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第8話 新しい生活

 優季がバルコムに助けられてから1か月ほど経った頃、ようやく体が馴染んで自由に動かせるようなってきた。


 ここまで来るまでに優季はバルコムが呼び出した女の人やスケルトン達にお世話されてきた。部屋の掃除、洗濯、食事や風呂の世話まで何もかも。食事を食べさせてくれるのはまだしも、お風呂では2体がかりで体を隅々まで洗ってくれ、トイレではお尻を拭こうとしてきた。さすがにお尻は優季が全力で拒否した。姿は女の子なので、相手が魔物とはいえ恥ずかしいものは恥ずかしい。しかし、体の自由が利かないので任せるしかなかった。

 ただ、3体ともバルコムと同じように念話ができるので、言葉が通じなくても不便はなかった。


 優季は世話をしてくれるスケルトン達の名前がないのも不便と思ったので名前を付けてあげた。いつも食事や掃除、洗濯、お風呂の世話をしてくれるのは「マヤ」と名付けた。望が好きだった漫画の主人公からとった。なかなかコミックスが出ないといつも嘆いていたのを思い出した。マヤは、ややたれ目でかわいい顔をしている小柄な女性でバルコムが言うには「不死体ゾンビ」であるとのことであった。


 動けない優季を運んだり、食事の材料を調達してくれるスケルトンは「助さん」と「格さん」。田舎のおじいちゃんが好きだった時代劇からいただいた。


 バルコムはというと、優季の世話をスケルトン達に任せきりで、たまに様子を見に来る程度であったが、優季が動けるようになると、『そろそろよいか』と言って何冊かのあまり厚くない本を持ってきてくれた。


『これで文字を覚えるがよい』

「わあ、ありがとうございます!」

 本を開いてみると、森や城、様々な動物や人の挿絵が入った物語のようであった。


『焦らず、ゆっくり覚えるのだ』と言ってバルコムは部屋から出て行った。


「う~ん……」


 やはりこの世界の文字は、優季は見たことがない。しかし、よくよく観察すると何となくアルファベットに似ているような気がする。小学校3年生になると英語の授業があるので、ABCは優季も理解しているが複雑な単語はわからない。それでも絵本をしばらく眺めていると単語と絵の関係が何となく解るような気がしてきた。


「バルコムさんも焦らなくていいと言ってた。がんばってみよう」


 ふん!と気合を入れた優季の頭をいつの間にか側に来たマヤが優しくなでてくれた。


「ありがとう、マヤさん」


 マヤになでられたら、何故か、がんばろうという気持ちが強くなった。


 ある日、絵本を眺めているとバルコムが優季の元を訪れるとこう言った。


『この迷宮は地下の奥深く、日のあたらない場所にある。ユウキは生ある者。日の光が必要であろう』

『だから地上におぬしの家を造った。これからはそこで過ごすがよい』と言い出した。


 優季がびっくりして固まっていると、助さん格さんが優季の側までやってきた。


 助さんが『ユウキ様、お運びいたします』と言うがはやいか優季をお姫様だっこし、格さんは優季の寝具などを抱えている。そのまま、部屋を出て迷宮の暗い通路を歩きだした。


 長く複雑な通路をアンデッド達は迷いなく歩いている。途中から上り坂になった通路を暫く進むと唐突に地上に出た。


 久しぶりに見るお日様、空に向かってまっすぐ伸びる木々の合間から見えるキラキラ光る木漏れ日、色とりどりの草花、頬をなでる風……。何故かとても懐かしく感じたのに、温かい気持ちと悲しい気持ちが混ざり合い、優季の両目から思わず涙が零れ落ち、それを見たマヤや助さん、格さんが慌てる。


「大丈夫だよ。ちょっと色々と思い出しただけ。びっくりさせてごめんね」


 黙って優季の様子を見ていたバルコムが、優季が落ち着いたのを見ると、


『この先の少し開けた場所に家がある。付いてまいれ』


 と言って先頭に立って進みだした。時間にして20分ほど歩いただろうか。木々を抜けると開けた場所に出た。

 助さんから降ろしてもらった優季が周辺を見回すと、そこは高い崖の上に開けた場所で、はるか下に広大な森が広がっている。よく見ると大小いくつかの川も流れている。また、遠くには山々の連なりがかすかに見え、とても景色の良い場所であった。


「わああ、す、凄い。なんていい景色なの!」

 意識せず女の子っぽい言葉になった優季が感嘆の声を上げる。


『この下に広がる森は黒の大森林だ。様々な魔物が跋扈しておる。人は浅いところにしか入らない。ここのような奥地に人が来ることはない。人知れず生きるにはよい場所だ』


『向こうを見るがよい』


 バルコムに促され、広場の一角を見ると木造の平屋の家が1軒、優季達が来るのを待ちかねたように建っていた。


 優季達が玄関と思われる入り口を開けると、広い(といっても10畳ほどだが)リビングがあって4人掛けのテーブルとイスが置かれている。リビングにはストーブも置いてある。きれいな床を汚すのもなんだかなと思った優季が靴を脱いで入ると、バルコムとマヤが同じように靴を脱いで入ってきたが、助さん格さんはそもそも裸足なので、玄関の外で待機している。

 優季とマヤが家の中を確認していく。リビングに隣接して台所があったが、水道らしきものはない。


「水はどうするの?」

『そこに水瓶がある。その水瓶は「浄化の壷」といって、汚れた水も清浄にする魔具だ。裏の泉から水を汲んで入れておけばよい』

「へええ、凄い壷だね。水汲みは助さんか格さんにやってもらおう。お願いね」


 玄関前で待機していた2体が大きな桶を抱えて家の裏に回っていった。

 リビングに隣接して6畳ほどの部屋が3つ並び、このうち、1つの部屋にはベットと服を収納するための家具が置いてある。3つの部屋の向かいにはお風呂場とトイレがあった。お風呂は薪で沸かすようだ。トイレは深い穴に陶器でできた座るタイプの便器が設置されている。お尻を拭くときに使うぼろ布を濡らすための水を入れた桶が置いてあった。


 家の中を見回った優季は再び外に出ると、家の裏に回った。

 家の裏には直径20mほどであろうか、大きめの円形の泉があり、きれいな水を湛えている。泉のほとりでは2体のスケルトンが水を汲んで家に運んでいるのが見えた。


『こちらに来るがよい』


 バルコムがに優季に声をかけ、泉をぐるりと回って、泉を挟んで家の裏側が正面に見える場所に連れてきた。そこは、色とりどりの花が咲いているちょっとしたお花畑になっており、その中心に高さ1m、幅50cmほどの石板がたっていた。


「ここは?」

『おぬしの姉の墓だ。わしが葬った』

「!」


 優季はバルコムと墓を交互に見つめた。そういえば、姉の望の遺体はどうなったのか聞いていないことに気づいた。バルコムが自分のために家を用意し、また、姉の望をこんなきれいな場所に弔ってくれたなんて…。いつも側にいられるようにしてくれたなんて…。

 そう考えた優季は急に胸が熱くなり、感情が高ぶってくるのを抑えきれなくなった。そして、大粒の涙を流し、バルコムに感謝し、墓に抱きついて泣いた。

 第1部は優季の成長と旅立ちまでのお話です。なので説明的な内容となっています。少しくどく感じるかもしれませんが、ご容赦いただければと思います。

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