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オフィーリア大聖堂地下墳墓自然洞窟奥

 自然の洞窟を利用した地下通路に形成されたドーム内で聖域探検隊の御一行様は食事を摂りながら休憩していた…が、雰囲気は一層最悪なものになっていた。


「まったく、何をやってるんだか…」


 ジト目のアンジェリカがスープを手渡しながらボソッと呟いた。左頬に真っ赤な手の跡をつけたリシャールがバツの悪そうな顔で椀を受け取る。ジェスはリムに小言を言われながら渋い顔で食事をしている。そして、スピカにグーパンで殴られたジャンは脳震盪を起こして気絶してしまい、ラビィの膝に頭を載せて横になっていた。腫れた頬には濡れタオルを当てている。


 一方、辱めを受けた姉妹のうち、姉のスバルはもじもじしながら時折リシャールの方を見ては頬を赤らめ、妹のスピカは般若のような顔でジャンを睨んでいる。だがしかし、ジャンを痛い目に遭わせたことに怒り心頭のラビィが睨み返し、バチバチと火花を散らす。


「う…ううん…」

「ジャン様! うわあーん、気が付きました! よかったぁ~!」

「ジャン、大丈夫!?」 


「シェリー姉、ラビィ…。ボク…うう、イテテ…」

「ああ、無理しちゃダメですよぅ。でも良かったぁ~。あのまま目を覚まさなかったら、あの小娘を殺してあたしも自決するところでしたよー」

「ゴメンね、心配かけて」


 起き上がったジャンをラビィがギュッと抱きしめ、安堵の声と共に物騒なことを言い出した。ジャンは謝りながらもラビィの気持ちが嬉しく、ラビィをギュッと抱き締めた。その光景を見てシェリーもほっとしたのだった。しかし…。


「ふん、目を覚ましたのね。そのまま死ねばよかったのに」


 スピカは冷たい視線で言い放った。その場にいた全員が驚き、ラビィは激怒した。


「な、ななな、なんですとぉ~!」

「だってそうじゃない。生意気な意見厨だけじゃない、人の…その…恥ずかしい場面をのぞき見するようなクズなんか、この世にいていい訳ない。何もしない分、ここの死者達方がずっとマシ…うっ!?」

「そこまでよ」


 いつの間にか背後に回ったリムが短剣をスピカの首に当てた。「うっ」と言い澱むスピカにリムはひんやりとした声で言った。


「ジャン様に対し、それ以上の無礼は許さない」

「ひっ…」

「リムさん。殺るならその役、あたしに代わってもらってよいですか?」


 ジャンをシェリーに預けたラビィがサバイバルナイフを鞘から抜いた。刃渡り25cmもあるゴツイナイフがトーチの光を反射してギラリと光る。スピカは助けを求めようとスバルを見たが、スバルは真っ赤になって俯いたまま考え事をしていて気付いてない。

 ラビィはゆらりと立ち上がった。その目は冷徹な殺人者のモノになっている。ジャンは危機を察した。このままでは本当に首を搔き切らないとも限らない。それではラビィがただの殺人者になってしまう。とてもそんな事はさせられない。


「(マズイ、ラビィは本気だ。止めないと…)ラビィ、ストップだよ。ナイフをしまって」

「でもジャン様。あたし、この女が許せない」

「ラビィ、命令だ。リムも彼女を放して」


 リムがスピカを解放し、ラビィは渋々ナイフを鞘に納め、ジャンの隣に戻った。スピカは何か言おうと口を開きかけたが、騒ぎに気付いたスバルが窘め黙らせた。アンジェリカは何度目かになるため息をつきながら、スピカにスープの入った椀を渡した。


「ほら、お腹空いたでしょ、食べたほうがいいよ」

「…ありがとう」


 礼を言って椀を受け取り、もそもそと食事を摂るスピカを見てジャンは思った。


(決して悪い子では無いんだよなあ。ただ、思考が硬直してワガママなだけなんだと思う。お尻を見られたときの涙目顔は少し可愛かったかも…。女の子のお尻、あんな近くで見たの初めてだったな…。ヤバ、思い出したら…静まれ、静まるんだ。ボクの股間…)


 ジャンは隣にいるシェリーやラビィに悟られないよう精神を集中し、人知れず下半身の疼きを抑える戦いに身を投じたのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 食事と3時間ほどの仮眠を終え、再び先に進み始めた(雰囲気は最悪のまま)。全員無言のまま自然洞窟の通路を進む。沈黙に耐え切れずリシャールが皆に話しかけるが、空返事ばかりで会話が続かない。気を使ったアンジェリカが会話を続けようとするが、微妙な雰囲気を変える事が出来なかった。


(こんな雰囲気の冒険初めてだよ~。ユウキやポポとの冒険は楽しかったから尚更だよ~。ガルガ探索でもミュラー様やヴォルフのお陰で雰囲気良かったし、変な奴はいなかった。メンバーって大切なんだね…)


 がっくりと項垂れるリシャールとなんだか心ここにあらずのスバル、恥かしさを怒りに変えて般若顔になっているスピカを眺め、頭が痛くなるアンジェリカであった。所々に積み重なる骸骨が「気持ちはわかるぞ」と語りかけてくるようで、心の慰みになっている。


「リシャール様、下に向かう階段があります」

「手前右側は奥に続く通路だね。どうする?」


 先頭を歩くジェスが階段の存在を見つけ、ジャンが階段脇に奥に続く別な通路を指さした。リシャールとアンジェリカはどうするか話し合うことにして、スバルにも声をかけた。


「スバル、おいスバル!」

「ひゃっ! なっなに!?」

「大丈夫か。この先が二股になっていて、どうしようかって話なんだが」

「そ、そうなの」


 スバルが前方を見ると下に降りる階段と階段脇に奥に真っ直ぐ続く通路があった。階段はかなり急で角度がある。スバルはトーチを唱え、階段下と通路奥に飛ばした。しかし、どちらも奥が深いようで先が見通せない。


「うーん、奥が深いね。階段は木製か…。通路はレンガ造りに変わってる。持ってきた地図もここまでは書かれてないし、どちらに進むか悩むね。いっそ二手に分かれる?」

「アンジェリカ、君の意見を聞きたい」

「二手に別れるのは悪手です。ダンジョン内は何があるかわからない。リスクは最小限にする必要があります。罠の存在や魔物との遭遇戦になった場合の事を考えると、全員で行動すべきです」

「アンジェリカはダンジョンの冒険経験が豊富だ。私は彼女の意見を尊重する。さて、どちらに行くかだが…。ラビィ、どうだ?」

「そーですねぇ。階段は少し怪しいですねぇ。罠があるかもです」

「そうか…。なら階段はやめるか…」


 リシャール、アンジェリカ、スバルの3人が通路奥に行く方向で話をまとめていると、スピカがいきなり声を上げた。


「ああもう、面倒臭いわね! 聖域なら地下のずっと奥にあるって決まってるでしょう(根拠なし)。階段を行くわよ!」

「あっ、待て!」


 またまた勝手な行動をとったスピカが階段を降り出した。数段進んだ所で突然「バタン!」と音がして段差が沈み、滑り台のように平坦になった。スピカは足を取られて転んでしまった。


「きゃあっ!」

「スピカ! ぐうっ…」


 階段の降り口にいたジャンが咄嗟にスピカの手を掴んだ! しかし、滑り落ちるスピカの体重を支えきれず、ジャンも引きずられて滑り台に体を打ち付けて呻き声を上げながらスピカと共に暗闇に引きずり込まれていく。


「ジャン様!」

「きゃあああっ! ジャンさまぁ-ッ!!」


 スピカの手を握ったまま頭から滑り落ちるジャンの片足首をジェスが掴んだ。もう一方の手で階段上の床に短剣を突き立て、これ以上落ちるのを防ぐ。


「ジ、ジャン様。早く俺の体を使って登ってください…。そう長くは持ちません」

「わ、わかった。スピカ、今引っ張ってあげるから…、くっ、重い…」

「失敬な! 重くなんか無いわよ!」

「あ、暴れないで」


 スピカは何とかジャンの体をつかんでよじ登ろうとしたが、平坦な板上では足を掛ける場所が無く、滑ってしまって中々登れず焦るだけ。この状況に我に返ったリシャール達も、ジェスが落ちないように手を伸ばしたが、それより先にパニックになったラビィがジャンを助けようとジェスの体の上にダイブした!


「ジャン様! ラビィが今助けます、とうりゃぁーーっ!!」

「ぐえっ!?」


 ジェスの体の上にラビィダイブが直撃した。衝撃でジェスは短剣を持っていた手を放してしまった。その瞬間、4人は急角度の滑り台を悲鳴を上げながら真っ逆さまに落ちて行った。


「うわぁああああーー!」

「きゃあああああーー!」

「ラビィのバカヤロー!」

「くぁwせdrftgyふじこlpーッ!」


「ジャン! スピカ!」


 漆黒の闇の中に吸い込まれていく4人を呆然と見ていたリシャール達は、我に返ると後を追うために滑り台に向かった。真っ先に飛び込もうとしたリシャールをアンジェリカが腕をつかんで止めた。


「リシャール様、ダメです!」

「うぉ!?」


 アンジェリカはリシャールを自分に引き寄せた。次の瞬間、天井からぶ厚い岩の板が「ズドン!」と地響きを立てて落ちてきた。目の前の岩の壁に、アンジェリカが引っ張らなければ、リシャールは押し潰されてぺしゃんこになっていただろう。


「あ、ありがとう。アンジェリカ…」

「危なかったですね。二重の罠になっていたとは…」

「リシャール様、アンジェリカ様、この壁、動きそうもありません」


 壁をぺたぺた触って調べていたリムは、壁が動かないことを報告した。試しにリシャールは剣の柄で叩いてみたが、打撃程度では傷すらつかない。


「魔法ならどう? 私の炎とシェリー様の風による高熱魔法ファイア・ブラストで高温に熱し、アンジェリカ様の氷魔法で急冷すれば、熱衝撃で壊れるかも」

「………。ダメだな」

「どうして?」

「それだけの炎を作り出したら、この狭い空間の空気を一気に使い切ってしまう」

「そうか、私達窒息死してしまいますね…」

「いい方法だと思ったんだけどな」


 どう考えても良い方法は思い付かない。無暗に探し回るのも体力を消耗するだけで下策だ。思案した末、リシャールは撤退することに決めた。


「仕方ない。一旦撤収して改めて救援隊を編成し、ここに来よう」(リシャール)

「…うん。それしか方法が無いわね」(スバル)

「私も賛成です。無理な行動は自分達も危険に晒すことになりますから」(アンジェ)


 全員が賛成したこともあり、長居は無用と来た道を戻ることにした。


「ああ、ジャン無事でいて。必ず助けるから」

「スピカ、頭でも打っていい子になってないかな。記憶喪失でもいいんだけど…」


 階段を塞いだ岩の壁から数mも戻らないうちにリムが異変を察知し、全員を止めた。


「どうした、リム」

「…シッ! …リシャール様、何か聞こえませんか?」


 全員物音を立てないようにして、耳をそばだてる。


「何も聞こえないぞ」

「いえ…聞こえます。地響きのような…」


 リシャールはもう一度耳をそばだててみる。確かに「ゴゴゴ…」と地面が響くような音が聞こえてきた。しかも、その音は徐々に大きくなっている。スバルがトーチの魔法を唱え、前方に投射した。すると…。


「な、なんだありゃあ!?」

「巨大な岩が転がってきます!」

「に、逃げろ!」


 音の正体は通路いっぱいの大きさがある、巨大な岩が転がって来る音だった。岩は猛スピードで迫って来る。このままでは押し潰されてぺしゃんこになってしまう。リシャールは、あわあわと狼狽える女達の背中を押して階段前まで戻り、奥に続く通路に押し込んだ。女達が通路に逃げ込んだのを確認し、いざ自分も入ろうとしたが岩は既に目の前。とても間に合わない。終わった…と思ったその瞬間、


「アイスシールド!」


 アンジェリカが咄嗟に氷の壁をリシャールと岩の間に作り出した。岩は氷の壁にぶち当たって回転を止める。その間に、リムがリシャールの手を取って通路に引き寄せた。リシャールが通路に入って間もなく岩の質量に耐えられなくなった氷の壁が壊れ、岩がゆっくりと転がり出し、階段前の壁に「ゴゴン!」と衝突音を上げて止まった。全員何とか無事に逃げられたものの、通路の出入り口は岩によって完全に塞がれてしまったのだった。

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