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螺旋迷宮

「ぜー、ぜー、ごくっ…。こっ、このドジウサ! テメェ本当にスカウトなのかよ! ことごとく罠を踏みやがって!」

「くっ…苦しい。苦しいっすよ、ジェスさん。ギブギブ…」


「なにがギブギブよ! わたし達何度死にかけたと思ってるのよ。このスカ!」

「ラビィ~。ちょっと酷くないかい」


「ふええ~ん。私を信じる最後の砦、ジャン様にも呆れられたぁ~」

「当たりめぇだろ! いい加減にしろよ。ったく」


 死のベルトコンベア、落石地獄の後もラビィはことごとくスイッチを踏み、天井から襲いかかる槍の雨、巨大ギロチンに回転ノコギリ、口から炎やガスを吐く彫像の列など、デス・トラップ地獄にジャン達を叩き込んだ。ジャン達は死の恐怖に絶叫しながらなんとか潜り抜けたのだった。


 それでも先に進むしかない彼らは傷ついた体にムチ打ち、ラビィが全く役に立たないため、全員協力して壁や床を調べながら慎重に螺旋状の通路を進む。遅々として進まない歩みに精神が極限まで削られ著しく疲弊する。それでも、とうとう最奥まで辿り着いた。


「ジェス、見て。行き止まりだ」

「ですね。それにどうやらここが一番奥、真ん中のような気がします」

「行き止まりの手前に怪しげな像が立ってるわね。像の後ろに魔法陣もあるわ」

「もしかしたら、その魔法陣が聖域か出口に繋がっているかも知れない」

「どうしてそう言えるんです?」


「もし、侵入者を惑わせようとするなら、ここを複雑な迷宮に造り、魔法陣トラップを仕掛けた方が確実だよ。しかし、この螺旋迷宮は単純な造りで1本道。しかも侵入者を確実に排除するための罠が数多く仕掛けられている。ということは、重要な施設がこの先にあると言う事ではないかな」


「なるほど…。さすがジャン様、一理ある」

「あたしは全く分かりません!」

「でも、それが本当なら凄い事だわ。早く魔法陣に行きましょう!」


 スピカが奥に向かって駆け出した。1歩踏み出した瞬間、床が「バタン!」と観音開きに開いた。足元に漆黒の空間が口を開け、体が宙に浮いた。


「スピカ、危ない!」

「きゃあっ!」

「ふんぎゃ!」


 ジャンは咄嗟にスピカの腕を取って体を捻って入れ替えると同時に遠心力によって投げ飛ばした。間一髪助けられたスピカをラビィがキャッチして床に転がった。しかし、体を入れ変えたジャンが落とし穴に投げ出された。


「うわあっ!」

「ジャン様!」


 落とし穴に落ちるジャンの腕をジェスが咄嗟に取った。ぶらんと落とし穴の口にぶら下がるジャンが大きく息を吐き、下を見てゾッとした。


「剣山だ…」


 落とし穴の底は鋭い剣が密集した四角錐の山が縦横に並んでいた。落ちたら体が切り刻まれるどころではない。ミンチになって原型すら残らないだろう。


「ジャン様…今引き上げます…。くそ…重い…」

「わたしも手伝う!」


 スピカはジェスの横に並んで腹ばいになり、ジャンの腕を握った。二人で力を合わせて引き上げようとするが、15歳のジャンは意外と筋肉質で体格もしっかりしており、体重もそこそこある。このため、なかなか引き上げられない。


「くそ…やべぇ…腕が、痺れてきやがった」

「うぐぐ、ジャン…がんばって」


 ジャンはジェスとスピカの顔を見た。二人は自分を助けようと必死に腕を支えてくれているが、苦しそうな表情からもう限界に近いと感じていた。


(ジェスもスピカも限界だ。それに、僕の腕も痺れて来て力が入らなくなってきた。このままじゃボクに引きずられて、二人も一緒に落ちてしまう。なら、答えはひとつだ)


「ジェス、ありがとう。ここまででいいよ。皆が聖域に辿り着くのを願ってる。スピカ、ここからのリーダーは君だ。君は人を導く素質を持ってると思ってる。がんばるんだよ」


「な、何を言ってるんですか!? くそ…汗で手が滑る…」

「頑張るのはあなたよ! ダメよ、わたしリーダーなんかになりたくない。リーダーはあなたよ。諦めないで!」

「いいんだ。このままじゃ皆まで巻き込んでしまう。でも、ボクだけ落ちれば皆は助かる。答えはひとつだよ。じゃあね、兄上とシェリー姉によろしく言っといて」


 ジャンはニコッと笑って手を離した。ジェスとスピカは必死に支えようとするが、ずるりと手からジャンの腕が抜けてしまった。


「ジャン様!」

「きゃぁああああっ! ジャーーンッ!!」

「させませんっ!!」


 絶望の表情を浮かべたジェスとスピカの顔を掠めて、落とし穴に向かって金属フックが付いたロープが飛び、落下するジャンのズボンのベルトを引っかけた!

 ガクン!とジャンの体が揺れ、剣山の先端すれすれで落下が止まる。驚いたジェスと涙で顔をぐしゃぐしゃにしたスピカが振り向くと、必死な顔でロープを支えているラビィがいた。


「ラビィ!」

「むぐぐ…。ジェスさん、早く…早く手伝って。あたし1人じゃキツイ…っす」

「お、おう! 待ってろ!」


 ジェスとスピカも加わってロープを引っ張る。ズル…ズル…と少しずつロープが引き上げられてきた。やがて…。


「くっ…」


 呻き声と共に落とし穴の縁に手が掛かった。


「ジャン様!」


 ジェスは腹這いになって縁から身を乗り出し、ズボンのベルトを掴んだ。


「ラビィ、スピカ、一気に引っ張り上げろ!」

「わかったです!」


 三人は一気にジャンを引っ張り上げ、床の上に引き上げた。真っ青な顔をしたジャンが床の上に座り込んで大きく息を吐いた。


「はーっ、はーっ、あ…ありがとう。助かった…」

「ジャン! わぁあああん、無事でよかったぁ!」

「おわっ!」


 スピカがジャンの胸に飛び込んでわーわー泣き出した。その様子をジト目の横目で眺め、苦々しい顔をしながらロープを片づけているラビィにジェスが声をかけた。


「ラビィ、今回ばかりはお前に助けられたぜ。咄嗟によくあんな方法気付いたな」

「むっふっふー。やっと気づきましたかー。実はあたしはデキる女なんです。マジックバッグにコレがあったのを思い出しまして。これであたしの評価爆上がりぃー!」

「何が爆上がりだよ。今まで散々罠を踏みやがったくせに」

「ああん♡ それは言わない約束でぇ~(;^_^A」


 ラビィとジェスは腕をぶつけ合い、お互いの健闘を称えて笑った。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「さて、どうしたらいいかな」


 転移の魔法陣を発見したものの、目の前には凶悪な落とし穴が口を開いている。しかも穴は床の幅いっぱいあり、長さも5m程。とても飛び越えられる長さではない。あと一歩のところで進退窮まってしまった。


「ジャン様、意見具申しても良いですか」

「いいよ。気になったことあれば何でも言って」

「はい。このトラップなんですが、あの像が起動スイッチと思われます」

「何か根拠はあるの?」

「落とし穴が開く瞬間、像の目が開いた気がしたんです」

「像の目が…?」


 ジャンは像をよく見た。台座の上に女性の像が乗っている。しかし、その目は閉じていた。


「目は閉じているようだけど…」

「いや、確かに一瞬ですが開きました」

「本当ですか~。ジェスさんの見間違いじゃないんですかぁ」

「見間違いじゃない。確かに一瞬開いたのを見たんだ」


「…………。ボクはジェスを信じるよ」

「ありがとうございます!」

「となると、もう一度石像を反応させれば床が閉じると思うけど…」

「方法が思いつかないわ」


「いっそのこと壊しちゃえばいいんじゃないですかね」

「お前、また適当な事を言いやがって」

「いや、案外いい考えかも知れないよ、ジェス」


「ほーらほら、ジャン様はちゃんと分かってくれるもんね。どーよ!」

「くそウゼェ…」

「あのドヤ顔が腹立つわ」


「まあまあ…。じゃあどうやって像を破壊するかだけど、いい案あるかな」

「スピカの魔法はどうです?」

「魔法か…。スピカ、できる?」


「………。無理だと思う」

「どうして」

「わたしの魔法は炎系で、相手を焼くのに特化してて、風や氷、土のような衝撃を与えるものは使えないのよ」

「くその役に立たないですねぇ」

「へっぽこスカウトのあなたには言われたくないわ」


 ぐぬぬ…と睨み合うラビィとスピカを無視してジャンは考えた。そして、パチンと指を鳴らすとラビィに声をかけた。


「ラビィ、ボクを引っ張り上げた時のフック付きロープを貸して」

「えっ!? はい」


 ロープを受け取ったジャンは、それをジェスに渡して石像に引っ掛けるように言った。意図を察したジェスは頷くと、フックの部分を回転させて勢いをつけ、石像目掛けて投げつけた。ジェスの狙いは正確で、フックは上手く石像の首部分に引っ掛かった。


「上手いよジェス。よーし、みんなでロープを引こう。ほら、ラビィもスピカもいつまでも睨み合ってないで手伝って」


 全員で一斉にロープを引く。石像は頑丈でびくともしない。それでもこれしか方法が無いと、腕と腰に力を入れ、歯を食いしばり、顔を真っ赤にしながらロープを引く。


「み…みんな、頑張れ…」


 必死にロープを引っ張るジャン達。ついに石像がぐらりと少し傾いた。作戦の成功を確信したその時…。


「ぷうぅーーーーっ。ぶびっ!」

「うわっ!?」


 気の抜けた音が鳴り響き、全員の力が抜けて床にバタバタと折り重なるように倒れた。しかも、硫化水素のような腐敗臭までしてきて、ジャン達の鼻孔を刺激した。おまけに、折角傾いた石像も元通りになった。


「だっ、誰だ屁ぇこいたのは!」

「しかも臭いです! 卵が腐った臭いです! これは絶対ジェスさんです!」

「ちげぇよ!」

「………。(少し湿った音がしたけど、大丈夫かな)」


 ジャンは音の出所を見た。真っ赤な顔をしたスピカが下を向いてプルプル震えている。年頃の女の子が人前でおならをしたのがバレたら恥ずかしくて仕方ないだろう。ここは男気を見せねばなるまい。そう考えたジャンはスピカをそっと背中で隠して、皆にバレないようにして言った。


「ゴメン、犯人はボクだ。ちょっと力が入りすぎちゃった。臭いも酷いね、アハハハ」

「マジですか!? ジャン様なら仕方ねぇか」

「やん、ジャン様の体内から出た臭気ならあたし、全力で嗅いじゃう。最後の一臭まで!」

「変態かよ!」


 部下たちと笑いあうジャンをスピカは驚いた表情で見つめていた。自分を庇っても何の得にもならないのに、恥をかかせまいと身代わりになってくれた。


「………。(思い返してみれば、彼はいつもわたしを庇ってくれた。どう考えたって私が悪いのに、彼は非を責めず、優しく諭してくれた。なんて素晴しい人なんだろう。こんな男の人初めて…)」


 頬を染めて背中を見つめるスピカの視線を知ってか知らずか、ジャンは石像を倒し、先に進むために皆に声を掛けた。


「さあ、もう一度やろう!」

「了解!!」


 全員でロープを手に取り、大きな声で掛け声をかけ、全身に力を入れて引っ張った。


「そぉれえーッ!」

「ブビッ、ブブブゥーーッ!」


 またまた全員の力が抜けて床にバタバタと折り重なるように倒れた。今度は古びた肥溜めのような発酵臭が漂ってきてジャン達を悶絶させた。


「くっ、くせぇ! ラビィ、テメェやりやがったな!」

「ご、ごめんなさーいって、臭い。自分のオナラなのに死ぬほど臭い!」

「げほっ、げほっ。酷いよラビィ。ボクの顔の前でオナラするなんて。もろに吸っちゃったじゃないか」

「あたしの体内空気がジャン様の身体の中に…。ラビィ感激ぃ~!」

「サイテーよ、このウサ女!」


 発酵臭の残り香に顔を顰めながら気を取り直してロープを手に取り、全身の筋肉と肛門括約筋に力を込めて引き始めた。石像は重く中々手強かったが、何度も引いているうちに前のめりに傾き始め、台座と床の支点が不安定になり、傾きが加速して床に叩きつけられ、激しい衝撃音とともに像が壊れた。同時に「バタン!」と大きな音がして床が閉じ、通路が復活した。


「やった! やったよみんな!!」

「きゃあーっ! 通路が復活したわ」

「流石ジャン様」


「よし、早速向こうに渡ろう。ただ、本当に大丈夫か不安だから、最初に誰か渡って安全を確かめた方がいいね。誰がいいかな…。うん、ラビィ、君に決めた!」

「ひょえ!? そんなご無体な!」

「異議なし!」(ジェス、スピカ)


 全員異議なく1番手はラビィに決まった。ジェスはラビィの腹回りにロープを巻き、落ちても大丈夫なように全員でロープをしっかり持った。

 逡巡するラビィをジェスが問答無用で押し出し、落とし穴の部分に乗っけた。思わず身をすくませたラビィだったが、落とし穴が開く気配は無い。ほっとしたラビィは慎重に歩きながら、無事倒れた石像まで到着した。


「だっだだだ、大丈夫でしたよぉ~」


 安堵感からぼろぼろ涙を流すラビィが手を振ってきた。二番手はスピカ、三番手はジャンが渡った。最後に残ったジェスは自分でロープを胴に巻くと端をジャン達に投げ、彼らが手にしたのを確認してから床に踏み出し、無事に渡り切った。


「じゃあ行こうか」


 ジャンの言葉に全員頷いた。4人一緒に魔方陣に乗ると魔方陣が反応して光り出した。次の瞬間、まばゆい光が周囲を包むとジャン達の姿は一瞬で消えた

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