第93話 誘拐事件の顛末
事件から数日たって、ダスティンの家にリサが訊ねてきた。
「こんにちはユウキさん。あら、バケツなんか持って、何かなさってたんですか?」
「お便所掃除…。心配かけた罰だって…」
「そ、そうですか。大変ですね」
「虫が湧かないように撒くハーブの汁が手について取れないの…。この汁、臭いんだよ…」
「あの、その…、そうだ! 誘拐事件について話があるとのことで、組合に来てくれと組合長からの伝言です。用意が出来たら来てください。お願いしますね」と、伝言を伝えるとパタパタと帰っていった。
ユウキは、井戸で石鹸を使って何度も手を洗い、何とかハーブの臭いを落とすと、工房で作業をしていたダスティンに声をかけた。
「オヤジさん、この間の事件で話があるって冒険者組合に呼び出されたから行ってくる」
すると、工房からダスティンが顔を出して「待て、俺も行く。マヤ、店番を頼む」と言ってきた。
2人が冒険者組合の中に入ると、誘拐犯のアジトに突入してユウキたちを助けてくれた冒険者が何人かいて、「おお、お嬢ちゃん。元気になったか?」とか「ユウキちゃん。今度一緒に食事しよ」などと話しかけてくれ、ユウキはぺこりと頭を下げて、「あの時はありがとうございました」とお礼を言うのであった。
ユウキとダスティンは受付にいたリサに来たことを告げると、早速、組合長室に案内された。中にいたオーウェンは、ユウキの他にダスティンがいるのを見て、笑いながら声をかけてきた。
「おおっ! ダスティンじゃねえか。久しぶりだな。元気にしてたか? お前がユウキの保護者なんだってな。孤高の戦士、鋼の男ダスティンがいまや「女子寮」の家主か。時代は変わるもんだな」
「あの、お二人はお知り合いなんですか?」
「ああ、ダスティンは昔冒険者でな、一緒に組んで仕事をしていたんだ」
「そうだったんだ。オヤジさん何も話してくれないからわからなかったよ」
ダスティンはむすっとして、「早く始めろ」とぶっきらぼうに言う。
「おっと、そうだったな。まあ、そこに座れ。間もなく来るだろう」
ユウキとダスティンがソファに座って、リサが出してくれた冷たいお茶を飲んでいると、扉が空いて3人の男女が入ってきた。
「あ、王国憲兵隊の…」
入ってきたのはアレックス捜査官と副官のフレデリカ、そして、壮年の男性が1人。アレックスが説明する。
「やあ、ユウキ君、ダスティンさん、こんにちは。紹介するよ、この方はターナー副司令。誘拐事件の捜査指揮官だよ」
「よろしく。キミがユウキ君かね」
「は、はい。ユウキ・タカシナです」
ユウキがぴょこんと立ち上がって挨拶する。
「はは、聞いてた通りの方だね。畏まらなくていい。オーウェン君、これで全員かな。話を始めてもいいかね」
「ああ、全員だ。始めてくれ」
ターナーが話してくれたところによると、大男(バロンという名だった)は結局、斬り落とされた腕からの出血が止まらずに死亡したため、髭面の男から話を聞こうとしたが、口を割らないため、拷問にかけ、やっと誘拐事件の内容を聞き出したとの事だった。
「やつらは、もともと非合法の奴隷を扱う犯罪者で、紹介屋を通じた依頼で女たちを攫い、指定の場所に運んでいたようだ。運んだ先から女たちがどこに連れて行かれたかはわからないといってたが、本当かどうか…。また、美しい少女やスタイルのいい女性などは、自分らで散々楽しんだ後、裏社会の奴隷市場に横流ししていたようだな」
「なんてひどい…」
リサが怒りを込めて呟く。ユウキも下を向いて拳を握りしめた。
「その、紹介屋を押さえれば依頼主もわかるんじゃないか」
「ところが、今まで顔も見たことがない者らしく、どこから来ているのか分からないとのことだ。当然依頼主も分からない。ただ、金払いは非常に良かったらしい」
「あの、髭面の男がボクに「国を変えるために魔物を増やして混乱を生み出す」という話をしていました。攫われた女性たちは、魔物を生むための道具にされてるのではないですか」
「ひとつの可能性としては考えられるかも知れないが、肝心の女性たちがどこに連れさられたのか不明の現状では確実性に欠ける。それに、そのようなことが行われていれば、広大な繁殖地やエサも必要だろう。だが、そのような報告はない」
「冒険者組合にも入って来ねえな。近隣国の冒険者組合にも確認したがそんな情報はない」
「…………」
「どうした、ユウキ?」
難しい顔をして考え込んだユウキにダスティンが声をかける。
「黒の大森林…。あそこかも」
ユウキは思いついた場所を口にした。
黒の大森林。王国の北方に広がる広大な森で、多くの獣や凶暴な魔物が跋扈する危険地帯。それゆえに人が立ち入ることはない。入り込めば確実な死が待っていると言われている。今までに踏破したものは誰もいない。ユウキは、日本から転移したばかりの事(望の死)を思い出し、暗い気持ちになった。
「黒の大森林か…。確かにあそこなら可能性はあるな。しかし、危険すぎて捜索は無理だ」
「う…む。あそこを捜索するには、十分準備を整えた精鋭騎士団3個から4個師団は必要だろう。現実的ではないな」
オーウェンとターナーが難しい顔をして言う。
「できるのは、近くのイソマルト村に憲兵隊を派遣して周辺監視することくらいか…」
「いや、ユウキ君のアドバイスで少しは対策を立てられるよ。ありがとう。今回の誘拐犯逮捕も君の活躍があってこそだ。後で王家から金一封が送られるからね」
ジードの自白から、いくつかの同様な誘拐犯グループが割れ、憲兵隊が逮捕に動いており、壊滅も時間の問題だという。ユウキとリサはほっとした様子で、
「よかった。これで誘拐事件は収まりますね」
「うむ。しかし、依頼主の正体がわからないままだからな、再発する恐れはある。だが、実行役がいなくなれば、当面動くことはできないだろう」
ターナーはそう言うと、アレックス、フレデリカを促して立ち上がった。帰り際、アレックスが、ユウキに向かって、誘拐犯の公開処刑に立ち合うよう言ってきた。
「そうそう、捕まえた犯人全員、略式裁判の後、公開処刑されることになるよ。残酷と思うかも知れないけど、依頼主に対するアピールもあるからね。日時が決まったら教えるよ。ユウキ君も必ず立ち合うようにね」
公開処刑に立ち合わなければならないと聞いて、早くも気分が沈むユウキだった。
憲兵隊の3人が帰った後も、ユウキ達は誘拐事件について話しを続けている。
「結局、真の犯人も魔物を増やして何を成すかという目的も分からないままだね」
「ユウキ、今までに誘拐された女性たち何人かわかるか?」
オーウェンの問いかけに、ユウキがわからないと首を振る。
「1千5百人以上だとよ。単純計算すると1年で6千体以上の魔物が生まれることになる。オレも冒険者生活は長いが、こんな数字見たことも聞いたこともねえ」
オーウェンの言葉に、その場の全員が戦慄し、言葉も出ない。
「まあ、ここで考えていても仕方ねえ。後はターナーの旦那が何とかするだろう。そうだ、景気づけが必要だな。誘拐事件のお陰で今年の夏祭りは中止になったし、解決祝いに冒険者集めてパーッと騒ぐか!」
「いいですね。組合長もたまにはいいこと言いますね」リサがすぐさま賛同する。
「ギルドマスターだって言ってるだろ。まあいい、会場は組合の酒場でいいか。ユウキ、ダスティン、日にちが決まったら知らせる。楽しみにしとけ」