アレーナス村大決戦➂
プリンセス・ファイア・ブラストによって、前衛に大被害を出した魔物の群れは大混乱に陥り進撃が止まった。残ったゴブリンとオークは右往左往して収拾がつかない状態になっている。第一撃を加えたシェリーとスバルが下がり、次にアンジェリカが出てきた。
「さあ、次は私の番ね!」
アンジェリカは魔法杖「マイン」を掲げて魔力を高める。魔力のオーラで体がうっすらと青く輝く。
「水の女神アクアよ。万物を氷結させる風雪の嵐を我に! それぇ、爆裂猛烈炸裂ラブリー・ブリザード♡」
「アンジェリカ、お前もか!?」(リシャール)
「義姉様がぶりっこ…」(ジャン)
「痛たたた。アンジェリカ様、痛すぎるっす」(ラビィ)
女子達のノリに付いていけない他のメンバー。しかし、魔法の威力には関係ない。ー50℃にもなる極低温の氷雪の嵐が残ったゴブリンに襲い掛かり氷柱に変えていった。
「よーし、次はこれだゾ♡ ラブリー・アイス・ランス!」
アンジェリカはくるんと体を一回転させ、ぶりっ子ポーズを決めながら、魔法杖「マイン」で大きく円を描くと「マイン」の軌跡に沿って多数の氷の矢が形成された。
「えいっ♡」
形成された氷の矢が多連装ロケット弾のように高速で飛び、魔物が群れている場所に次々と着弾した。多くは地面に当たって氷の破片をまき散らしただけだが、氷漬けになったゴブリンやオークに着弾したものは衝撃によって、その体を木っ端微塵に粉砕した。
アンジェリカの魔力が尽き、氷の槍による攻撃が終息した頃には、群れがいた周辺に動く者の姿は全く見当たらなくなっていた。
「流石だなアンジェリカ。シェリーとスバルもお見事だった。とりあえず動く者は見当たらない。これで全滅してくれれば良いのだが…」
「絶対に生き残りはいるはずだよ。シェリー姉やアンジェリカ義姉さんの魔法の中にゴブリンキングやチャンピオンは見当たらなかった」
「ジャンの言うとおりだ。最大限に警戒しつつ確認に行くぞ」
双眼鏡を覗いていたリシャールは、魔物の生き残りを調査・殲滅するため、群れがいた辺りまで前進を命じた。
ファイア・ブラストの超高熱によって麦が焼かれ、地面の水分が蒸発したため足元は固く締まって歩くのに不自由はない。レオンとボースを先頭に、リシャール達は慎重に歩を進めるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『一体なんだっ! 何が起こった!?』
『ガンダル様、お怪我はありませんか?』
『オルガ、一体何が起こったのだ』
『どうやら、人間共がワタシ達をマホウで攻撃してきたようです』
『魔法だと!? 前衛がほぼ全滅したぞ。人間はこれほどまでの魔法を使うというのか・・・』
『ガンダル様』
『イアラか。生き残った仲間はどの位だ』
『ハイ。全部で50位デス』
『2割にまで減らされたというのか…。くそ、人間どもめ…』
『ガンダル様!!』
別のゴブリンシャーマンが上空を指差した。ガンダルが見上げると放物線を描いて多数の氷の矢が飛んでくる。
『オルガ!』
『ハッ! 仲間達、前へ!』
オルガ達シャーマンが前に出て杖を掲げた。
『大地の精霊、ワタシ達を守りたまえ!』
オルガの言葉を合図に生き残ったゴブリンシャーマンは大地の精霊に祈りを捧げた。大地の精霊は祈りに応え、ゴブリン達を包むように土の壁が立ち上がった。氷の槍は土の壁に次々命中するが全て表面で砕かれて1本も貫通するモノはなかった。さらに、炎の嵐や雷が襲い掛かるが、強固な土の壁は攻撃からゴブリン達を守り通した。
『オルガ、イアラよくやった!』
『ガンダル様、人間の姿が見えました。数は…男が5人、女が5人、老婆が1人デス』
『よし、全員突撃! 接近戦に持ち込めば魔法は使えん。男とババアは殺して食え! 女は捕らえろ! ヤツ等を倒せば村はオレ様達の物だ!!』
『ギャオオオオーーッ!』
生き残ったゴブリンの群れは雄叫びを上げ、武器を振りかざして憎むべき人間達に向かって吶喊した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方、迎え撃つリシャール達は接近しながら追撃の魔法攻撃を行ったが、全て防がれた事に驚いていた。
「な、なんだぁ! アンジェリカ達の魔法が土の壁に防がれたぞ!?」
「リシャール様、魔力のうねりは感じられませんでした。あれは四元魔法ではないかも」
「精霊魔法だよ、あれ」
「精霊魔法? スバル、なんだそれは」
「人間や亜人が使う四元魔法とは異なる系統で、精霊の加護を受けた魔物等が使うとされている魔法よ。威力は行使する精霊の格によって異なるとされているわ」
「よくご存じですね。凄いです」
「まあ、聖女時代にガッツリ勉強させられたからね」
「という事は…。奴らの仲間のシャーマンの仕業だな…」
「リシャール様、ゴブリン共が突っ込んできます!」
「迎撃の指示を!」
ジェスとレオンの声にリシャールは双眼鏡を目に当てた。
「あのデカいのがゴブリンキングか。ゴブリンチャンピオンが十数体いるな。ゴブリンとオークは30ほどしか残っていない。む…あの鳥のような恰好をしたのがシャーマンか。数は分からんが結構いるな。合計で50前後というところか…」
「よし、ジャン。お前はジェスとリム、ラビィを率いて別動隊を編成し、敵の側背から接近してシャーマンを倒せ。シェリーはジャン達の援護を頼む。残りはオレと一緒にゴブリン共を叩く。アンジェリカとスバルも続け。魔物を1体残らず駆逐するぞ!」
『はい!!』
リシャール、レオン、ボース、キリカ婆さんは横一列になってゴブリンを迎え撃つ態勢を取った。彼らの背後にはアンジェリカとスバルが控えている。既にアンジェリカは水・氷系の防御魔法でリシャール達を援護し、スバルは炎・光系の魔法で攻撃するという役割分担を決めていた。
一方、ジャン率いる別動隊は畑に残った麦に隠れ魔物の接近を待っていた。
「ジェスとリム、ラビィはボクの合図でシャーマンに接近。速攻で倒すよ」
「了解…」
「シェリー姉は防御系魔法で援護を頼む」
「わ、分かったわ」
指示を出し終えるとジャンは聖都オフィーリアで買い直したブロードソードを構え、ジェスとリムは愛用の短剣を手にして身構えた。ジャンが気が付くと、ラビィが青い顔をして小さく震えながら正面を見据えている。本来、生き物を傷つけることが苦手で臆病なラビィは、今回のような荒事は苦手なのだ。ジャンはラビィの手の上に自分の手をそっと乗せた。
「ラビィ。実はボクも怖いんだ。だから、力を合わせて一緒に頑張ろう。ボクやジェスから離れないで、連携して戦えば必ず勝てるし、生き残れるさ」
「ひ…ひゃい…」
「ジャン様、来ましたぜ!」
ジェスが敵の接近を告げる。ゴブリンとオークがリシャール達に向かってまっしぐらに突っ込んでいくのが見えた。その後に、より大型のゴブリンチャンピオンが続き、最後方に巨大なゴブリンキングが子供の背丈ほどもある戦斧を手にして悠然と歩いて行く。
シャーマン達はキングの後ろを列を成して歩いている。全員藁や動物の毛皮、鳥の羽で作った衣装を纏っており、その姿は良くわからない。ジャンやシェリーは何となく不気味な何かを感じた。
「ん…? あれはなんだ?」
さらに群れから少し離れた位置に、1体のゴブリンチャンピオンがいて木製の檻を引いているのが見えた。しかし、離れているため、檻の中の様子までは分からない。一体何だろうと考えていたジャンの意識は、群れの前方から聞こえて来た戦闘の音に向けられたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そりゃ!」
『ギャベシッ!』
「ふんぬッ!」
『ギャワバッ!』
リシャール、レオン、ボース、キリカ婆さんは接近してきたゴブリンとオーク、ゴブリンチャンピオンと激しい戦いを展開していた。プリンセス・ファイア・ブラストによって焼き払われた麦畑は地面の水分が蒸発し、固く締まっていて足を取られる心配が無い。このため、足元を気にせず、思う存分戦う事が出来ている。そして、剣を斧を振るうたびに胴を切り裂かれ、首を飛ばされたゴブリン達の絶叫が響き渡る。
「よし、粗方ゴブリンとオークは倒したな。残るは…」
「あのデカ物(ゴブリンチャンピオンとキング)だけですな」
「……キングは俺が倒す…」
『グァアアアーッ!』
「来たぞ!」
「ボース、オレとレオンとキリカ婆さんで道を開く。お前は真っ直ぐキングに向かえ。頼んだぞ!」
「…承知」
仲間のゴブリンとオークが全て倒されたことで、怒りに燃えるチャンピオンがこん棒や手斧を振りかざしてリシャール達に襲い掛かってきた。
チャンピオンの1体がリシャール目掛けてこん棒を振り下ろす。成人男性の足より太いこん棒が直撃すれば人間の頭など簡単に打ち砕いてしまうだろう。到底ロングソードで受け止める事などできない。しかし、そこは剣士としても一流のリシャールの事、こん棒の軌道を見極め、体を捻って紙一重で躱した。
『グガァッ!』
こん棒が地面を叩き、衝撃で腕が痺れてしまい、チャンピオンは唸り声を上げて一瞬動きを止めた。リシャールはその隙を見逃さない。すぐさま接近するとチャンピオンの両肘目掛けてロングソードの一撃を見舞った。
『ギャァアアアッ!』
「まだだ!」
肘の腱を斬られ、腕の力を失ったチャンピオンは悲鳴と共にこん棒を地面に落とした。リシャールは素早く後方に回り込むと今度は膝の裏にロングソードを叩きつけ、膝の腱を切断した。
『ガアッ…イタイ…。ギャアッ!』
膝から力が抜けたチャンピオンは、立っていることが不可能になり、ズズン!と地響きを立てて四つん這いになった。リシャールは目の前に無防備に晒されたうなじ目掛けて、ロングソードを振り下ろした。ザシュッ!と肉と骨を切断する音と共にチャンピオンの首が落ち、切断された頸動脈から血が勢いよく噴き出す。リシャールは首を失ったチャンピオンを蹴飛ばして地面に倒すと、剣に付いた血を振り払った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大型戦斧バルディッシュによって胴体を切り裂かれ、内臓を地面にぶち撒けながら苦悶の表情を浮かべたチャンピオンが「どう!」と倒れた。ガン!とバルディッシュの石鎚を地面に叩きつけて大きく息をついたレオンの背に、息を荒くしたキリカ婆さんが背中を合わせてきた。さらに、二人の左右にアンジェリカとスバルが移動してきて、4人で円陣を組む。
4人の足元にはハイオークやホブゴブリン、ゴブリンチャンピオンの死体が何体も転がり、レオンとキリカ婆さんの体はあちこち傷ついている。それでも、アンジェリカの防御系魔法によって致命傷は避けられていた。
「くそ…。噂に聞いていた以上に手強い」
「じゃが、本当に厄介なのは、あのゴブリンシャーマンじゃ」
「攻撃魔法が弾かれちゃう。ホント頭に来るわ!」
「来るぞ!」
手に手に得物を持ったゴブリンチャンピオン数体と、不気味な鳥姿の衣装を着て杖を構えたシャーマン2体が、仲間を殺された怒りに燃えてアンジェリカ達に近づいてきた。