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オルノスの荒野に散る

 リシャール達一行は、ついに旅の執着地であるオルノス平原に足を踏み入れていた。岩だらけの果てしない荒野が遠くまで続き、地平線の向こうで青い空と一体化している。低く流れる千切れ雲がまた風景とマッチしていて、いい感じを醸し出していた。雄大な大自然の空気を満喫していると、心が洗われて行くような気分になる。


「素晴らしい景色だな。何も無いと言うのがまたいい。この景色を見ただけで来た甲斐があったというものだ」

「わたしも初めて来たけど本当に凄い。心が落ち着く感じがするわね」

「私は最南端のオルノス岬まで足を運んだことがあります」

「その時の話を聞かせてくれ」


 馬車の手前に大きなシートを広げ、座っても痛くないように数枚の毛布を重ねて敷いた。雄大な景色を眺めながら、沸かしたお湯でコーヒーを作って飲み、アンジェリカの冒険の話を聞いては感心して頷く。


 遠くではアース君が今までの鬱憤を晴らすように大平原を全力疾走している。その姿は本当に嬉しそうだ。また、アルラウネ達もペンダントから出て荒れ地に花を咲かせ始めている。外敵の心配も無いことから、輪になって遊んだり、花で冠を作ったり、本当に楽しそうだ。


 聖都オフィーリアで大聖堂の冒険を行って以降、気が休まることが無かった。この広大な風景を堪能し、ゆっくりと空を眺めることで、ようやく息が抜けたような感じがする。皆そのように思っていた。ただ一人を除いては…。


「ジャン様、大丈夫かな…」(アンジェ)

「なんか、心ここにあらずって感じだね」(スバル)

「暫く放っておいてあげよう」(リシャール)


 アンジェリカとスバルは皆から離れた場所でひとりポツンと佇ずみ、空を眺めているジャンを見た。彼の側では姉のシェリーと自称恋人のカリン(ラミア)が心配して声をかけているが、心ここにあらずと言った感じて反応はないようだ。


「しかし、何だな…。ジャンって女の子には好かれるんだが、スピカといい、ナナミといい、女運が絶望的に無いな…」

「今の所、マトモな恋愛対象がカリンちゃんだけってのもね…」

「人間ですらない」


 リシャール、アンジェリカ、スバルは空を見上げて佇むジャンを見て深くため息をつくのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 時は少し遡る…。


 好きだと告白するため、ナナミを探していたジャンは、彼女を目撃したというカリンの案内で祝勝会場から離れた公民館にやって来た。周囲を見ると全く人気がない。何でこんな場所にと思う。不審に思ったジャンの耳に男女の話し声が聞こえて来た。ちらとカリンを見ると、カリンも首を傾げている。


(なんだ? 男女の話し声がするけど…。この声、ナナミちゃん?)


 声を頼りに公民館の裏手に回ろうとすると、ポンと肩を叩かれた。振り返るとリシャールとアンジェリカ、スバルが立っていて、ジャンの姿が見えないのに気付いて探しに来たのだと言う。ジャンは口に指を当てて口を閉じさせると、足音を立てないように公民館の裏手に回った。


 相手に見つからないように、壁の陰からそっと裏手を覗くとナナミが同級生のレックス君と話をしているところだった。しかも、二人は手に煙草を持っている。ナナミは煙草を咥えると深々と紫煙を吸い込み「ふうーっ」と鼻から煙を出した。その姿はとても14歳とは思えず、どこかのバーのマダムのように堂に入っている。アンジェリカはちょっとカッコいいと思ってしまった。


 ナナミとレックス君はコップに酒を注ぐとグイっと呷った。この国では法律上、飲酒の年齢制限はない。しかし、13歳で煙草と酒は無いだろうと物陰からのぞき見している全員が思った。


「いいのか、ナナミ。お前、あのジャンとかいう王子様の事好きなんじゃないのか? こんな姿見られたらどうするんだよ」

「もちろん好きよ。好みの顔だし。何といっても王子様なんて素敵じゃない。お嫁さんにしてもらいたいわ。でも、なんか真面目過ぎて面白みがないのよね。男はちょい悪くらいが付き合うに丁度いいし、女を喜ばせられると思うのよ」


「男からすれば、お前のような悪女の方が怖いよ。一体何人の男とヤッたんだ?」

「えっへっへ~。これ」


 ナナミは指を3本立てて隣にパーを開いた。レックス君は驚く。


「す、すげえな…。モンスターかよ、お前。それで良く王子様狙いに行けるな」

「まあね。やっぱ、金はあったほうがいいし、顔は良い方がいいもんね。アッチの方は別に探せばいいし」

「怖いヤツだなぁ」

「王子様に好かれるためにぶりっこするの大変だったのよ。あと一押しで落ちそうなんだから邪魔しないでよね」


 ナナミはスパーっと煙草を吸い込み、鼻から煙を吐いた。レックス君はグイっとジョッキを開けるとプハーッと息を吐いてニヤッと笑みを浮かべた。


「もし、王子様と結婚出来たら、オレの就職も頼むぜ」

「わかってるって」


「あははは!」と笑うナナミを呆然と眺めているジャン。リシャールは彼の肩を叩き、指で向こうに行こうと合図した。うつろな顔のまま、ジャンはカリンに支えられて祝勝会場の方に向かう。誰もが無言になり、アンジェリカもリシャールもジャンにかける言葉が見つからず、ただ、その寂しげな後姿を見つめるしかできなかった。


 なお、カリンは恋のライバルらしい女が勝手に自滅したため、心の中でガッツポーズをするのだった。


 祝勝会場ではシェリーとラビィとプルメリアが、酔っぱらって「イッキ!イッキ!」と歓声を上げる漢共の輪の中で、どでかいジョッキを両手に持って豪快に呷り、ゴックゴックと酒を飲んで「うぇ~いwww!」と歓声を上げて大笑いし、パリピダンスを踊り狂っている光景が目に入った。


「あいつらは楽しそうでいいな…」

「お酒飲んであんな踊りしたら、どうなっても知らないわよ」

「先程の光景とギャップがあり過ぎ…」


「ところでリシャール様。先ほどの件、スバルさんとプリムさんには…」

「………。黙っておこう…」

「ですね…」


「何が彼女をあんなモンスターに変えちゃったのかしら。スバル君からは生き物の命を大事にする、とても心の優しい子だと聞いていたのだけど」

「オレには分からん。分かりたくもない…」


「13歳であれでは、この先末恐ろしいですね…」


 アンジェリカの呟きに、リシャール達は何も言えず、黙りこくってしまった。そして、祝勝会の賑やかで楽しそうな喧騒もジャンの心を癒してはくれないのであった…。


 結局、リシャール達は魔物討伐達成の高揚感も失い、祝勝会の翌日、レオンやボース、キリカ婆さん等、村の人々に見送られて逃げるように村を出た。


 村を出る前にスバルの家にも寄って別れの挨拶をした。ジャンからの告白を期待し、はにかんだ笑顔でジャンを見るナナミに、ジャンは表情を殺して無表情になると、低く抑揚のない声で、世話になったお礼を言っただけで、くるっと背を向けて馬車に戻った。ラミアのカリンが、ナナミにあっかんべーをしてジャンの後を追う。


(あ、あれ? それだけ? ジャン様ってわたしの運命の相手じゃなかったの?)


 昨晩の出来事を見られていたとは露知らず、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をするナナミと、なにがなんだか良く分からないといった風のスバルとプルメリア。何となく気まずい空気が流れる中、リシャールとアンジェリカ達もそそくさと馬車に乗り込むのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「ジャンさん、元気を出してください。ジャンさんにはカリンがいます」

「…カリン」

「はい! カリンです!」

「カリン、ボク…」


「ジャンさん、あんなアバズレの事なんか忘れた方がいいです。所詮人間の女は不誠実極まりないのです。でもラミアは違います。ラミアは好きになった男性に一途に尽くします。わたし、ジャンさんが好きです。絶対に裏切ったりしません!」


「カリ~ン(泣)」


 カリンはぎゅっとジャンを抱きしめた。巨乳の柔らかさと温かさ、カリンの優しさにジャンは涙する。カリンは胸の中でさめざめと泣くジャンが愛しくてたまらなった。


 なお、超ブラコンシスターのシェリーは急速に仲が近づきつつあるジャンとカリンを見て「ぐぬぬ…」とハンカチを噛み締める。それはシェリーの自爆行為が原因だった。祝勝会で酒に飲まれ、べろんべろんに酔っぱらって傷心のジャンに絡み、挙句の果てに彼の体に嘔吐、激臭い吐瀉物をまき散らしてしまい、暫く口をきいてもらえなくなってしまったのだ(現在、仲は回復済み)。


 なお、超絶巨乳美少女が嘔吐をまき散らしながら地面に大の字になって酔い潰れた姿のインパクトはもの凄く、シェリーとお近づきになろうと画策していたアレーナス村の男達をドン引きさせたのもよい旅の思い出となった(?)。ただ、シェリーの介抱を言いつけられたアンジェリカとスバルはいい迷惑だったが…。


 カリンの胸で失恋の痛みを癒すジャンは、涙を拭くとカリンに笑いかけた。


「ごめんねカリン。恥ずかしい姿を見せちゃった。服も汚してしまったね」

「いいんです。わたし、ジャンさんと心が通じ合えて嬉しい。あの時、ジャンさんに救ってもらって良かった…。ぐすっ、えへへっ」


 カリンが嬉し涙を流した。ジャンとカリン、二人の気持ちが通じ合う。しかし、リシャールやアンジェリカは微妙な気持ちでいっぱいだ。端から見るといい光景だが、ジャンの相手は魔物のラミア。しかし、そのラミアが今まで出会った中で一番女の子らしいのも確かだった。とりあえず、ジャンを元気づけてくれたカリンにお礼を言うため、二人の許に近づいた。


「ジャン、元気になったようだな」

「うん。ゴメン、兄さん、義姉さんも。もう大丈夫。カリンのお陰だよ」

「うふふっ♡」


「まあ、なんだ。カリンもジャンを元気づけてくれてありがとう」

「えへっ♡ とーぜんですっ。だってわたしはジャンさんのお嫁さんですから!」

「…ああ、まあその事は、国に帰って母上と相談しなければな…」


「断れないところがリシャール様らしいですが…」(アンジェ)

「女王様が卒倒する事間違いなし。わくわくが止まらない!」(スバル)

「あのな…冗談じゃないんだぞ…」(リシャール)


 ジャンに抱き着いてすりすりするカリンを見て、ため息しか出ないリシャールとアンジェリカだった。そこに、皆から離れたと思われるアルラウネの幼体(超美少女)が1人近づいて来た。


「ん?」(リシャール)

「アルラウネちゃんじゃない。どうしたの?」(アンジェ)


 美少女アルラウネは、ジャンの前に回り込むとじっと顔を見つめて来た。不穏な気配を感じたカリンはアルラウネを追い出そうとする。


「な…なんですか、この子は。あっち行ってください。シッシッ!」

「…………」


 アンジェリカは嫌な予感がしてきた。数々の冒険とトラブルを経験してきた彼女の危機察知能力がビンビンと警報を発している。絶対に良くない予感がする。

 ポンと音を立てて、アルラウネの美少女が人間モードに変身した。年齢は12~13歳位。緑色でサラサラのロングヘアに神秘的な青緑色の瞳、浅黄色のワンピースに包んだ体はスラリとしていて、ささやかな胸のふくらみがロリコン性癖持ちジェスの視線を奪う。


「どうしたの、君?」

「リリィ…」

「え?」

「リリィ…。あたしの名前…」


「リリィって言うんだ。可愛い名前だね、君に似合ってる」

「……。(ポッ♡)」


「リリィ、ボクに何か用なの?」

「ジャンさん、あっちに行きましょう!」


 カリンが何かを察したのか、リリィを「がるる…」と威嚇するが、リリィは片手でカリンの顔を押さえると、ぐいと脇に避けた。カリンの蛇体は二本足と違って踏ん張りがきかない。非力なアルラウネでも容易くころんと転がされた。カリンを排除したリリィはジャンにペタッと抱き着いた。驚くジャンに予想通りの展開。死んだ目となるリシャールとアンジェリカ。


「わっ、突然なに!?」

「…好き♡」

「す、好き? ボクの事?」

「(コクン)一目惚れ…なの」


「ジャンさんから離れろ! 彼はわたしの夫になる人よ。チビのアルラウネが出る幕じゃないの。は・な・れ・て!」


 起き上がったカリンがジャンとリリィの間に割って入り、ジャンを取られまいとぎゅうっと抱きしめる。ムッとしたリリィも負けずにぐいぐいとカリンを引き剥がしにかかる。平和なオルノスの地で男を巡る女の戦いが始まった。


「もう! あなた達にジャンは渡さない!」


 ジャンを巡る女同士の争いにブラコンプリンセスのシェリーの嫉妬が爆発した。カリンとリリィの間に割って入り、女同士の凄まじい争いが始まった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 自然の雄大さを感じさせるオルノスの大平原。頬を撫でる爽やかな風が心地よい。遠くではアース君が風を切って気持ちよさそうに全力疾走しており、アルラウネ達が魔力で作り出した花畑で楽しそうに遊んでいる。その輪の中にスバルやリムも入ってアルラウネの幼体達に花輪を作ってあげ、ジェスは可愛いアルラウネの幼体を間近で眺めては悦に入っている。さらに、ラビィは虚ろな目で専業主婦の心得を呟きながらうさぎ跳びの真っ最中。皆楽しそうだ。


 しかし、近くではシェリーとカリンとリリィがジャンを奪い合って壮絶なバトルの真っ最中。魔法を撃ちあって服はボロボロ(ジャンも含む)、下着姿で取っ組み合っている。美少女の肢体に揉みくちゃにされているジャンは、何故か幸せそうだ。


 リシャールは空を見上げ、ぼそっと呟いた。


「なあ、アンジェリカ」

「なんでしょう…」


 アンジェリカも空を見上げて答える。


「新婚旅行、楽しかったか…?」

「これ、新婚旅行…だったんですね」


「新婚旅行らしかったのは最初のアレシア公国までだったな」

「ですね。聖都オフィーリアから全てがおかしくなったような気がします」

「気がする…。ではなく、おかしくなったよな…」

「スピカとの出会いが全ての始まりでしたね…」


「ジャンってさ、兄のオレが言うのも何だが、モテるよな…」

「モンスター女と魔物にですけどね…」


 リシャールとアンジェリカは流れる雲を見つめる。千切れ雲がゆっくりと東から西に流れている。雲は自由だなとアンジェリカは思った。


「アンジェリカ」

「…はい」

「この旅行に出た事、猛烈に後悔してる…って言ったら怒るか?」

「いいえ。実は私もそう思ってました。実家帰りを相談しなきゃよかったなって…」


「ははは…」

「うふふ…」


「空が青いな」

「雲もキレイですね」


「でもまあ、楽しくはあったな!」

「はい! 連れて来てありがとうございます。うふふっ、リシャール様大好きです!」


 リシャールとアンジェリカはにこっと笑いあった。この旅でたくさんのお土産話ができた。帝都のミュラー夫妻にもそうだが、国に帰って母上やジョゼット王女に聞かせるのが楽しみだと思うのだった。まあ、カリンを見たら驚くだろうが…。


 オルノスの空はどこまでも高く遠く、遥か彼方まで続いているのであった。



 お・わ・り

 いや~、長かった。こんな長編になるとは想像外でした。アンジェリカが祖国に結婚の報告に行くだけの話だったのに、あれこれエピソードを入れたら収拾がつかなくなってしまいました。おまけにスピカの話が長い長い…。でも、久しぶりにダンジョン探索の話が書けて楽しかったです。書き終えた後、暗黒大将軍のアイギスを誰かの従魔にすればよかったかなあと思ったりしてます。なんかいいキャラだったので。また、久方ぶり登場のプルメリアに対するミュラーの想いも伝える事が出来ました。

 ただ、物語の中盤から後半はアンジェリカと言うより、ジャンの話が中心になってしまいました。おまけにジャンの恋人をラミアにしてしまうし、当初ジャンと恋人関係にしようと思ったナナミちゃんを、ジャンとくっつかないようにさせるため、不良っ娘にするしの書きたい放題。批判は甘んじて受けます(;^_^A

 でもまあ、こういうハチャメチャな内容は作者的には大好きで楽しかったので満足しています。セイント・セブンも良かったなぁ。これで終わらせるの勿体ないなぁ。


それではまた、次のお話で会いましょう(次のお話が番外編最終回になります)。

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