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プルメリアの涙

 スバルは家のダイニングテーブルにリシャール達を案内した。リシャールとアンジェリカが並んで座り、対面にスバルが座る。ジェスは少し離れた場所の壁際に立って控え、何があってもすぐに飛び出せるようにしていた。

 青い顔をしたプルメリアがお茶を淹れて二人の前に置いてスバルの隣に座ると、スバルが何故ここに来たのか、プルメリアに何の話があるのか尋ねた。リシャールはお茶を一口飲むと、相手を緊張させないよう、努めてゆっくりと穏やかに旅をしている経緯を話し始めた。


「…という訳で、妹弟達と共に旅行をすることになったんだ。妻のアンジェリカの故郷はアレシア公国ということもあって、彼女の両親への挨拶を兼ねての新婚旅行ってやつさ。ついでに、噂に聞く南の果てオルノスという場所も見てみたいと思ってね」

「それは分かりましたが、お二人の新婚旅行とプリムはどういう関係があるんです?」


「まあ、慌てなさんな。それについて、今から話をしよう」


「実は、スバルーバルに入国する前に、友人でもあるミュラー皇太子夫妻にお会いするため、カルディア帝国の帝都に寄ったのだ。何せ私ら夫妻と皇太子夫妻は邪龍・ウル戦争で共に戦った戦友でもあるからね。積もる話もたくさんあるというものだ」


「ミュラー様に旅の予定を説明し、オルノスを見に行くという話をしたところ、ミュラー様は急に神妙な顔をなされてプルメリア様の話をされたんだ」


 自分の名前が出て来たことで、プルメリアはびくっと身を震わせた。青い顔で俯く妻を見て、スバルは優しく妻の手を握った。プルメリアは勇気を出してリシャールに向かって口を開いた。


「あ…あの、ミュラー兄様はどうしてわたしの事を…、わたしがここにいる事を知ったのでしょうか…」

「ミュラー様があなたの事を知ったのはつい最近らしい。数か月前にグリフィン王子を団長とする聖王国の使節派遣団が帝都に来たそうなのだが、滞在期間中、グリフィン様がお一人で秘密裏に皇太子宮をお訪ねになり、ミュラー様にあなたの事を話したそうなのだ」


「以前、この村がゴブリンの群れに襲われた時、指揮を取っていたのがグリフィン様だったそうだね。その時にあなたに出会ったと言ったそうだ」


「そう…ですか…」

「プリム…」


「グリフィン様から話を聞いたミュラー様は大変驚いたらしいよ」

「そうでしょうね…。あの、グリフィン様は私の事を他の方々に話したのでしょうか。例えば皇帝陛下おとうさまとか…」

「いや、グリフィン様はミュラー様以外に誰にも話していないそうだ。話を聞いたミュラー様も皇帝陛下夫妻だけでなく、妻のユウキ様にも、妹のセラフィーナ様にも話していないと言っていた。ただ、あなたの母であるエリアナ様だけには伝えたとの事だ」


「そうですか…。母に…」

「エリアナ様は、あなたが幸せに暮らしていると聞いて大変喜ばれたそうだ」

「う…ううっ…。お母様…っ。ぐすっ…」


 涙を流すプルメリアの背中をスバルは優しく撫でながら、話を本題に戻すよう言った。


「そろそろ、話を本題に戻してくれませんか」


「うん。プルメリア様はユウキ様と確執があったそうだね。その件でミュラー様はプルメリア様にひどい仕打ちをしてしまったと」

「いえ…、今考えるとあれはどう見てもわたしが悪いです…。お兄様は愛する人を守っただけ…」


「そうかも知れないが、ミュラー様はその事を随分と気にされていたようだ。また、あなたの追放処分に対しても随分と反対したが、決定は覆らなかったと悔やんでいた。そこに、あなたがこの村で元気にしていると聞いて、何かしてあげられないかと考えていたそうなんだ。そういう訳で、偶然こっち方面に来る我々に白羽の矢が立ったのさ」


 ミュラーの隠された気持ちを聞かされてプルメリアは驚いた。あのミュラーが放逐された自分を気にかけていたなんて信じられなかった。


(でも…なんだかんだ言って、ミュラー兄様は弟妹を随分と気にかける人だった。顔を見れば憎まれ口を叩くわたしにも、時々冒険で出かけた先で買ったお土産を持ってきてくれたりしたっけ…。あの時は素直になれなくて、折角持ってきてくれたお土産をゴミ箱に捨てたりしちゃった。あの時の悲しそうな顔を見て罪悪感を感じて悶々としたこともあったな…。がさつで遠慮なしに見えるけど、本当は思いやりのある優しい人だった…。ユウキは絶対に許せないけど、彼女がお兄様を好きになるのもわかる)


 プルメリアが考え込んだのを見て、リシャールは背後に控えるジェスに声を掛けた。


「ジェス、例のモノを持ってきてくれ」

「ハッ! 直ちに」


「皇太子になられたとはいえ、追放処分になったあなたを支援することは、いかにミュラー様でもできない事だ。だから、情けないがこんなことしかできない自分を許してほしい。そして、何も言わず受け取ってほしいと、これを託されてきた」


 いったん外に出たジェスは、大きな旅行カバンと小さなアタッシュケースを運んできて、リシャールの前に置いた。


「これは?」


 訝しがるスバルとプルメリアの前で、小さなアタッシュケースを開けた。中にはピカピカの帝国金貨がびっしり詰まっており、プルメリアとスバルは腰を抜かすほど驚いた。


「帝国金貨100枚(約1億円相当)。自由に使ってくれとのことだ」

「そ、そんな…。こんな大金受け取れません!」

「ケースの上蓋を見てくれ。手紙があるだろう? ミュラー様からあなた宛てだ。それに、このお金はミュラー様の冒険者時代の報酬や戦争で武勲を上げた際に得た報奨金だそうだ。いわば自分のお金だ。どのように使おうが、誰も文句を言う筋合いのものじゃない」


 プルメリアは震える手で封筒を手に取って封を開けた。中には3枚の便箋が入っていて、開くと懐かしい兄の字が目に入った。手紙にはプルメリアに対する想いと何故仲良くできなかったかといった後悔、追放処分を覆せなかった謝罪、生きていてくれた嬉しさ、新たな人生の歩みと、今後の幸せを願っていること等が不器用ながらも丁寧に書かれていた。


 読み終えたプルメリアは手紙を胸に抱き、はらはらと涙を流した。その涙は悲しみの涙ではなく、遠い空の下から自分を、妹を思う兄の優しさに心を打たれた嬉し涙であった。また、プルメリアの心の中で、今までミュラーに抱いていた鬱屈した想いが、霧が晴れるように消え去っていくのがわかった。


「…ありがとう、ございます。このお金、いただきます。ミュラー兄様の気持ち、有難く受け止めます…ぐすっ」

「プリム…」

「そうしていただけると、私も責務を果たせたと胸を張ってミュラー様に報告ができる。実はもうひとつプルメリア様に届け物を預かっている」


 ジェスが大きなカバンを開いた。中には白地に色とりどりの小さな花柄模様が刺繍された生地で作られたワンピースドレスを始め、何着かの服に下着類、帝国製の生理用品、皇女時代に愛用していた化粧品や装飾品等が入っていた。さらに、ふわふわな生地で作られた上品なショールと小さな箱が入っていた。プルメリアは箱を開けて驚いた。中には金剛石ダイアモンドの飾りがついた白金のネックレスが入っていた。


「実は帝都を出立する直前、エリアナ様が我々の宿泊していたホテルを突然訪問され、この鞄を託してきたのだ。我々がプルメリア様に会うという話をミュラー様が伝えたらしい。どうしても、娘に渡してほしいと懇願されたのだ」

「お母様が…」


「その時に伺ったのだが、ショールはエリアナ様の手作りでネックレスは帝都でも有名な宝石店に作らせた特注品だそうだ。どちらも、あなたの20歳の誕生日にお祝いとして渡すつもりで準備されていたものと話されていた」

「お…お母様…。嬉しい、嬉しいです…。お母様はわたしの事をずっと思って下さっていたんですね。ぐすっ、お母様の忠告を聞かなかった馬鹿な娘をお許しください…。親不孝な娘で申し訳ありませんでしたぁ~。ぐすぐすっ、ふぇええん。うわぁああん!」


 ショールを握り締め大声で泣き出したプルメリアの肩をスバルが優しく抱き、「よかったな」と声を掛けた。プルメリアは何度もうんうんと頷くが、溢れる涙は止まらない。


 リシャールの隣で黙って話を聞いていたアンジェリカは、ユウキやエヴァリーナ、セラフィーナ等からプルメリアの性格の悪さ、捻くれた根性について聞かされていたが、今、目の前にいるのは優しく思いやりのある素敵な女性だ。また、スバルも愛する人を支える男らしい気持ちの持ち主と感じている。きっと、追放によって意識が大きく変わり、素敵な出会いを経て「普通の」女性になったのだろうなと、彼女の中の戦争はスバルと結ばれた事によって終わったんだなと思ったのであった。


 しばらくして、ようやく泣き止んだプルメリアは改めてリシャールとアンジェリカに改めてお礼を言った。


「ありがとうございました。思いがけず母や兄様のお心を知ることができ、本当に嬉しいです。実はわたし、リシャール様やアンジェリカ様の事を存じていましたので、もしかして帝国に頼まれて、わたしを始末しに来たのではと、びびってたんです」


「ワハハハハ! そんな訳あるわけないじゃないか。プルメリア様…いや、プリムさんは面白い人だな!」

「ふふっ、本当に変わられたんですね。今の方がずっと良いと思います。友人同士になれそう。よかったら、仲良くしていただけませんか?」


 顔を赤くして照れたように頷いたプルメリアが可笑しくて、アンジェリカは声を上げて笑ってしまい、リシャールに「はしたないぞ」と窘められてしまったのであった。


「ところで、プリムさんは帝国との関係をどう考えているのか、教えてはくれないか?」


「そうですね。わたしはもう皇室にも皇位継承権にも貴族の特権とやらにも全く興味がありません。この村での生活が楽しいし、スバルとナナミとの生活がわたしの宝なんです。帝国とは一切縁を切ったと自分では思ってます」


「そうか…。なら、その旨をミュラー様とエリアナ様に伝えておこう。プルメリアという人間はこの世にいなくなった。アレーナス村にいたのは似た名前の女性だったと。きっと二人ともわかってくれるだろう」

「すみません…。あ、そうしたらこのお金と荷物は返した方がよいのでは?」

「いや、それは受け取ってくれ。なに、ちゃんと実情は話すから大丈夫だ。それに何より、ミュラー様とエリアナ様の気持ちだからね」

「はい。そういうことなら…」


 大体の話が終わったところで、いたずらっ子のような顔をしたアンジェリカが、スバルとプルメリアの出会いについて聞いてきた。


「ところで、お二人はどうやって知り合ったの? すごく興味があるなぁ、教えて?」


 スバルとプルメリアは顔を見合わせ、照れながら二人の出会い(番外編8を参照)について話をしてくれた。まるで演劇のような素敵な内容に、アンジェリカは時間も忘れて聞き入ってしまうのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 一方、こちらはナナミの案内で村内観光に出かけたシェリー、ジャン、スバルと護衛のリムにラビィ。景色を見ながら川沿いの道をのんびりと歩いている。


「ええーっ! それじゃ、シェリーさんは王女様で、ジャンさんは王子様なんですか!?」

「そうでーす。ちなみに、そちらの方は元聖女のスバル様です」

「スバルだよ。しくよろ♡」


「ウソ…。お兄ちゃんと同じ名前の聖女様がいることは知ってたけど、こんな美人さんだったなんて。それに大きい…胸…」


 ちなみにナナミの胸は年相応の膨らみかけ。ただし、スピカよりは成長している。


「おーほほほ、ナナミちゃんは正直ね。褒めて遣わす」(スバル)

「一体何様!?」(シェリー)

「胸だけでなく態度も大きい」(リム&ラビィ)


「あ、じゃあ皆さんに「様」って付けて呼ばないとだめですよね」

「ノンノン、呼び捨てでいいわよ」(スバル)

「そんな、できませんよー(;^_^A」


 明るく人懐こいナナミはあっという間に皆と打ち解けた。先頭に立って、あちこち指さしながら案内するナナミだったが、案内に夢中になって道の窪みに足を取られ、転びそうになってしまった。


「きゃっ!」

「危ない!」


 咄嗟にジャンがナナミの腕をつかんで引き寄せた。お陰で転ぶのは免れたが、ジャンに抱き締められる格好になってしまったナナミは、一瞬何が起こったか理解できない。しかし、イケメン男子に密着しているのが分かると、あっという間に顔が熟したトマトのように真っ赤になってしまった。


「きゃぁ、は…離して…」

「あっ、ごめん」

「こらーっ! 早く離れてください! ジャン様に抱かれていいのはあたしだけです!」

「いや、アンタこそダメでしょう」


 ヤキモチを焼いたラビィが無理やりナナミをジャンから引きはがした。頬を真っ赤に染めたナナミをニヤニヤして見るスバル、ちょっと怒り顔のシェリー、ぷんすかするラビィに鋭い突っ込みを入れるリム。場はすっかりカオスになってしまった。


(ナナミちゃん…か。あんな反応する女の子、初めてだな。スピカは論外だったけど、学校の女の子達もグイグイ来るタイプが多いから、ちょっと新鮮だな)


 素朴で純情な美少女であるナナミが少し気になるジャンであった。

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