみのお尻を押して、弾みで転げ落ちさせようとした。角度をミスって失敗。もう一度挑戦するも、やはり柔らかくて失敗。思い切ってそのまま掴もうとして失敗……と、三回挑戦してみたけど獲れない。
私は残りの一回をどう使おうかと考えていた。
「――お客さん。お困りですか?」
突然現れたのは、ゲーセンの店員さんだった。ちょっとチャラそうな見た目のその人は、私がクレーンゲームで苦戦しているのを見て協力してくれた。
なんと、ホールに羊のぬいぐるみの足を引っかけてくれたのだ。私は実質、羊のぬいぐるみの胴体部分を持ち上げてあげれば簡単に落とせるようになったってわけだ。
……けど、逆に緊張する。
店員さんはニコニコしながら私の操作を見ているし。周囲のお客さんや友達も、「おおー!」と盛り上がっている。失敗は許されない。手元が狂ったらどうしよう。
私は緊張の中、クレーンを動かした。
「――あ!」
ミスった!
胴体のかなり右寄りの位置にクレーンが落ちて、羊のぬいぐるみが、あらぬ位置に落っこちてしまった。どうしよう。もう獲れない。友達の五百円はまだ良いとして、店員さんの気持ちやその場の雰囲気をぶち壊してしまった。
しゅんと落ち込んでいると、店員さんが、
「あ。落ちましたね、今! 俺見ました! リプレイして見ましょう!」
そう言って、もう一度ガラスを開けた。店員さんは、ホールに羊のぬいぐるみの足を引っかけた。彼は私の手を取ると、クレーンゲームのレバーへと誘導し、
「それじゃ、落としましょうか」
と言って、一緒に羊のぬいぐるみをホールの中へ入れた。なにこの人。手があったかい……じゃなくて、いきなり女子の手を触るとか。
(ドキドキするじゃん……)
景品出口から羊のぬいぐるみが出てくる。思ったよりも大きい。そしてもちもちしている。触っていて心地が良い。店員さんは、ニパァっと笑うと、
「いつも遊びに来てくれてありがとうございます~!」
そう言ってその場から離れた。友達が私の顔を見て茶化すように、
「わー、みっちゃん顔真っ赤」
とか、
「あの店員さんイケメンだったねー。良かったじゃん」
とか言ってくる。
ふ、ふざけんな! 私はそんなに軽い女じゃないぞ。クレーンゲームをしに来ただけだ!
景品は友達と話し合って、欲しがっていた子どもたちにあげた。子どもたちは最初は取り合っていたけれどジャンケンで誰の物にするかを決めたみたい。なんかこう……こういうことが有るから、やっぱりゲーセンって楽しい。
それにしてもあの店員さんの手、あったかかったな……。
ゲーセンが賑やかな場で良かった。さっきから鳴っている心臓の音をかき消してくれている。
こんなの友達にバレたら笑われるじゃんね。