第99話 食品流通の謎
「みんな、元気にしてた?」
「うん!」カロリーナの弟妹たちは元気よく返事をする。
「カロリーナ。お帰り」
「あ、お兄ちゃん。ただいま」
カロリーナのお兄さんは20代前半くらいの背の高い偉丈夫だ。良く日焼けした笑顔に光る白い歯がまぶしい。
(カロリーナのお兄さんってカッコいいな。って、リサさんの目が獲物を見る目に!)
カロリーナがユウキたちを兄弟たちに紹介する。
「このお姉ちゃん黒い髪の毛だー。不思議ー、お胸も大きいね。ユーリカちゃんみたい」
「わあ、エルフのお姉ちゃんだ。エルフって初めて見た。キレイな人ー」
「この人、学校の先生みたいな制服着てるー。性格きつそう、お嫁に行けなさそう」
「な、なんで私だけ評価が厳しいんですか…」
「ま、まあまあ、子供の言うことだから。あまり気にしないで」
ユウキが慰めるが、リサは、子供の言うことだから余計傷つくんですよと、肩を落とす。
「では、早速、お話しを聞かせてもらいましょうか」
パパさんが、ユウキたちを別室に案内する。カロリーナによると使用人と生産会議を行う部屋とのことで、中央に8人掛けの大きなテーブルがあり、一方にパパさんとお兄さん、カロリーナ。反対側にユウキたち4人が座った。
4人を代表して、ユウキが昨今の流通不足による価格高騰で、食料の入手が困難になっていて、お世話になっている下宿の生活が不自由になっていること、また、冒険者組合でも同様に酒場での食事提供が難しくなっていることを説明し、何とか食料を分けてもらえないかお願いに来たことを説明した。また、リサが冒険者組合に提供いただく分については対価を支払うことを説明した。
パパさんは話を聞いて難しい顔をして考え込んでいる。お兄さんも同様だ。暫く沈黙が会議室を包む。その時、会議室のドアが開いて綺麗な女性がお茶を運んできた。
「ありがとうママ。後でみんなを紹介するね」
カロリーナのママさんは、にこっと笑顔を返すと、静かに退室していった。ユウキは一口お茶を飲んで、心を落ち着かせた。
暫くして、パパさんが口を開いた。
「実は、王都だけではなく、王国の各都市、町や村に至るまで、食料の流通が滞っているとは私たちの耳にも入っています。ただ、ハウメアーを始めとする食料生産地はそれほどでもないんです。そのせいでしょうか、最近、あちこちから食べ物を直接買い付けに来る方が増えています。ただ、私たちとしても王都に供給しなければなりませんので、あまり応じることができないのが現状です」
「それと、他地方から来て、畑から野菜を盗んで行く泥棒も増えていまして、冒険者組合に依頼を出して、警備を強化している有様です。被害も結構バカにならないんですよ」
リサが、食料生産の状況について尋ねると、生産自体は特に問題なく、例年並みの生産量があり、出荷も通常通り行われているとのことなので、何故、食料が不足するのか全く理解できないとのことだった。
「運搬中に強奪されるということは?」
「輸送隊には冒険者の護衛を付けるから、輸送中に襲われることはほとんどないんだ。ただ、最近、よそから流れてきた3人組の強盗が出没するようになったって聞いたな」
お兄さんがリサの質問に答える。
(もしかして、これもマルムト様が関わっているの? だとしたら目的は何だろう…)
「まあ、皆さんの話は分かりました。畑には収穫していない余剰分があるので、それを提供しましょう。それと、冒険者組合が責任を持って運んでくれるなら、定期的に融通してもいいですよ。その場合は輸送費を除いた額で売りましょう。その代わり、カロリーナの下宿先に届ける分も運んでもらいたい。可愛い娘がお腹を空かしては困りますからね」
「ホントですか! ぜひお願いします」
「じゃあ、契約成立だね。今日はここで夕飯を食べて行くといい。その後で宿に送るよ。明日は提供する野菜の収穫を手伝ってもらうよ」
お兄さんが笑顔で夕飯に誘ってくれた。カロリーナが「ヤッター!」と嬉しそうにお兄さんに抱き着く。
ユウキはそれを見て、突然、姉の望と楽しく過ごした日本での生活を思い出し、胸の奥が悲しみで締め付けられるような複雑な感情が渦巻くのを感じた。
ユウキが黙って、カロリーナとお兄さんを見ているのを不思議に思ったヒルデは、横目でユウキを見ると、その目が涙で潤んでいることに気づいて驚いた。ヒルデはそっとユウキの手を取って立たせると、誰にも気づかれないよう、会議室から静かに連れ出した。
宿に戻ってきたヒルデは、ユウキを誘ってお風呂に入った。一緒に体や髪を時間をかけて洗って、湯船にゆっくりと浸かると、疲れがじんわりと溶け出していく。
ヒルデは隣に並ぶユウキを見る。まだ、元気がないようだ。夕飯もあまり食べていない。思い切って聞くことにした。
「ユウキさん。どうしたんですか。突然涙を流して…。あの、迷惑でなかったら、聞かせてくれませんか」
「ん…、ごめんねヒルデ、驚かせて。そうだね、少し長くなるよ」
「はい、いいですよ」
ユウキは、異世界転移の部分は伏せ、小さい頃、大好きな姉と2人でいる時に魔物に襲われ、姉はユウキを助けるため、魔物と戦って亡くなったこと。先ほどのカロリーナとお兄さんの楽しそうな姿を見た時、もう何年も忘れていた姉との楽しかった思い出が突然よみがえり、複雑な感情が胸の中に渦巻いて、思わず涙が零れてしまったことを話した。
ヒルデは話を聞き終えると、黙って立ち上がり、ユウキを優しく抱き締めた。ユウキは突然の事にびっくりしたが、ヒルデの柔らかい胸に抱かれていると、自然と先ほどの悲しい感情が消え、心が暖かくなっていくのを感じた。
翌日、ユウキはヒルデに「ありがとう」と感謝を述べると、ヒルデは、はにかみながら優しく笑顔を返してくれた。
冒険者組合の荷馬車でカロリーナの実家に向かうと、今日は保存のきく根野菜とイモ類を採るといって、全員分の作業服と皮の長靴を渡された。全員、作業服に着替えたがユウキ、ユーリカ、ヒルデの3人は胸がキツくて上着を着るのを断念し、上半身はシャツだけにした。それを苦々しく見るカロリーナとリサ。パパさんとお兄さんは2人を見て苦笑いしている。
「さあ、ここは芋畑だ。この畑の分は全部取っていいですよ。まず、シャベルで土を柔らかくして、根元を持って力いっぱい引っ張ってください」
パパさんの説明を聞いて、めいめいに作業を始める。
ユウキが、「う~~ん」と唸りながら、芋を抜きにかかっているが、ビクともしない。
「ユウキ! 腰に力が入っていない! もっと腰を落として。そのデカい尻は飾りなの!」
カロリーナはユウキの尻をぺしぺしと叩く。
「私を見なさい、このように抜くのよ」
芋をスポーンと上手に抜き取り、ドヤ顔をしてユウキを見るカロリーナ。ユウキはイラッと来るが、芋を上手く抜くことができないので涙目で我慢する。
「流石、カロリーナさんですね。「芋畑の天使」の2つ名は伊達ではありませんね」
「ユーリカ! 変な事言わないでよ。誰が芋天使よ」
カロリーナ一家の好意で、ハウメアーに滞在した3日間のうちに芋やニンジン等の根野菜、ナス、キャベツやレタスに似た葉物野菜のほか、果樹園で栽培しているリンゴも採らせていただいた。また、牛肉や鶏肉といった肉も分けてくれたので、肉は布で包んでカロリーナが魔法で凍らせ、おが屑を詰めた箱に入れて運ぶことにした。
「たくさん食料を提供してくださって感謝いたします。これで、当分の間、何とかなりそうです。本当にありがとうございました。肉や小麦粉までいただいてしまって。あの、これ組合の分のお金です」
リサが、お兄さんの手をぎゅっと握って、上目遣いでお金を渡す。そしてなかなか離さない。お兄さんは若干迷惑そうだ。
痺れを切らしたユーリカが、リサの後襟を掴んで引き剥がし、荷馬車に乗せる。
「どーもありがとうございましたー」と全員であいさつし、一家に別れを告げて王都への帰途についた。




