聖女の奇跡
何となく不承不承といった感じのふくれっ面をしたスピカがイナンナの前に進む。スピカの表情を見たジャンは本当にあの子の心を真っ当に出来るのかと半信半疑だった。むしろ、絶対無理だと思ってさえいる。
(だって、あの顔は元の気が強くて自己中だった最初の頃と同じだよ)
『スピカ、今からあなたに聖女の加護を授けます』
「さっさとしてよね」
(うわ、イナンナ様ひきつってる…。byジャン)
『………いきます。さあ、出てきなさい!』
イナンナがサッと手を振ると、6個の眩しく輝く金色の球体が現れて弾けた。周囲が光の洪水で溢れる。そして、光が収まった時、イナンナの周囲に神官服を着た6人の美しい女性が現れた。スバルほかリシャール達は驚いた。
『この6人は聖女として最も強いラブ・ハートを持った者達。そう、私達は7人戦隊セイント・セブン! さあ、みんな声を合わせて!』
『私達、いつでも全力Max Heart!!』
「急に不安になって来たぞ」(リシャール)
「奇遇ですね、私もです」(アンジェリカ)
「大丈夫なのか、こいつら」(ジェス&リム)
『GO! 仲間達!!』(イナンナ)
『イエッサー!!』(6人の聖女)
『退魔友愛除災戦勝不動聖心!』
『ホーリーパワーフルバースト!!』
『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!』
『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!!』
イナンナと聖女達はスピカを取り囲み、何か得体の知れない文言を唱えながら、シュババ、シュババッ!と激しく手を動かして怪しげな印を結び始めた。その動きは人の目では追えないほど速い。
「一体何がどうなってる?」(リシャール)
「さあ?」(アンジェリカ)
「聖女のイメージが完全崩壊しました…」(シェリー)
「ああ、素晴らしいです聖女様…」(スバル)
『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前! シュバババババ!!』
『シュババババ、シュバババババッ!!』
「ついに自分で風切り音を言い出した」
「聖女って…」
リシャール達が唖然として見守る中、スピカの服や下着が一瞬で粉々になって飛び散り、素っ裸の状態で眩しい光に包まれた。
なお、ジャンはもろにスピカの裸を見たが、男の子のようなフラットボディになんの感情も抱かない。彼の好みは大好きな姉であり、美しく豊満な巨乳なのだ。ジャンは隣にいるシェリーを横目でチラ見する。猫の頭形に大きく空いたセクシーニットトップスから覗く柔らかそうな巨乳の谷間を見てドキドキしてしまう。その視線に気づいたシェリーも顔を赤らめてドキドキしていた。
イナンナ達聖女の印を唱える声が一層大きくなり、手を動かす速度が速くなる。印を結ぶ度に七色の光が周囲を飛び交い、スピカを一層眩しく包み込む。
『スピカ・ダーク・マインド!』
『クリア!!』
『ダークサイド・フォース!』
『クリア!!』
『ストロング・ツンデレモード!』
『クリア!!』
『セインツ・ラブ!』
『インポート!!』
『ライトサイド・フォース!』
『インポート!!』
「なんだ? 性格と性質を書き換えているのか?」
「行動は変態的でもやってることは凄いです。さすが聖女」
『ビッグバスト・チェンジ!』
『ミス!!』
『カインドハート(優しい心の意)、フルバージョンアップ!』
『コンプリート!!』
『グラマラスボディ・チェンジ!』
『ミス!!』
次々にマインドモードが書き換えられていくスピカ。激しく印を組みながら動き続けるイナンナ達セイント・セブン。固唾を飲んで見守るアンジェリカ達。永遠に続くと思われたスピカの矯正作業もついに終わりを告げた。腕で額の汗をふきふきしながら、イナンナが笑顔で全員を見回した。
『スピカの矯正作業、終了いたしました』
「本当に!?」
『はい。中々に頑迷強固で意固地なマインドの持ち主でしたが、彼女の暗黒面を全て消し去り、光明面で上書きし、正しく美しい心の持ち主として生まれ変わらせました。さあ、出てきなさい、生まれ変わった神の御使いよ』
七色に輝く光の中から一人の女の子が出て来た。その姿を見て全員驚き、呆気に取られてしまった。それもそのはず、現れたのは先ほどまで一緒にいた、気の強そうな顔をしたクソ生意気な少女などではなく、慈愛に満ち溢れた、優し気な顔をした美少女だった。
「だっ、誰?」(スバル他)
「嫌ですわ、お姉様。お胸に栄養が行き過ぎたのではないですか? スピカですわ」
「…ウソだ。全然雰囲気が違う」
生まれ変わったスピカを全員で見つめる。癖っ毛で枝毛だらけだった金髪は、ストレートのサラサラヘアに様変わりし、それをアップにまとめて金の髪飾りで止めている。ややつりがちの目はそのままだが、瞳は優しい光をたゆたえており、口元も優しく笑みを浮かべて人々に安心感を与えるようだ。衣服もシルク地のちょいエロシスター服で半袖ミニスカ。見る方向によってさまざまな色彩に輝いて見え、正に女神といっても良い様相だ。
ただ、世の子羊たちの愛と信仰を集めるため、ボディチェンジによって、ぼっきゅんぼんのグラマラスボディに体形変化する予定だったが、それには失敗したため、フラットボディのまま。お色気は少し欠け、そこだけが残念だった。
『スピカ、貴女は聖女の加護により、聖女の中の聖女「sin・saint」にジョブチェンジし、大いなる慈悲と愛の心を得たのです。貴女こそ新たな時代のsaintとして迷い、困窮する人々を救済するのです』
「ありがとうございます。聖女イナンナ様。私の力が及ぶ限り、その役目果たす所存です」
『よろしい。救済には困難が付きまといます。試練に苦しむ事もあるでしょう。それに打ち勝つため、貴女に力を与えました』
「力…ですか?」
『そうです。全てを打ち砕き、道を拓く力です。私もこれにより、幾多の困難を力で封じてきました。力こそ正義なのです』
「まあ、素晴らしいですわ」
「ん? 少し雲行きが…」(リシャール)
「怪しくなってきましたね」(アンジェリカ)
「イナンナ様、教えてください。私が得た力とはいかなるものでしょうか」
『よくお聞きなさい、スピカ。その力とは…』
「力とは」
『光速の破壊拳、ライトニング・プラズマ!!』
スピカを除くその場の全員がズッコケた。聖女が何故破壊拳を行使しなければならないのか。理由がさっぱりわからない。6人のセイントはパチパチと拍手してスピカを称える。イナンナはパチンと指を鳴らした。一行の背後に直径数mもある巨大な岩石が出現した。重量はざっと見ても数百トンはあるだろう。
『スピカ、与えた力であの岩を打ち砕きなさい』
「はい。イナンナ様」
スピカは大きな岩の前に立ち、足を肩幅に開いて左腕を前に突き出し、右腕を引いて脇に付けた。何故か自然にポーズがとれたことに驚きを覚える。大きく息を吸って吐き、目を「カッ!」と開いて、左腕を引きながら右腕を渾身の力で突き出した!
「ライトニング・プラズマ!!」
右腕が伸びきると同時に拳から金色の光が発せられ、拡散しながら大岩に突き刺さって貫通し、向こう側に抜けて行った。スバル達が見守っていると、大岩から無数の光が飛び出すと同時に、大岩はガラガラと音を立て、粉々になって崩れ去った。
「す、すごい…。これが「sin・saint」の力…」
『お見事です。さあ、行きなさいマイ・シスター。その力で栄光を掴むのです!』
「栄光? 救済じゃないの?」(ジャン)
「もうワケわからんな」(リシャール)
「ああ…、これでもう謝罪行脚から解放されるのね。スバル感激ぃ~」
聖女イナンナと6人の聖女達、セブン・セインツはにこやかな笑みと共に消えた。光の洪水も消え、辺りが静寂に包まれる。
立ち膝姿勢で石碑に向かって祈りを捧げたスピカは、改めてスバルに向き合った。
「お姉様、今まで大変ご迷惑をおかけしました。セイント・セブンの聖なる光に包まれている間、私が今まで行って来た行為がいかに愚かで恥ずべきでありましたか思い知らされました。今更ですが、お姉様やアルディス大司教様が常々語ってくれたお言葉が身に染みてわかります。これからは、教えに従い人々を導きとうございます」
「スピカ…。本当に生まれ変わったのね。ってか、変わり過ぎて怖いんだけど」
「嫌だわ、お姉様が望んだ事でしょう」
「そりゃそうなんだけど…」
スピカは、困惑するスバルの肩をポンポンするリシャールとアンジェリカに挨拶して、次にラビィとジェスの前に来て深々と頭を下げた。
「ラビィ様、ジェス様。お二方には色々と助けていただいたにも関わらず、大変失礼な態度を取ってしまい、大変申し訳ありませんでした。謝まった位では許されるものではないと思いますが、謝罪させてください」
「え…えっと、まあ、うん」
「お、おう」
謝罪を受け入れてくれた事を喜んだスピカは、はにかんだ笑顔を向けて礼をすると、今度はジャンの許に歩いて行った。スピカの後ろ姿を見ながらラビィはボソッと呟いた。
「アレ、ホントにスピカなんですか? 別人28号ですよー」
「なんじゃそりゃ。しかし、変わり過ぎだろありゃ。元のクソガキの欠片もねぇぞ」
「ジャン様…」
「スピカ…」
「ジャン様、色々ありがとう。優しく道理を教えてくれたあなたに意地悪な事を言ってしまって、思い返すと本当に恥ずかしくて…。穴があったら入りたいってこのことを言うのね。謝らせてください。本当にごめんなさい」
「いや、君は分かっていたと思っていたよ。ただ、負けず嫌いな性格が災いして、意固地になってしまっていただけだよね」
ジャンはニコッと笑ってスピカの謝罪を受け入れた。何となく、二人の間の空気に流れる微妙な空気を感じたシェリーはジャンにピタッと寄り添う。スピカはちらりとシェリーを見たが、直ぐに視線をジャンに戻した。
「ジャン様、あの…。私…ジャン様のことが好きです。貴方の優しさ、男らしさ、何事にも負けない勇気…。螺旋迷宮で私を責めず希望を与えてくれた。そんな貴方がいつしか好きになってしまいました。私を恋人にしていただけませんか…?」
頬を染めてはにかみながら告白してきたスピカにスバル、リシャール、アンジェリカは、余りの変わりようにドン引きした。一方、ジャンが大好きなシェリーとラビィは激しく拒絶の姿勢を示す。
「何を言っているのです、あなたは! あれだけジャンを馬鹿にして罵倒しておいて好きですと。そんなの許すわけがありません。遺憾の意を表明します!」
「ダメダメダメですよー。ジャン様は絶対にアンタなんかに渡すもんですか!」
しかし、スピカはフッと笑って二人を無視した。
「あなた方には聞いておりません。私はジャン様にお伺いしているのです。ジャン様、私は聖女の加護を受け、生まれ変わりました。必殺技も使えるようになりました。きっとあなたのお役に立ちます。私を恋人にしてはいただけないでしょうか…」
熱い瞳でジャンを見つめるスピカと、ドキドキしながら事の推移を見守るスバルとリシャールにアンジェリカ。絶対拒否の姿勢のシェリーとラビィ。完全空気のジェスとリム。渦中の人物となったジャンの答えは…。
「ゴメン、スピカ。君の気持には答えられない」
「えっ!? な、なぜ…」
「確かに君はイナンナ様の加護を受けて変わった。加護の力で慈愛の心を持ち、人々を導く存在になったというのも本当だろう。それは元々君が持っていた気質だから、きっと上手くいくだろう」
「なら、どうして受け入れてくれないのですか」
「当然だろう。当初君は僕の忠告も聞かず散々罵倒してくれたじゃないか。その後もボクの話を全否定してボクを貶し続けた。ボク、結構傷ついたよ。何度も夢でうなされた。そんな君を好きになるなんてあるわけないじゃないか」
「で、でも…螺旋迷宮では、あんなに私を助けてくれたじゃない」
「ジェスやラビィに君を殺させる事をさせたく無かったし、ここから脱出するまでは協力し合う必要があったからだよ。それに、雰囲気を悪くする訳にはいかないから、仕方なくだよ」
「…………」
「申し訳ないけど、君はボクの好みではないんだ。ボクは優しくて包容力がある女性が好きだ。シェリー姉みたいな女性が理想なんだ」
「ジャン、嬉しいっ!」
シェリーはジャンに抱き着いた。ジャンに自慢の巨乳をグイグイ押し付けながら勝ち誇った顔でスピカを見下す。
「そ、そんなぁ…」
完全敗北を喫したスピカはがっくりと膝から崩れ落ちた。
「まあ、ある意味自業自得だな」(ジェス)
「どうして好きになってもらえると思ったのかしら」(リム)
「ざまあみろでやんす」(ラビィ)
「うわぁ、シェリー様の顔、悪いわね~。意外な一面を見た気分」(アンジェリカ)
「よっしゃ! 振られてくれてありがとう。これで心置きなく聖女の仕事をスピカに押し付けられる!」(スバル)
「スバル…」(リシャール)
「ふぇええええん! わぁあああん!!」
泣き崩れるスピカを慰める者はいない。聖女神殿にスピカの慟哭がいつまでも響き渡る。
(はあ…もう、すっかり新婚旅行が台無し…。リシャール様とイチャイチャも全然出来ないし、ユウキとの冒険より無茶苦茶だよ~。悲しい)
泣きわめくスピカと勝ち誇るシェリーを見ながらアンジェリカもまた、心の中で慟哭するのであった。しかし、彼女の試練はまだ終わりではない…。
「ってか、まだ続くの!?」