第94話 謁見式再び
誘拐事件の顛末を聞いた数日後、ダスティンの武器店に馬車が止まり、王国憲兵隊のフレデリカがやってきて、急遽、国王様と謁見いただくことになったと告げられた。
「突然ですみません、どうも急遽予定を開けたみたいで」
フレデリカがすまなそうに言う。
「あ、えと、大丈夫です。いま、着替えてきますね」
ユウキはバタバタと自室に戻ると、マヤに手伝ってもらって身支度を整えた。
「この、桜色のドレス可笑しくないかな。えっと、これに似合うリボンはと…」
『大丈夫ですよ、とても綺麗です。はい、急いでお化粧しましょう』
大慌てで準備を済ませ、フレデリカが待つ玄関に向かう。
「お、お待たせしました」
「わあ、可愛いですね。いいな、若いって。おっと失礼。では行きましょうか」
馬車に揺られて中級市民区、貴族居住区を抜け、王宮に到着する。既にユウキの胸は緊張でドキドキしている。前回はフィーアたちがいたが、今回は1人だ。
フレデリカと別れ、メイドの案内で、謁見室手前の控室に通される。1人になったユウキは緊張で押し潰されそうだ。
(えと、今日はドレスだから、手を前で組んで、お辞儀をして名乗ればいいんだよね。よし、練習、練習……)
「お招きありがとうございます。ユウキ・タカシナと申します」
お辞儀をして、名乗りをしたユウキに、
「丁寧なあいさつをありがとう。今日はよく来てくれたね」と返事が聞こえた。
「ん? ま、まさか…」
ユウキが恐る恐る顔を上げると、そこには正装をしたマクシミリアンが立っていた。
「わあああ、マ、マクシミリアン様! どうしてここにぃ~」
「いや、急遽ユウキ君と父上が謁見すると聞いたから、私も参加しようと思ってね。控室を覗いてみたら君がいたんで、顔を見に来たんだ」
「そ、それは、どうも…。わざわざすみません」
「いや、今日の君も可愛いね。そのドレスもすごく綺麗だ。良く似合っているよ。では、謁見室で」
「はうう…」
ユウキは部屋を出て行くマクシミリアンの後姿を、真っ赤な顔をして見送るが、心臓は破裂しそうなくらいドキドキしていた。
マクシミリアンが退室した後、ユウキは控室の椅子に腰かけて、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
(何でボク、マクシミリアン様に会うと、ああも動揺しちゃうのかな…。決してイヤな感じじゃないんだよね。何というか、恥ずかしくなるっていうか、よくわからないな)
暫く控室で待っていると、メイドが来て、謁見が始まることを告げ、謁見室前に案内された。ユウキが背筋をぴんと伸ばして待っていると、扉が開いて、入るように促された。
ユウキは部屋の中央に進み、手を前で組んで、お辞儀をして自分の名を名乗り、頭を上げて正面を見た。正面には国王夫妻と、レウルス、マクシミリアン、フェーリスの3人がいたが、マルムトのすがたは見えない。他には王国の重鎮や第1騎士団長と副騎士団長のモーガンの姿があった。
ユウキが正面を見つめていると、国王マグナスが口を開く。
「ユウキ・タカシナよ。この度の王国内で頻発していた誘拐事件の解決に、多大なる貢献をしたと王国憲兵隊からの報告があった」
「誘拐事件については、王宮内でも憂慮していた案件でもある。これで、国民も安心するであろう。よくやった。誉めて遣わす。この貢献に対し、王家から金貨100枚を下賜する。受け取るがよい」
(き、金貨100枚! い、いちおくえん!? そんな大金、ホントに?)
役人と思わしき人が、ユウキの前に金貨の入った袋を運んできた。顔を青ざめさせながら恭しく受け取ると、居並ぶ人たちから盛大な拍手が送られた。3人の王子、王女も笑顔で拍手をしてくれた。
謁見式が終わり、退室したユウキにメイドが声をかけてきた。メイドについて歩いて行くと、以前、国王と会談した部屋に案内された。2重の扉を抜けて、部屋の中に入ると、テーブルの中央にマグナスが座り、側に国家憲兵隊のターナー副司令と執事長のギルバートが立っていた。ギルバートは心なしか、やつれている感じがした。
「よく来てくれたな。座りなさい」
マグナスがユウキに着席するよう促した。
「誘拐犯を捕えた顛末は憲兵隊の報告書を読んだ。誘拐に巻き込まれたお前が機を見て逃げ出し、女たちを保護した後、誘拐犯を取り押さえたということでよいのか」
「はい、ただ、最後にリーダーと思われる大男にあと一歩でやられるところでしたが、オーウェンさんを始めとする冒険者の方々が助けに来てくださって、何とか撃退することが出来ました」
「そうか、危なかったのだな」
「はい、たくさんの人に心配と迷惑をかけてしまいました。怒られて拳骨もいっぱい貰いました」
「そ、そうか。うむ、まあ無事でよかった」
「報告書に、この誘拐事件の目的についての推察が記してあった。説明してもらおうか」
ユウキは、昨今の魔物の急増が女性の誘拐事件と関係しているのではと考えたこと、誘拐犯の男が「国を変えるために魔物を増やして混乱を生み出す」と話していたことを説明した。最後に、俯きながら声を絞り出すように、誘拐された女性は魔物の子を産むために精神も壊され、肉体も酷使され、最後には魔物の食料になる運命であるという、誘拐犯が言っていたことも伝えた。
「う、ぐうっ!」
突然、ギルバートが手で目を押さえ、嗚咽を漏らす。マグナスがギルバートの背中を優しく撫でて落ち着かせようとしている。ユウキはそれを見て、何ともいたたまれない気持ちになり、思わず目が潤んでしまう。
「知っていると思うが、ギルバートの娘も行方不明でな。マルムトと同級生と言うこともあって、様子を探らせていたのだが、まさかこんなことになるとは…」
ユウキはハンカチで目元を拭うと、
「国王様、恐らくこの主犯はマルムト様ではないかと思います。魔物を増やして国内に不安状態を作り出すのが目的ではないかと…」
「うむ、その可能性は高いと思うが、情報が足りないな。マルムトの背後に何かもっと大きな組織がいるかも知れん。それを炙りだす必要がある。新たな動きがあるまで様子を見るしかない…」
この時、ユウキもマグナスもマルムトが魔物の大軍団を王都に直接ぶつけようと考えていることに思い及ぶことはできず、後々後悔する羽目になるのであった。
「ユウキ、もういいぞ。貴重な話を聞かせて貰い、大儀であった。フェーリスがお前と遊びたがっている。顔を出してあげてくれないか。夕食も一緒に食べていくがいい。お前の家には使いを出しておく」
ユウキは「はい」と返事をして、3人にお辞儀をすると退室した。
「国王様…。私も引き続き、お手伝い申し上げます」
「ギルバート。大丈夫なのか?無理はしなくてもよいのだぞ」
「いえ、王家の安泰が図られることで、娘も浮かばれましょう。仇もとりたいのです」
「国王様、国家憲兵隊も治安維持の観点から、調査を進め、警戒を高めてきますが、不測の事態に備えることも必要かと思われます。王都防衛の任にある第1騎士団はともかく、他の騎士団にマルムト様の手が伸びている可能性は否定できません。十分にご注意を」
「クーデターが起こった時、王家の味方になるのは第1騎士団だけという可能性があることか」
「はい。その通りでございます」
ターナー副司令の進言に、マグナスは「うむ」と頷き、3人で今後の対策について話し合いを始めた。