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迫りくる影

 大宴会の翌々日、オルノスへ出発しようとしていたイザヴェル王国御一行様だったが、雨天順延となってしまい、集会場で待機することになった。それから既に3日が経過している。


「今日も雨か…。出発は無理だな」(リシャール)

「そうですね」(ジェス)


 空を見上げると、灰色の厚い雲から大粒の雨が降り、集会場のスレート屋根を叩いてザーザーと音を立てている。村長に話を聞くと、この地方は一旦雨が降ると数日は降り続くので、晴れるまで待つしかないとのことだった。その間、集会場は自由に使っていいと許可もいただいた。


 何をするでもなく、皆で寛いでいると集会場の玄関がガラッと開いてナナミを含め4人の少年少女が入ってきた。


「こんにちはー!」

「あらナナミちゃん、いらっしゃい。そちらはお友達?」

「はい! あの…ジャン様はいますか?」

「いるいる。上がっていいわよ。お友達もどうぞ」


 応対に出たスバルがナナミたちを招き入れた。集会室ではリシャールとラビィがカードでゲームをしており、ジェスとリムは武器の手入れをしていた。ナナミ達が「こんにちは」と挨拶すると全員サッと手を上げて挨拶を返してきた。その動作が見事に揃っていてナナミ達はくすっと笑ってしまった。


「こっちよ」


 スバルはナナミ達を小会議室に案内した。そこではジャンが一人コーヒーを飲んでいた。


「ジャン様、こんにちは!」

「ナナミちゃん、こんにちは。どうしたの?」


「えへへ…。こちらはお友達のミクちゃん、アイシャちゃん、レックス君です。実はみんなと家で宿題をしてたんだけど、ちょっと分からない所がありまして、プリムお姉ちゃんに教えてもらおうと思ったら、お兄ちゃんのお手伝いで忙しそうだし、困ってしまって…。ジャン様って凄くお勉強ができるって聞きました。迷惑じゃなければ、お勉強教えてくれないかなぁって思ったんです」


「お兄様は何をされてるの? 雨降りだから外のお仕事はできませんよね」(シェリー)

「ヤギの乳からチーズを作ってるんです。湿気が多い日の方が熟成するのには良くて、美味しいチーズができるんです」


「チーズ作り!? 面白そう、見てみたい!」(スバル)

「私も興味あるな。ヤギのチーズは食べたことないが、濃厚で味わい深いって聞いた」(アンジェ)

「よし、アンジェ。見に行こう!」

「合点承知!」


 アンジェリカとスバルは集会場備え付けの防水衣を着て傘を手にすると、雨の降りしきる中をスバルの家に向かって駆け出して行った。


「すっかり仲良くなっちゃって」(シェリー)

「スバル様を第2夫人にするのも容認しちゃったみたいだしね」(ジャン)

「お兄様も大変ね」


 姉弟が義姉達の仲の良さに感心していると、ナナミがススっとジャンの前に来て上目遣いでお願いしてきた。


「ダメ…ですか?」


 ちょっとはにかんだ笑顔で上目遣いで見つめて来る美少女。その破壊的な可愛らしさに贖える男はいない。コンマ秒の単位で陥落した。


「い、いいけど。どうせ暇だから」

「ヤッター! ジャン様、ありがとう!」

「ありがとうございます!」


 満面の笑みでナナミが感謝の言葉を伝える。その笑顔が眩しくてジャンは直視できない。ナナミの友人たちもお礼を言ってきた。ジャンは全員にテーブルに着くように言い、1人で4人を見るのは大変なので、シェリーにも手伝いをお願いしてお勉強会を始めるのだった。


 ナナミたちが持ってきた宿題は数学だった。見せられると正負の数や一次方程式等の計算式が主で、イザヴェルの王都にある平均的な学力の学校と変わりない内容であることに意外な感じを受けた。


(こういう辺境の地では、とりあえず加除計算ができればいいと聞いたことがあるけど、レードンでは意外としっかりした教育が図られているんだな。先入観ってヤツは持っちゃいけないって証拠だ。気を付けないと)


「どこが分からないんだい?」

「えーと、ここ…。方程式のルールがよく分からなくて…」

「そうか、ここはね…」


 ジャンは一次方程式の計算式について丁寧に教えて行った。最初は難しい顔をしていたナナミも徐々に理解できたのか、徐々に表情が明るくなり、自分で解き始める。ナナミがひと段落着くとミクやアイシャも同じように教えてもらいたいと言ってきた。そこはやっぱり女の子。頭も人柄も良く、超イケメンの王子様に教えてもらいたいと思うのはサガである。ミクやアイシャに優しく接するジャンにナナミは何故か面白くないという感じを抱いてしまうのであった。


 一方、シェリーに教えてもらっているレックス君。優しい笑顔の超絶美人な上、ノートを覗き込む際に髪の毛を手でかき上げる仕草が色っぽく、服の胸元から見えちゃってる巨乳の谷間にドキドキが止まらず、動くたびにゆさっと揺れる凶悪バストに思春期のリビドーが爆発寸前。シェリーの言葉が全く耳に入って来ず、何度も注意されている。しかし、その度に彼の心の中では新たな感情が芽生えていた。


「お姉様…。もっと、もっと叱って下さい。むしろ、罵ってほしい…」


 純真な田舎の少年が変態道に落ちた瞬間だった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 宿題が一通り終わる頃には夕方になり薄暗くなった。しかし、雨は大分小降りになってきた。レックスはシェリーと楽しそうに話をし、ミクとアイシャはジャンにべったりくっついていて、ジャンの方も満更ではない顔をしている。ナナミは何となく面白くない。これ以上不機嫌になる前に、友人達を連れて帰ろうかと立ち上がった時、玄関が開いてナナミの家に行っていたアンジェリカとスバルが帰ってきた。


「チーズ作りを経験させてもらったけど、面白かったな」(アンジェ)

「でもねぇ…」(スバル)

「何かあったんですか」(ナナミ)


「いやね、スバル君とプリムちゃんが…」

「お兄ちゃんとお姉ちゃんが何かしたんですか?」


「何かしたっていうかあの二人、もう見ていられないくらいイチャイチャベタベタしちゃって、チーズってハート飛ばしながら作るんだなと思った」(アンジェ)

「私ら完全に蚊帳の外だったよね。こっちはミルクが焦げないように必死にかき回しているってのに、「ぶっちゅ~♡」ってロングディープキッスされた時にゃ殺意が沸いたわよ。かき回し棒で殴りたくなった」(スバル)

「あは…、あははは…」(ナナミ)


「と、いう訳でスバル君からナナミちゃんに言伝ことづて。「今日は帰ってこなていい。集会場か友達の家に泊めてもらいなさい」ってさ」

「プリムから着替え一式預かってきた」


 アンジェリカとスバルはナナミに着替えの入ったバッグを手渡しながら、ニヤ~といやらしい笑みを浮かべた。


「ナナミちゃんをこっちに置いて何をする気なんでしょうねぇ~、アンジェリカ様」

「そりゃスバル様、燃え上がった二人なればこそ、ヤルことはただひとつ。「ナニ」に決まっておりましょうが」


「今夜は寝かせないぞ。プリム」(アンジェ)

「スバル、あなたの太いかき回し肉棒で私をめちゃめちゃにして!」(スバル)


「とか言っちゃってさ~! キャー!!」

「何バカな事いってるのだ、お前らは。ナナミちゃんの前で止めなさい」


 玄関に出て来たリシャールがアンジェリカとスバルの頭を軽くぺんぺんと叩いた。ふたりはぺろっと舌を出して、真っ赤な顔で俯くナナミに謝った。しかし、反省はしていない。


「そういう訳なら、ナナミちゃん。今夜はここに泊ればいい。集会室は広いし、布団はある。よかったら、そこの友達もどうだ? ナナミちゃんも友達がいれば安心だろう」

「本当ですか!? お母さんに話して着替え持ってきます!」


 ナナミの友達も顔を輝かせて、ダッシュで集会場を出て行った。そういう訳ならといつもより多く料理を準備しなければいけないため、ジャンはジェスとラビィを連れてボースの店に買い出しに出かけた。ジャンに置いて行かれたナナミは悲しかったが、アンジェリカが耳元で…。


「ジャン様の夕飯は、ナナミちゃんの担当だね」


 と囁くと、ぱっと顔を輝かせた。ころころ変わる表情に「分かりやすいなぁ」と和むアンジェリカなのであった。


 結局、ボースの店に行ったジャン達は、ばったり会ったミッキー、ウォーレン、シトリ、シルディにナナミ達のお泊り会の話をすると、彼らもお泊り会に参加すると大量の酒と食べ物を持って強引に押しかけ、大宴会が始まってしまった。


 なお、宴会終了後のお風呂タイムでは、巨乳女子3人と一緒に入ったシトリ、シルディはお胸の圧倒的格差に絶望し、リシャールと入ったミッキー、ウォーレンは王子様の立派なフラッグポールに完全敗北を喫したのであった。


 風呂から上がった後も、酒を飲んで語り合ったり、ゲームをしたり、スバル(男)とプリムのナイトプレイの想像をして楽しい時間を過ごす。集会場は夜遅くまで若者達の笑い声に包まれていた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 アレーナス村の南に広がる広大な麦畑。そこを超えると草木は生えず、僅かな動物だけが住む不毛の荒野が広がる。その荒涼とした風景は何人をも寄せ付けず、多くの冒険者が南の果てを求めて旅立ち、そして帰ってこなかった。この場所を人は畏怖を込めて「最果ての地オルノス」と呼ぶ。


 岩石砂漠の一角に石灰岩質の小高い岩山が連なる場所があった。岩山には長い年月が造り出した何本もの鍾乳洞がある。雨上がりの深夜、ある鍾乳洞では煌々とたき火が焚かれ、内部を明るく照らしている。たき火の周囲には緑色の肌をした醜悪な魔物達が集い、ギャアギャアと声を上げて捕らえた獲物を食い散らかしながら騒いでいた。その魔物達の中心にいるのはゴブリンの最上位種ゴブリンキング。1体でAクラス冒険者のパーティが複数でかかっても勝てるかどうかという凶悪な魔物だ。


『ガンダル様、お言葉を』


 腰蓑こしみのの上に鳥を真似た衣装を羽織り、手に杖を持った女ゴブリンがゴブリンキングに声を掛けた。ガンダルと呼ばれたゴブリンキングは、手に持った肉を骨ごとバキバキと食うと、残った骨を投げ捨て、おもむろに立ち上がった。それを見て、先ほどまで騒いでいたゴブリン達が静まり返り、ガンダルに注目する。


『かつて我々は邪龍によって生み出され、の意志によって幾多の仲間達とともに人間と戦った。しかし、邪龍は倒され、多くの仲間は死に、生き残った我々魔物は人間による追討によって、片っ端から見つけられては殺され、数を減らし続けている』

『我々の仲間も既にここにいる者だけになってしまった。皆の者、このままでよいのか! このまま人間に怯え、逃げ惑う日々でよいのか! 座して死を待つだけでよいのか! 違うだろう!!』


『ギャァアアアアーーッ!』


 ゴブリン達が一斉に叫び声を上げた。ガンダルは手を上げてゴブリン達を鎮める。


『オレの意志はお前達の意志でもある。だから決めた。オレは打って出る。人間の村を襲い、男は奴隷、子供はオレらの食料、女には子を産ませる。そこを拠点にして勢力を拡大し、人間どもに復讐をするのだ!』


『ウオォオオオーーーッ!』


 ガンダルは手を上げて、気勢を上げるゴブリン達を鎮める。


『オルガ、我々の手勢は?』

『ゴブリンチャンピオン30、ホブゴブリンとゴブリン合わせて150、ハイオークとオーク合わせて88。そして、ワタシ達シャーマンが14体です』


『イアラ、ここから最も近い村は?』

『人間共がアレーナスと呼ぶ村デス。偵察によると人間の数はそれほど多くなく、兵士もいない。たやすく制圧できるかと思いマス』


 オルガとイアラと呼ばれた女ゴブリンが答えた。さらに、この周辺の動物はほぼ食い尽くし、早く行動を起こさないと餓死する危険があると付け加えた。ガンダルはフンと鼻を鳴らすと仲間達に向かって言った。


『早急に打って出る必要があるな。なに、人間の兵士がいてもオレ様の敵ではないわ。それに、オレ達にはヤツがいるからな。ヤツの前では人間など無力よ』


 ガンダルは洞窟の奥に置いている丸太を組み合わせた檻を見た。そして、凄みのある笑みを浮かべ満足したように頷くと、ゴブリン達に向かって大声で命令した。


『明日には人間の村を襲うぞ! 今夜は戦の前の腹ごしらえだ。ありったけの食料を持ってこい! 女達よ踊れ、まぐわえ! 勝利をわが手に!!』

『ウォオオオオッ! ウォオオオオーッ!!』


 ガンダルは女ゴブリンのオルガとイアラを引き寄せると強引に性交を始めた。残り12体のゴブリンシャーマンも、次々にゴブリンやオーク達に襲い掛かられ、衣装を引きちぎられ犯されて嬌声を上げる。魔物共の狂宴は生き物ひとつ無いオルノスの荒野に響き渡るのであった。


 そして、檻に捕らわれている魔物は、終わることのない狂宴を怯えた目つきで見つめ続けていた。

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