オフィーリア大聖堂地下墳墓➂
3体の暗黒骸骨騎士は、暗黒闘気を全身に漲らせ、敵意をむき出しにして接近してきた。一方、味方のまともな剣士はリシャールだけ。ジャンは未熟だし、ジェス、リムは暗殺者の訓練は受けてても、騎士剣技の訓練は受けてない。できれば、接近される前に倒したい。そのためには…。
「アンジェリカ、シェリー、スバル。魔法で攻撃だ、奴らの接近を許すな!」
「はいっ!!」
アンジェリカたちは前に出て、それぞれ持つ魔法の杖を構えた。暗黒骸骨騎士は動揺した様子も見せずに近づいてくる。まず先手を取ったのはアンジェリカ。魔法杖マインを円を描くように動かし、氷の槍をいくつも作り出した。
「アイスランス!」
氷の槍が3体の暗黒骸骨騎士に向かってまっしぐらに飛び、狙い違わず命中した!
「やった…って、やってない! えっ、なんで!?」
暗黒骸骨騎士達は左腕に装着している円形盾を体の前に掲げた。氷の槍が直撃する寸前、円形盾の真ん中に装着されている宝珠が妖しく輝き、アンジェリカの放った魔法がかき消された。当然、暗黒骸骨騎士にダメージはない。呆然とするアンジェリカを押しのけて、今度はスバルとシェリーが前に出て魔法を放つ。
「ファイアストーム!」(スバル)
「トルネードランス!」(シェリー)
しかし、二人の魔法も円形盾によって防がれてしまった。悔しそうに顔を顰めたスバルは後方待機中のスピカを呼んだ。
「スピカ、二人で浄化魔法を唱えるわよ!」
「でも、魔法は効果が無いのではないですか。意味の無いことを行う必要があるんですか?」
「やってみなきゃ分かんないでしょ! 貴女のせいでこうなったんだから、つべこべ言わないで構えなさい!」
「…………。はい…」
不承不承といった納得のいかない表情をしたスピカがスバルの隣に並んだ。その様子を見ていたジャンは思った。
(なんで、ああ他人事なんだ? 自分の責任を感じていないのか? 全員命の危険にさらされているんだぞ。自分の非を認めないにも程がある…)
「いくわよ、いいわね!」
「迷える魂に永遠の安らぎを与えたまえ。ターン・アンデッド!」
スバルとスピカ、二人の構えた杖の先が輝き、金色の光が暗黒骸骨騎士を包み込む。今度こそやったかと全員が注目するが、光が消えた後には暗黒骸骨騎士が悠然と立っていて、スバル達を睥睨している。
「なんで!? なんでなの!」
「ほーらね。わたしの言った通りだったわね」
地団駄を踏んで悔しがるスバルと、さも当然といった風のスピカの対比が極端で、呆気にとられたアンジェリカとシェリーは、暗黒骸骨騎士から一瞬目を離してしまった。その隙を見逃さなかった暗黒骸骨騎士がロングソードを振り上げて猛然と飛び掛かって来る。気が付いた時には鈍く光る剣の刃が目の前に迫ってきていた。
「キャアアアーーッ!」
殺られる! 死の恐怖で目を閉じたアンジェリカ達。しかし、バキィインと金属がぶつかり合う音とともに、彼女達の目の前に黒い影が踊り込んできた。同時に暗黒骸骨騎士はたたらを踏んで数歩後ろに下がる。
「大丈夫か、アンジェリカ、スバル!」
「シェリー姉、下がって!」
咄嗟のところでリシャール、ジャン、ジェスの3人が暗黒骸骨騎士の剣を受け止め、跳ね返したのだった。
「アンジェリカ、シェリー達を連れて下がれ! こいつらに魔法攻撃は効かん! 武器戦闘組は前に出ろ、真ん中のヤツはオレがやる。ジェス、リム、左は任せる。ジャンとラビィは右のヤツを牽制するんだ、無理はするな!」
リシャールは愛用のロングソードを抜くと暗黒骸骨騎士に上段から斬りかかった。骸骨騎士は剣を水平にして受け止める。鋼鉄がぶつかり合う甲高い金属音が鳴り響き、刃から火花が飛ぶ。リシャールと骸骨騎士は、お互い持てる技を全て繰り出し、激しく打ち合う。
「ぐっ…。こいつ、やる!」
『ガァアアッ!』
暗黒騎士がもの凄い剣速で上段からの斬撃を放ってきた。常人では絶対に躱せない一撃。しかし、リシャールも歴戦の勇士。冷静に相手の動きを読み、ロングソードを当てて軌道を逸らす。
暗黒騎士は軌道を変えられた剣を強引に立て直し、横薙ぎに胴を狙うがリシャールはロングソードを切り上げて防ぎ、そのまま相手に振り下ろす。だが、暗黒騎士は素早く円形盾を当てて攻撃を防ぎ、剣を突き出してきた。リシャールは身をかがめて攻撃を躱し、空を切らせる。息をつかせぬ勝負にアンジェリカとスバルは緊張して見守っていた。
「い、一進一退とはこの事ね。何とかフォローできないかしら」
「スバル様、暗黒騎士の意識がリシャール様に集中してる。タイミングを見て魔法で攻撃しましょう。恐らく、あの盾の宝珠が魔法を打ち消してる。盾で防がれなければ魔法は通ると思うんです!」
「なるほど。さすがA級冒険者、観察眼が半端ない。でも、そういうことなら!」
暗黒骸骨騎士と一進一退の攻防を続けるリシャールだったが、徐々に疲労が積み重なり、腕に力が入らなくなってきた。力任せに押してくる相手の攻撃を受けるだけでいっぱいいっぱいになってきた。
(くそ、さすが疲れ知らずのアンデッド。しかも手練れだ。このままでは…ん?)
リシャールの視界にアンジェリカとスバルが入った。暗黒骸骨騎士の背後に回って杖を構えている。どうやら何かをするつもりのようだ。リシャールは暗黒骸骨騎士の気を引くため、残った力を振り絞って攻勢に出た。
「うりゃあーーッ!」
『ガガッ!?』
上段からの振り下ろしを連続で叩きつける。暗黒骸骨騎士は剣と円形盾で防御する。キン!ガキン!と金属の甲高い音が響く。そして、この攻撃は隙を作るには十分だった。暗黒骸骨騎士はアンジェリカとスバルに背中を無防備に晒した。
「スバル様、今です!」
「おーけー! ファイアストームッ!」
「アイスバレット!」
魔法の発動と同時にリシャールは暗黒骸骨騎士の胴に蹴りを入れて突き放した。後方によろめいた暗黒骸骨騎士にスバルの放ったファイアストームがまともに命中した。鉄製の鎧ごと全身を激しく熱せられた暗黒骸骨騎士の眼窩や口から絶叫と共に炎が噴き出す。
炎によって真っ赤になった体に今度は極低温の氷の礫が襲い掛かかった。急激な温度変化によって熱衝撃が発生し、暗黒骸骨騎士の全身にビシビシッ!と衝撃音を立てながらヒビが入り、一瞬にして砕け散った。
「や…、やったわ!」
「リシャール様、大丈夫ですか!?」
スバルは安堵の声を上げ、アンジェリカはリシャールの胸に飛び込み、体をぺたぺた触って無事を確認した。
「ああ。ありがとうアンジェリカ、スバル。あのままじゃ押し負けていたところだった。本当に助かったよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「こ…この…っ」
「こいつぅー、ジャン様から離れろー!」
「ジャン、ラビィ! えい、トルネードランス!」
暗黒骸骨騎士2(以下「騎士2」と記載)はロングソードの一撃でジャンを押し倒し、カバーに入ったラビィの攻撃を跳ね返し、シェリーの魔法攻撃を円形盾で受け止めた。3人掛かりの同時攻撃を難なく捌いた技量の高さにジャンは驚いた。と同時に自分達が苦戦しているのに、原因を作った当事者たるスピカが離れた場所で傍観しているのも目に入り、何やら腹立たしい思いでいっぱいになる。
(くそ、こっちはピンチなのになんだよアイツは。フォローに入ってくれてもいいんじゃないのか!?)
そのことに気づいたのはシェリーも同じだったようで、スピカに声を掛ける。
「スピカさん、私と一緒に魔法によるフォローをお願いします!」
「いやよ。危険だもの」
「…え?」
即座に拒絶され、一瞬呆けたシェリーの頭上にロングソードの一撃が迫る。
「姉さん危ない!」
「あっ、きゃあ!」
頭を抱えてしゃがみ込んだシェリーの前にジャンが飛び込み、新品のグラディウスで上段攻撃を受け止めた。騎士2は頭から両断しようと力任せに押し込んでくる。ジャンは両足を前後肩幅に開き、腰に力を入れて踏ん張りながら受け止める。ギリギリと剣同士の刃が擦れる耳障りな音が聴覚神経を刺激する。しかし、パワーの差は明らか、徐々にジャンは劣勢になってきた。
「うぐ…ぐぬぬ…」
「ジャン様! それ以上の狼藉、許しませぇん! とうりゃ、ラビィ・スレンダーボディ・アターック!!」
『ガッ…!?』
ジャンの危機にへっぽこラビィも本気を出した。全身全霊のショルダーアタックで騎士2に特攻する。ジャンとシェリーに集中していた騎士2は突然の横からの攻撃に対応できず、ラビィもろとも吹っ飛んで床に転がった。その時、離れた場所からリシャールの声が聞こえた。
「円形盾をヤツから離せ! それで魔法が通じる!」
ジャンが騎士2を見ると、四つん這いになって立ち上がろうとしている所だった(ラビィは床でダウン中)。チャンスは今しかない。今までの力比べで腕の筋肉が痺れているが、ここが力と勇気の使い時と、ジャンは騎士2に素早く接近し、立ち上がりかけた騎士2の左上腕をグラディウスで切りつけた!
「たぁあああっ!」
『グガァ!』
オフィーリアの名工が鍛えた鋼のグラディウスは、強靭な騎士2の上腕骨を真っ二つに叩き切った。腕と同時に円形盾を失った騎士2は天井を向いて咆哮した。しかし、これが致命の隙を作った。
「シェリー姉、今だ!」
「う、うん! えいっ、ライトニング・ボルト!」
『ガガガガガ…ッ』
高電圧の電撃が騎士2を襲い、鋼鉄製の鎧を溶かし骸骨を焼き尽くす。騎士2は黒焦げになり、全身から煙を上げて地面に崩れ落ちて粉々になった。後には焼けただれた鎧とロングソードだけが残っている。初めて魔物を討伐したシェリーは歓喜の声を上げた。
「や、やった! はわわ~、やっつけた~」
「ラビィ、大丈夫? 助けてくれてありがとう」
「いててて…。ジャン様!? う、うわぁあああん! よかったぁ~!」
「ラビィ…」
ジャンはラビィを立たせるとお礼を言った。ラビィはジャンの無事を見てぼろぼろと大涙と鼻水を流して泣き始めた。騎士2を倒すチャンスを作ったラビィに、シェリーとジャンは笑いながらお礼を言い、服についた土をぱんぱんと払ってあげるのだった。
(ラビィは全然へっぽこじゃないよ。頑張り屋さんで一生懸命だ。いつもボクの事を気遣ってくれるし。頼りになる相棒だよ。ありがとう、ラビィ)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方、ジェスとリムは暗黒骸骨騎士(以下「騎士3」と記載)相手に苦戦をしていた。二人も並の剣士以上の強さを持ってはいるが、本来は不意打ちや闇討ちといった変則的な戦いを得意とするオールラウンダー。このため、アタッカー相手に正面切っての戦いは苦手なのだ。このため、何とか倒す隙を作ろうと連携して戦っている。
「きゃあっ!」
「リム!?」
騎士3の薙ぎ払い攻撃を短剣で受けたリムが、スイングの勢いをそのまま受けて飛ばされ、背中から壁に叩きつけられて悲鳴を上げた。さらに騎士3は振り向き様にジェス目がけて袈裟懸けを放ってきた。ジェスは短剣を当てて剣の軌跡をずらすと、フェイントをかけて背後に回り、鎧に守られていない頸椎を狙って短剣を突き出した。
「砕けろ! ぐうっ…!」
頸椎に短剣を突き刺す寸前、騎士3がジェスの腹に肘鉄を喰らわせた。息が詰まって体をくの字に折り、たたらを踏んで数歩下がったジェスにロングソードの横薙ぎ攻撃が放たれる。当たれば体が両断される。しかし、腹に受けたダメージが抜けず、足が動かないジェスは避けることができない。リムは離れた場所で地面に倒れたままで、ジェスのフォローに入れない。
「万事休す。ここまでか…(くそ、あのメスガキのせいで終りか。こんなんアリかよ…)」
ジェスは迫るロングソードを見た。物凄い速度で迫るはずなのに、何故かスローモーションのように見える。もう避けれない。観念して覚悟を決めた。
「まだだ! 諦めるな!」
「リシャール様!!」
ガキィン!と金属音がして騎士3の必殺横薙ぎがジェスに命中する寸前、リシャールの剣によって受け止められた。
「ジェス、オレがコイツを抑えている間に円形盾を奪い取れ! さすれば魔法が届く!」
「リシャール様! 了解です。おい、リム動けるか!?」
「…だ、大丈夫…」
ジェスは、なんとか立ち上がったリムと一緒に騎士3に飛び掛かった。リシャールが参戦したことで、1対3の不利になった騎士3は徐々に劣勢に追い込まれていく。リムの攻撃を躱した騎士3にリシャールの振り下ろし攻撃が襲い掛かった。円形盾でこれを防いだが今度はジェスの鋭い突きが迫った。
騎士3はジェスの突きを体を強引に捻り、ロングソードで弾いたが、無理な動きでバランスを崩してしまった。よろめいた騎士3の隙を見てリシャールが盾を装着している左腕を剣で跳ね上げた!
「今だ、盾を奪い取れ!」
「はいっ!」
跳ね上がった左腕にリムが飛び付き、盾に手を掛けると両足で胴体を蹴って強引に盾を引っこ抜いた。抜けたときの反動でそのまま地面に落ちたリムを、ジェスは引きずって騎士3から離す。リシャールは盾を奪い取ったのを見て、騎士3の腹に蹴りを入れて後ろに下げた。
「今です! アイスバレット!!」
「ファイアストーム!」
「ライトニング・ボルト!」
魔法無効の効果を持つ盾を失った騎士3に強力な攻撃魔法が直撃した。冷と熱、急激な温度変化による熱衝撃を受けたアンデッドは、一瞬で鎧ごと木っ端微塵に砕け散り、細かい塵となって土に返った。
「お、終わった…」(リシャール&スバル)
「強敵でしたね。高位強化クラスのアンデッドナイトでした」(アンジェ)
「マジで死ぬかと思った」(ジェス&リム)
たった3体のアンデッドにここまで苦戦するとは思わなかったリシャールとアンジェリカに仲間達。口々に安堵の声を漏らし、お互いの無事と健闘を称え合っていたが、その空気を読まない人物がいた。
「終わったのね。結構時間がかかったじゃない。さあ、あの棺を調べるわよ」
どの口がそれを言うのか。その言葉に全員、猛烈にイラついたのであった。




