第97話 楽しいパーティ(後編)
「お嬢さん。お隣よろしいかな」
ユウキが「はい」と振り向くと、年のころ40後半で、綺麗に揃えた口髭を持った紳士が立っていた。
「ど、どうぞ…」とユウキが言うと「ありがとう」と言ってユウキの隣に座った。ユウキが上目遣いに紳士を見ていると、相手が自己紹介してきた。
「お嬢さんがユウキさんだね、娘から話を聞いているよ。噂通り美しいお嬢さんだね。おっと、自己紹介がまだだった。私はアレス。フィーアの父です」
「ふぃ、フィーアのお父さん? ということは、オプティムス侯爵様!」
「はは、そう畏まらなくてもいいよ。今日はお忍びで来たんだ。まあ、娘の様子見と君に会ってみたかったというのが理由かな」
「ボ、ボクにですか」
「うん、娘がね家に帰ってくると君のことをよく話すんだよ、それは楽しそうに。教えてくれないか? 娘と君の関係や普段の様子を」
ユウキは、フィーアと出会った経緯や最初はお嬢様然として、気品がある子だなと思ったけど、今は凄く自然体で、最近はとてもお嬢様とは思えない言動や悪戯も多く、表情も明るく楽しそうであること、そして何よりユウキにとって王都に来てからの初めての友達であり、大切に思っていることなどを話した。
「そうか、私は娘を可愛がるあまりに不自由をさせてしまった。いずれ、娘は侯爵家の役割を果たすため、決められた男性と結婚することになる。そこに娘の意思が入る余地はない。だから、今は自由にさせてやりたいと思っている。悔いの残るようなことがないようにね」
「侯爵様。ボク、フィーアが大好きです。大切な友達です。これからもずっと」
「ユウキさん、ありがとう。これからもフィーアをよろしく頼むよ。君には色々と難しいことがあると聞いている。だが心配しなくていい。私は全力で君を支援するよ」
「しかし、あれはどうなのかな」とアレスが目を向けた方を見ると、フィーアが「このスケベ!」と言いながら、お盆で冒険者の頭をバンバンと叩いているのが見えた。叩かれている冒険者は幸せそうな表情をしている。一体何があったのか…。ユウキとアレスは顔を見合わせて「はあ」とため息をつくのであった。
アレスが「家主さんにも挨拶を」と言ってダスティンの方に行ったので、ユウキは1人で料理を食べている。
「ユウキ、あんまり食べてばかりいるとお胸ばかり大きくなるよ。はい、飲み物」
と言ってカロリーナがやってきた。
カロリーナはユウキの隣に座ると「どう? 楽しい?」と言いながら顔を覗き込んで来る。
「うん! 楽しいよ。料理は美味しいし、たくさんの冒険者の人たちともお知り合いになれた。フィーアのお父さんともお話できたし、それに…」
「それに?」
「みんな、ボクの事、可愛い、美人だって褒めてくれるんだ。へへ…」
ユウキが顔を赤くして照れる。
「もう、ユウキが言うと嫌味に聞こえないから、余計に腹立たしく感じるわね」
「ユウキ…、前も言ったけど、もう1人で危ないことはしないでね。どうしても必要な時は、私を誘うこと。私の防御魔法の実力は知ってるでしょ。必ず役に立つ。いいわね、約束よ」
「うん、本当にゴメンね。カロリーナの気持ち嬉しい」
ユウキとカロリーナは顔を見合わせて、くすっと笑う。
「しかし、カロリーナのバニーちゃん姿、めちゃくちゃ可愛いね。ユーリカやヒルデは「ぼっきゅんぼん!」で凄く色っぽいけど、カロリーナは、それとは違う不思議な魅力を感じるよ」
「今頃気づいたの? 遅いわよ。この世は貧乳が絶対なのよ。乳が何よ、年を取れば干したイカのように垂れるのよ。ユウキだってお婆さんになればダラーンよ。貧乳はそうはならない。貧乳は正義なの。ステータスなのよ、わかった?」
「全然わからない。おっぱいは大きい方がいい」
「こ、この女は…、悔し~~!」
「おーい、ユウキ! こっち来い!」
ユウキがカロリーナに肩を掴まれ、ガクガクされていると、ダスティンのユウキを呼ぶ声が聞こえた。
「カ、カロリーナ、く、苦しい。ボク、呼ばれてるから。し、仕事に戻って!」
何とかカロリーナを仕事に戻し、ダスティンの元に行く。
「何これ? ここは…魔境?」
そこには、多くのドワーフが集まって豪快に酒を呷っている。ユーリカは酒樽から直接ジョッキに汲んで、ドワーフたちに次から次へと渡している。何人かの冒険者もいるが、ほとんどが飲み過ぎて倒れていた。よく見るとオーウェンやアレスも酒塗れで倒れていた。
(こ、侯爵様まで。このオヤジたち、何てことを…。ん?)
酔っぱらって倒れている冒険者の中に女性もいた。ユウキがよく見ると、昨年、王都に出てくるときに連絡馬車で一緒になったエミリーだった。しかも下着姿になって、豪快に股を開いている。
「え、エミリーさん! 大丈夫?」
「ゆ、ユウキさん、久しぶり…。こいつらと飲み比べ脱衣勝負して…負けた。うぶ」
「な、何やっているんですか! くっ、凄く酒臭い」
ユウキがエミリーを介抱していると、後ろからガシッと襟首をつかまれ「ひゃあ」と声を上げる。ユウキを捕まえたダスティンが、ドワーフたちに向かってユウキを見せて上機嫌で紹介する。
「オラ、お前らよく見ろ、ユウキだ。オレの娘みたいなもんだ。可愛いだろ。自慢の娘だ。ガッハッハッハ!」
「オオオオオオ!」漢たちの歓声とも慟哭とも判別がつかない大声が上がる。ポイとドワーフたちの中に放り出されたユウキは、もみくちゃにされ始めた。
「えええ! オヤジさんひどいよ! わああ、抱き着かないで、スカート捲り上げないでえええ! せっかくのお洋服がしわしわになっちゃうよお、マヤさん助けてー」
ユウキがマヤに助けを求めるが、マヤはシャルロットの追っかけをしていて、ユウキを全く見ていない。
「ユウキ、今助ける!」
飛び込んできたのはララとフィーア。ララが蹴りを入れてユウキを引きはがし、フィーアがドワーフの頭に盆バンバンを加える。
何とかユウキを助け出したララが、足を滑らせ、酔っ払いドワーフたちの中に入ってしまった。
「きゃあああ! 今度はわたしぃ! た、たすけてー」
「はあはあ、助かった。ありがとうララ。君の犠牲は忘れないよ。がんばって。よし、フィーア! 戦略的てったーい!」
「了解! フィーア、180度転進します!」
「薄情者ー!」
「フィーア、ありがとね」
「大丈夫でしたか? ドワーフは酒豪って本当だったんですね。お父様まで轟沈していました。結構お酒強いはずなんですが」
「ふふ、少し話したけど、いいお父さんだね」
「はい。過保護なのが玉に瑕ですけど、学園に通っているうちは自由にしていいって。干渉しないって言って下さいました。私の事認めて下さっていて、大好きです!」
「あっ、ユウキ~、このお姉さんなんとかして~」
『ふふ、捕まえた…』
「ぎゃあああ!」
「シャル…、諦めて」
ユウキがシャルロットから目を逸らし、反対側を見ると、
「誰か! 誰か私にいい男を紹介しろぉおお! 早く結婚したい! 30は目の前なのよぉ!」
リサの切実な心の叫びが響きわたる。ユウキはリサからもそっと目を逸らした。
「私は決めた! 自由貧乳同盟を結成するわ。我が志に賛同する者は集いなさい! 打倒、巨乳帝国!」
カロリーナはもうだめだ。ユウキは温かい目で見守るしかないと諦めた。
それぞれの想いが錯綜する。
冒険者組合でのパーティは、混沌の様相を見せながら、夜更けまで続いて行く。
「もう、めちゃくちゃだよ」




