地下墳墓の天使
スピカの他人事のような言動に、ついに姉のスバルがキレた。
「待ちなさいスピカ! あなた皆に言うことがあるんじゃないの!?」
「はぁ? 何を?」
「こ…このバカ…。リシャール様の指示に従わないで、この部屋を勝手に開けて皆を危険に晒したのは誰のせいだと思っているの!? あなたの勝手な行動のせいでしょうが!」
「そうはおっしゃいますがお姉様、聖域を目指すなら怪しいと思われる場所は全て調べなければならないのではないですか?」
「え、えっと、それはそうなのだけど…。はっ!? いやいや、それでも予測される危険は避けるのが当たり前でしょう。もし、あのアンデッドナイトが何体もいたら私達死んでいたのかも知れないのよ。あなたの身勝手で自己中な行いのせいで!」
「お姉様、わたし達は今だ誰も発見なし得ていない「聖域」を探し求めているのです。多少の危険は覚悟の上だと思います。それに、この墳墓に今だ知られていない場所があります。ここだってそうです。墳墓の秘密を知るのも聖職者としての使命と思いますが」
「……………。くぅ~、正論だけに言い返せない自分が情けない」
「スバル様が速攻で言い負かされました」(シェリー)
「全く可愛げが無い。猛烈に殴りたい」(アンジェリカ)
「気が強いな~。苦手なタイプだわ」(リシャール)
8歳も年下の妹に言い負かされている聖女様を見兼ねたジャンが「まあまあ」と両者の間に入って宥めようとした。
「スピカ、確かに君の言う内容は正論だよ。だけど、この地下墳墓にはどんな危険があるか分からない。目的達成のために行動するのは必要だけど、皆に気を配ることも、経験ある冒険者の意見を聞くことも必要だと思うんだ。そこのところを少し意識してほしいな」
優しく諭すように話しかけるジャン。美形ぞろいのイザヴェル王家にあって、彼もその例に漏れずの美少年。また、性格も良く男子にも女子にも優しく接するので、嫌う人間がいないという人格者なのだ。当然女子にモテモテで、学校でもラブレター受け取り実績No.1を誇っている。そのジャンがニコッと笑顔を向けた。しかし…。
「なによ、急に話しかけてこないで。偉そうにわたしに意見するなんて何様のつもり?」
即座に切り捨てられてしまった。笑顔のまま固まるジャン。リシャール、アンジェリカ、シェリーも「えっ!?」という顔で立ち竦んでいる。しかし、ジャンが大好きなラビィは違った。顔を真っ赤にしてスピカを怒鳴りつけた。
「ちょっとぉ! 何様はアナタの方です。ジャン様に重ね重ねの無礼、許しません! 以前も今回もジャン様はもう少し気を配った行動をしたほうがいいと言っただけじゃないですか。それなのに何ですか。今すぐジャン様に謝ってください!」
「はあ? なんでわたしが謝らなければいけないの?」
「分からないんですか? みんなを命の危険に晒したあなたの非を責めずに、あるべき姿勢を示してくれたジャン様を馬鹿にしたんですよ! 無礼を詫びるべきです!」
「なに、この亜人。生意気ね。あのね、無礼なのはそっちの方よ。わたしはわたしの正義に従って行動しているの。今見ていたでしょう、わたしの正論にお姉様は反論できなかった。どちらが正しい事を言っているのかは自明の理なの。正しいのはわたしであって、それに意見を述べるなんてもっての外なのよ」
「信じられない…。あのですね!」
「ラビィ、もういいよ。ありがとうボクのために怒ってくれて。でも、こんなところで言い争いをしても仕方ないよ。時間がもったいないし、先に進もうよ」
「……はい。うう、ぐすっ…」
「ふん、偉そうに…」
「スピカ!」
「…………」
憎まれ口を叩いたスピカをスバルが黙らせた。一連を傍観していたリシャール達は心の中で盛大にため息をつき、この先が思いやられるのであった。ただ、ジェスはラビィの気持ちが良く理解できたと同時に、主人の名誉を傷つけられたことに対して反論した勇気を羨ましく思ったのだった。
(俺の立場じゃラビィのようにはできん。ラビィのヤツ、少し見直したぜ。しかし、あのメスガキ、ジャン様を見下したこと、後で後悔させてやるからな…)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
絶望的に雰囲気が最悪となった中、暗黒骸骨騎士が守っていた棺を調べることにした。祭壇に置かれた棺は金メッキがされた金属製で、同じ材質の蓋が被せられている。布製の巻き尺で計測すると長さ120cm、幅50cm、高さ35cmあった。ラビィが周囲を調べ、危険な罠が無いことを確認した後、棺に被せられていた蓋を除けた。
「こ、これは…」
「うそ…」
「生きてるみたい」
蓋の下には厚いガラス板が棺に固定されていた。そのガラス板の下、棺の中に眠っていたのは年齢4~5歳くらいの可愛い少女だった。癖ッ毛の金髪に大きなリボンを結び、可愛らしい青のワンピースを着せられ、足には赤いリボンが付いた白いレースのソックスを履いている。しかし、全員の視線は少女の顔に注がれていた。
その少女の頬はふっくらとし、小さな唇は笑っているように見える。軽く化粧を施された顔は、まるで生きているようで、今にも目を覚まして欠伸をしそうに見える。
「女の子だ」
「頭の上にプレートがありますね。名前はメイプルリーナ。亡くなったのは…えっ!? ご、500年前!?」
「まさか、つい最近亡くなったようにしか見えんぞ」
「一体どうやったらこんな事ができるのでしょう…」
「見て、棺の内部と蓋の内側、黒く塗られているけど、何か変な感じがしない?」
ジャンの指摘にみんなで棺を見るが、真っ黒で変わった様子はない。
「ふん、何も無いじゃない」
「いや…。確かに何かある。スバル様、トーチを解除してくれませんか?」
「真っ暗になるよ」
「構いません。お願いします」
スバルは明かり魔法のトーチを解除した。途端に室内が真っ暗になる。すると…。
「わあ!」
「奇麗…」
蓋の内側と棺の内部に青白い星々の輝きが現れた。煌めく星々と天の川の流れ、所々に浮かぶ星雲…。幻想的な光景に暫し見とれてしまう。スバルがトーチの魔法を発動し、室内が再び明るくなった。女性陣(スピカ以外)は美しい光景にまだ感動している。
「入口のプレートに書かれていた「永遠に星の海を渡る」って、このことだったんですね」
「メイプルリーナちゃんは、きっと高貴な生まれで、大切に育てられていたんでしょう。どのような理由で亡くなったのか分からないけど、ご両親の悲しみは大変なものだったと思う。きっと、死しても寂しくないように、この様な仕掛けを作ったのでしょうね」
シェリーとスバルの話を聞きながら、アンジェリカはエヴァリーナが話してくれた、探索したダンジョンにあった古代遺跡に葬られていた高貴な人物の話を思い出していた。そこも墳墓内の壁や床に煌めく星々が描かれており、永遠に星の海を旅しているように思えたという内容だった。
(人が死んだら星になるという言い伝えがある。死んだ人は無に還るのではなく、星になって天の巡りの中に存在し続け、生きている人々を優しく見守っているという内容だったはず。きっと、この子の親も我が子の魂が美しい星となり、自分達を見守ってくれるように願ったんだろうな。そして、眠りが邪魔されないよう、何らかの秘術を使って守り手を置いたのだろう…)
「リシャール様、祭壇回りとかも調べましたけど、特に何も見つけられませんでしたー」
「そうか。ご苦労だったな、ラビィ」
「ホントに何もなかったのかしら」
「(-"-)ムカッ! ちゃんと調べたから間違いないです!」
むぐぐ…と睨み合うスピカとラビィを置いといて、ジェスとリムは棺の蓋を元通りに直し、暗黒骸骨騎士の鎧や残骸を部屋の片隅に移動させて祈りをささげた(魔法をうち消す盾は有難くいただき、マジックバッグに収納した)。
「さあ、この部屋を出よう」
リシャールの号令で全員部屋を出て扉を閉めると、メイプルリーナの眠りを二度と妨げる事が無いよう、道具を使ってカギを変形させて固定した。一連の作業を終えて元来た道を戻る途中、シェリーとジャンは最後にもう一度振り返ると、扉に向かって小さな声で別れを告げた。
「騒がしくしてゴメンね。おやすみ、メイプルリーナ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一行は最初のT字路まで戻ると、今度こそ左(進行方向から見て直進)に向かった。暫くは先程と変わらない状況が続いた。トーチの光を頼りに、途中の小部屋や通路、怪しいと思われる場所をマッピングして調べながら歩いているが、単調な風景に一体どのくらい時間が経過したのか分からなくなってきた。また、所々にアンデッド化したスケルトンがうろついており、その都度、剣や魔法で排除しながら進む羽目になったのだった。
「どのくらい歩いたんだ?」
「疲れてきましたね」
探索と戦闘の連続で疲労が蓄積してきた。さすがに泣き言を言う者はいないが、皆の顔を見ると限界に近い。リシャールは休憩が必要だと感じていた。しかし、その場所がない。
疲労でフラフラになりながら歩き続けていると、急に周囲の景色が変わった。今までは人工的に作られた施設の感じだったが、自然の洞窟に変化したのだ。これに伴い、葬られた骸骨もほとんど無くなり、所々存在する窪みのような場所に積み重ねられているだけになった。
「自然洞窟だが地面だけは人工的に均しているようだな」
「割と歩きやすくて助かります」
「兄さん、この先が広くなっているようだよ」
「なに!? 休憩できるかも知れん。ジェス、確認してきてくれ。皆はここで待機」
先行して確認に行ったジェスが戻ってきた。この先は小規模なドーム状になっていて、魔物の存在などは確認できなかったと報告した。リシャールはスバルと話をし、その場所で食事と仮眠を取ることにした。
ラビィは背負っていたマジックバッグからシートと毛布を取り出し、シートは地面に敷いて毛布は1枚ずつ全員に渡した。全員シートに座って靴と靴下を脱いで足を投げ出す。
「ああ~、楽だわぁ~」
「ラビィの足、凄く臭いよ」
「し、失礼ですね。ジャン様もシェリー様も臭いです。あたしだけじゃないモン!」
ぷんすか怒るラビィに笑いながら、ジェスとリムは魔道コンロと寸動鍋を準備した。アンジェリカが魔法で水を鍋に入れ、続いて乾燥肉と野菜を入れて煮込み始めた。料理を待つ間、リシャールとスバルはマップを確認し、今後の行動計画を立てている。ジャンは何もすることが無く、皆の作業をぼんやりと眺めていた。そして、視線がスピカに向いた時、彼女の異変に気が付いた。顔を真っ赤にして脂汗をかいてる。何かを我慢しているようにも見える。
「どうしたの。体調が優れないようだけど」
「な…、なんでもない。話しかけないで!」
「どうしたの?」
「あ、スバル様。スピカが具合悪そうなんだけど」
スバルはスピカを見た。疲れているはずなのに正座で座り、握りしめた両手を股の付け根に押し当て、真っ赤な顔で俯いている。ピンときたスバルはスピカの腕を取ってそっと立たせた。
「ありがとう、ジャン様。スピカは大丈夫だから任せて」
「は、はあ…」
そう言ってスバルはスピカをどこかに連れて行った。何が何だかといった感じでスバル達が消えた方を見ていると、リシャールとジェスがポンと肩を叩いて声を掛けて来た。
「ジャン、行くぞ」
「行くって、どこに?」
「小便に決まってるだろ。いい場所を見つけたんだ」
大声でデリカシーの無い話をする夫に、料理を作っていたアンジェリカは渋い顔をし、シェリーは笑いを抑えきれない。
「ふふっ。お義姉様、スバル様が戻ったら私達も小用を足しに行きましょう」
「…そうね。生理現象は我慢できないもの。でもねぇ、デリカシーが無いにも程があるんじゃないかなぁ。まあ、そこも彼の魅力なんだけどね♡」
「うわ、出た。のろけ」
男3人、連れションすべく休憩場所から少し離れた場所に来た。
「お、衝立のように岩が立ってるな。隠れるに丁度良いし、あそこでいいか」
「なんか、じょぼじょぼって水が流れる音がするね」
「湧水でもあるんでしょうか」
そんな話をしながら衝立岩の向こう側に回った3人は、ピタッと動きを止めてしまった。彼らの目の前に展開されている光景はあまりにも衝撃的だった。なぜなら、スバルとスピカが並んでしゃがみ、形の良い尻を丸出しにして放尿していたのだった。じょぼじょぼからちょろちょろと音が変化し、やがて放出される水音が止まった。女二人は紙で股を拭くと立ち上がってパンツを穿いた。その際、リシャール達は大事な部分をモロに見てしまった。スッキリした顔で振り向いたスバルとスピカ。目の前に立つ男3人と目が合った。
「キ…、キャアアアーーッ!!」
悲鳴と共にスバルの平手打ちが飛んできた。ジェスはサッと素早く身を屈め、その上をスバルの平手が風を巻いて通過し、リシャールの左頬に直撃した。また、涙目スピカのグーパンチがジャンの頬を捉え、豪快に吹っ飛ばした。




