アレーナス村大決戦④
「ハアッ、ハアッ…。大丈夫かオババ」
「ヒャ~ッヒャッヒャ! 何とかな。まだまだ若いモンには負けんわい」
「フッ…。その笑いが出ているようなら大丈夫だな」
「ヒャ~ッヒャッヒャ。娘っ子らも頑張ってるからのう」
「しかし、さすが上位の魔物。強い…」
ガン!と音を立てて大型戦斧の石鎚を地面に叩きつけ、柄を支えに息を整えるレオンに、荒い呼吸をしながらキリカ婆さんが背中を合わせてきた。さらに、二人を魔法で援護しているアンジェリカとスバルも、右と左に分かれてレオン達と背中合わせになり、小さいながらも円陣を組む格好となった。
「リシャール様は?」(アンジェリカ)
「向こう。チャンピオン1匹は倒したみたい。今2匹目と戦ってる」(スバル)
「夫が戦ってるというのに、応援に行けないなんて…」
「すっかり囲まれちゃったわね」
4人を囲むようにゴブリンチャンピオンが4体とハイオークが6体。しかし、この位ならアンジェリカとスバルの攻撃魔法、レオンとキリカの戦闘力ならそこまで苦戦することはない。問題なのは、包囲網を敷く魔物達の中に2体のゴブリンシャーマンが混じっており、精霊魔法によってアンジェリカ達の攻撃魔法が悉く防がれてしまっていたのだった。このため、思いもよらず苦戦している状況に陥っている。
『……オ…オンナ…。オンナァアアアッ! ギャオォオオーッ!!』
ゴブリンチャンピオンは、アンジェリカとスバルの姿に股間をいきり立たせ、興奮も露わに襲い掛かってきた。
「来たぞオババ!」
「分かっとるわい!」
レオンはバルディッシュの柄をしっかり握ると、突っ込んできたハイオークの群れを横薙ぎにして迎え撃った。3体が腹を切り裂かれ、内臓を地面にぶち撒きながら斃れる。さらに1体を左肩口から右わき腹向かって袈裟懸けに斬る。
たちまちのうちに仲間のハイオークが4体も殺されたことで、血が頭に上ったチャンピオンは人間の女の事も忘れ、目を真っ赤に充血させ、牙を剥いてレオンに襲い掛かってきた。子供の胴体位の太さがあるこん棒を上段に構えて力いっぱい振り下ろす。
「ぬうっ…!」
『ガァ!』
頭上でバルディッシュを横に持ち、柄でこん棒の一撃を受け止めたレオンだったが、あまりの威力に腕が痺れる。チャンピオンは必殺の一撃を防がれた屈辱で益々怒り狂い、こん棒を遮二無二叩きつけて来る。
その無茶苦茶な攻撃をバルディッシュで防ぎながら、カウンターを狙うレオンだったが、焼け残った麦の根本に足を引っかけてよろけてしまった。その隙を見逃さず、こん棒を大きく振りかぶり、勢いよく叩きつけて来るチャンピオン。レオンは体勢を崩しており、受けることができない。万事休すと覚悟を決めたレオンの目の前に氷の壁が出現した。
「あきらめないで! アイスシールド!」
「アンジェリカさんか!?」
『ガァアアアッ!』
バコォン!と鈍い音が響き、木が固い物を叩いた事による反発力の衝撃で腕の筋肉が痺れたチャンピオンは、苦痛の表情を浮かべてこん棒を地面に落としてしまった。千載一遇のチャンスに、レオンはバルディッシュを横に構えると、力いっぱいチャンピオンの脇腹に叩きつけ、刃を深々と胴体に食い込ませた。
バルディッシュの一撃で、体内の大動脈を切断されたチャンピオンは傷口から血を噴水のように吹き出させながら、地面に斃れ絶命した。しかし、ほっと息をする間もなく次のチャンピオンがこん棒を振り上げて向かって来る。レオンはバルディッシュを握り締め、迎撃の姿勢をとるのだった。
一方、残ったハイオークを瞬殺し、ゴブリンチャンピオンと対峙しているのはキリカ婆さん。チャンピオンは鎖鉄球を頭上で回転させながら、婆さん目掛けて投げつけてくるが婆さんは左右に素早く移動して躱す。
「どうしたどうした。全然当たらんぞえ。ヒャ~ッヒャッヒャ!」
『グヌヌヌッ!』
婆さんに煽られ、怒髪天を突く勢いのチャンピオンは、婆さん目掛けて力いっぱい鉄球を投げつけた。婆さんは鉄球をジャンプして躱すと、ドガン!という音ともに鉄球が地面にめり込んだ。チャンピオンはグイと鎖を引っ張って鉄球を手元に寄せようとする。その一瞬を突いて婆さんはピンと張った鎖の上に飛び乗った。
「ヒャ~ッヒャッヒャ!」
キリカ婆さんは、鎖の上を走り抜けチャンピオンに接近すると、手の甲に装着したアイアン・クロー(鉄の爪)でチャンピオンの顔を横薙ぎして両目を潰した。目を潰されたチャンピオンは痛さで地面に蹲る。婆さんはチャンピオンのうなじ目掛けてアイアン・クローを突き刺し、延髄を切断して絶命させた。
その間、スバルは炎系の攻撃魔法でレオンとキリカ婆さんを援護しようとしていたが、ゴブリンシャーマンの精霊魔法による水の壁で防がれてしまっていた。
「ああっ、もう! 頭にくるわね!」
「精霊魔法か。厄介だな。何とか攻撃に参加して村長さん達を援護したいところだけど」
チャンピオンの周囲に2体のシャーマンが控えており、アンジェリカとスバルの魔法を阻害し続けていた。シャーマンを何とかしないと魔術師の行動がかなり制限されてしまう。この事実に二人は焦っていた。
「こうなったら、接近戦でやっつけるしかないわね」
「ええっ!? 私、武器での戦いなんてできないわよ。女の子だモン!」
「何言ってんだか。シャーマンとは私が戦う。一応、神殿騎士と訓練はしてきたからね。それよりアンジェ、何か武器を持ってない?」
「武器? う~ん…。あるとすればユウキから借りたマジックポーチの中だけど…。悪いけど、自分で漁ってみてくれないかな。私は村長さんとキリカ婆さんのフォローで手一杯」
「わかった」
スバルはアンジェリカの腰ベルトに装着しているマジックポーチに手を突っ込んだ。ごそごそと探すと何かが手に触れた。ポーチから出て来たのは…。
「武器…武器は…。あ、あった! ってなによコレ!? 凄まじくドエッチな勝負パンツじゃない。ある意味確かに女の武器ではあるけど、ユウキ様ってこんなスケベなの穿いてるの?」
「ユウキは毎日が勝負パンツのエロに全振りしている女だから。それよりスバル、ポーチは手を突っ込むんじゃなくて、ポーチの口に手を当てて欲しいものを思い浮かべるんだよ」
「そうなの!? 早く教えてよ」
ドエッチ下着をポケットにしまったスバルは再びポーチに手を触れて武器が欲しいと念じる。次の瞬間、鞘に収まった1本の剣が飛び出て来た。剣を手にして鞘から抜くと、刀身長約80cm程の白銀に輝く美しい剣が現れた。しかも、剣の中央部に見たことも無いような文字が書かれている。
「こ、これは…。なんて美しい剣…」
「それはユウキが愛用していた魔法剣だな」
「魔法剣! 古代魔法文明が作り出した武器で、再現不可能と言われるアレ!?」
「そう。そのアレ」
「これならイケる。作戦はかくかくしかじか…で行くわ。アンジェ、サポートお願い」
「了解!」
「ファイア・ストーム!」
スバルは炎の攻撃魔法をシャーマンの1体に向かって放った。シャーマンは精霊魔法で水の壁を作り出して炎の攻撃を受け止める。炎と水がせめぎ合い、激しい水蒸気が発生して辺りを包んだ。水蒸気で視界を失ったシャーマンが戸惑う。別のシャーマンが風の流れを作り出して水蒸気を吹き飛ばしたが、その間にスバルは目標への接近を果たしていた。
「お覚悟! 必殺、セイント・スラーッシュ!!」
『!!』
魔法剣の凄まじい一撃を食らったシャーマンは、怪しい鳥のような衣装もろとも体を斜めに両断された。驚愕して見開いた目に映った最後の光景は、獲物を捉え勝ち誇った人間の女の顔だった。
「お、女…!?」
地面に斃れたゴブリンを見てスバルは驚いた。切り裂かれた衣装の下には小さな二つの膨らみがあったのだ。人の世界では、魔物の知識として、ゴブリンやオークは生れ出る99%は雄で、雌は1%にも満たない。このため、彼らは繁殖のため人間の女を襲うのだと学んでいる。しかし、低確率でも雌は生れる。しかも、本能のままに生きる雄と違って、雌は力は弱いものの、知性が高く魔法適正もあるため、人間世界にとっては極めて危険な存在なのだ。
「スバル、危ない!」
「えっ!?」
斃したシャーマンに気を取られたスバルに、別のシャーマンの精霊魔法が襲い掛かった。地面がボコボコと盛り上がると、土の中から植物の蔓が出て来て、スバルの足元から胴体、胸にかけて巻き付き、ぎゅうぎゅうと締め付けて来た。
「なっ…なにこれ…。くっ、苦し…」
「スバル、今助ける! アイス・ブレード!」
植物の蔓攻撃で締め付けられ、巨乳が一層強調されて激しく自己主張するが当のスバルはそれどころではない。呼吸ができず、肺の中の空気が吐き出されて窒息寸前だ。そこに、アンジェリカの放った氷の刃が多数飛んできて、一部スバルの服を巻き込みながら植物の蔓を切り裂いた。ボトボトと切断された蔓が地面に落ちる。苦しさで咳き込みながらスバルはアンジェリカに感謝の言葉を送った。
「ゲホゲホ…。あ、ありがと、アンジェ…」
「うっ、きゃぁあああっ!」
スバルを仕留めそこない、怒りに振えるシャーマンは、邪魔をしてくれたアンジェリカをターゲットにして植物魔法を放った。スバル同様、締め付けられて悲鳴を上げるアンジェリカ。その悶え苦しむ顔と、強調される巨乳と尻が色っぽい。
「よ、よし…。シャーマンの意識はアンジェに向いている。幸いチャンピオンはリシャール達が抑えている。今がチャンスよ…」
起き上がったスバルは地面に転がっている魔法剣を拾い上げると、大きく深呼吸をして体中に酸素を取り込み、シャーマン目掛けて全力で走り出した。地面を蹴る度に大きなおっぱいが上下に揺れて走りにくいが我慢する。スバルの接近に気付いたシャーマンは魔法を唱えようとしたが、それよりも早くスバルが動いた。
「どっせーい!」
『…ぐぶっ…』
残り数mまでに近づいたところで、槍投げの要領で思いっきりシャーマン目掛けて魔法剣を投擲した。予想外の攻撃にシャーマンは防御魔法を唱えるのが遅れ、魔法剣は体のど真ん中に命中し、背中まで突き抜けた。シャーマンはグリップを掴んで剣を抜こうとしたが、あまりにも深く刺さりすぎて抜けない。やがて、体内から大量出血したシャーマンは意識が暗転して地面に大の字になって倒れた。
ゴブリンシャーマンの死体から剣を抜いたスバルの元に、魔法から脱したアンジェリカが近づいてきた。
「ゴブリンシャーマンって、若い女の子なんだね」(アンジェリカ)
「そうね。可哀そうな気もするけど、所詮ゴブリン。わたし達とは相容れない存在よ。殺すしかないわ。仕方ない事だけどね…」(スバル)
「わかってる。さあ、リシャール様や村長さんが苦戦してる。援護に行きましょう」
「オーケー、第1夫人。いっきましょー」
「その言い方やめい!」
「あははははっ!」
愛する夫を助けるため、アンジェリカは魔法杖マインを手に走り出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
リシャールやアンジェリカが戦っている場所から大分離れた麦畑の中に潜む4つの影。ボスのゴブリンキングを守るシャーマンを排除するのを目的とした、ジャン率いる別動隊だった。メンバーはジャン、シェリー、ジェス、リム、ラビィの5人。ジャンは双眼鏡を使ってゴブリンキングとシャーマンの様子を伺っている。
「ボク達の反対側にボースさんが隠れているのが見えた。ボースさんがキングと戦うためにも、速攻でシャーマンを排除しなきゃいけないね」
「しかし、シャーマンは8体もいます。こっちは魔術師がシェリー様だけ。ちと、骨が折れそうですぜ」
「それに、後ろの檻も気になります」
ジャンから借りた双眼鏡を覗きながらジェスとリムが不安を口にした。しかし、ジャンはあまり心配していないような顔をしている。何か策があるのだろうかと二人は顔を見合わせた。
「ラビィ、大聖堂の地下墳墓で手に入れた魔法を無効化する盾があったでしょ。それ全部出して」
「え? アッハイ」
ラビィはマジックバッグを背中から降ろすと、中から地下墳墓の暗黒騎士が装備していた魔法を打ち消す効果を持つ円形盾を3つ取り出して地面に置いた。
「これがあれば、シャーマンの魔法は怖くない。接近戦に持ち込める」
「なるほど…。これがありましたね」
ジェスが感心した風に言って盾を手にした。
「じゃあ、ボクの策を話すよ」
ジャンはシャーマンを排除するための策を全員に説明し始めた。




