アレーナス村大決戦①
天候が回復した後、地面が乾燥した頃を見計らって、リシャール達はいよいよオルノスへ向けて出発しようと、馬車に荷物を積み込んでいた。積み込み作業が終わり、集会場の中を掃除して準備を整えたリシャール達は、お礼と別れの挨拶を兼ね、村役場に顔を出してレオンに面会したが、どうにもレオンの顔色が優れない。見ると役場職員も不安そうな顔をして打ち合わせテーブルで何か話し合っている。
「村長殿、色々と世話になった。私達はオルノス(といっても荒野のほんの手前程度まで)を見て、イザヴェルに帰ろうと思う。少ないが集会場の利用料だ。受け取ってくれればありがたい」
リシャールは目線で合図すると、リムが銀貨10枚(10万円相当)が入った小袋をレオンに手渡した。
「これは…。お気遣いありがとうございます。有難く受け取らせていただきます」
「ところで、浮かないご様子だが、何かあったのか?」
「はあ…。まあ、ちょっと問題がありましてね。ただ、村の事ですので、リシャール様達には関係のない事です。よい旅をお祈りしております」
レオンは礼をすると、打ち合わせをしている職員の方に行こうとしたが、リシャールはレオンの腕を取って呼び止めた。
「村長、水臭いではないか。私達はこの村に滞在させてもらってすっかり気に入ったし、村の人達とも交流を深められた。もし、何か問題があってお役に立てるのであれば協力させてもらいたい」
「まあ、無理にとは言わないが…」
「そうですね…。このままではリシャール様達もモヤモヤが残るでしょう。問題についてお話しします。ただ、この件に関しては村の問題であり、リシャール様達は関わっていただく必要が無いという事は念押しさせていただきます」
「いいだろう(話の内容によるがな)」
レオンは会議室に役場の主だった職員を集め、リシャール達も会議机の空いた席に座った。上座に座ったレオンがゴホンとひとつ咳払いをして話を始めた。
「実は…」
話の内容はこうだった。
今朝ほどの話で、役場の職員が村を囲う木柵について大雨で破損していないか見て回っていたところ、明らかに人間の物ではない複数の足跡を見つけた。その報告を受けた村長は、冒険者上がりの村人を連れて改めて確認したところ、ゴブリンの物という事が判明した。村人の話では、村に侵入しないで戻って行ったところから見て、襲撃のための偵察隊ではないか…。という事だった。
「以前、ゴブリンに襲われた時には、偶然ですがグリフィン王子らレードン軍の兵士も何人かいて、村人総出で迎え撃ったのですが、相手の数が多く、かなり苦戦を強いられまして最終的にはプリムの魔法で、ようやく撃退できた…というところなのです」
「ほう、プリムが…」
「プリムの話では、自分は初級中級魔法しか使えない。あの時大威力の魔法が使えたのは愛する人を助けたい一心で神に祈った結果の奇跡だったのだという事で、現在ではどうやっても使えなくなってしまったとの事です」
「なるほど…。プリムを当てするのは難しいな。それで、対応はどうするのだ?」
「レードン軍に救援を求めるのが一番なのですが、大雨の影響で街道の橋が流されてしまいまして、近隣の村総出で修繕しようと準備中なのです。通れるまでになるには数日かかるかと」
「それはツイてないな。その間に襲撃もありうる。村の人達で戦うしかないが、相手の情勢が分からないと厳しいな」
「そうなのです。援軍も期待できず、相手の状況もわからない。とりあえず、周辺の村に協力を頼むしかないかと話し合っていたところです」
「リシャール様…」
「お兄様…」
アンジェリカとシェリーが懇願するような視線でリシャールを見てきた。スバルもジャンも気持ちは同じだとばかりの表情をしている。
「村長はやっぱり水臭いな」
「…………」
「オレを誰だと思ってる。連合国軍総司令官として自軍の何倍もの魔物の群れと戦い抜いた男だぞ。アンジェリカだってAクラス冒険者だ。あのユウキ様と共に数多くの強力な魔物と戦ってきた経験もある。シェリーやジャンだって並みの戦士より戦える。ラビィは…、そうだな、とりあえず囮役にはなる」
「ひどいっす! とりあえずビール。みたいなノリはやめて欲しいっす!」
「ラビィ、落ち着いて。ラビィは出来る子だってボクは知ってるから」
「ふぇ~ん、ジャン様ぁ~」
「ははは、許せラビィ。お前にも期待している。話を戻すが、村長、私達にとって、この村の皆は友人だ。友人を守るために一緒に戦わせてくれ」
「そうです! お義姉様やスバル様、私は上位魔法が使えます。魔物の群れなんてちょちょいのちょいです!」
シェリーが立ち上がって「ふんすっ!」っと腕を上下に振った。同時にゆさっと揺れる巨乳に村の職員達の目が釘付けになる。そこに、不気味な高笑いを上げながら二人の人物が入ってきた。
「ヒャ~ッヒャッヒャ! その意気や由じゃ、お嬢ちゃん。ワシの若いころにそっくりじゃて。ヒャ~ッヒャッヒャ!」
「……俺は犠牲になる気はない…。自分が生き抜くために、戦う…」
現れたのは雑貨屋の不気味ババアと食料品店の主、ボースだった。しかも二人とも武装している。武闘着姿のババアはヒャッヒャッと笑いながら椅子を引いて座った。一方、ボースはスッと音もなく入り口近くの壁際に移動すると、愛用の鞘に入ったグレートソード支えに壁を背にして立った。
「…オレは誰にも背中は見せん…。話を続けろ…」
じろりと会議室の中の人物たちを見回すボース。いつものドスケベでおちゃらけた雰囲気は消え失せ、太い眉は吊り上がり、三白眼は鋭い眼光を放っている。額から頬に抜ける深いしわ(ゴルゴライン)にキリっと結んだ口。しかし、頭だけは波平頭の禿げ頭。そのアンバランスさがかえって圧倒的滑稽さと得も言われぬ存在感を放ち、シェリーやスバル、ラビィなどはビビってしまった。
「村長よ、ワシは思うに、この者たちの助力無くしてこの難局は乗り切れんぞ。今、この村でマトモに戦えるのはこの者達とワシらだけじゃ」
「…うむ。それはそうなのだが、もしリシャール様達に万が一のことあったら…」
「村長、以前の戦いのようにまた村人を巻き込むのか? 今度こそ死人が出るかもしれんぞ。前回死人が出なかったのは偶然じゃ。お主もわかっておろうが」
「…わかった。オレも覚悟を決めよう」
レオンは立ち上がり、リシャール達に頭を下げた。それを見た村役場の職員も一斉に立って頭を下げた。
「リシャール様、一介の村長ごときが一国の王子様にこんなお願いをするのは大変不躾で失礼極まりないと存じます。それでも敢えてお願い申し上げます。この村…アレーナスを救うために力をお貸しください。お願いします!」
リシャールは静かに立ち上がり、鷹揚に頷いた。シェリーも立ち上がってレオンの手を取って笑顔で「がんばります」と笑いかけた。レオンは涙を流して何度も頷き、シェリーの手を握り返した。
「ところで、ボク達以外に戦う方は村長さんとボースさんとおババさんだけですか? 戦力的に少なすぎませんか? もう少し戦える人の協力をもらった方が良いのでは」
ジャンが疑問を呈した。をれを聞いた村役場の男性職員が笑いながら3人の本当の姿を紹介してきた。
「村長は元レードン軍の部隊長だったことは聞いてますか?」
「はい」
「なら話は早い。軍にいた頃の村長は圧倒的・狂人的な戦闘力でレードン軍最強でならしたんです。訓練で1人で1個中隊を全滅させたこともあったそうです。ついたあだ名がレードンの狂犬」
「狂犬って…。凄い二つ名。アッチの方も狂犬なのかしら」(スバル)
「スバル様、はしたないです!」(シェリー)
「レードンの狂犬…。なるほど、それならあたしが威圧負けするのがわかる」(リム)
「次は、あの壁際に佇む禿げ頭のボース。彼は元凄腕の冒険者でクラスは一応Aなのですが、聖王国からSクラスに任命するとの話があったのに、それを蹴ったと噂されております。冒険者時代は「ボースが通った後は魔物の死体しか残らない」と言われ、死神ボースと呼ばれていたとか」
「ウソだろ。どう見ても中二病を拗らせたオヤジにしか見えんぞ」(リシャール)
「ボースさんと死神のイメージが全然結びつかない…」(アンジェリカ)
「俺は数々の戦いに臨み、生き残った。戦いの世界は病的な用心深さと、それ以上の臆病さを持ちあわせている奴だけが生き残れる資格を持っているのだ…。よく覚えておけ…」
「臆病なのが強いってこと?」(ジャン)
「何となくわかりますね。用心深くないヤツや自意識過剰なヤツほど早く死ぬ」(ジェス)
「ジェスが言うと説得力があるね」
残るは先程から不気味な笑い声を上げているババア1人。実は村の誰もバアさんの正体が分らない。謎のバアさんだと職員の男性が説明した。レオンが苦笑いして話してきた。
「このバアさん、オレが子供の頃からこんな感じなのです。一体どこから来ていつからこの村に住んでいるのか分らんのです。ただ、戦闘力は高く、十分戦力になると思います」
「ウソだろ。どこから見ても干しイカそのものだぞ…」(ジェス&リム)
「もしかして妖怪!? あわ、あわわ…」(ラビィ)
「ヒャーッハッハッハ! 干しイカでも妖怪でもないわい。女とはミステリアスなものよ。じゃが、名前だけは教えてやるわい。キリカじゃ。よーく覚えとけ。ヒャッヒャッヒャ!」
「キリカ? どっかで聞いたような…」(ジェス)
「知ってるのか?」(リシャール)
「う~ん、思い出せません」
「まあいいさ。では、我々と村長、死神、バアさんの3人で迎え撃つ」
話がまとまった所に、村人が慌てた様子で役場会議室に飛び込んで来た。ただならぬ様子にレオンは何があったのか、村人に駆け寄って問いただした。
「どうした? 何かあったのか!?」
「そっそそそ、村長! たったたた大変だ!」
「何が大変なのだ。落ち着いて話せ」
役場職員がコップに入った水を持ってきた。村人はコップを奪い取るようにしてごくごくと水を飲み干した。
「はぁ、はぁ…。さっき麦の様子を見に、一番南の畑まで行ったら、遠くの荒れ地に動くモノを見たんだ。なんだと思って近づいたら、それが、な、ななな…なんと魔物の群れだったんだよぉ~」
「何だと! なんの魔物だ、数は!?」
「魔物はゴブリンだと思う。すげえデカいのもいた…。数は分かんねぇ。とにかく多かったよぉ~。オラ、必死に馬を走らせて逃げて来たんだよぉ~」
「動きが速いな…。村長、直ぐに迎撃に出るぞ」
「ハッ! おい、村の鐘楼を鳴らせ! 村人を全員広場に集め、公民館と教会に避難させるんだ!」
村長の命令に役場職員は一斉に動き出した。一度魔物の群れに襲われているから、避難訓練はばっちりしてきた。なので動きは速い。リシャールやアンジェリカは職員のキビキビした動きに感心しきりだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カンカンカンカン! カンカンカンカン!!
村の鐘楼が甲高い音を立てて鳴り響く。鐘の音を聞いた村人が村の中央広場に三々五々集まって来た。広場の中央に役場職員の手で号礼台が運ばれ、村長のレオンが台に上った。村人達は不安そうにレオンを見上げる。
レオンはゴブリンの群れが村に迫っている事を説明した。2年前の襲撃を思い出した村人から悲鳴が上がる。さらに、街道の橋が大雨による増水で落橋しており、救援を呼ぶのが難しい事も話した。
「それじゃどーすんだよ! オレ達だけで戦うってのか!?」
「橋が落ちたんじゃ逃げられないわ!」
「怖いよー、おかーちゃん」
村の広場は悲鳴と怒号で喧騒に包まれ、収拾がつかなくなる。レオンは大音響で一喝した。
「騒ぐな! お前達は職員の指示に従って、全員公民館と集会場、役場の会議室、教会に避難しろ」
「魔物はどうするんだ!」
「魔物はオレとボース、キリカ婆さん。それと…」
レオンは号令台の端に退けた。全員の視線が号令台の上に集中する。上がって来たのはリシャールを始めとするイザヴェル王国から来た勇者達であった。
「リシャール様達と戦う」