オフィーリア大聖堂地下迷宮
「いてて…。みんな、大丈夫? ケガはない?」
「はい、俺は大丈夫です」
「ふぇええん、ジャン様どこですかぁ~」
「ラビィも大丈夫そうだね。スピカ、スピカ大丈夫? スピカ?」
「返事がないですね」
「真っ暗で何も見えない。ジェス、明かりはない?」
「明かりですか…。おいラビィ」
「ふぇ?」
「マジックバッグに魔道灯が入ってるはずだ。それを出して点けろ」
「は、はい~」
暗闇の中でガサゴソ何かを探す音がして、パッと青白い明かりが点灯した。
「よし、魔道灯を俺に貸せ」
「はいです」
ラビィは顔の下から明かりを当てて振り向いた。暗闇の中にラビィの顔が不気味に浮かび上がる。ジャンは驚いて悲鳴を上げ、ジェスはくだらない悪戯に、ラビィの頭に拳骨をくれた。
「うわぁあああっ!」
「遊ぶなバカ野郎!」
「きゃん! 痛たた…。ちょっと雰囲気を出しただけなのに~」
「出し過ぎだ! びっくりしたじゃねえか。ったく」
「えへへ。ごめんなさいです」
魔導灯を受け取ったジェスは周囲を照らした。すると、少し離れた場所にスピカが倒れているのが見えた。近づいて確認すると息はしていたが、落ちた時のショックで気を失っているようだ。不注意に動かすこともできないので、頭の下に毛布を畳んだものを置いて枕代わりにし、そのまま目覚めるまで待つことにした。暫く様子を見ていると、スピカが目を覚ました。
「う、ううん…。ここは…」
「ふへへへへ、ここは地獄の一丁目ですよぉ~」
「ギャーーーーッ!!」
魔導灯を顔の下から当てたラビィがスピカに近づき、不気味な笑顔でニタァ~と笑った。その悍ましい姿に気の強いスピカも耐えきれずに絶叫した。
「なにやってんの!」
「あいた!?」
ラビィの後頭部をぺしんと叩いたジャンはスピカに近づいて痛いところはないか聞いた。
「大丈夫かい。痛いところとかないか?」
「だ、大丈夫…。ここはどこ? お姉様は?」
ジャンはスピカの体を起こして座らせた。そして、ラビィから魔導灯を受け取ると背後に照射して見せ、階段を照らし出した。
「ボクたちはあそこから落ちたんだ。どうやら、あの階段は罠になっていたようで、上から降りようとすると強制的に下に落とすみたいだね」
「…確か、階段が急に滑り台になったんだっけ。落ちちゃったんだ…」
「あなた、少しは自分の行動を反省したらどうです!? あなたの身勝手な行動でジャン様を危険な目に合わせたんですよ! もし、もしですね、滑り落ちた先に危険な罠があったら全員命を落としていたかも知れないんですよ。わかってんの!?」
「…………。うう…」
「落ちたのはラビィのダイブのせいでもあるだろーが。ったく余計な事しやがって」
「そーでしたっけ。記憶にないなぁ」
「お前な…」
「ジェス。戻ってきたんだね、どうだった?」
スピカが気絶している間、ジェスは周囲を調べていた。ジャンは早速調査結果を聞いた。
「ダメですね。周囲は壁に囲まれて通路らしいものがありません。階段上も行ってみましたが石の壁に塞がれていて出られませんでした」
「そんな、ウソでしょ…」
「あたしたち、ここで死んじゃうってことですか!? ひえぇ~、専業主婦の夢が叶わなず朽ち果てるって悲しすぎるぅ~」
閉じ込められてしまったという事実にスピカやラビィが絶望の声を上げる。ラビィのマジックバッグには数日分の食料が入っているので暫くは持つだろう。しかし、食料が切れたら待つのは死だけだ。
「今度こそ俺も終わりか…。まあ、仕事とはいえ今まで散々人を手にかけて来たんだ。墓場の中で人知れず死ぬ。それも因果応報、ここが年貢の納め時ってヤツだな。だが、死ぬ前にコイツだけは殺しておく。ジャン様を散々馬鹿にし、危険な目に合わせやがったコイツを俺は許せねぇ。スピカといったな、お前は今すぐ死ね」
「ジェスさん、あたしも参加します。あたしの大好きな、優しいジャン様を何度も何度も侮辱したこと、絶対に許せません。どうせ死ぬなら、この小娘を殺してスッキリして死にたいです!」
「ひっ…」
ジェスは短剣、ラビィはサバイバルナイフを鞘から抜いた。冷たい表情の二人を見上げ本気だと感じたスピカは座ったまま、ずりずりと後ずさりして逃げようとするが、二人はゆっくりとスピカを追いつめる。ついに、スピカは壁際に追いつめられてしまった。
「簡単には死なせねぇ。少しずつ皮を剥いで体を切り刻み、じわじわと命を削り取ってやるから安心しな」
「お覚悟です」
「ひいっ…。ゆ、許して…」
「ダメだな」
「あたしたち、ずっと頭に来てたんですよね」
「いやぁあああーーっ!」
ジェスとラビィはナイフを持った手を振りかぶった。スピカは恐怖で全身をガタガタ震わせ失禁してしまった。
「ジェス、ラビィ、止めるんだ」
ジェスとラビィの前にジャンが両手を広げて立ち塞がった。
「退いてください、ジャン様」
「ダメだよ二人とも。いくら恨みがあるからって、それだけでスピカを、人を殺すなんてボクは許さない。感情で人を殺すなんてこと、ボクはして欲しくない。お願いだよジェス、ラビィ、スピカを許してあげて。そして、ボクが二人を嫌いになるようなことしないで」
「ジャン様…」
「…スミマセンでした…」
ジェスとラビィはお互い顔を見合わせるとそれぞれの武器を下し、ため息をつくとジャンに謝罪した。
「分かってくれればいいんだよ。ありがとう、二人とも」
ジャンはスピカの前に屈み、震える小さな手を取って話しかけた。
「スピカ、確かに君のいう事は正しいと思う。でも、世の中必ずしも正しい事ばかりがまかり通ることはないんだよ。人は間違いを犯す生き物だし、間違いを犯したことのない人というのは、何も経験しない、新たな考えを発想しない何もできない人だ。間違いは間違いと認め、次に進むことが人として大事なんだ。何者かに強要されることではないんだよ」
「それに君の行動や発言は自己中心的で危ういよ。君は人の意見を認めなさすぎるし、敵を作りすぎる。その結果が今の状況だよ。だからこそ、君自身変わらなければいけないと思う」
「…ぐすっ。ごめんなさい。聖女の妹だから常に正しくあらねばと考えていたの。だから、人に意見されるとイライラしちゃって、自分の考えを押し付けてた。間違っていたのは自分自身だったのね。今回の件でよくわかった…」
「気づいてくれてありがとう。次はここから脱出する方法だね。一緒に考えてくれるかい」
「うん…」
「ちっ、仕方ねぇ。ジャン様に免じてここは引く。しかし、次はねぇぞ」
「雰囲気がガラッと変わりましたね。でも、やっぱりジャン様は優しいなぁ。あたしをお嫁さん(専業主婦)にしてくれないかなぁ」
「それは100%あり得んだろ。ところでジャン様、今後どう行動します?」
「そうだね…。一旦食事をして、落ち着いてから考えよう。ラビィ、バッグに着替えがあるだろう? スピカを着替えさせてあげて」
その言葉に、スピカは自分がお漏らししてしまったことに気付き、恥かしさでいたたまれなくなるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方、大岩の罠によって通路に閉じ込められたリシャール、アンジェリカ、シェリー、スバルにリムの5人組。女性4人はじっとリシャールを見つめ、どうするかの判断を待っている。
「どうするかって、前に進むしかないだろうが。もしかしたら、どこかでジャン達と合流できるかも知れないしな。アース君の魔法で戻ろうにもこんな狭い場所じゃ出せないだろ」
「そうですね。アース君も無理って言ってます」
「八方塞がりって、正にこのことですね」
「ゴメンね。スピカのせいで皆に迷惑をかけて」
「終わったことを嘆いても仕方ない。前向きに行こう。きっと道は開けるさ。なあ、アンジェリカ」
「はい! ユウキと旅していた頃はこんなトラブル日常茶飯事でした。アース君に乗ってラファール王宮とリア充どもをぶっ壊し、金貨900枚(9億円!)の借金を背負って、返済代わりに王室墳墓に巣食うアンデッド退治をさせられた事に比べれば、なんてことないです!」
「お義姉様とユウキ様は、一体何をしてきたんですか!? アース君が黒歴史だと嘆いてますよ」
アンジェリカのカミングアウトにシェリーが呆れたように反応し、その場の全員がワハハと笑い、先ほどまでの暗い雰囲気が明るくなった。皆の表情に気力が戻ったことを見て取ったリシャールは、前進しようと声を掛けた。
「じゃあ行くか。ここまで来たんだ。何としてもジャン達を探し出して合流し、聖域とやらを見つけるぞ。アンジェリカ」
「はい」
「君は冒険者としての経験が豊富だ。適時アドバイスを頼む。頼りにしてるぞ」
「うふふ、お任せください。リム、私と一緒に先頭をお願い」
「ハッ!」
「私は明かりを切らさないようにするわね」
スバルはトーチの魔法をいくつも放った。周囲が広範囲に明るくなり、100m先位まで見通せるようになった。
「これなら、不意に魔物に襲われることはないな。しかし…」
「雰囲気が変わりましたね。かなり人工的な作りです」
「葬られた死者もいないわね」
「余計不気味な感じがします…」
明かりに照らされた通路は先程までの天然洞窟を利用したものではなく、大小様々な大きさの石を積んで隙間をセメントで埋めている。かなり大がかりな造りで先程までと一線を画すしている。しかも、等間隔で木製の古びた扉が並んでいる。
「ひとつひとつ確かめていくしかないか…。どう思う、アンジェリカ」
「それしかないと思います。聖域につながる何かがあるかも知れないし、ジャン様達と合流できるヒントが見つかるかも知れません。根気よく探索して行きましょう」
「めんどくさいけど、仕方ないわね…」
「お義姉様、食料はどの位残ってます?」
アンジェリカはマジックポーチを確かめてみた。荷物のほとんどはラビィが持つマジックバッグに入れてあり、ポーチは予備分しか入っていない。
「2日分位かな。ただ人数も減ったし、節約すれば4~5日は持つと思うけど」
「食料は何とかなりそうですね。水はお義姉様の魔法で大丈夫ですし。ただ、ジャン達は大丈夫かな…」
「どういうことだ?」
「お兄様、ジャンもラビィもジェスも魔法が使えません。スピカさんは確か炎(光)系ですよね。水が不足してます。恐らくマジックバッグ内の水筒分しかないのではないでしょうか」
「そうか…。なら、尚更早く見つけないとな。渇きで死ぬ可能性もある」
「ですね、人は食べなくても暫く生きていられますけど、水無しでは3日と持ちません」
「だが、焦りは禁物だ。焦って罠にかかりでもしたら最悪だ。慎重に行くぞ」
リシャールの言葉に全員頷いた。
「よし、では最初の扉だ。リム、罠とかはありそうか?」
「…………。いえ、特には」
「開けてくれ」
扉を調べていたリムに命じて扉を開けた。これが苦難の道の始まりだった。その事実をアンジェリカ達はまだ知らない…。
「大事なことだから言うけど、これ新婚旅行だったよね。どうしてこうなった?」
アンジェリカの嘆きは地下墳墓最深部の中に消えて行き、話はまだ続く…。




