第90話 誘拐犯との遭遇
夏休みも半ばに差し掛り、ユウキは日々、武器屋の店番をしたり、剣の訓練をしたりして過ごしている。
ある日、用事があって商店街を歩いていると、冒険者組合の事務員、リサに出会った。
「こんにちは、リサさん」
「ユウキさん、こんにちは。お買い物ですか」
リサは組合長の使いで貴族の居住区で用事を済ませた帰りとのことであった。
「もう、今日はホントに暑いですね。ユウキさんはいいですね。若いからそんな恰好が出来て。涼しそうで羨ましい。私は無理ですね。今そんな恰好をしたら、ただの痛い女になってしまいます」
ユウキは、胸の所が開いた半そでブラウスとキュロットスカート。足には夏らしいサンダルを履いている。リサはいつもの事務服だ。
「そういえば、組合長がたまに遊びに来いって言ってましたよ。最近、また誘拐事件が活発化したようで、色々聞きたいことがあるんだそうです」
「誘拐事件が活発化ですか?」
「そうなんですよ。王都では暫く落ち着いていたんですけど、地方では頻発していて、憲兵隊が応援に駆り出されて手薄になった結果、王都でも再発してきたとのことですよ」
「そうだったんですか…」
「しかし、失礼しちゃいますよね。私みたいないい女が狙われないなんて、誘拐犯も存外見る目がないですよね」
リサがぷんすか怒った顔で言う。ユウキはその顔を見て、案外子供っぽいところがあるんだなと、可笑しくなってしまった。
リサと別れ、家に帰るため近道をしようと、商店街から外れた路地を歩いているとかすかに悲鳴のような声が聞こえたような気がした。
「ん?」
暫く耳を澄ませていたが、何も聞こえてこない。気のせいかなと思い直し、歩き出した直後、再び「キャー」という声が聞こえた。
「空耳じゃない! 誰か襲われてる!」
声が聞こえた方に駆け出していくと、人気がなく薄暗い路地裏の奥まった場所に来た。
「たしか、このあたりだと思ったんだけど…。何もないな。ん、向こうに道がある」
奥まった先にある通路に入ると再び、女の子らしい声の悲鳴が聞こえた。
「間違いない、こっちから聞こえた!」
奥まった通路の先はやや広い空き地になっていて、数人の男が、10歳前後の女の子を捕まえて大きな麻袋に詰め込んでいるところだった。ユウキは一瞬見えた女の子の顔を見て叫ぶ。
「リースちゃん!」
男たちが一斉にユウキに振り向く。1人はリースが入った麻袋を担いでいる。
「女1人か、丁度いい。こいつも捕まえてしまえ。女はいくらいてもいいからな」
「こいつ、いい体してるぜ。バケモノ共にやる前に、俺たちも楽しめそうだぜ」
男たちが卑下た目つきでユウキを見る。
「お前たち…、世間を騒がせている誘拐犯だな。リースちゃんを離しなさい!」
そう言って、マジックポーチに手を伸ばそうとした瞬間、後ろから殴られた衝撃が後頭部を襲い、ユウキは「あうっ!」と声を上げて倒れてしまった。
どのくらい時間が立ったろうか…。「ううっ」と唸り声を上げてユウキは気が付いた。ゴトゴト揺れていることから、馬車に乗せられているらしい。
「いたた…。もう、女の子の頭を思いっきり殴るなんて酷いよ」
「あ、ユウキさん。気が付いたんですね」
「リースちゃん」
ユウキがリースの無事な姿を見てホッとするが、リースのほかにも何人かの女性が乗せられていることに気づいた。
「これは一体?」
「わたしたち、あの男の人たちに捕まったみたいです。どこに連れて行かれるのかわかりません…」
リースが泣きそうな顔をしている。他の女性たちも不安そうな顔をしている。ユウキのカンが正しければ、女たちはゴブリンの子を産む道具にされるはずだ。チャンスを見て逃げ出さなければ…。ユウキはリースたちを守るため、脱出のために戦う覚悟を決めた。
「組合長! 組合長!」
リサが慌てた様子で組合長室に入ってきた。書類仕事をしていたオーウェンは、面倒くさそうに顔を上げる。
「うるせえぞリサ、何が大変なんだ。それから、ギルドマスターって呼べと言ってるだろ」
「そんなことどうでもいいです。組合長! ユウキさんが…、ユウキさんが家に帰ってこないんだそうです。誘拐されたかもって、憲兵隊にダスティンさんから捜索願が出されてます!」
「な、何だって! ホントかリサ!」
「ウソ言って何の得があるんです! 憲兵隊から聞いたんでホントです」
「マズイぞ……。おい!手の空いてるやつを集めろ! 急げ!」
「は、はいぃ」
ユウキたちが運ばれてきたのは、古い屋敷跡で、その一角の倉庫らしい部屋に押し込められた。どこからか集められてきたのか、20人から30人の女性たちが怯えた顔で身を寄せ合っている。ユウキが脱出に向け思案していると、何人かの男たちがやってきた。
男たちの中で一際体が大きく、髭面の男が、女性たちを見回して舌なめずりをする。
「今回は豊作だな。お前ら、明日には魔物共の慰み者になる運命だ。2度と街には戻れないぞ。観念するんだな」
「この世との別れに、今夜は俺たちが可愛がってやるぜ。ガッハハハ」
男たちが女の品定めを始めた。そのうちの一人がリースを連れて行こうとしている。
「イヤッ! 止めて、誰か助けて!」
「リースちゃん! 止めて、その子はまだ10歳なのよ!」
「うるせえ! お前は俺が抱いてやる。こっちに来い!」
ユウキは髭の男に腕を掴まれ、男の部屋に連れてこられ、「ほらよ」と寝台の上に寝転がされた。ユウキは男を睨みつける。
「おお怖ええ。たっぷり可愛がってやるからよ。ヤリがいがある体してるぜ」
(こいつが誘拐犯の親分? 早くリースちゃんを助けなきゃ。でも、その前に…)
「ねえ」
「ん、なんだ」
「なんで、私たちを捕まえて怪物に与えるの?」
「なんでそんなことを聞く」
「だって、今日はあなたの、明日には怪物の慰み者になるんでしょ。子を産む道具にされるのよね。どうしてそんなことをするの? 最後に聞いておきたい。何も知らないで終わるのはイヤ」
「…………」
「話してくれたら、ボクもいいこと教えるからさ」
「まあ、いいか。どうせお前は終わりだ。怪物どもの元に行ったら精神も壊れちまうしな」
(こいつら…、女をただの道具のように…。絶対に許さない!)
「俺たちも目的は知らん。紹介屋を介して請け負っているだけだからな。ただ、国を変えるために魔物を増やして混乱を生み出すみたいな話をしていたな。まあ、俺たちは女を攫うだけで金はたんまり貰えるし、女には不自由しねえ。こんな楽な仕事はねえ」
「でも、よく今まで足が付かなかったね」
「ふん、そこは蛇の道は蛇。証拠を残さないなんて朝飯前だ。間抜けな憲兵には捕まえられねえよ。それより、お前のいいことってなんだ。早く教えろ」
(これ以上の情報は無理か。じゃあ反撃だ!)
「ふふ、実はね。ボクはね…」
「なんだ、もったいぶるな!」
「ボクは魔法が使えるんだ! 身体拘束!」
「ぐあっ! か、体が動かん!」
「拘束の魔法だよ。これで、お前はボクが解除しない限り動くことができない」
「リースちゃん、今助けに行く。待ってて!」